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世界の秘密を教えてあげる  作者: 日暮リコ
ふたりの秘密
9/96

意外なところに影響があった

「今日はあたし、カウコに抗議に来たのよ」

「何言ってんだお前」


 初めてのエンカウントから五日後、ミルッカは再びカウコの住む川の小島へやってきた。

 ミルッカとしては本当はもっと早くに来るつもりだったのだが、一日を置いて三日のあいだ吹雪と時化に見舞われ、それが済んだと思ったら店が忙しくなり、更に一日を開ける事になった。

 分厚い雲の合間に辛うじて見える太陽が水平線上に登り始めたのと同時にトゥオネラを出発したミルッカが、カウコと会合したのはちょうどお昼時。庭先から大声で名を呼ぶと、面倒くさそうにフライパンを片手にログハウスから出てきたカウコに開口一番、発した言葉が先程の謎の文句だった。


「あ、これからお昼だった? ごはん何? これから作るの? なに食べるの?」

「たかりに来たのか? 悪いが買い出し前だから牛乳粥(リーシプーロ)かイモを茹でるかソテーしたもんくらいしか出せねえぞ」

「わお、ナイスタイミング。だよねだよね、吹雪じゃ引き篭るしかないよね。そんなカウコにお土産があるよ」

 そう言って、尾びれに括り付けていたネットバッグを引き上げて見せた。

「じゃじゃーん」

 流石に予想外だったのか、目を見開いてそれを見たカウコが絶句して唾を飲み込んだのが分かり、ミルッカはニヤリとする。

 ネットバッグの中にはカキとホタテが詰め込まれている。これはもちろん、スィグリズルが養殖をしている食用貝だ。それを岸辺に上げようとするが、水中では気付かなかった結構な重さに上手くいかず、カウコに引き上げを手伝ってもらう事になってしまった。

「スーさん……お義姉さんが持たせてくれたのよ。規格外品だし、こないだのお礼にはならないかもだけど、受け取ってくれると嬉しいな」

 言いながらよいしょと岸辺によじ登り腰を下ろすと、幾度か髪をうなじからかき上げる。それだけでミルッカの髪はほぼ乾いてしまう。それを不思議に思いながらも、カウコの視線は手中に収められた貝に向けられたままだ。

「マジで? いいのか?」

「うん。ほんとはお兄ちゃんの料理を持ってきたかったんだけど、ちょっと無理だしね。新鮮なうちに食べてね。何なら今食べちゃってもいいけど」

「ああ。有難くいただく。火鉢あったっけか……」

 表情を見ただけでは分からないが、心なしかウキウキとしたカウコは家の中に戻っていく。大きめのニット帽子を被り、厚手の黒い生地に赤い刺繍の縁取りという洒落たコートを羽織り、小型の火鉢を持っていそいそと炭火の準備をするカウコに、なんだかミルッカは自分まで嬉しくなった。

 ……実際はそうも言って居られないのだが。そう、ミルッカは、抗議に来たのだから。

「兄貴とは上手くいったのか」

「うん。お義姉さんとは仲良くなったし、いい関係でいられると思うよ」

「そうか」

 カウコも一応は気にしていたようで、ミルッカの報告に安堵したようだった。

「あんたも食うだろ」

「あたしはいいよ。……食べられないの」

「は?」

 火鉢に乗せた網の上にカキとホタテを几帳面に交互に並べていた手が止まり、眉間に皺を寄せながらミルッカを見る。

「今日はその事で抗議に来たんだよ」

「そういやそんな事言ってたっけか。何だってんだ」

 ミルッカは頬杖をついて、それからひとつ、ふうと息を吐いてから、網の上に綺麗に並べられたカキを冷めた目で見る。少し前の自分なら、プリプリとした大きなその身は何よりも先に手を出す程の好物だった。だけど今は。

「……前世のあたしはとっても偏食で、魚介の類が食べれなかったの」

「それが何だ……まさかあんた」

「そ。前世に引きずられて味覚が変化しちゃったのよ。参ったよ、今までずっとおいしく食べれてた魚介をほとんど受け付けられなくなってさ、そこでまたお兄ちゃんとひと悶着あったの」

「お、おう……それは何つーか、人魚のあんたとしては致命的だな」

「でしょー!? どうしてくれるのよっ」

「いやそれは俺のせいじゃねえだろ」

「カウコのせいよっ! 何が『自分自身に馴染む』よっ、全然違う方に馴染んじゃったじゃないの!」

「良い方にも悪い方にもって言っただろ。てかそういう意味じゃねえし、やっぱ俺のせいじゃねえだろが」

 何という不毛な言い争いだ。お互いそれを分かっているが、ミルッカとしてはとりあえず抗議が出来れば、その後は別にどうこうするつもりはないのだが。

 言いたいことを言いきったのか、ミルッカはそしてまたひとつ、ふうと大きく息を吐いて「すっきりした」とその場にごろんと寝そべると積もった雪に体の半分が埋もれてしまった。雪の冷たさが少しだけ心地よい。

