その7・悪魔ルナティクスの夢
長い夢を見た。
夢の中で、マチュアは地球の、知らない建物の中にいた。
大勢の人々と、楽しそうに話している。
この、悪魔ルナティクスの身体であるにも関わらず、そこの人たちはルナティクスを受け入れている。
一体どこなんだろう。
この身体の、本来の持ち主である悪魔ルナティクスは、どうして地球にいたんだろう。
言葉が聞こえてこないが、楽しそうなことはわかる。
そして、その建物の中から見えた、外の風景。
そこは、生前の真央が経営していた居酒屋『冒険者ギルド』の近く。
大きな自然公園の敷地の中。
そうか。
悪魔って、意外と近くにいたのか。
──フゥゥゥン
夢の意識が途切れ始める。
そして、ゆっくりと夢から現実に頭の中が切り替わって行くと。
………
……
…
「ただーいまっと」
いつもの宿屋のいつもの部屋。
ワルプルギスの宿屋に、マチュアは立っていた。
(あ、あれ?)
アスタードの酒場の二階で眠っていたはずなのに、長い夢から覚めると、ワルプルギスに立っている。
しかも、それが不思議なことでは感じない。
まるで、夢の中で起こっていた事が、現実であったかのように。
もしそうなら、この身体の中には、まだ悪魔ルナティクスの魂が残っている。
(なにかのタイミングで、ルナティクスの意識が戻るのか……という事は、あの夢は現実で……)
ブンブンと頭を振る。
自分の知らないところで、勝手に体が動いている。
それは恐怖であるはずなのだが、今のマチュアには、それが普通に感じている。
(まあ……勝手に体を使わせてもらっているのは私も同じか……そのうち、全て教えてもらいますよ、ルナティクスさん)
そう自身の魂に語りかけると、マチュアは着替えてから階下へと降りていった。
……
…
──ザワザワサワッ
すぐ隣の冒険者ギルドに向かうと、どうもカウンターが騒がしい。
「んんん?なんかあったのですか?」
人混みを掻き分けてマチュアがやって来ると、ギルドマスターが頭を抱えている。
「これはどうも。マチュアさん、貴方の依頼なのですが、受けてから探しにいくのではなく、エルフを見つけてきたので依頼を受けたいという方が大勢来てまして……」
──ソーッ
ゆっくりと振り向くと、大勢の冒険者パーティが、これまたエルフを連れてやって来ている。
「こりゃあ参ったなぁ……どれ、それじゃあ私がエルフが本物かテストしてあげよう……」
『アクティブスキル:エルフ語』
この世界の叡智を持つらしい悪魔のスキル。
ようは全ての言語を理解できる。
考え方によっては、実に当たり前のスキルである。
『一旦みなさん下がってください。そしてエルフだけ、私の前に並んでくれますか?』
そうエルフ語で話してみる。
だが、誰も下がることはなく、誰も前に出ない。
──ハァ
軽くため息をつく。
「ギルドマスター、依頼で嘘ついたらどうなるの?嘘ついて依頼をクリアしようとしたら?」
「レベルドレイン、悪質な場合は資格取り消しだな」
ふぅん。
「範囲型・魔力の鎖、全対象」
──チャキィィィン
突然、その場の冒険者や偽エルフの足が、マチュアが魔法で生み出した『魔法の鎖』で捕らわれる。
「なっ、なんだこれは?」
「こんな魔法見たことも聞いたこともないぞ‼︎」
「動けない、どういう事だ、説明しろ」
まるで暴動が発生しそうなので。
マチュアは種明かし。
「私、さっきエルフ語で話しかけたんですけど……なんて話したか理解してますか?」
………
……
…
