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タヌキは猟師のおよめさん

作者: 某某

つい最近投稿したものの加筆修正。

 早朝、薬草の採取へ向かうべく家の戸を開けると、可愛らしい顔立ちの娘がいた。

 良太郎の顔を見ると、娘はその大きな瞳を輝かせて意味のわからないことを口走る。


「お嫁さんにしてほしいポン!」


「んなふざけた語尾の女はいらん」


 それだけ返して良太郎は戸を閉めた。


「ポン!? 違うポン! わっちはタヌキなんだポン! あなたに一目惚れしたポン! わっちをもらってほしいポンっ」


 ドンドンドンドン!! と、喚きながら戸を叩く娘。

 こんな山奥に現れた場違いなくらい端正な顔立ちの娘。露骨な語尾。

 良太郎は、半ば気づいていた娘の正体に、確信の念を込めて口にした。


「巷で噂の化け狸か」


 良太郎は山育ちだ。だが、父が現役だった頃からの知り合いと、薬草の取引は行なっている。

 そのために村へ降りると、人の噂話も耳に入るものだ。


「多分わっちがそれポン!」


「待ってろ猟銃取ってくる」


「ポン!? やめてポン! もう作物荒らしからは足を洗うポン! だからこのうちに置いてほしいポン!」


 どうだか。

 今は人のなりをしているようだが、それでも元は野生の狸––––それも生まれながら(あやかし)の力を持つという化け狸だ。

 そもそも何故良太郎のところに来たのかが不明だ。

 一目惚れなどと信憑性皆無のことを口走っていたし、何を企んでいるかわからない。

 やはり猟銃を取ってこようと奥へ下がれば、きゅぅ〜っと情けない音が聞こえた。


「……お腹すいたポン。昨夜からあなたを待ってるから、何も食べてないポン。どうか、開けてほしいポン……」


 切ない声。嘘を言っているようには思えなかった。

 しかし、あと一歩信用に足らない。

 疑うか信用するかの境目で、良太郎は悩んだ。

 すると痺れを切らした様子の娘が、大声でわめき出した。


「うわあああんほんとぉにおなかすいたぽん死んじゃうぽんたすけてぽんあけてくれないならここで餓死して死骸処理するハメにしてやるポンんんんんっ!!」


「……」


 流石に哀れに思えたので、良太郎は戸を開けた。






「火が通った御飯なんて久しぶりポン! 美味しいポンっ!」


「お、おう……。……で? 結局お前の目的は何だ」


「差し支えなければあなたのお嫁さんになりたいポン」


「つっかえまくるわ。嫌だぞ狸が嫁なんて」


「大丈夫ポン! 今のわっちは一生涯の妖力を使い果たして人間に化けてるポン。尻尾が生えてること以外は全部人間の体だし、死ぬまで戻れないから心配ご無用、問題なしポン!」


「問題しかねえよなそれ」


「むぅ、なんだかりょーたろーは冷たいポン。もしかして、人里離れたこの山にいるのも、人と接するのが面倒だからなのかポン?」


「そういうわけじゃねぇ……」

「オラは、この山で生まれて、この山で親と暮らして来た。でも何年か前に二人とも病でおっちんで、オラは独りだ。山を降りてもろくに伝手もねえ、金もねえ。生きる術はこの山で狩りをしていくくらいなもんだ」


