その0・そして俺は悪魔になった
この『悪魔っ娘ライフの楽しみ方』は、以前は『異世界ライフの楽しみ方』という作品の第10部を切り取った作品でしたが、別の作品として独立しました。
内容が第10部と同じ流れになっていますが、視点、その他が違ってきますので、別の作品としてお楽しみいただけると幸いです。
──ガヤガヤガヤガヤ
騒がしい店内。
居酒屋『冒険者ギルド』は、いつものように喧騒に包まれている。
店の近くに大学があるためか、夕方以降は貧乏学生達がたむろし、一番安い『苦学生SP』と名付けられたサービスメニューで腹を満たしている。
「オーダー入りました。苦学生SP四つと、ザンキ二つ、シシャモの天ぷらと……」
「わ〜った(分かった)。伝票置いとけや‼︎ ギーちゃんそっちの注文任せた」
頭にバンダナを巻いたオーナーシェフの『水無瀬 真央が、臨時店員の赤城 湊に指示を飛ばしている。
「店長、私、明日朝一で仕事入っているんですよ?宴会の予約がぁ〜」
「あ!そうだったか?今の仕事場何処だっけ?」
──ジュゥゥゥゥッ
熱々のソースを揚げたての唐揚げに掛けながら問いかける。
赤城は元・冒険者ギルドのアルバイト。
現在は、北海道庁赤レンガ庁舎隣のレストランに勤務している。
この日はたまたま休みだった為、真央が無理を言って来てもらっていたらしい。
「赤煉瓦亭ですよ。北海道庁旧庁舎・赤レンガ庁舎隣のレストランです……6番さんにジンギスカンとザンギ、ラーメンサラダお願いします」
出来上がった料理を次々と並べていく赤城。
その横では、真央もオーダーをこなしていく。
やがて閉店時間になると、店内掃除を終えた赤城も店員も帰っていく。
………
……
…
閉店後ののんびりとした時間。
真央は、テーブルで晩飯のチャーハンとザンギを食べながら、ビールを楽しんでいる。
「しっかし、今日は忙しかったわ。明日の予約票は……と」
横に置いてある予約票を数えながら、明日の仕入れのチェックもする。
──ゴク……ン?
やがてジョッキが空になったので、真央はドリンクカウンターへとビールを注ぎに向かおうとして。
店内の窓辺に立つ、黒い影に気がついた。
(あれ? 確か入り口閉めたよな?)
ポリポリと頭を掻きながら、客の立つ道路側の窓辺に向かう。
「お客様? もう閉店ですよ? 宜しければまた明日のご来店をお願いします」
丁寧に告げると、その影は真央をスッと指差す。
「……為さなくてはならない。神々の柱を守る三つの世界の鍵……それを守護する……貴様に……」
──ニィッ
影の顔に、ギョロッと剥き出しの目と、耳元まで避けた口が広がる。
「死を‼︎」
──ガッシャァァァァーン
影の言葉と同時に、窓辺から突然、大型のトラックが飛び込んでくる。
「うわぁぁぁぁ‼︎」
驚きのあまり体がすくむ。
いや。
真央の全身を影が纏わりつき、動けなくしていた。
真央が生前に見た最後の光景。
それは運転席に座っていた、首の無い死体であった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
意識が戻る。
周辺を見渡しても、そこは見慣れた店内では無い。
何もない白い空間。そう、本当に何にもない空間であった。
ただ純白の世界が広がっている。
足元も、空も、右も左も。
空間を把握するのが困難なぐらい、とにかく白い。
そこに、真央だけが立っていた。
「死んだ……のか?」
身体を見る。
まだ手も足もある。
店の中の、事故直前の姿のままであることは理解できた。
胸元に手を当てる。
うん。
鼓動がない。
俺、死んだのか。
「うむ。水無瀬真央。君はある事故により死んだ……」
その言葉が聞こえてくると、真央の目の前にローブ姿の老人が現れた。
「おいおいおい、ここはどこなんだよ?」
「ここは神界。私の管轄する世界の、神のいる場所。そして私は創造主。君たちの言う創造神とでも捉えてほしい。さて、君は、ある事情により殺されたのだ」
さっきは事故、こんどは殺された。
いったいどっちが本当なんだ?
「無貌の神というものが存在する。それは、全ての神々の世界を破壊するべく、さまざまな世界を旅する悪神。君は、その悪神のもたらした事故によって殺された」
成る程、それは理解できた。
理解するしかない。
「で、俺は天国と地獄どっちだ? それとも流行りの異世界転生か?」
少し意地悪そうに問いかけると、目の前の老人は頷く。
「では、流行りの異世界転生にするとしよう。その代わり、君には頼みがある」
それ来た。
よく読んでいるラノベではつきものの、世界を救うとかそういうものだろう?
