毒蛇の罪
自分が毒を持っていることを知らない毒蛇がいた。
毒蛇は兎が好きだった。白くてふわふわ、丸々とした可愛らしさ。
一度話しかけてみたいと思っていたけれど、兎は毒蛇の姿を見て逃げていく。
毒蛇は静かに俯く。……自分が毒を持っていて、兎にとって危険でしかないことを知らなかったから。
でも一匹だけ、毒蛇と仲良くしてくれた兎がいた。
兎は毒蛇の外見を、その毒を、全く恐れなかった。
孤独な毒蛇の話を聞き、滑稽な話で笑わせ、…唯一無二の友達になった。
毒蛇はこの兎が大好きだった。
逢える時は、嬉しさに体を躍らせた。
逆に逢えない時は、寂しさに土を噛み締めた。
ある時、毒蛇は兎と喧嘩した。
原因は簡単。兎が、毒蛇との約束よりも、同じ兎達との約束を優先させたから。
兎の立場から考えれば、それは当たり前のこと。
群れで暮らす仲間との関係を悪くすれば、暮らしにくくなる。命にも関わるかもしれない。
でも、毒蛇は? …たった一匹、決して自分に害を与えようとしない。
それは感情論ではなくて、損得勘定。
毒蛇は怒った。
自分にとって、これ以上大切なモノがないくらい大切な兎が、自分を蔑ろにしたから。
そして怒りのあまり――兎の足に、噛み付いた。
毒蛇にとって、それはちょっとした仕返しだった。
本当にちょっとした、じゃれあいと大差ない力量。
でも毒蛇は、毒蛇だった。
兎は自分の身に回る毒を、毒蛇に隠し続けた。
足の傷が、膿んで腫れる。食欲がなく痩せて、一歩歩くのさえやっとの状態。
それでも兎は、毒蛇のもとを訪ね、明るく話し続けた。
毒蛇が怒り、噛み付いたのは、自分が悪いから。
そして何より、…兎にとって毒蛇は、大切な友達のひとりだったから。
――毒蛇が気づいたのは、目の前で兎が倒れ、痙攣し、動かなくなってから。
そして自分のつけた傷が、膿み、青く腫れ上がっているのを見た時。
そうしてやっと、毒蛇は自分が毒蛇であることに気づいた。
嘆いても、もう遅い。
兎はもう動かない。時間は巻き戻らない。
あとに残されたのは、毒を持つ穢れた我が身だけ――。