その8・悪魔っ娘の本気
マチュアが異世界ジ・アースにやってきてまもなく一か月が経過する。
ドワーフの商隊がやって来るまでは、まだまだ時間がありすぎる。
箒に乗って旅び回れば、その気になればドワーフの商隊など探すのは難しくはない。
だが、こっちの都合でドワーフの商売を邪魔するわけにはいかない。
なので、マチュアは開き直ってのんびりすることにした。
神聖アスタ公国の公都アスタード。
ここ一か月の間に、人々は忘れていた文化を少しずつ取り戻している。
マチュアの作った『カナン商会グループ』という商会を中心に、アスタードは少しずつではあるが活気を取り戻し始めた。
カナン商会は酒場、雑貨屋、衣服屋、食料品店、銭湯の五つの店舗で人を雇い、街が活性化するために一役買っている。
全ては大地母神ガイアのもたらした奇跡であると神殿も宣言し、更に人々のガイア信仰も強くなっている。
都市のあちこちでバラバラに住んでいた人達も少しずつ中心部に集まり、さらに街が発展していく。
だが、相変わらず街の外縁部や公都以外の森林の中の衛星都市は暴力が支配しているらしい。
まさに『このイカれた時代にようこそ』を時で行っているようだ。
早く誰かタッポイしてやれよ。
公都中央公園付近は、マチュアのカナン商会と国の公共事業により、外見的には文明を失う前まで戻りつつある。
カナン商会の雑貨屋はフロリダが、銭湯はロータスが担当。
そして衣服屋はカメリア、食料品店はリコリスがそれぞれ担当している。
彼女たちが責任者となり、人を雇い商売をしているのである。
酒場は基本マチュアだが、殆どいないので四人のうち手が空いた人が責任を持って管理している。
マチュアが料理方法を教えたので、店で出す料理もマチュアのもの以外にメニューは増えている。
人々の顔には笑顔が戻りつつある。
‥‥‥
‥‥
‥
城塞都市・ワルプルギス。
冒険者街の雑貨屋・パスカル商会のカウンターで、マチュアは渋い顔をしている店主と話をしている。
「一つ銀貨二十枚。これ以上は無理」
「いや、うちの儲けも考えてほしい。銀貨六枚」
「なら銀貨十五枚‥‥どや?」
「間をとって銀貨十枚なら?」
んんん?
マチュアは予測通りの値段まで下がったのを確認。
もともとそんなもんで売ろうとしていたので、それで妥協。
「なら、石鹸を一つ銀貨十枚。百個持ってきたのでハウマッチ?」
「金貨十枚な。ほらよ」
──ジャラッ
袋に入っている金貨を受け取り拡張バックに放り込む。
「しっかし、マチュアは一体何処からこういうものを仕入れて来るんだい?」
店主のパスカルがマチュアに問いかけるが、相変わらずマチュアはニヤニヤと笑っている。
「企業秘密なう」
「その言葉の意味がわからん。マチュアの住む地方の言葉なのか?」
「そ。この辺りの石鹸は粗悪品なので、私の国のものがこんなに売れるとは思わなかったですよ。あ、ドラゴンの牙買います?ソーマもありますよ」
──ブ〜ッ
後ろでアイテムを物色している冒険者たちが噴き出している。
「全く‥‥ソーマを一つ頼む。いくらだ?」
「なんぼでいきますか?相場は白金貨三十枚ですよね?」
「なら、ドラゴンの牙と合わせて二十五枚だな」
「合わせて四十五枚ですよ?サービスで三十五でどうです?」
「まあそれで良いよ。でも、うち以外には売るなよ?」
「わかってますって。商売は持ちつ持たれつ。お互いに良い関係と行きましょうよ」
「クックックッ」
悪い商人が二人で悪巧みしている。
店内の冒険者もマチュアとパスカルのこのやり取りを楽しみにしているものがいるらしく、微笑ましそうに笑っている。
──カツカツ
すると、ドラゴンランスのレオニードが店内にやってくると、真っ直ぐにパスカルの元にやって来る。
「おや、レオニード、何か入り用かい?」
「ああ。探し物なんだが、炎を纏う魔剣を探している」