少しの沈黙ののち、一斉に振り向いて逃げようとする。
だが、足が固定されているので逃げられるはずがない。
──カァァァァッ
その光景に、真っ赤になって怒鳴るギルドマスター。
「貴様たち、一定期間、冒険者資格を停止する‼︎」
その怒声と同時に、その場の全員の体が淡く輝く。
『ペナルティ:ギルド員資格の半年間停止』
その場の全員にこれが付与されていた。
怒鳴るだけでこれが出来るとは、ギルドマスター、恐るべし。
ならばと魔力の鎖を解除する。
「うぉつ」
突然歩けるようになると、どの冒険者もカウンターにはしっていく。
これは何かの間違いだとか
この町で生まれ育ったエルフだとか
とにかく言い訳がましい事この上ない。
まあ、目を細めてエルフを見ると、どいつもこいつも変化の魔術でエルフになっているだけである。
「さて、見苦しいので、あと10数えたら魔術中和を詠唱しま〜す。いーち、にー、さーん」
──ウワァァァァァ
一斉に立ち去る冒険者たち。
それでも何組かは残っている。
そして魔術中和を発動した時、残っているエルフのつけている指輪が次々と砕け散り、オークやゴブリンに戻っていく。
「そ、そんなバカな」
「第四級の変化の指輪だぞ、半魔族に破壊できるはずが」
──ハッ
ドドドドドッ
残ったものたちも逃げていく。
それを見ていた隣の酒場の冒険者たちは大爆笑である。
「まったく嘆かわしい。見たところどいつもこいつも20レベル以下、なんで楽して稼ぎたいかなぁ」
ギルドマスターがカウンターで頬杖をついて呟く。
「私よりもレベル高いのになぁ……」
──キョトン
その言葉に、ギルドマスターが驚いている。
「マチュアは何レベルだ?」
そう問われて、ギルドカードを提示する。
レベル表示は3+。
なので嬉しそうに。
「3レベル‼︎」
──はぁ〜
深くため息をつくギルドマスター。
「3レベルの半魔族が第三聖典の大地の鎖を使うとは……世も末だわ」
「あ、あれ第三聖典なんだ。知らなかったわ」
「その後の魔力中和は第四聖典だぞ。どこで学んだ?
「田舎のじっちゃんの持ってた本」
適当なことを言う。
だが、素直に信じているようだ。
「そっか。お前の父親は魔人族かなんかなんだろうなぁ。なんでお前3レベルなんだ?」
「依頼受けたことない」
「そっか……仕事しろ」
「うん、ごめんなさい」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
大量の掲示板を眺めるマチュア。
成り行きで依頼を受けることになったので、ボーっと依頼を探している。
「モンスター討伐はあるけど亜人種討伐はないか……周りがそうだから、そうだよなぁ」
腕を組んでウンウンと考えていると。
──ヒョイ
襟首を掴まれて、後ろに運ばれる。
「ふぁ?」
目の前にはオーガのパーティ。
どうやらマチュアが邪魔らしい。
「何しますか‼︎」
「この辺りの依頼は危険が多い。低レベルのレベリングならあと二つ向こうの掲示板だ。そっちなら危なくないぞ」
あら、外見によらずお優しい。
なのでそっちを見に行くが。
「……まあ、どこの世界も一緒かぁ」
薬草採集
都市部のゴミ拾い
下水のドブさらい
子守り
砦までの荷物運び
隊商護衛
etc
「予想通りとはいえ……お?」
いきなり一枚の依頼書をひっぺがす。
それを持ってカウンターに向かう。
「これ受けます‼︎」
「ん?ああ、少し前にあった西方森林のヒト族砦の調査か。ライトニング卿のパーティが殲滅した跡地の調査、ヒト族の手掛かりとかあったら回収するように」