「ふむぅ……りょーたろーも大変ポンねぇ。それにしても、よく会ったばかりのわっちにそんな事情を説明してくれるポンね?」


「さあな。よくわからん。お前なら、深刻に捉えないでくれそうだったから気楽だと思った、のかもしれん」


「ふふんっ! わっちとりょーたろーは相性いいんだポンね! つまるところっ!」


「なんでそうなる。狸だから脳味噌も化かしてるだけで、頭蓋の中に葉っぱしか入ってねえんじゃねえのか?」


「なっ、ひどいポンっ!? でもでもっ、大好きだから許しちゃう! ポンっ」


「うざいなお前」


「むむ!? 早速わっちの本質を見抜こうとしてくれてるポン? わっちに興味津々ポンねぇ、りょーたろー。……結婚しちゃう?」


「お前実は語尾のポン取り外し可能だろ」



















 その日の夕方。



「おかえりポンっ!」


「まだいたのか」


「当たり前ポン! わっちはりょーたろーのお嫁さんポン! お婿さんの帰る場所にいるのが、嫁の役目ポンっ」


「嫁じゃねえ」


「違うポン!?」


「ちげえよ」


「ふふんっ! なるほどなるほど、りょーたろーは、通い妻の方が好きなんだポンね?」


「お前はなんでそういつも脳味噌葉っぱ女なんだ……」


「まぁまぁ、お鍋作ったポンよ? 早く入った入った。外は冷え込むポン」


「お前のうちみたいな対応やめろ」















 翌朝。


「朝ごはんできたポンっ! あ、でもでもわっちは近くの川に洗濯行ってくるポンっ、御飯は先に食べててポンっ」


「あ、おい……」



 洗濯から帰宅。


「ふぅ……冬場の川は冷たいポンね。手の感覚がないポン。……ポン? なんでりょーたろー、食べないで座ってるんだポン? ご飯冷めちゃったポン」


「ちょっと待て」


「ポン?」


「お前、何当たり前のようにここにいるんだよ」


「ポン? それは、一連の流れを顧みるに」


「誤魔化すな。あれか? このままなし崩しに居座って、そのまま娶ってもらおうとかなんとか考えてるのか?」


「うっ」


「タヌキお前今、『うっ』て言ったよな」


「言ってないポン、ただの呼吸音だポン」


「呼吸の度にうっうっ言うとかどんな生物だよ」


「吸って〜? うっうっ。吸って〜? うっうっ……と、このように呼吸を重ねていき––––」


「変な儀式をするな」












「おかえりなさい、あなた」


「お前は妻じゃない」


「開口一番否定ポンね。……まぁいいポン、既成事実でも作って」


「おい今なんつった」


「美味しいスッポン鍋ができたわよ〜って言ったポン」


「料理名で誤魔化せてねえよ」











「あれ? 今日も食べてないポン? ご飯冷めちゃったポン……」


「……お前が帰ってくるの、待ってたんだよ」


「ポン?」


「お前がつくってくれたもんだ。なのに、遅く起きて来た奴が先に箸をつけるのは……なんかこう、違う気がする」


「つまり、りょーたろーは愛する妻の帰りを待ってたポンね……!?」


「ちげえよ頭蓋空っぽ女」


「とうとう葉っぱすら取り除かれちゃったポン!?」







「りょーたろーりょーたろー!」


「なんだよ」


「わっちにも猟銃の使い方教えてほしいポンっ」


「嫌だよ」


「なんでポン!? りょーたろーが薬草採取に行ってる間、わっちが狩りをすれば効率上昇間違いなしポンっ」


「なんかお前に教えたら四肢撃ち抜かれて監禁されそうでヤダ」


「そんなことしな……う、うん。絶対しないポン」


「今ちょっと考えたろ」


「ひゅ、ひゅー、ひゅー……」


「口笛できてねえよ」


「で、でもりょーたろー! わっち、りょーたろーの役に立ちたいポン!」


「……もう十分過ぎるくらい尽くしてくれてんだろ」


「ポン?」


「なんでもねえよ。後……」


「?」


「なんか、女に狩りさせて、その間自分は楽するっつうのは、性に合わない。……お前は、そのまま料理でも作ってろ。オラが獲るもの獲ってきてやる」


「きゅん……やだ、うちの人ちょーかっこいいポンっ」


「旦那じゃねえよ」


「でもでもっ、料理作ってればいいってことは、ずっとここにいていいってことポンねっ?」


「……」


「ちょっ、りょーたろー! 大事なとこポン、返事してポン!」


「……狩り行ってくる」












「なんだか最近りょーたろーが優しいポンっ」


「は? 何言ってやがる……おっと、今日はオラが洗濯行く。手が痛いんだろ? たまには休め」


「ふふふっ、やっぱり優しいポンねぇ〜?」


「……るせえ撃つぞ」


「死にたくないポン!? あっ、今のは死んでりょーたろーに会えなくなるのが嫌だって意味だポン。ありゃりゃぁ〜りょーたろーわっちに愛されてるポンねぇ? 子供は何人ほしいポン?」


