その16・理不尽がいっぱい
ステファンの結界で拐われてからすでに十日。
ワルプルギスとアスタード、そして例の不思議な夢と、あちこちに出かけていたマチュア。
最近では、この夢を楽しみにする事も多くなって来た。
死んでしまった以上、地球の事など夢でしか見る事ができない。
けれど、最近はさらに、何処かのファンタジーな夢を見る事も多くなった。
知らない国の酒場。
そのベランダ席で、ハイエルフの姿のマチュアが、何処かの『のじゃロリ姫』や綺麗な商人と楽しそうにしている。
夢から醒めると会話などは覚えていない。
だが、凄くリアルな夢であった。
………
……
…
シャイターン王国王城・正門
マチュアは転移で王城まで足を運んだ。
先日のグラントリ女王の部下の暴走、影武者との喧嘩について、シャイターンと話をしようとやって来たのである。
正門に辿り着くと、すぐさまボールマンがやって来る。
マチュアの姿を見て一礼する。
「此れは此れはマチュアさ……ん。本日はどのようなご用件で?」
「今、様って言い掛かった?」
「さて、そのような事は存じませんが。陛下とお話しでも?」
マチュアの迫力にすぐさま言い直し、それでも平然とするボールマン。
流石はシャイターンの部下である。
「ティータイムを楽しもうと思ってね。ボールマンさんも如何ですか?」
「それはステキな申し込みです。では、陛下の都合を聞きたいところですが生憎と今は謁見の最中ゆえ、控え室にご案内します」
そのまま広い廊下を歩き、この前案内された部屋に案内される。
──ジーッ
目を細めて部屋を眺めると、マチュアは奥にある騎士の甲冑を指差す。
「今日はあれなの?」
室内を監視する目。
前回は絵画、今回は甲冑らしい。
「マチュアさんを見る為ではありません。全般に、という事ですのでご了承ください……あれ?」
ふとボールマンが室内を見渡すと、本来は来客が来た時点で部屋で待機しているはずのメイドが居ない。
「はて、正門からマチュアさんが来たと連絡があった時点で、メイド室に連絡入れてあったはずですが?」
そうボールマンが呟いた時。
──タッタッタッタッ
翼がボロボロになり、あちこち引っかき傷だらけ。
あちこちが破れているメイド服を着た、ハーピィのメイドが慌ててやって来た。
「あ、ボールマン様お待たせしました。ようこそマチュア様、本日も私が身の回りのお世話を……をををををを」
ハーピィの背後から別のメイドが現れると、襟首を掴んで何処かに連れて行く。
入れ替わりに綺麗な女性がやって来ると、ボールマンに頭を下げる。
「ルームメイドが失礼しました。メイド長より、マチュア様のお世話を仰せつかりました」
メイド室で何が起こったのか大体想像がついた。
これは笑うしか無い。
「あはは。では、先に楽しいティータイムを楽しみますか」
そう話して室内に入ると、マチュアは暫し落ち着いた時間を楽しんで居た。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──コンコン
「マチュア様、お迎えに参りました」
一人の騎士がマチュアを呼びに来る。
以前見た、シャイターンの部屋にいた騎士なのだが、どうも雰囲気が違う。
なにかこう、マチュアに対して臨戦態勢を取っているように思える。
それも、尋常で無い実力を隠している。
──チラッ
横目で騎士をじっとみる。
──ピッピッ
『サンマルチノ・ザ・ブルーザー、魔人族、lv99戦士』
(なんだろ、楽しそうだから様子を見ているか)
そのまま謁見の間に向かうと、ホールでシャイターンと、透き通った水晶のような体の女性が話をしている。
綺麗なドレスに身を包み、豪華な装飾を施された杖を持っている。
(この前も確認すればよかったなぁ……どれ)
──ピッピッ
『クレスト・グラントリ、魔人族、lv99魔導師』
すぐさまマチュアはグラントリに向かって一言。
