その41・未知の階層と世界の崩壊
黒焔龍から魔力核を回収してから。
レオニード達は再びベースキャンプの撮影を開始。
それを上空の絨毯の上で眺めつつ、マチュアはウィンドウを展開して、自身の使えるコマンドや魔術の確認を始めた。
ここからが地球人・水無瀬真央の本番、まずは今までルナティクスが使っていた魔術などを全て調べることにした。
「……うひゃぁ、殆ど使える……どんだけハイスペックなんだ、悪魔ルナティクス・ボディは」
次々と浮かび上がる文字列に、マチュアもハイテンションになる。
「……おーい、マチュアさん、何を叫んでいるのですか?」
「まーちゃんも一緒に食事するお‼︎」
レオニードとラオラオがマチュアを手招きする。
その横では、冷気結界を展開して休憩に入れるように準備をしているアレクトーとトイプー、そしてゆっくりと再生を開始している黒焔龍の死体を警戒しているボンキチの姿が見える。
「しかし……盟約に囚われているので、死すら自由にならないとは……」
ボンキチが黒焔龍の頭部に問いかけるが、未だ再生の最中にある黒焔龍は何も語ることはない。
頭部や切断された四肢、内臓に至るまでが、ゆっくりと再生を始めている。
その光景には、ライトニングの面々も度肝を抜かれている。
「取り敢えず魔力が回復したら、すぐに先に進もう。ここで黒焔龍の復活をのんびりと待っているわけにはいかないからな」
レオニードが仲間たちに告げると、全員が同じ意見で一致している。
すぐさまベースキャプでアレクトーとトイプー、ボンキチが休息に入ると、レオニードとラオラオが周辺の警戒を始める。
「ふぅん……敵性警戒系魔術はまだ覚えてないのか。さて、私はどうしますかねぇ」
マチュアは絨毯の高度を下げながら、空間収納からカップを三つと冷たいレモネードを取り出し、二つに注いでレオニードたちに差し出す。
──スッ
「ほい、レモンで気力でも回復するよろし。ハチミツも入っているから、疲労回復にも役立つよ」
差し出されたカップを受け取ると、レオニードとラオラオは軽く頷く。
「これは酒場カナンの新メニュー?」
「んにゃ。誰でも作れる、簡単な疲労回復用の飲み物。酸っぱいけど、効き目はかなりあるよ。冷たいうちに飲んだほうがいいね」
──ゴクッゴクッ
すぐさまそれを喉に流し込むと、レオニードとラオラオは目を丸くした。
「これは凄い。リッチェロの実を絞ったのか。それに蜂蜜とは、絶妙な組み合わせですね?」
「人族の知恵。ポーションほどではないが、疲労の回復には役立つ。魔族では、こういう知識はないから、失った心力や魔力の回復は、休息しかないでしょ?」
「まーちゃんの言う通りらお。これ程の効果があるなんて、全く知らなかったお」
「ああ。今更ながら、人族の知識というのには驚かされる。こんなに簡単なものなのに、魔族は何も知らない……」
しみじみと呟くレオニード。
ならびと、マチュアはさらに話を続けた。
「大災厄のあと、人族と魔族の文化は逆転したわよね。けれど、逆転してから、魔族は得られた文化を進化させようとはしてない筈。そして人族も、失った文化を取り戻そうとはしなかった……そりゃあ。この世界が崩壊を始めてもおかしくはないわね」
「なっ‼︎」
「神様たちの話の通りらお?」
マチュアの言葉には、二人とも絶句している。
なぜ、マチュアが世界の崩壊まで話しているのか。
「……マチュアさん、俺たちは、悪魔ルナティクスこそが魔族を率いてヒト族を滅ぼそうとしていたのを知っている。にもかかわらず、マチュアさんは、ヒト族と魔族の共存を訴えていた。ルナティクスが魔族に対しての裏切りとも取れる行為をしていた理由、世界の崩壊とは、本当なのか?」
──コクリ
レオニードになら、その真実だけは告げてもいいだろう。
「本当よ。ヒト族が滅んだら、次に魔族は大回帰を始めるでしょうね。倒すべきヒト族がいなくなると、その矛先は同胞に向く。やがて魔族同士の抗争となって、最後には全ての命が失われてしまう……だから、この世界にヒト族は必要なのよ」
淡々と語る真実。
マチュア自身もどうして、そんなことを知っているのが不思議ではならない。
けれど、魂の中にいた、もう一人のマチュアの記憶が、それを物語っていた。
思い返すことはできないが、彼女の経験も記憶も、全て深淵の書庫に登録されている。
いくつかの事柄にはフィルターが掛かっており、それを覗き見ることはできない。
けれど、知り得ることならば、それは自身の記憶としてフィードバックできる。
「……なら、まずはこの大陸のヒト族と魔族の共存から。その邪魔をするルフト・シュピーゲルは排除しなくてはならないのか」
「し〜っ、どこで覗き見されているのかわからないお。迂闊なことは口にしないほうがいいお」
ラオラオが慌てて口元に指を立てる。
だご、マチュアはニヤニヤと笑っている。
「見られてないわよ。私の魔法で、私たちを監視している魔法が発動したら、警告が出るようになっているからねぇ」
──ニィィィッ
笑いながら呟くマチュア。
すると、レオニードは腕を組んで考えてしまう。