「何故いつも殺したくなるような言い方をする」







「よお。ここ()に降りて来るのも久々だなぁ、良太郎」


「ああ、三ヶ月ぶりくらいか? おっちゃん」


「元気してたか? 相変わらず独身か? 引きこもり小僧め」


「……るせえな、相手がいねえんだよ」


「ポン? わっちがいるポンよっ!」


「何故お前がここにいる」


「お? んだよ水臭え。えれぇべっぴんさんじゃねえかよ、お前の嫁さんか?」


「違「そうポン! りょーたろーの妻ですポン!」」


「おうおうご丁寧に。おりゃぁコイツの親父の頃からの付き合いで、柳瀬っつうもんだ。こいつの嫁さんってんなら、何かしら会う機会もあるかもしんねえし、よろしくな」


「よろしくお願いしますポンっ!」


「だから違「もぅ〜照れちゃ嫌だポンよ? あ・な・た❤︎」……お前後で尻尾引き千切ってやるからな」


「ひいっ!? 痛いから嫌だポンっ!」


「痛いで済むのかよ尻尾」


「ガハハハっ! すげえ打ち解けてんなぁ、おめぇら」


「だからそれはこいつがしつこ「えへへぇ、照れちゃうポンっ」」


「だがまぁ、もうわかってると思うがな、嬢ちゃん」


「ポン?」


「良太郎、こいつぁいかんせん口がわりぃ。親が死んでも山を降りねえから社交性ねえし、口の悪さが増す一方だ。本音一割心にもねえ罵倒九割と来たもんだ。素直じゃねえし、細けえことぐちぐち気にしやがる」


「ポン……」


「おいおっちゃん、何勝手に……」


「だからよ、嬢ちゃん。こいつが求婚する度胸なんざねえのも知ってる。大方嬢ちゃんが惚れたくちなんだろうけどよ? 本気で惚れて、支えてく覚悟があるなら……」


「……はい」


「良太郎のこと、よろしく頼むぞ。……こいつだって、好いてくれる女のことを邪険にするほど捻くれちゃいねえ。きつく当たってるようで、多分嬢ちゃんのこと大切に想ってるとは思うからよ。だから嬢ちゃんも見捨てないでやってくれな」


「……はい。ちゃんと、この人のこと、支えます。……ポン」


「……勝手に外堀を埋められていく」







「えへへぇ、仲睦まじい夫婦って言われちゃったポンっ!」


「お前の鼓膜は都合よく物事を曲解するのか。というか、何でいるんだ、付いて来たのか?」


「ふふんっ! りょーたろーが村へ行くなら、妻として自己紹介しなきゃいけないと思ったポンっ」


「お前は妻じゃねえ」


「ふっふっふ。やなせさんに聞いたポン。そーやってわっちを否定するのは、照れ隠しから来る行ど––––いたっ、いだだだっ! 尻尾引っ張らないでポンっ! ちょ、ホントにぃ、ホントにちぎれちゃうポンっ!!」


「ハハハ。テレカクシカラクルコウドウナンダヨ、オオメニミロ」


「どこの言語ポンっ!? 棒読みになってて怖いポンっ! ちくしょうやなせさんめっ、騙しやがったなポンっ! りょーたろー全然照れてないポンっ」


「……多少は」


「ポン?」


「……多少は。まぁ、なんだ。オラも、照れる。人の子なんだからな。照れ臭いこと言われたら、顔だって熱くなる」


「りょ、りょーたろーがっ……」


「あ?」


「りょーたろーが、デレたポンっ……!!」


「……」


「えっへへへ、とうとうわっちの好意にひれ伏したポンね? ならば、早急につがいの契りを––––いだっ、いだだだだだっ! やめっ、ブチって切れちゃうっ、部位欠損の出血多量で死んじゃうポンっ」