「倒すのは魔王か?悪魔か?」
少し意地悪そうに問いかけると。
「いや、倒すのではなく救ってほしい。三つの世界を旅して、それぞれの世界の神の手助けをしてあげてほしい……」
ほう。
そのパターンは知らないが。
なら、こちらとしても頼みがある。
「もう死んでしまった以上、それは構わない。が、一介のゲームオタクの調理師に世界を救えるのか?」
「いや。それは無理なので、真央の記憶の中にある、ネットゲームの知識とスキル、アイテムを実体化できる能力を授けよう」
ちょ、おま。
それはチートとかいうレベルではない。
最強スキルではないですか?
「それはどうも……でも、そんなに大判振る舞いして構わないのか?」
「ああ。当然ながら全てではない。それでも、いくつかの能力は最初からは使えない。徐々に馴染んでほしい……では、最初の加護から始めるとしよう……」
その老人の言葉と同時に、真央の全身が白く光り輝いた。
【 God bless you 】
優しそうな女性の声で、何かが真央に語りかけた。
そして光は静かに消えていく。
「さて、今、君には私からの加護は渡した。まもなく、最初に君達が救うべく世界の神の居所へ、君は転送される。それでは、気をつけてな……無貌の神には、十分に注意するのだ」
その声がスッと消えると、再び世界が白い空間に戻っていった。
○ ○ ○ ○ ○
さて。
またしても一人ぽっち。
「仕方ない……その神様が来るまでに色々と調べて見るか」
そう呟いて、真央は目を閉じる。
頭の中で、過去にやったことのあるゲームのイメージを膨らませる。
──ピッピッ
すると、脳裏にいくつかのコマンドのようなものが浮かび上がった。
【モードチェンジ】【GPSコマンド】【ステータス】【空間収納】【食糧倉庫】の五つのコマンド。
これが神様の言っていた『最初の加護』なのかなぁと思いつつ、真央はステータスと書かれているアイコンに触れた。
すると新しい画面が展開し、そこによく見るオンラインゲームのアバターと、そのステータスが表示された。
──────────────────────────
【アバター:マチュア】
名前 :マチュア
年齢 :585(外見年齢18)
性別 :女性
種族 :ハイエルフ
体力 :590
瞬発力:665
感覚力:535
魔力 :780
心力 :650
スペシャルアビリティ:調理、雑学、戦闘、生産、採取
ジョブコントロール :修練拳闘士、賢者、暗黒騎士、忍者
アビリティリンク:善神カルアード、悪魔ルナティクス
─────────────────────────
長年楽しませてもらっていた、とあるMMORPGのメインキャラクター。
ハイエルフ族の女性、名前はマチュア。
とある英雄譚に出て来るハイエルフに憧れて作ったキャラクターだが、個人的趣味が爆発して黒髪のナイスバディの女性になってしまった。
これには少しだけ後悔したものの、まさか、今、自分の外見がこれになるとは思わなかった。
「しかし、キャラクターのLevelもないし、スキルもない。HPもMPも表示されていない」
そう呟きつつ、スペシャルアビリティの欄にある【ジョブコントロール】の部分に触れてみる。
【ジョブコントロール・スタート】
そう脳裏に何かが響く。
同時に、脳内に【スキル】と呼ばれるものが次々と流れてくる。
「あー、これがスキルか。Levelはここにあるのか」
さらに詳しい説明を確認する。
スキルとは、真央の使える特殊な能力の一つらしい。
これから向かうであろう世界の技術は、全てスキルとして真央の中に継承されていく。
これを自在に操ることで、それぞれの世界で生きていけるらしい。
おおよそのスキルのレベルは、こんな感じに表示されていた。
【NL】1~99 一般知識。大半の人間はここにあてはまる。
【Sk】100~199 スキルド、冒険者や専門職の大多数
【EX】200~299 エキスパート、ベテラン冒険者や特出した専門家の技術や知識
【MS】300~399 マスター、達人クラス、世界にはほんの一握りのレベル
【GM】400~500 グランドマスター 超人分野、殆ど存在しない筈
先程のステータスウィンドゥに書かれていた【スペシャルアビリティ】という部分が、真央にとってのチートスキルであるということが判った。
その分野についてはすべて【GM】クラスらしく、それ以外の雑多なスキルはだいたいが【EX】か【MS】で補われているらしい。
一通りの説明を確認すると、真央はモードチェンジしてみた。
「モードチェンジ……と」
──シュンッ
一瞬で地球人・水無瀬真央がハイエルフのマチュアに変化する。