「へぇ。そんな珍しい武器はなかなかないよ?魔剣ともなると最低でも第二階位のアーティファクト。うちではアーティファクトは扱ってないよ?」
ニッシッシと笑うパスカル。
これにはレオニードも頭を抱える。
レオニードの視界に入っていないマチュアは、拡張バックから『炎帝剣』という両手剣を取り出して焔を纏わらせているが、レオニードは気づいていない。
仕方なくそれをしまうと、周りの冒険者が笑いを堪えている。
「そうか、済まなかったな‥‥それじゃあ他を当たるよ」
そう呟いて、レオニードは店の外に出て行った。
「‥‥私は蚊帳の外かい」
「魔法薬とかならマチュアの方が良いもの持ってるけど、武具は持ってないと思っているんじゃないの?さっきのは鑑定する?」
──ムッ
笑いながらそう呟くと、パスカルはキセルのようなものを咥えて火をつける。
──モクモク
香りから察するにタバコ。
それもかなり上質。
そのまま炎帝剣を鑑定するが、興味本位の冒険者も思わず吹き出すレベル。
「プハー。これも第七階位アーティファクトか」
「買取はおいくらで?」
「もうあんたが何持ってても驚かないよ。あと、それは国宝級、国が一つ買えるレベル。しかし、マチュアさんは冒険者の割には装備か普通だし、そのローブだって市販品、魔術師の割には杖もない。武器使うクラスなの?」
たしかに。
普段からベレー帽とローブ、肩掛けバックという装備である。
「ちゃんと魔法使えるわ‼︎武器だってほら」
拡張バックから炎帝剣をしまって普段使いのハルバードも引き抜くと、それをパスカルに見せる。
「ふぅん‥‥」
眼鏡をかけ直し、キセルを咥えたままでハルバードの鑑定をする。
──ダラダラダラダラ
嫌な汗が噴き出し、目が泳ぐ。
「ふ、ふ〜ん。あっそ、これは第八階位アーティファクトね、あっそ‥‥」
規格外武器きました。
その声に、あちこちの冒険者もマチュアを見る。
「あんたのそのカバンには、何が入っているんだぁぁぁ」
思わず絶叫するパスカル。
ならば。
──スッ
チョコマフィンを取り出してパスカルに差し出す。
「食べる?」
そう呟いて、マチュアも紅茶マフィンを取り出して食べ始める。
同じく近くでギャラリーしていた冒険者にもマフィンを手渡す。
──モグモグ
そして美味しそうに食べるマチュア。
それを見てから、パスカルや冒険者も端っこを千切って口に放り込む。
「子供のオヤツで騙される私とでも‥‥」
──ガバッ
突然マフィンを手に取ると、ガツガツと食べ始める。
そして全て食べ終えると、パスカルは一言。
「マチュア、あんたの食べていた色違いも出しなさい」
「は。はい‼︎」
その迫力で思わず出してしまう。
するとパスカルは紅茶マフィンを鑑定の天秤に乗せる。
──ギィィィィィィッ‥‥カタン
中央の水晶をじっと見る。
「製作者がボヤけている。それに価値が銀貨一枚?嘘でしょ?この味なら金貨一枚でも文句言う人はいないわよ?」
「お、一個売ったら元取れるぞ。流石ウォルトコだ」
納得するマチュア。
このマフィンは、元々拡張バックや空間収納に入っていたもの。
真央がよく買い物に行っていた、外資系大型ショッピングセンター『ウォルトコ』の目玉商品。
何故か分からないが、この空間収納には、ウォルトコの様々な商品が入っている。
それもコンテナ単位で。
悪魔ルナティクスが買い物にでもいっていたのかと、思わず苦笑しながら納得することにはした。
すると、パスカルはマチュアに金貨を一枚手渡す。
「は?これ何?」
──モグッ
そう話している最中に、パスカルは天秤の紅茶マフィンも食べ始める。
「全くけしからん。そのバックの中身はオヤツ入れか?魔法のカバンにオヤツと武器だなんて‥‥」
「ドラゴンの牙とポーション、ソーマも大量にあるで〜」