「……調子にのるなメスタヌキ」








「もう春だポンねぇ」


「……ああ」


「今年は冬場も活動した分、春はだらけたいポンねぇ」


「……ああ」


「……話聞いてるポン?」


「……ああ」


「夜はまたスッポン鍋にするポン」


「……ああ」


「今日ものどかでいい天気ポンねぇ」


「……ああ」


「朝から出ないってことは、今日は狩りを休む日なのかポン?」


「……ああ」


「……わっちのこと、好きですか? ポンっ」


「……」


「あっ、無言は卑怯ポンっ! ちゃんと言うポン! 沈黙するってことは肯定してるって意味だと考いだっ! ちょっ、気に入らないことがあるなら言うポンっ! 最近挨拶感覚で尻尾引っ張ってるポンっ!」


「……言えないことだって、あるんだよ。察してくれ」








「お花見に行きたいポン」


「一人で行けばいいだろ」


「なっ、好きな人と美味しいものを食べながら、綺麗なものが見たいという、淡い乙女心がわからないのかポンっ!」


「お前のは全然淡くないだろ。濃厚でどろっどろじゃねえか」


「乙女心があることは否定しないポンねっ! うん、女と思われてる証拠ポン。当初に比べてかなりの進歩ポンっ」


「心の在り方を否定されたのに何故嬉しそうなんだ」








「なんだかんだ言いつつ、最後にはわっちのワガママを聞いてくれるところ、大好きだポン」


「……そうかよ」


「桜、綺麗だポン……」


「ああ……それは同意する」


「その調子で結婚にも同意してくれてもいいポンよ?」


「……そういうところさえなければな」


「ポン?」


「……なんでもねえよ」


「それにしても……去年からは想像もできないくらい、和やかな春だポン」


「……何かあったのか」


「あっ、いや。ただただ、野生の動物のくせに人並みに知能持っちゃって、罪悪感なんてものまで覚えちゃったものだから、人の畑の作物を荒らすのが忍びなくて、裕福な農家さんから、本当に、本当に最低限必要な食べ物だけありがたく無断でいただいていたんだポン。ひもじくてひもじくて毎日死にかけてたポン」


「大変だったんだな」


「あれ? 同情してくれるポン? やっぱり、りょーたろー丸くなったポン」


「……そうなのかね」


「うんうん、そうに違いないポンっ。最初の頃なんて、わっちを追い出す気満々で、いつもわっちのこと睨んでたポン。作物荒らしの罪悪感で鍛えられた精神力がなかったら、多分泣いて逃げ出してたポン」


「そんなにか」


「そんなにポン」


「……残っていてくれて、ありがとうな」


「……ポン? 今、なんて……」


「……二度は言わない。それより、腹が減ってきた。ちょうど昼時だろ、弁当開けていいか」


「……もっとはっきりした声で聞きたかったポン」










「ご飯はもうできてるポン。勝手に食べてポン」


「? ああ」


「……洗濯行ってくるポン」


「ああ」



「ただいまポン。……なんで食べてないポン?」


「お前が一番に食べるべきだ。作ってんのはお前なんだからな」


「……ふん。なら、先にいただくポン」


「……なあ、勘違いだったら悪いが」


「なんだポン」


「調子、悪いのか? それとも、機嫌が悪いのか」


「……別に?」


「そうか。今朝は、やけに静かな気がしてな」


「そんな日もあるポン」


「……なぁ、朝飯なんだが」


「……?」


「なんだろうな……少し、味が違うような気がする……わけでもないんだが……物足りない」


「はっきりしないポンね。言いたいことがあるならちゃんと言うポン」


「……お前が静かだと、逆に落ち着かない。お前は、もう少し喧しい方がいい。オラは、その方が好みだ」


「……ぷふっ」


「……あ?」


「ふ、ふふふ……あはははっ!! やーいやーい! 引っかかったポンねぇっ!」


「は?」


「押してダメなら引いてみろ作戦ポンっ! ようやっとりょーたろーの本心が聞けたポンっ! ぷふっ、りょーたろーは、普段のわっちが好きなんだポンねっ? もうもう、照れちゃうポンよ〜わっちもりょーたろーが大好きポンっ」