──ポン
受領印を押されると、マチュアは一目散に目的地へと向かった。
………
……
…
鬱蒼と茂った森。
その奥地にあるヒト族の砦。
元々は小さな村だった場所に城砦を築いたらしい。
村を囲む壁は破壊され、内部の建物も半分以上が焼け落ちている。
腐り果て、獣に食い散らかされたらしい白骨死体があちこちに散乱し、人などすでに存在しない。
「ここがヒト族の砦。本当に掠奪されたあとみたいだなぁ」
のんびりと歩いて回る。
燃やされていない破壊されただけの建物を調べると、崩れ落ちた下に武器や防具が残されているのを見つけた。
「まだ残っているものもあるか」
普通の大袋を取り出し、その辺の武具を放り込む。
さらに別の残骸を調べて見ると、そこは雑貨屋だったらしく壊れ打ち捨てられた日用雑貨が大量に転がっている。
どれも使い物にはならない。
残った家々も調べて回るが、斬り捨てられたらしい白骨死体があちこちに転がっている。
「男の死体か……こうなると元が誰なのかはわからないのか」
目を凝らしても、どの白骨死体も個人を特定できない。
そのまま夕方まで調べていると、日が暮れる前に街に戻りたいので、急ぎ街の近くに転移した。
………
……
…
「随分と早いなあ」
──ポン
日が暮れてから城門に入り、真っ直ぐにギルドに向かう。
そこで依頼完了報告と、回収してきた剣を手渡すと、ギルドマスターは完了印を押してくれた。
「これが報酬の金貨二枚な。剣は回収対象だからうちで預かるよ」
「それは構いません。重いし使わない……それよりも、あの砦はヒト族の生き残りはいなかったの?」
それが疑問である。
どの白骨死体も、その大きさから成年男性以上、女性や子供の白骨は残っていない。
「生き残りのヒト族は奴隷商人が買い取って売り飛ばしたぞ。男は鉱山へ、女はその鉱山の娼館へ。残った子供は……ああ、この前マチュアが宿に連れこもうとしていただろう?」
???
??
?
「ふぁ‼︎」
言葉が詰まる。
ロータスとフロリダの仇は、この前マチュアが助けたライトニング卿とドラゴンランスであるらしい。
「ああああああ……やっちまったぁぁぁ」
──ブワッ
涙が溢れる。
どうもこの悪魔アバターはマチュアの精神年齢を少し引き落としているかもしれない。
「ななんだなんだ、おい、頼むから泣き止んでくれ」
側から見ると、ギルドマスターが少女を泣かせている。
「ううう、依頼完了ありがとうございました……」
トボトボと歩いて出ていく。
どんな顔してロータスたちにあったら良いのか分からない。
気分を紛らわせるために公園に向かおうとしたら。
──タッタッタッタッ
「いたいた、マチュアさん‼︎」
「探しましたわ。中々見つからなくて心配してましたのよ」
レオニードとアレクトーが嬉しそうに走ってくる。
それに気づいて足を止めると、マチュアは突然アレクトーに抱きしめられた。
「喜んでください。マチュアさんから買い取ったソーマから蘇生薬が完成したのですよ。それで先程、ライトニング卿が生き返りました‼︎」
──ボロボロボロボロ
マチュアの瞳から大粒の涙が溢れる。
「はうわぁぁぁぁん‼︎」
マチュアの鳴き声が響く。
すると、アレクトーがマチュアを優しく抱きしめた。
悔しナミダなのに、嬉し涙と勘違いされている。
「泣くほど嬉しいなんて……ライトニング卿は、マチュアさんにも是非お礼を言いたいそうですよ。後日宿まで迎えの馬車が来 行きますので」
くっそお。
もう一度殺すか?
