三者面談のようなもの
「改めて、自己紹介するわね。勇敢な人魚の戦士マグヌスの娘スィグリズルよ。スーって呼んでね。いつもうちの貝を使っていてくれてありがとう」
「はあ……」
握手を求められ、つい反射的に握り返してしまったが、ミルッカの脳内は既にキャパシティオーバーだ。
客のいない静まった店内のテーブルに、兄嫁候補の女性と向かい合い対峙する。気まずい。
タハティが三人分のドリンクを持ってキッチンから出て来た。目の前に置かれたのは、ミルッカの愛用しているマグカップに、ミルッカの好きなミルク少な目のカフェオレ。先程、たくさんカウコにご馳走してもらったにも関わらず、物凄く喉の乾きを感じていたので、タハティがスィグリズルの隣に腰を下ろすと同時にマグカップを手に取ると、一気に半分ほど流し込んだ。
(ん……?)
後から思えば、これが最初の違和感だったとミルッカは思う。
(おかしいな。いつも淹れてもらってるカフェオレなのに、おいしくない……甘さが足りないし、ミルクも少ない? コーヒーも苦味が少ないし、ブランド変えたのかな? そんな事ない、いつもと同じように、あたしの好みに合わせて淹れてくれている……)
「ミルッカ」
思案を巡らせていると名前を呼ばれ、我に帰った。
そうだ。これから地獄の三者面談がはじまるのだ。
「何?」
「……昼間も言ったけれど、お兄ちゃん、彼女との結婚を考えてる。スーが傷付いても、いつも笑っていられるように、ミルッカと同じように、守りたいんだ」
「……はあ」
正直なところ、兄が何を言ってもミルッカの心にはあまり響かなかった。勝手にすればいいのに。そう思うことは、朝の衝撃発言から半日しか経過していない今でも変わっていない。兄離れしていないのは、悔しいけれど認める。だけど、それとこれとは話が別なのだ。ミルッカ自身の都合でタハティを縛り付ける事だけは、したくはなかった。
ふう、と深いため息をつく。否定的なものだと受け取ったのか、タハティは困り顔でミルッカを見たが、ミルッカは一番訪ねてみたいことを口に出した。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんは、あたしが邪魔じゃない?」
その言葉の意味が理解出来なかったのか、タハティは一瞬固まったが、すぐに我に返ると怒りを含ませた口調で反論した。
「馬鹿な事言うな! ミルッカを邪魔だなんて思ったことは一度だってない」
「でも、スーさんがあたしより大事な人になったから結婚するんでしょ? だったらあたしは、邪魔でいらない子になるじゃない……」
「何でそうなるんだ」
前髪をくしゃりとかき上げて、タハティはそれはそれは大きく息を吐き出した。
「それに、二人が結婚しようがあたしには関係ないもん。二人の事なんだから好きにすればいいじゃない。あたしの許可なんかいらないよ」
「関係無くはないだろ。スーと結婚したら、スーはお前のお義姉さんになるんだから、大事なことじゃないか」
そう言われても、とミルッカはあまりピンとこなかった。確かに戸籍上はそういう関係になるのかもしれないが、目の前で繰り広げられるミルッカ達兄妹の問答する様子を困ったように見るスィグリズルを、義姉とはあまり思えそうにないと感じている。ではどのように見ればいいのか、と聞かれたら思いつきもしないのだが。
当のスィグリズルは暫くの間、何も言わないミルッカを見ていたが、タハティの背をポンポンと二度ほど軽く叩くと、ゆっくりと姿勢を正しミルッカに向き直る。
「そうね。私たちほぼ顔見知りってだけの状態だし、それなのにいきなり家族だよって言われても、困っちゃうわよね」
「スー」
「ミルッカちゃんから見たら、突然やってきた人にお兄さんを横取りされちゃうようなものだもの」
「そんなことは……」
無いとは言い切れない。自分の浅ましい心の内を見抜かれているようで、恥ずかしくなる。やはりスィグリズルは戦士なのだろう。『敵』を良く見ている。
(あたし本当にわがままだ。一人にしないでほしい、お兄ちゃんを取らないでなんて思う資格はないのに二人を困らせて。こんなんじゃ飽きられて本当にいらない子扱いされるよ……)
悲しくなってうつむくと、本当に涙が出てきそうになる。
「だからね、私を無理に受け入れてくれなくてもいいのよ?」
(……はい?)
予想外の言葉に目をしぱしぱと瞬かせる。零れ落ちそうになっていた涙が一瞬で引っ込んだ。
そんなミルッカを余所に、にこにことスィグリズルは続ける。
「家族になろうなんて言わないわ。お義姉さんって呼ばなくてもいいのよ」
「スー」
タハティが嗜めるように、隣にちょこんと座る可愛い婚約者の肩を掴むが、スィグリズルはふんわりと笑みながらゆっくりと首をふった。
「だってそんなの無理でしょう? ターくんも、ミルッカちゃんがいきなり連れてきた知らない男の子を義弟だとすぐに思える?」
「それは無理だな」
そこはあっさり認めるんだと、ミルッカは心の内で突っ込みを入れる。
「でしょう?」
「でも、スーはそれでいいのか?」
「そりゃ、いつかはちゃんと家族になれたらいいなって思うわ。でもそれは今すぐじゃない。だって家族になるには、何もかもが足りないもの。時間も、会話も、愛情も、全然足りないわ」
そう言って瞼を伏せるスィグリズルは、とても美しく、憂鬱そうにミルッカには見えた。しかし直ぐに、まっすぐミルッカの瞳を見つめる。
「でもね、何となく思うの。私達きっと、いいお友達にならなれるんじゃないかな。だってわたし、ミルッカちゃんともっとお話がしたかったんだもの」
そう言って楽しそうに笑うスィグリズルの方を見やる。籠手は外しているが、よく見ると白い肌にはうっすらと幾つかの傷跡か見える。こんなに華奢で女性らしい外見なのに実は脳筋だったなんて信じられない。すっかり騙された。
だけど、大して交流もしていないミルッカを案じ、武装までして捜索に行こうとしてくれていた事が少し嬉しくて、存外、自分は彼女の事を受け入れているのかもしれないと、ミルッカは自覚していた。
それに、と、彼女と仲良くなった時の事を想像する。普段の衣装のセンスはとても素敵だ。一緒にショッピングなどしたら楽しそうだ。時間の合うときは、一緒に酒場で給仕などしたら、もしかしたら売り上げが上がるかもしれないし、用心棒みたいな立ち位置も期待できそうだ。トゥオネラの事しか知らないミルッカに、北西の氷海の話もしてくれるかもしれない。
それに、それに。
(ぽやんてしてる頼りないお兄ちゃんを好きになってくれる人、知ってる限りでははじめてだもんね)
くすり、と笑って兄の方を見る。
「何だよ」
訝しげにミルッカを見るタハティを「べっつにー」と軽くあしらう。
そして。
「あたし、スーさんの事、嫌いじゃないみたい」
そうしてミルッカは、あっさりと陥落したのだった。
スィグリズルはミルッカ達とは違う北西の海から来た人魚なので、名前の法則も彼等とは違います。
……アイスランド名が使いたかったんです……