「……ちげえよばか」


「……あ、あれ? 罵倒にキレがないポン? も、もしかして、ほんとにわっちのことっ……」


「……」


「ああん、もうっ! すぐ黙り込むのは悪い癖ポンっ、言わなきゃ伝わらないことだってあいだだだだだっ!!」


「お前にもその悪い癖を植え付けてやろうか」


「う、植え付けるっ……なっ、何するかポンっ!? 今回はわっち、それほどムカつくこと言ってない気がするポンっ! まっ、まさか照れ隠しっ!? 嬉しいけど、もっと可愛げのある照れ隠しを……ふぁ!? やっ、やめるポンっ! ほ、包丁なんて持ってきて何する気ポン!? まっ、まさかっ……あうっ、やめてえっ、尻尾の毛切らないでぇっ! わっちが狸だった唯一の証なのぉっ」


「あはははははははははははははははは」


「いっ、活き活きしてるポンっ……!? 暴力旦那っ、家庭内暴力ポンっ!」







「穢された……誰にも切らせたことなかったのに。もう、お嫁にいけないポン」


「そいつはよかったな」


「ちょっ、そこは、『オラが可愛いお前を一生幸せにしてやるよ』ってカッコよく手を差し伸べてくれるところポンっ!」


「んなキモいことするかハゲシッポ狸」


「りょーたろーがやったんだろポン!?」











「お前、本当は語尾にポンてつけなくても喋れるんじゃないのか?」


「一応喋れるポンよ」


「喋れるのかよ」


「まぁ、これは訛りだとか、そんな類いのものに似てて、いわば生来の口癖みたいなものポン。意識すれば、それなりに普通に喋れるポン、疲れるけど」


「……なんか、すまなん」


「ポン?」


「お前が狸だから、義務感で付けてるのかも思ってた」


「義務感で口調変えたりしないポンよ」





「えへへ、おはようっ!」


「ああ」


「ご飯できてるよっ! 今朝は早く起きちゃったから、先に洗濯して来ちゃった! 朝ごはん、あったかいまま一緒に食べれるねっ」


「お、おう」


「う〜〜んっ、やっぱり朝でもあったかいお米の方が美味しいよねっ! 1日が始まるって感じかな? これからはもっと早起きして、洗濯することにしよっかなぁ」


「……いいと思うぞ」


「でもでもっ、それだと早く寝ないといけなくなっちゃうから、夜にりょーたろーとご飯食べる時間、短縮しなくちゃいけなくなっちゃうな。それも嫌だしなぁ……うーん、難しいよ」


「……」


「りょーたろーは今日はどうするの? 薬草採り? それとも狩り? わっちは、たまにはりょーたろーと一緒に一日中日向ぼっこでもしたいなぁ」


「あ、あぁ……たまには、いいかもな」


「でしょ? なんだろ、わっちばっかり喋っちゃうのはいつものことだけど、今日はいつもよりりょーたろーも表情が柔らかい気がするね。よく眠れたのかな?」

 

「……なぁ、狸」


「んー? なぁに?」


「……変なものでも食べたか?」


「なっ、失礼だなぁ! わっち、確かに狸だけど、人並みの知恵もあるし、ちゃんと食べられるものと食べられないものの区別もつくんだからっ。……あっ、もしかして、りょーたろーわっちの健康のこと心配してくれてるの? えへへへ、ありがとね? まぁまぁ隠しなさんな、このこの〜照れ屋さんめぇ」