「全く。そんなものをぶら下げて歩くなよ。攫われたらどうするんだ?」
やれやれと言う顔のパスカル。
「ちなみにさっきの菓子は売ってくれるのか?」
「何個?」
「あるだけ売れ‥‥一つ金貨一枚でどうだ?」
「あるだけは嫌だ。今度パスカル用に持って来るから、それまで待ってなさい」
そう告げると、マチュアは急ぎ足でパスカル商会から飛び出した。
「お〜い、ハルバード忘れてるぞ‥‥全く、これだから街の外から来た子は‥‥」
そう笑いながら、パスカルはマチュアのハルバードをカウンターの後ろの壁に掛けて置いた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「さて、資金が増えた、足りないものはなんだったかな」
ごそごそとメモを取り出すと、雑貨屋などの不足品を確認する。
──ガラガラガラガラ
マチュアの後ろに馬車が走って来る。
「あ、釘も足りない。鍛冶屋も回らないとなぁ‥‥早くドワーフ来ないかなぁ」
そんな事を呟いていると。
突然馬車が走りながら扉を開くと、マチュアの背後から大きな袋を被せた‼︎
──ガチャッ‼︎バサッ
「ふぁ‼︎」
(うわ、え、拡張バックの中身を全て空間収納へ)
すぐさま拡張バックの中身を移すと、その瞬間に拡張バックが力任せに引っ張られた。
──ブチッ
肩紐が千切れて拡張バックが奪われる。
そして外から聞こえる魔術詠唱。
(強睡眠か‥‥効かないんだけどなぁ‥‥まあ、ここは捕まってやろうか‥‥敵性防御‥‥)
こっそりと防御詠唱を行うと、マチュアはそのまま寝たふりをする。
──スヤァ
「ふっ、所詮は半魔族の小娘か」
袋から聞こえるマチュアの寝息。
それを信じて、男たちは話を始めた。
「フェザー様、この袋は空ですぜ、こいつどこに隠しやがった」
「馬鹿野郎。それはバックの中を別空間で広げてあるアーティファクトだ。それよりも早く首輪を出せ」
──ゴソゴソ
フェザーの言葉で、男はすぐにカバンから『隷属の首輪』を取り出す。
それを手にしたまま袋の中に手を突っ込むと、マチュアの首にそれを嵌める。
──カチッ‥‥ブゥゥゥン
首輪が起動し、水晶が輝く。
その瞬間に敵性防御が強制解除される
(うわぁ、何だこれは?サーチ、対象は隷属の首輪)
──ピッ
『隷属の首輪:首輪の根元にある水晶にギルドカードを差し込む事で、隷属契約は成立する。付けられた奴隷が主人に逆らうと『戒めの雷』が全身に流れる』
(付与魔術は破壊するのか。でもこれ簡単に外れそうな気はするし‥‥透視)
意識化で魔法を発動する。
すると袋がスッと透明化するが、首輪から体内に電撃が流れている‥‥らしい。
(あ〜、この程度か。人間ならきついよなぁ)
マチュアにも有効打撃ではあるが、そもそも体のつくりが違う。
この程度なら気にするレベルではない。
「さて、明日にはこの娘からこの袋の中身を全て出して貰おうか」
「話では、この中には第七階位の武器まであるらしいですぜ。それを魔王に献上すれば、フェザー様は間違いなく王家御用達となることが出来ましょう」
「ふっふっ。私がその程度で満足するとでも?」
どこから湧き出したかわからないが、自信満々でそう話している。
「まあ、この小娘には儲けさせてもらおう。そのあとは‥‥娼館にでも売り飛ばせばいい。そう言うのが好きな客を取れるだろうからな」
「親方様も意地が悪いようで」
そんな馬鹿話をしていると、どうやらフェザーの屋敷に到着したらしい。
跳ね橋を超えて屋敷に入ると、マチュアは離れの建物に袋を被せられたまま運び込まれる。
扉が開かれ、さらに地下に降りる。
そこはカビ臭い地下牢らしく、その中にマチュアは放り込まれた。
──ドサッ‥‥カチッ
鍵もかけられたらしい。
ならばそろそろかなと、マチュアは袋を外した。
「ココハドコタァ、ワタシニナニオスルノオ‼︎」