「はじめましてグラントリ女王。私はマチュア、半魔族です。このような場所でお会いできて光栄です」
軽く会釈すると、グラントリもマチュアに会釈する。
「先日は私の城までいらしたようで。うちのフェイカーが怒ってましたよ、危なく殺されるところだったと」
「罠にかけて楽しんでいた方にお仕置きしただけですよ。女王はご存知でしたか?」
「まさか。あとで報告を受けて冷や汗が流れましたわ」
本気で話しているのかどうかわからないが、敵対意思は感じない。
ならばと、さっきの騎士の元に向かうと、マチュアは鎧をコンコンと叩く。
「あの、ご挨拶したいので、兜を外して貰えますか、サンマルチノ陛下」
そう告げてシャイターン達の元に戻る。
するとガシャンガシャンとマチュアに近づいて兜を脱ぐ。
──カラーン
そのまま兜を投げ捨てると、突然マチュアに掴みかかる。
──ガシッ
両者の手がガッチリと掴み合うと、サンマルチノは相手を潰そうと力を入れて来る。
「ガッハッハ……シャイターンよ、こんな小娘に力で負けるとは……まてまて」
──ギリギリッ
ゆっくりと手首を返されると、どんどんとサンマルチノの体が地面に押し付けられて行く。
──ガン‼︎
両ひざが地面に着き、体が後ろに押し込まれ始める。
「あ、あ?」
何が起こっているのか、サンマルチノはようやく理解した。
「これだから脳筋は……」
──スッ
力試しをしているマチュアに手を差し向けると、グラントリはマチュアの心臓を掴もうとする。
「ほら、この通り……あら?」
だが、どれだけ心臓を掴もうとしても、マチュアの胸部より先には魔力化して伸ばした腕は進まない。
「あ、サンマルチノさんが終わったら相手しますので、待ってて貰えます?」
そう笑いながらグラントリの方を向くと、グラントリは慌ててマチュアに伸ばしていた手を戻す。
「さて、サンマルチノ陛下、どうしますか?」
「このワシが力で負けるか……わかったわかった、わしの負けだ」
──グググッ
さらにマチュアは力を込める。
サンマルチノの、体がミシミシと音を立て、骨が軋み始める。
「わ、ワシの負けを認めた、離さんか‼︎」
「御免なさいといえ‼︎」
「ご、御免なさい……」
──パッ
すると、マチュアはサンマルチノを解放する。
するとすぐにグラントリの方を向くと、スッと手を伸ばす。
「私とまひょふはひわつわはわ」
グラントリの顔が歪み、何を話しているが分からなくなっている。
「あら、この辺が言語中枢かぁ。ある程度は人間の体と同じなんだ……」
軽くグラントリの脳の辺りを撫でると、あちこちを軽く握っている。
すると、マチュアはすぐに手を離した。
「こんなイタズラを仕込んだ悪い人はシャイターンかしら?」
──ニィィッ
力一杯の笑みを浮かべると、マチュアはシャイターンにも手を伸ばす。
「魔人族って、確か回復魔法使えないのよね?これ、潰していい?」
咄嗟に股間を抑えるシャイターン。
「御免なさい‼︎」
──スッ
すぐに手を離すと、マチュアはテーブルを用意する。
「き、騎士団は下がれ……マチュア様、先日と同じ無礼講でお願いしたいのだが」
シャイターンがそう告げると、マチュアはコクリと頷いてティータイムを始めた。
………
……
…
「しかし、どう見ても魔族にしか見えないのだが」
ふぅむと顎に手を当ててマチュアをみるサンマルチノ。
するとマチュアは帽子を外した。
「これで良い?」
──サーッ
その瞬間にサンマルチノが顔面蒼白になる。
グラントリに至っては透き通った汗のような結晶がボロボロと零れ落ちている。
「あら、も、もう帽子を被ってくださりませんか?」
──カポッ
すぐさま帽子を被ると、マチュアは缶コーラをぐびぐびと飲む。
「この格好だと可愛い女の子なんだがなぁ」
「ええ。うちのメイドに欲しいぐらいですわ」
「力ではダメ、魔術でもダメ。どうやったら勝てる?」
「ん、でも私は人間には泣かされるよ?」
──ナヌ?