そんな事を考えるが、マチュアが泣き止み始めると、アレクトーとレオニードももう一度頭を下げて立ち去っていく。
「くっそ、このアバターは感情の起伏がおかしい。少しオーバーに反応するぞ」
ぐしぐしと鼻を鳴らしながら、マチュアは近くの露天で焼き鳥を購入。
ベンチで食べながらウィンドウを開く。
「アバター説明。タイプ悪魔……」
──ピッ
『悪魔ルナティクス・アバター:300年戦争時、暗黒大陸のグランドアザーン帝国国王アル・ラギア・グラールによって召喚された異世界悪魔のアバター。
使用時は感情の起伏に変化が起こる。ツノが外に出ているときは残虐属性が発動し、ツノを隠しているときは泣き虫ドジっ子残念属性が発動する。それぞれの状態で専用のコマンドスキルが存在する』
「なあガイアよ。今度腹を割って話ししようや」
その説明を見て呆気に取られる。
そのまま暫くはやけ食いモード。
10本食べて落ち着く頃には、日もすっかり落ちている。
公園向こうの繁華街では、貴族や商人、冒険者が大勢繰り出しているのが見える。
違うのは、そこにいる種族。
ヒトではない、俗に言う亜人種。
それが大手を振って歩いている。
「また奴隷商人のとこに奴隷いるか探しにいくか」
気晴らしに商店街を歩いていく。
すると、何処の店もマチュアを見てそわそわしている。
「あ、まだありますので〜」
次々と断りながら服飾店の前を通る。
そのまま通り過ぎようとして、ふと足を止めた。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めで?」
「ん、全部買う。大人と子供、男女別に分けてください、全部買います‼︎」
「毎度ありぃ♪」
実に嬉しそうな店主。
そして綺麗に折りたたんだ衣服をいくつもの袋に詰めて、マチュアに差し出す。
「しめて金貨で十六枚でお願いします」
「はい、ではこれでお願いします」
拡張エクステバックから金貨を取り出して支払うと、マチュアは受け取った荷物を全てしまう。
「どうもありがとうございます。しかし、お客さんのバックはあれですか、内部拡張の加護が与えられているのですか……」
あ、この世界では普通にあるみたいです。
ならば堂々と。
「ええ。そこそこに入りますよ。じゃなければ、買い占めなんてできませんよ」
にこやかに笑うマチュアだが。
「まあ、お客さんの収納力でしたら、恐らくそれは第一階位のアーティファクトかと。使いのものにそのようなものを授けるとは、貴方の主人はどのようなお方で?」
「えーっと……詳しくはお伝えできませんので。それでは失礼しますー」
スタコラサッサと逃げるように歩いていく。
………
……
…
暫く歩いて町外れの家畜市場にやってくると、商人はマチュアを見て揉み手をしながらやってきた。
「これはこれはマチュア様。先日お買い上げいただいた奴隷はどうですか?」
「しっかりと働いてくれてますよ。今日はいないのですね?」
周囲を見渡しながら、奴隷がいないのを確認する。
そうそういつでもいるものではないようだ。
「ヒト族の奴隷は中々手に入りませんよ。先日の砦襲撃みたいなことがない限りは。何か他に入りようでしたらご用意しますが」
そうは言っても、すぐに思いつくかと言うと、思いつかない。
キョロキョロと周囲を見渡して見ても、ここは家畜市場、奴隷以外など牛や鶏のような家畜しかいない。
牛や鶏。
──パン
思わず両手を合わせるマチュア。
ならば、これしかない。
「牛を下さい。オス一頭とメスを二頭で」
「お、そう来ましたか。では早速〆て来ましょう」
繋がれているロープを引っ張って、と畜場へと連れて行こうとするので。
「ちょいと待った‼︎生きたまま買います」
そう叫んで商人の元に走る。
「生きたままですか。血抜きなどは慣れないと難しいですよ」
「大丈夫ですよ。という事ですので、お値段は?」
「はぁ。金貨三十枚ですが、宜しいのですか?」
──ジャラッ
纏めて三十枚支払うと、マチュアは牛に繋がってあるロープを預かる。
「家畜は馬以外は都市部には連れて行けませんぞ?」
ならば。
「こっちの裏門から一度出ますので、お願いします」
商人にそう告げると、ニコニコしながら裏門に向かう。
そして門番に話をすると、裏門がゆっくりと開いた。
「マチュア殿、こちらからどうぞ。ですが、裏門からどちらまで?」
そう商人が問いかけるので、マチュアはニィッと笑う。
「我が主人の使いが近くまで来てくれる手筈ですので、ではこれで」
そう告げてから、マチュアは門番に銀貨を十枚ずつ手渡す。
「お礼は頂けません」
「まあ、そう言わずに受け取っていただけませんか。私が無理を言って門を開けてもらったのに、ご迷惑をおかけした貴方たちにお礼をしていないと私が主人に折檻されてしまいます」
ニコリと笑うと、門番たちも納得してくれた。
「そうですか。では、お嬢ちゃんの安全のため受け取りましょう」
笑いながら受け取って貰うと、マチュアは早速門から外に出て行った。
そしてしばらく森の中を歩き回ると、ゲートを開いて酒場の外へと帰っていった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。