この大根役者が。
震えるフリをしてそう呟くと、マチュアを連れてきた男が下卑た笑いを見せる。
「まあ、お嬢ちゃんが悪いんだぜ。フェザー様の取引を断るからなぁ。何処の貴族の娘か知らないが、宝物を肩からぶら下げていたら攫ってくれと言っているようなものだからな」
そう話して、男は何処かに行ってしまう。
‥‥‥
‥‥
‥
「まあ、意識のないままにエッチいことしなかったのは褒めてやろう‥‥しかし、随分と攫われているなぁ」
良く見渡すと、あちこちの檻に人影が見えている。
しかも、数人はもう死にそうなほど衰弱している。
「ありゃ、こらマズイわ」
右手を前に出してゲートを繋ぐと、そっちの檻の中に歩いていく。
「もしもし、私の声が聞こえる?」
そう問いかけると、まだ幼いヒト族が震えている。
「もう大丈夫だよ‥‥完全治癒」
そっと抱きしめて傷を癒すと、マチュアは空間収納からりんごジュースとアンパンを取り出す。
「ゆっくりと食べてね。そして、もし貴方を出そうとする人が来たら、その隅っこに行って。あとは何も喋らない事‥‥必ず出してあげるからね」
そう告げて、マチュアは檻にマジックロックを発動する。
魔力強度を上げて、そんじょそこらの魔術師では開けられないようにする。
それを一つ一つ順番に行うと、マチュアは自分の檻に戻って軽く仮眠した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
多分朝。
階段を降りる音でマチュアは目が醒める。
「ふぁ‥‥」
目を凝らして良く見ると、そこには昨日マチュアを檻に放り込んだ男が立っている。
「お、起きたか。フェザー様がお前を連れてこいとよ。抵抗すると雷撃が走るから覚悟するんだな」
──ガチャッ
「ワ、ワタシヲドウスルノ」
まだ大根役者。
だが、男にはそんなことはわからない。
「ほら、出てこいよ‥‥」
そう呟くので、マチュアはオズオズと出て行く。
そして男の前を歩くと、一階の奥の部屋に連れていかれた。
石造りの広い部屋。
そこには様々な器具が並べられている。
そのどれもが人体に苦痛を与えるものであることを、マチュアは理解している。
ずらりと並んだ中世の拷問器具の数々。
ご丁寧に『鋼鉄の処女』まで並べられていた。
その部屋の手前に、フェザーが笑いながら待っている。
「おや、お嬢ちゃんにはいつぞや世話になったねぇ」
そう呟きながら、後ろ手に固定されたマチュアに近づく。
「私に何かすると酷いわよ?」
そうニヤニヤと笑うとマチュア。
だが。
──ペッ
マチュアの顔面に唾を吐きかけると、フェザーはマチュアの顔面に平手を入れる。
「少しは怯えてくれないと困るんだよ。このバックは君のものだろう?中身を全部出してくれたら解放してあげるよ」
平気な顔で嘘をつく。
馬車の中で話は聞いている。
「嫌だね。それよりもとっとと解放してくれないかな?」
──ドガッ
今度は力一杯マチュアを蹴る。
予めステータス画面で痛覚を切っているので、痛みなどない。
「その、減らず口を何処まで続けられるかな‥‥」
そう呟きながら、マチュアの頭を掴む。
──チクッ
すると、帽子に手をかけたらしく、フェザーの手にツノの先が軽く刺さった。
「痛っ‥‥そんな所にナイフかなんか隠しているとは」
「や、やめろ、帽子は取るな、後悔するぞ」
そう呟くが、逆にフェザーは帽子の中身に興味を示した。
「ははぁ。ここに大切な何かを隠しているのか‥‥」
そう呟くと、フェザーは力一杯帽子を吐き剥がす。
──ピッピッ
『ツノの露出確認、残念属性を解除、残虐属性を起動』
──シーン
室内に沈黙が走る。
マチュアの頭に生えているツノを見て、その場の全員が驚く。
──ブチッ
軽く後ろ手を縛っていたロープをちぎると、マチュアはローブを脱ぐ。
──シュルルルルッ