一斉に驚く。
感情の起伏にはマチュアは逆らえない。
この点ならは、他の魔王にも分がある。
「シャイターンから聞いたのだが、マチュア様? はヒト族を擁護しているようだが。それは険しい道となるぞ?」
「ええ。私の領内でも、ヒト族に対する恨みを抱くものは大勢いますわ。それを忘れて手を取り合うのは無理かと」
そう話しているサンマルチノとグラントリ。
するとマチュアはシャイターンをみる。
「我が領内はマチュアさ……んとの約束によりヒト族の結界に対しては不可侵。外にあるものは対象外で各自で判断」
コクコクと頭を縦に振るマチュア。
「それで良いのか?ヒト族が武力を蓄えて再び侵攻を開始したら?」
そうサンマルチノがマチュアに問いかけると。
「その時は私が人間を滅ぼすよ。同じ轍を踏むということだから」
──ザワッ
顔色一つ変えずにそう呟くマチュア。
それに三人とも寒気を覚える。
「マチュアさんが、我がサンマルチノ王領に望むことはあるか?」
「サンマルチノ王領はヒト族の支配地域とは繋がってないから良いよ、でも、グラントリ王領は隣接地域があるので、できるならシャイターン王領と同じ扱いでお願いします」
──ペコッ
速やかに頭を下げるマチュア。
これには三人も度肝を抜かれる。
「そう簡単に頭を下げられると……」
「なんで? 人にお願いする時は頭を下げる。この席は無礼講だから下げるよ。違ったら……」
「わ、分かった分かったわかりましたわ、グラントリ王領もヒト族の支配地域には侵攻しませんわ」
ウンウンと頷くマチュア。
「しかし、いつまでもこの状況を維持するのか?」
シャイターンが腕を組んでマチュアに問いかけると、マチュアも空を見上げて考える。
「そうなのよねぇ。時を見て、セシリア女王には一度、三王家の方々と話ししてもらいたいんだよなぁ……」
「ヒト族が我が王都に来ることは勧められない。安全を保障できぬ」
「それは我が王領も同じ。たちまち引き裂かれるのがオチだ」
「ええ。今の力関係なら、ヒトは蹂躙されておしまい。結界の中だけで細々と生きるのを提案しますわ」
三王家の話もごもっとも。
解決策が見当たらない。
このまま停滞しても構わないが、いずれ国民が溢れると領土問題も発生する。
「シャイターン陛下、グラントリ陛下、両王領でもっともヒト族領地に近い衛星都市とまずは交易したい。これは駄目か?」
う〜ん。
やはり考える。
それはかなり難しい話である。
「逆に、ヒト族との交易を認める許可証を出すと言うのは?それを持つものはヒト族の結界近くの衛星都市で交易することを認めると」
ヒトを受け入れろ、ではなく魔族を受け入れろ。
それでも進歩ではあると思う。
「冒険者とは違い、商人は利を求める。そこを使うのか」
「成る程ねぇ。それなら私の領地でも許可証は出せますわね」
シャイターンとグラントリが盛り上がるが、一番遠いサンマルチノは頭を捻るだけ。
「うちは、まだ無しか」
「長距離の商隊を送りなさいな。それでどうかしら?」
「許可を出す相手は慎重に。それだけはお願いします」
そうマチュアが告げると。
「我が王領なら、マチュアの商会で行え。お前の手駒で……いや、マチュアの手駒で扱いやすいだろう」
「なら、私の領地でもその商会を通じて共に向かえばいいわね」
「サンマルチノ領も承認した。マチュア様……さんは、すぐに取引のできる衛星都市の準備をお願いしたい。いきなり王国王都には受け入れ難いであろう」
三王が話を進めるので、マチュアはウンウンと頭を振るしかない。
「あ、え〜っと、ではうちの準備ができたらご連絡しますので、その時には是非お願いします」
──ぺこり
再度頭を下げられると、三王家も照れながらも了承する。
やがてティータイムを終えて片付けを終わらせると、サンマルチノがマチュアに一言。
「マチュア様、誠に申し訳ないのだが、一度、悪魔の姿に戻ってくれぬか?」
「ふぁ?」
「それは私からも是非。我らは長き時、悪魔ルナティクス様の姿を見ておらぬ故、本気の悪魔マチュアを覚えておきたい」
──ムゥ
腕を組んで考えるマチュア。
「あのね、本気でビビらないでね?」
「マチュア様はなかなか可愛いですなぁ。ルナティクス様なら、こんな話をしたら蒸発させられていますぞ」
いそいそと後ろを向いたまま悪魔モードに換装すると、悪魔スキルを全てアクティブに切り替える。
そしてゆっくりと振り向くと。
──ガクガクガクガク
三王は震えながら、ゆっくりと膝をつく。
頭を下げたまま、この後のマチュアの言葉を待つしかない。
言葉を紡ぐことさえ、体が言うことを聞いてくれない。
本当の恐怖とはこう言うものだと、三王は改めて思い出した。
──パフっ