「……っち、しゃーねえな。ちょっと待ってろ。すぐ戻るが火だけ見ててくれるか」

「え? うん」

 そうして一度家の中へ入り、そして戻ってきたカウコの手には紙に包まれた何かがある。

マッカラ(ソーセージ)でいいなら焼いてやる」

「わ、いいの? やだ結局またご馳走になってる」

「気にすんな。ちょっと待ってろ」

 腰に下げていたナイフを持ち、細身の枝を手折ると皮を削り、そうしてできた棒をマッカラに刺すと、なるべくカキに触れないように網の上に乗せる。

 そこまで気を使わなくてもいいのにと思いながらその仕草を見ていると、カウコは見られていることに気付いたのか、多少の気恥ずかしさを誤魔化すために訪ねた。

「あんた最近はなに食ってたんだ」

「幸い練製品は食べれるの。さつま揚げみたいなやつね。だからそういうの、お兄ちゃんに作ってもらってる」

「へえ」

「人魚の間にさつま揚げっていうか練り物の文化が無くてね、無理いって厨房に入らせてもらって試しに作ってみたの。お兄ちゃんとスーさんも気に入ってくれて、お店で出せるように改良してるんだ。色々出来てるよ。タコを入れたり豆を入れたりしておいしいの。そのうち看板メニューになるかも」

「ちょっと食ってみたいかもな」

「でしょー? でもやっぱりちょっと飽きてきてさ。我が儘言ってるのは分かってるのよ。だけど吹雪で地上からの物流が止まるとね、野菜とか加工肉の物価が上がるんだ。そうなるとまあ、メイン食材はどうしても魚介になるんだよね。トゥオネラの唯一の弱点だよね。いやトゥオネラの観光の売りの一つは魚介なんだけどさ」

 ぶーと唇を尖らせて、尾びれで水面をぺちぺちと叩く。カウコはそうして会話をしている合間にも、マッカラを網の上でひっくり返したりしている。

「そろそろいいみたいだな」

「上手に焼けましたー」

「おいやめろ」

「前世ジョークじゃん」

 はあ、と呆れながらも香ばしく焼き色のついたマッカラをミルッカに手渡す。それをミルッカは嬉々として受け取った。

「いただきます」

 小さな口でマッカラを咥え、パキンと音を立てて噛み千切ると、灼熱の肉汁とともに肉の旨味がミルッカの全身を包み込む。

「あふ、あっつい、ん、おいひぃ。お肉最高!」

 満面の笑みで嬉しそうに頬張るミルッカを小動物でも見るような目でカウコは見ていたが、流石に自分の食欲に抗えなくなったのか、熱々のカキの殻を素手で掴んでしまい火傷するかと思いながら慌ててポケットに突っ込んだままだった手袋を嵌めて、今度は慎重にカキを手に取った。数回ふうふうと息を吹きかけてから、身を一口ですする。

「ん、旨い」

「よかった。うーなんでよりによって味覚が変わったんだろう。最悪だよ」

「不毛な発言だが醤油かポン酢が欲しくなるな。魚醤は許さん」

「分かるぅ。さつま揚げに醤油と生姜を乗せて食べたい」

「あーでもこれ、味が濃いからこのままでも充分美味い。これが養殖とかやばいな。こんなん出されたら確実にリピーターになるわコレ」

「言っておくよ。スーさん喜ぶと思う。お兄ちゃんはもうちょっと、人間向けに味付けをしたいみたいだけど」

「人間向けの味付けって何だ……ホタテも旨い」

「人魚が本格的に料理をするようになったのは移住後だからね。まだまだ『素材の味が一番』っていうのがどこかに残ってるのよ」

「あんたが教えてやればいいじゃねえか。あーカキフライとかコキールとか食いてえ」

「そうしたいけど、どこで知ったんだとか言われると困るしなー。前世の事とか言うわけにもいかないしさ」

「さつま揚げの前科を作っておいてよく言うぜ。ホタテはシチューとかオイル煮でもいいな。でもま、静かに暮らしたいなら余計なことはしない方がいい」

 会話の節々に本能に赴くまま、次々と料理名を挙げているカウコを見て、成る程とミルッカは思う。

「そうか、カウコに聞いたって言えばいいのか」

「俺を巻き込むな」

 物凄く嫌そうな顔で吐き捨てるが、

「いいじゃんいいじゃん。それともカウコは余計なことはしないタイプ?」

「俺は今生ではスローライフを送ることに決めてんだ」

 でも、とミルッカは思う。会うのは二度目だけど、なんとなくこの人は、反射的に誰かの為に何かをする事が習慣付いているのかもしれないとミルッカは思う。

「カウコってなんだかんだ言ってても、すごく人に気を遣うタイプだね」

 何気なく呟いた言葉だったが、カウコは一瞬で表情を無くした。

 ミルッカがそれに気が付く事はなかった。後に彼女はそれをとても後悔することになるのだが。


 三者面談の後。


「そうだ。スーさん、今度幾つかカキとホタテを手配して欲しいの。そんなに沢山はいらないんだけど」

「いいけど、どうして?」

「今日知り合って、相談に乗ってくれた人にお礼がしたいんだ。その人に紅茶とか林檎もごちそうになったの。あと、驚かせて、川に落としちゃったりもしたから、お見舞いもしたいし」

「ふふっ、分かったわ」

「お代はお兄ちゃんからもらってね」

「おい待て」

「本当はここに招待したいんだけど、交通の便が悪くて無理そうだし、そもそも彼泳げないっていうから、自分から進んでは来ないだろうし」

「彼? え、男? え? まさか彼氏? お兄ちゃん許さないぞ? ミルッカに彼氏なんてまだまだ早いぞ?」

「お兄ちゃん話飛ばしすぎ。そんなんじゃないよ」

「うふふ、妹離れが出来てないのはターくんの方ね」

「……本当にいいの? 婚約、早まったんじゃないの?」

「うふふ」


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