「いや、なんか……口調がいつもと違うっつうか、別人っつうか。でも、話してる内容は概ね平常通りで」


「あ、うん。昨夜りょーたろーが『普通に喋れよクソダヌキ』とか言ったから、わっち、普通に喋ってみてるんだよ」


「言った覚えないことを捏造されてるんだが」


「で、どうどうっ? わっちが口調変えた感想は? やっぱり、印象変わっちゃう? 愛情覚えて、抱きしめたくなっちゃう?」


「抱きしめねえし、今更覚えるかっての。……まぁでも、正直……その口調は似合ってる。その、結構……可愛い」


「ふぁっ……!? なっ、何言ってるポンっ!? りょーたろーこそ、へ、へへへ変なもの食べたんじゃないのかポン!!?」


「元に戻ったな。まぁでも、そのポンポン言う口調の方が、オラは好きだぞ」


「……本当に最近、りょーたろーが優しくて恥ずかしいポン……」










「ここに来て、もうすぐ半年ポンね」


「あっという間……じゃなかったな。お前がうるさくて毎日濃かった」


「でもでもっ、その方がりょーたろーの好みにはあってるんでしょポン?」


「……」


「沈黙は肯定してるってことだって、りょーたろーの隣にいて、学んだポン」


「……そうかよ」


「そうポンっ! やっぱり、わっちはこの先もずっと、死ぬまでりょーたろーの隣にいたいポンっ! りょーたろーは、こんな煩くて喧しい狸、嫌かポン……?」


「……知らねえよ」


「……りょーたろーは、いつになったらわっちのことを好きになってくれるポン?」


「それは……もう、無理だな」


「っ!? やっぱり、りょーたろーは、わっちのこと……」


「ああ、好きじゃねえよ。でも––––」


「っ!」


「その、オラは、お前のことを愛「りょーたろーのアホっ!!」お、おいっ!?」


「ちょっ、どこいくんだよっ! タヌキっ!」











「確かこっちの方に走っていったはず……」


 良太郎は後悔していた。勿体ぶらず、もっと早く自分の気持ちを伝えていれば良かったと。

 まさか、『好きじゃない』の一言で、あんなにもタヌキが取り乱すとは思わなかった。

 思えば、今まで彼女に一度も『嫌い』だの『好きじゃない』だのと、明確な拒絶の言葉を贈ったことはなかった。

 いつもはぐらかして、『出て行け』だのと、心にもない事を言っていた。


「タヌキー! おい、タヌ……ぁ」


 呼びながら気づく。

 良太郎は、彼女の名前を知らなかった。

 人間と同じだけの知恵を持ち得ている彼女のことだ。きっと、名前を持っているに違いないのに。

 いつだって、寄り添ってくるのはタヌキで、良太郎はされるがまま。

 彼女へ自分から寄り添うこともなければ、日頃家事全般を受け持ってくれていた彼女に、『ありがとう』の一言も述べない。

 その上で、今回の当てつけのような仕打ちだ。

 愛想をつかされても仕方がなかった。


「ごめん……ごめんな、タヌキ……」


 いつだって、明るくて喧しいお前がいたから、数年を独りで過ごしたオラも、最近は寂しくなかった。

 家へ帰るのが、毎日楽しみになったんだ。

 なんの変哲も無い鍋でも、二人で囲めばこれ以上ないほど美味しかった。

 毎日家の近くに来ると、夕飯のいい匂いがして、腹の虫が鳴るんだよ。

 早く、お前の作った料理が食べたいって。


 くぅ〜っと、間抜けな音が聞こえた。


 そう、こんな具合に……って、は?

