前編・冬の日の優しい関係
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私から遠ざかっていく長い、長い影。
その影をずっと、ずっと見送っていた。
私には振り向いてくれなかった人。
私だけが空回りしていた私の初恋。
もう恋なんてしない……。
そう思い詰めたあの未だ浅い春の日は……。
◇◆◇
「杏!急げ! 遅いぞ! 行っちまう!!」
恭平が私の遥か前方を走りながら、声を出す。
「ちょ…、ちょっと、もう少し待ってぇ……」
私は息も絶え絶え、全力で走る。
「あー、遅かりし」
恭平が足を止めた。
そこに遅れること約二秒。
やっと恭平の隣に追いつき、今出たばかりの電車を見送った。
「どうすんだよ、帰り。あれが最終だったんだぜ」
「どうもこうもないでしょ。歩いて帰るわよ。たった二駅じゃない」
「えー、マジかよ」
勘弁してくれ、と言わんばかりに、大袈裟に頭を抱え込む恭平。
「ほら。さっさと行くわよ、恭平」
そうして私達は、夜十一時過ぎ。家まで小一時間を歩いて帰ることになった。
◇◆◇
恭平と私は幼馴染。
家が隣同士で、幼稚園、小学校、中学、そして高校まで一緒だ。ちなみに今は、県立西菱高校二年一組、クラスまで同じときている。
だから、登下校は一緒。朝、早く起きた方がお互いの家に登校を誘いに行く。因みに、週一回月曜日、恭平は化学部、私は茶道部のクラブ活動の日以外は、一緒に帰る腐れ縁だ。
所謂「高校デビュー」を果たした私達は、二年生ともなってからは、夜遊びもする。もっとも、カラオケとか、ファミレスにジュースバーだけで居座ったり……。そういう健全な?遊びしかしない。
だからうちの親も、恭平と一緒なら、という妙なお墨付きで、私の自由を許してくれている。
恭平は、優しくて、おおらかで、頭が良くて。
見た目もカッコイイ。175㎝の長身に細身のルックス。ブルージーンズと白いTシャツが抜群によく似合う。
だから、女子にも結構モテる。
なのに、未だに彼女を作らないのは……。
あの日──────
恭平の胸の中で泣いたあの春浅い日。
私は、先輩が好きだった。
本気で好きだった。
私だけは好きだった。
私だけが好きだった
あの一年前の初恋……。
「それにしても、寒いな。ま、十二月だから、当然っちゃ当然だけど」
そう言いながら、恭平はスッと左手を私に差し出した。
「なに?」
「だから、繋げよ。あったかいだろ」
ぶっきらぼうな恭平の口調。
「うん……」
私は、そう呟くと、右手で恭平の左手を握った。
「……あったかい」
「だろ」
そうして私達は寒空の下、白い息を吐きながら、線路沿いの道をただ黙々と歩いた。
しかし。
それは唐突に訪れたのだ。
「杏」
「なに?」
「まだ、朝賀先輩のこと……好きなのかよ」
「どうして。そんなこと聞くの」
「答えろよ」
恭平は、ぎゅっと私の手を握ったまま、真剣なまなざしで私に迫ってきた。
「もう昔のことよ」
「ほんとか?!」
その言葉に、曖昧に頷く。
「じゃあ。俺のことどう思ってるの」
「恭平、のこと?」
「ああ。俺はお前にとって何なんだ?」
その問いに胸を揺すぶられる。
「恭平は……私の幼馴染で……いい友達よ」
恭平はその答えに、瞳を切なそうに大きく瞬かせた。
私は思わず、目を逸らす。
恭平。
そんな瞳をして私を見ないで……!
私は、恭平との今の優しい関係が壊れることが怖かった。
私は、無邪気な風を装い、恭平の想いを退けた。
◇◆◇
その翌日からも、恭平と私の「幼馴染」としての関係は続いていった。
朝賀先輩を忘れていない私を恭平は見抜いているのかもしれない。
朝賀先輩……松橋流茶道宗家の生まれで、私が一年の時、茶道部部長だった先輩。
物腰柔らかく穏やかで、知性・品性に優れ、下級生の私にとりわけ優しかった。
先輩が卒業したあの日。
私は先輩に告白した。
でも、先輩は「ありがとう」の言葉だけを残して、東京の大学へ行ってしまった。
私には、追う術がなかった。
恭平……。
ごめん………・・・
気持ちが乱れる。
恭平の目を見つめることが出来なくなった私は、朝夕の登下校も恭平と共にはしなくなった。
それでも、恭平は優しい。
いつも、私を守ってくれる。
同じことに笑い、同じことに怒り、私が間違っている時は、はっきり指摘して正しい方向へ導いてくれる。
そんな存在なんて、私にはもう現れないのかもしれないのに。
それがわかっていながら……。
私は恭平の想いに応えられないでいた。
本作のタイトルバナーは、相内充希さまより頂きました。
充希さん、可愛い素敵なバナーをどうもありがとうございました!(^^)