尻尾を伸ばし、翼を生やす。
そして右手に力を込めてゴキゴキッと鳴らすと、しゃがみこんでしまったフェザーを見下ろす。
「な、なんだその姿は‥‥跪け、貴様はわしの奴隷だ、跪かんか‼︎」
慌ててマチュアに命令するが、マチュアは隷属の首輪に手を当てる。
「完全粉砕」
──パァァァァァン
水晶が砕け散り、首輪がボロボロに崩れ落ちる。
「あ、悪魔‥‥だと‥‥馬鹿な‥‥」
ガクガクと震えるフェザー。
そして恐怖のあまり、その場から逃げようとする部下たちのほうをじっと見る。
「恐慌…‥‥『動くな』」
その呪いの言葉で、部下たちも心臓を握られたように身動きが取れなくなっている。
そしてマチュアはフェザーの方を振り向く。
「唾をかけられて平手打ち、あとは蹴り一発だよね?それで許してあげるわ‥‥」
「ひ、ヒィィィィィィ」
近くにある拷問用の細い針を掴むと、フェザーはそれをマチュアに投げつける。
──パシッ
それを受け止めると、とりあえず細い針を丸めて丸めて小さな鉄球を作る。
──ゴトッ
それを床に落とすと、マチュアはフェザーに向かって笑いかける。
「さ、それじゃあ行きますか。一発目で死なないでね?」
「た、助けてくれ、何でもする‥‥頼む、命だけは‥‥」
必死に哀願するフェザー。
だが、そんな事でマチュアは動かない。
「え、何でも?」
あ、心が動いた。
「そ、そうだ。何でもする。なんでも言うことを聞きます‥‥だから命だけは‥‥」
「ん。それなら、貴方の権利を全て頂戴。身分も、立場も、貴方の商会全てを頂戴‥‥」
ニィィィッと笑うマチュア。
これにはフェザーも動揺するが。
「悪いけど、あんたたちの存在は、私にとっては敵なのよねえ」
近くの部下の方を向くと、とりあえず頭を掴む。
──ミシミシッ
骨が軋む音と同時に、部下の頭が痛く砕け散った。
──ドサッ
「さて、次はどれにしようかな‥‥」
そう話しながら部下を選ぶ。
そして直ぐにフェザーに向きなおると、全身血まみれの状態でフェザーの腕を捕まえる。
「どうするの?」
「わ、わかった、何でもする‥‥何でもするから許してくれ‥‥」
上も下もびしょ濡れのフェザー。
涙と小便で汚くなっている。
「じゃあ、手続きしましょうか‥‥」
落ちているベレー帽をかぶってツノを隠すと、マチュアは新品のローブを身に纏う。
「譲渡契約書はどこで書いてくれるの?」
「じ、術式契約書は全て私の私室にある。そこまで行かないと」
──ブゥゥゥン
その言葉で、マチュアはフェザーの首に魔術文様を浮かび上がらせた。
魔力による入れ墨のようなもので、たんなる脅しだが、こうすれば脅しにならない。
──ブゥゥゥン
残っている部下の首にも同じものを浮かび上がらせる。
「あれと同じものが貴方の首にあるの。それでね、私に逆らったら‥‥」
──パチン
(真空刃)
指を鳴らした瞬間に、見えない刃で部下の首を刎ねる。
大量の血飛沫が飛び散り、そのショックで残った部下たちも意識を失う。
──ブゥゥゥン
残りの部下の首にもそれをつける。
そしてフェザーを見たとき、辛うじて意識を保っているのが見えた。
「それじゃあ行きましょうか?」
もうフェザーには、逆らうことはできない。
ただ静かに頷くだけであった。
そして建物にマジックロックを施すと、生き残ったものを逃さないようにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
大量の書面。
全てにフェザー自らのサインと魔術印が押されている。
それを確認すると、マチュアはのんびりとフェザーを見る。
「さて。それじゃあ殺しますか」
「ま、まて、約束が違う。生かしてくれるのでないのか?」
「だって‥‥私の正体を見たから‥‥」
ザワッ
フェザーの背後に、死神が張り付いている感覚が襲った。