 近くの茂みからの音だった。

 ガサリと続けざま葉の擦れる音がして、半ば確信して茂みに手を突っ込んだ。


「ひゃぁっ……」


「……タヌキ、こんなところに」


「りょーたろー……」


 茂みから渋々といった様子で顔を出した彼女は、どこか落ち込んでいて、目は腫れぼったくて折角の美貌が台無しだった。


「なぁ、飯がまだ残ってるだろ。戻ってきてくれよ」


「嫌だポン」


「なんで……」


「ぐすっ……だって、りょーたろーはわっちが嫌いなんでしょポン。もう、迷惑はかけないポン。あのうちにも行かないポン。なんなら、撃ち殺してくれても––––」


「んなことできねえよっ!」


 思わず大声を出してしまう。ビクリと肩を震わせるタヌキに罪悪感を覚えるが、良太郎は止まらない。


「お前を殺すなんて、できっこねえよ……」


「なんでポン。わっちは、もう作物荒らしはしないって約束したポン。なら、もう餓死するしか道がないポン」


 変なところで律儀な奴だ。

 本当に。本当に変で、物好きな女。

 オラみたいな捻くれた男を、いつだって好きだと言ってくれた。


「なら、ずっとオラの家にいろよ」


「ポ……ン……?」


「ずっといてほしい。お前がいないと寂しい。さっきは本当に悪かった」


「で、でも、迷惑じゃぁ」


「多少迷惑かけてくれた方がオラにはいい。どうか、オラの隣にいてくれ」


「……いいのかポン」


「ああ。お前を、その……愛してるんだ」


「〜〜〜〜!! う、嬉しいポン! わっちもりょーたろーが大好きポン、愛してるポン〜〜!!」


 ひしっと抱きついて来る。タヌキのくせに、いい匂いがするが少し生意気。でも、それさえ愛おしい。


「もう絶対離れないポン! 一生隣にいるポンっ」


「ああ、頼む。ずっと……あ」


「どーしたポン?」


「……お前の名前、教えてくれ」


「わっちの名前? あっ、そういえば言ってなかったポンねっ! ……聞きたい?」


「勿体ぶるな。教えてくれ」


「ふふんっ! 聞いて驚けポン! わっちは、『花』って言うんだポン」


「……ふっ」


「あっ!? なんで鼻で笑うポンっ!?」


「いや、案外可愛い名前してんだなって」


「それわっちが可愛くないって意味かポン!?」


「いや、お前は最高に可愛い」


「ふぁっ……ちょっと、そういうこと真顔で言わないでポン……!」


「事実だ。今まで言わなかったから今回の件に繋がった。なら、オラがこれから羞恥を捨てればいい」


「……照れ臭いポン」


「照れてる花も可愛いな」


「ふぁぁぁっ……やめてポンっ、恥ずかしいポンっ! でも、嬉しいからもっと言ってポンっ」


「どっちだよ」


「どっちもポン!」


「無茶言うな」


 そうしてひとしきり話して、綺麗に仲直りして。

 奇妙なタヌキと人間の男女は、同じ小屋へと帰って行った。















 ある山の奥深くに、一軒の小屋があるらしい。

 そこに住んでいるつがいはとても仲が良く、それでいて奇妙なのだとか。

 日々を愛おしみ、妻のお腹に宿る新たな命に想いを馳せて、互いを想いやる彼ら。

 妻のお尻には、一本の尻尾が生えているらしいのだが、そんなことは彼らとって些細なことである。




























(お腹、空いたポン……)


(まずいポン。もう、体を動かす力も残ってないポン)


「なんだ、狸か」


(りょっ、猟銃!? 猟師さんかポンっ! こ、殺されちゃうポンっ、撃たないでっ……)


「飢え死に寸前か。これ、食うか?」


(へ……? キャベツに……ほ、干し肉!?)


「きゅー……ん、きゅー……ん(そんな……こんなご馳走、もらっちゃ悪いポンよ……)」


「狸のくせに、そんな飢えて動けなくなっても人間の作物に手ぇ出さないとは感心だ」


(それは……人様がせっせと育ててるものに手をつけるのは、気が引けるからで……)


「お前の良識に免じて、見逃してやる。ほら、水もやるから、もうなるべく村には降りてくるんじゃねえぞ」


(なんなんだこの人……凄い優しいポン)


「じゃあな、俺はあの山に住んでる猟師だ。人里に降りねえなら、また会うこともあるかもな」


(かっ、カッコいいポンっ……ヤバイ、心臓ばくばくいうポン)


「きゅー……ん。きゅーん……(ありがとう……人間さん。このご恩は忘れません。いつかお礼を……具体的には、お嫁に行きますポン……)」


「……ああ。またな」












「と、いうことがあったから、わっちはここに来たんだポン!」


「鳴き声で言われてもわかるわけねえだろ」

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