すぐさま帽子をかぶると、マチュアは半魔族に戻る。
ツノオレに換装して三王に近づくと、マチュアは一言。
「そんじゃあ、人の国に帰るので、また宜しくお願いします」
そう挨拶をしてゲートを越えていった。
──ハァハァハァハァ
ようやく呼吸が整う三王。
シャイターンでさえ、本気の悪魔モードは初めてである。
「こ。今度からは、最初から無礼講にしてもらいましょう。ね……」
「うむ。ティータイムを所望する」
「何を言うか、そもそもマチュアを半魔族とバカにしたり、部下が暴走して怒りを買ったのは貴公らではないか、我は最初からティータイムを望んでいたのだ……」
しばし三王の争いもあったが、やがて細かい取り決めを話し合い始めた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
アスタード・酒場カナン
シャイターン王領から戻ったマチュア。
悪魔モードのまま、のんびりと酒を飲んでいる。
「あら、マチュアさん、いつおかえりですか?」
フロリダが、嬉しそうにマチュアに話しかける。
どうやら休憩時間らしく、酒場の方で食事を取るらしい。
「なあフロリダ、衛星都市の方はどうなっているんだろうなぁ」
「騎士団で遠征が始まるそうですよ。8つの衛星都市を順に開放するそうで」
それは長い話だ。
だが、それは仕方ない。
これについては、マチュアがどうこうする話ではない。
「そっか。人に任せるのって、なかなかじれったいねぇ……私が動けばすぐに終わるけど、これは動いたら人のためにはならないからなぁ……」
「お悩みですね。何でしたら、私の体でお慰めしますか?」
そっと耳元で囁くフロリダ。
するとマチュアは耳まで真っ赤になる。
裸で抱き合って眠ったことはあるが、本格的なそれはまだ。
「マチュアさんって、悪魔なのにこう言う話は苦手なのですね?」
「こっ、今宵の添い寝だけ命じる! 出掛けてくる」
「クスクス。お気をつけて」
そのまま酒場を飛び出して、羽根を広げてフラフラと飛んでいく。
とりあえず、マチュアは元老院のアマルテアの屋敷へと飛んでいった。
………
……
…
そこそこに広い屋敷。
マチュアはアマルテアの屋敷に到着すると、すぐさま侍女が応接間に案内した。
マチュアが来たと言うことで、アマルテアも急ぎやってくるとマチュアに深々と頭を下げる。
「これは悪魔マチュア、本日はどのようなご用件で?」
そう話を切り出したので、マチュアはゆっくりと話を始める。
「ヒトの話なので、私にはわからないことが多すぎる。なので教えてほしい。魔族が交易許可を受けてヒト族との交易を行いたいと」
──ゲッ‼︎
これにはアマルテアも肝を冷やす。
敵対していたものが、突然だがすり寄って来た。
「悪魔マチュア様の導きですか?」
「う〜ん。話を振ったのは私だけど、向こうは各国の代表的な商会にヒト族との交易許可を出しても良いと。それで、王都ではなくもっとも結界に近い都市をヒト族と魔族の交易都市という事にして、そこで取引をしたいらしい」
そのマチュアの説明には、やはりアマルテアも慎重に考える。
最悪は魔族のだまし討ち、そして王都侵攻も考える。
「まず。セシリア女王にはこの話は?」
「する訳ないでしょ。大喜びで飛びつくに決まってるわよ。だからアマルテアに相談に来たんじゃない。正直どう思う?」
この問いかけにはしばし考える。
そして出た言葉は一つ。
「宜しいかと。但し準備が必要ですな。マチュア様は、その交易の場には参加なされるので?」
──シュンッ
「無理無理。私、この格好でワルプルギスに住んでるんだから、バレるって」
一瞬でツノオレに変化する。
「もし参加するとしても魔族側にくっついて行って、ジッとしてるわよ」
「そうなると、だれか仲介役が必要ですなぁ……魔族をねじ伏せる力量の……」
「「あ‼︎」」
「ステア様とシャロン様たちに仲介はお願いできますか?」
「それは出来る。なら、街道と各都市の安全確認から初めて。全ての整備が終わったら、その時が人と魔族の交易開始だよ」
「では、都度進行状況は報告しますので」
「都市整備とかが終わってからの報告で。その前段階には手を出さないから」
淡々と打ち合わせをするマチュアとアマルテア。
一時間もすると話し合いは終わり、マチュアは真っ直ぐに酒場に戻った。
その日は機嫌も直ったマチュアとロータス、フロリダ、シャロン、フリージアと共に楽しく飲んでいた。
なお、翌朝、またしても全員が全裸で一緒のベッドに眠っていたのは言うまでもない。
全くこの悪魔は。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