「言わない、誰にも、何も言わない‥‥頼む」
「なら、私と出かけましょうか。この書面の効力を発行してもらわないと。商人ギルドに行けばいいのかな?」
──コクコク
力一杯頷くフェザー。
なら行くしかない。
「なら、早く着替えてね。その後に商人ギルドに一緒に行きましょう。貴方一人ではダメ、本当に全ての権利が私になっていなかったら‥‥その場で殺す」
──あわわわ
大慌てで着替えると、フェザーはマチュアを連れて商人ギルドに向かう。
直ぐ背後にマチュアが付いて歩いているので、フェザーは何処にも逃げられない。
やがて商人ギルドに到着すると、フェザーは二階の部屋に向かい、ギルドマスターにマスケット商会の全権を譲渡する手続きを始めた。
手続きの最中、フェザーはただ黙々と話を続ける。
マチュアがフェザーの隠し子である事、フェザーの体の調子が良くないので、引退して娘に全権を譲渡するなど、もっともらしい理由で手続きを完了した。
‥‥‥
‥‥
‥
屋敷に戻ると、マチュアは倉庫の死体をすべて消滅する。
完全粉砕でチリにすると、地下に閉じ込められている子供達を全て助け出す。
全てが人間だったので、ゲートを使ってカナン商会の前に送り出すと、いよいよ残りはフェザーと生き残った部下たち。
「さて、貴方たちは約束を守ったから生かしてあげる。今後もこの『カナン商会』で商売して、私の商会を儲けさせなさい」
は?
突然のマチュアの提案に、フェザーや部下たちは驚きの顔をする。
「そ、それはどういう事ですか‥‥」
「私が欲しいのはこの世界の地位。これで私はカナン商会のマチュアとしてこの世界で遊べるのよ。だから、貴方は私の僕として頑張りなさい。羽目を外すのは構わない、ちゃんと給料もあげる」
その言葉で、フェザーは少しホッとする。
「でもね、貴方が私を殺しても荷物を盗もうとした事、ここに私をさらってきた事、全てを許すわけではないわよ。せいぜい頑張って生きなさい。私はすぐに遊びに来るから」
そう告げると、マチュアは正面玄関から堂々と出て行く。
残ったフェザーは、ようやく意識を失うことができた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「‥‥やり過ぎたかなぁ‥‥いや、所詮はゴブリンだから良いか」
宿の部屋に戻って風呂に入る。
自前の石鹸で綺麗に身体を洗うと、髪についた血も洗い流す。
匂いが残らないようにシャンプーとリンスも忘れずに。
そして着替えてから魔法の熱風で髪を乾かしていると、マチュアの部屋をノックする音が聞こえてくる。
──コンコン
すぐさまツノを隠してローブを羽織ると、マチュアは扉に向かう。
「どなたですかー」
「アレクトーです。あの、ライトニング卿が今宵お逢いしたいという事で、お迎えにあがりました」
楽しそうな声のアレクトー。
ならばとマチュアも出かける準備を始める。
「着替えたら一階に向かいますね」
すぐさま別の拡張バックを取り出して肩に下げる。
そして荷物を少しだけ移しながら階段を降りて行くと‥‥。
「あ、パスカル商会にハルバード忘れた」
おもむろに忘れ物を思い出す。
すぐさま外に出ると、すでに馬車が待っていたので、そこで待機しているアレクトーに一言。
「パスカル商会にハルバードを忘れたので、取りに行きたいのですが」
──ププッ
あ、笑われた。
「あの大切なものを忘れるなんて。御者さん、パスカル商会に回ってくださいな」
「了解しました。通り道ですから問題ありません」
「という事ですので、どうぞお乗りください」
と席を勧められる。
それなら良いか。
「では遠慮なく」
すぐさま馬車に乗り込むと、一路パスカル商会へと走り出した。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。