「俺たちよりも、マチュアさんが世界を救ったほうが話が早いような気がするんだがなぁ。少なくとも、ルフト・シュピーゲルには楽勝で勝てるだろう?そのまま大陸を納める王になったほうが、話は早くないか?」
「そのあと、他の大陸に行くのは?レオニード達が向かって全て収めてくれるのなら構わないわよ?それに、私は悪魔。私が大陸王になったら、また魔族がつけあがるわよ」
ウンウンと頷きながら、ラオラオはレモネードのお代わりをポットから注ぐ。
それをぐいっと飲み干しながら、レオニードの肩を叩く。
「おいら達なら大丈夫だお。ここで伝説の武具を手に入れて、とっとと帰るお」
「だが、回収した魔力核は全て王家の買い取り、鑑定した武具まで買い取られるのだぞ?」
ラオラオとレオニードが話をしてあるが、マチュアは素知らぬ顔。
その買取の件だって、マチュアには対応策がある。
まあ、今はそれを説明する必要はないだろう。
「まあまあ、それにはいい方法があるのよ。鑑定して何もなかった魔力核だって、実際には使い道があるのよ?」
「そうなのか?」
「まーちゃん、それを教えて欲しいお」
驚く二人に、マチュアは頭を左右に振る。
「まあ、ここから出るときに教えてあげるわよ。魔族の常識と人間の常識の違いを教えてあげるから」
そう説明すると、マチュアは深淵の書庫の中で仮眠を取りはじめた。
「あ、まーちゃんが寝たお」
「休ませて良いよ。あの結界が全方位の探査系魔術を発していると聞いているから、何かあったらすぐに起きるだろうさ」
そう返事を返してから、レオニードとラオラオはのんびりと他の面々が起きるのをじっと待っていた。
そして、すっかり魔力が回復したアレクトーとトイプー、ボンキチが眼を覚ますと、そのまま交代してゆっくりと体を休めることにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
第四階層。
灼熱の回廊の発する熱量はさらに激しさを増し、耐熱魔法で抵抗力を高めているライトニングの面々にも、徐々にダメージが蓄積し始める。
頬を伝って落ちる汗が、足元の石畳に落ちてジュッと音を上げて蒸発する。
魔法処理していなければ、マチュア以外の装備はあっという間に燃え上がっていたかもしれない。
「ハァハァハァ……」
「……あーちゃん、水が欲しいお」
「もう少し我慢して。結界に集中して魔力をコントロールしないと、この熱量を抑えられないのよ」
「それにしても、こんな所まで来られるとは……」
第四階層に入って、すでに半日は歩いている。
途中で幾度となく、炎の精霊やフレイムサラマンダー、炎の巨人など、数多くの魔物と遭遇してきた。
だが、どれだけ戦っても、どれだけ歩いても、守護者の待つ部屋まで到達しない。
「一体、この回廊はどうなっているんだ……」
汗をぬぐいながら、レオニードがちらりと後ろを飛んでいるマチュアを見る。
──モグモグ
すると、マチュアは空間収納から取り出したアイスクリームを、美味しそうに食べている。
好物の、ウォルトコのミントチョコチップ。
それの業務用サイズを抱えて、モグモグと食べているのである。
「ま、まーちゃん、おいらも冷たいの食べたいお‼︎」
「わ、私も……お願いします」
「宜しければ、是非……」
ラオラオとアレクトー、トイプーが懇願する。
すると、マチュアは全員が入れるサイズの冷気結界を作り出すと、そこに着地した。
──ポン
すぐさま全員分のアイスを取り出して手渡すと、開口一発。
「なんで同じところをぐるぐると歩いてあるかなぁ……」
「え?同じ所?」
慌てて全員が回廊を見る。
熱気で回廊の先は陽炎のように揺らいでいる。
そこに入り込むと、知らないうちに途中の回廊まで転移されている。
暑さと疲労で、正しい判断力が奪われてあるのである。
「光よ……我らに道を示した前……」
アレクトーが詠唱を開始すると、目の前の陽炎の向こうに、Y字型の分岐点がある。
「あ、あんなところに逃げ道が……」
──ガクッ
思わず膝をつくアレクトー。
「お、おいら、気がつかなかったお……」
思わず自分を責める二人だが。
「まあ、これで分かった?今のパーティーの実力では、ここが限界。それでも三層攻略まで行けたのだから御の字よね?」
マチュアは笑いながら呟く。
「せめて、ここの階層守護者までたどり着きたかったのだが、それもやむなしか……」
「ん?その分岐の先が階層守護者の部屋だよ?行くのなら止めないけど、どうする?」
レオニードの呟きに、笑いながら返事をするマチュア。
すると、ボンキチがマチュアに一言。
「マチュアなら、その階層守護者を倒せるのか?」
これには、マチュアも腕を組んで考える。
「この先のは爆龍か。まあ、難しくはないと思うけど?」
「なら、後学の為に、その戦いを見せて欲しい」
いつになく真摯なボンキチ。
それには、レオニードも頷いているのだが。
「まあ、それは構わないけど……参考にならないわよ?」
「それでもお願いします」
「是非とも、見せて欲しいお」
そう頼まれるのならと、マチュアはポリポリと頭を掻きながら、先頭を進むことにした。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