「ははぁ……」
すでに水無瀬真央としての肉体は滅んでいるらしく、この姿は、これから向かう三つの世界で使える新しい肉体、外見アバターのようなものであるらしい。
さらに『アビリティリンク』を行うことで、善神としての力と悪魔としての力を使うこともできる。
つまり、普段の姿と悪魔と神、三つの能力を自在に使えるようになったらしい。
「えーっと……空間収納は?」
コマンドを起動すると、目の前に真央にしか見えない空間の歪みが現れる。
そこから、アイテムを出し入れできるらしく、よくゲームなどで見る収納空間らしいことも理解した。
「ふむふむ。空間収納の中は時間が止まっていると。で、収納限界はなし……中はいくつもの区画に区切られている……ほうほう」
どっかりと座って調べていく。
中にはさまざまな武具やアイテムが納められていて、自在に使うことができるらしい。
しかも、ステータス画面で装備を登録すると、自動的にその装備に切り替えることができるという優れものである。
「食糧倉庫」
これは、空間収納ではないもう一つの異空間収納エリア。
空間収納とも繋がっており、空間収納から直接食糧倉庫のものを取り出すことができるらしい。
食糧や調味料、食材などは全てここに納められている。
ざっと見渡して見たが、古今東西のさまざまな食材なども収められており、さらにはキッチン用品や魔法で使える調理器具まで収納されている。
しかも、さまざまな料理の入っている寸胴や、真央がよく買い物に行くウォルトコのケーキやマフィンなども収められていた。
「うちの店の道具と機材かよ……まあ、使い慣れているから構わないんだけどなぁ」
そう呟いて手を入れる。
──ピッピッ
『レシピから食糧を製造しますか?』
脳裏に浮かぶ調理コマンド。
どうやら真央の記憶のレシピから、料理を生み出すことができるらしい。
「へぇ。それなら……」
──シュゥゥッ
異空間で瞬時に『揚げ出し豆腐』を製造すると、ちゃんと器に入って取り出すことができた。
それをのんびりと食べながら、真央は次のコマンドを調べていく。
「ジョブコントロールが戦闘スタイルと。近接格闘系の修練拳闘士、森羅万象全ての魔法が使える賢者、そして何故か暗黒騎士と忍者……なんでや?」
それぞれに専用のコマンドやスキルがあり、それらを組み合わせることで、さまざまな戦闘や技術を駆使することができる。
ここまで調べて、ふと疑問を感じる。
「……さっき神さまが三つの世界を救えと話していた。けど、俺を殺した……無貌の神? あの言葉はなんだ?」
ふと思い出す死の瞬間の言葉。
『為さなくてはならない。神々の柱を守る三つの世界の鍵……それを守護する……貴様に……死を』
絶対に裏があるのは理解した。
だが、それでは理由にならない。
このチートすぎる強さの意味がわからない。
──フワッ
すると、真央の外見が消滅を始める。
この身体を保っている限界が訪れたのだろう。
すぐさま外見をマチュアに切り替える。
「今日で水無瀬真央とはお別れか……今日からはハイエルフのマチュアになるのか……」
そう呟くと、フッ、とマチュアの意識が消えた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ゆっくりと目を開ける。
またしても白い世界。
何処までも続く地平線、そして何処までも広い空。
全てが白に包まれている。
「はじめまして。私は第三世界ジ・アースの大地母神ガイアと申します。創造主からの言葉により、あなたを迎えに参りました」
──スッ
すると、マチュアの目の前に翼を生やした女性が降りて来る。
純白のキトンを身に纏い、樫の杖を手に持っている。金髪の、穏やかな表情の女性である。
「はじめまして。それで、私はまず。何をすればいいの?」
すらっと女性の言葉を使っていることに驚く。
まあ、RPGを徹底していたゲームプレイをしていたので、この程度はできると思ったのだが、まさかナチュラルに女性の言葉になっているとは思わなかった。
「では、あなたに救ってほしい世界ジ・アースの現状について説明します……マチュアさんは、ゲーマーでしたよね?」
なんで知っている?
女神おそるべし。
「まあね。色々とやっているよ?」
「では、どの世界でも構いませんからイメージしてください。まず、その世界には普通にゴブリンはいますよね?」
「いるよ?」
「では、ジ・アースでは、人間の数とゴブリンの数が入れ替わっていると思ってください」
ふむふむ。
軽く指折り数える。
「次に、ゴブリンの文明と人間の文明が逆転していると思ってください」
「ほう……ゴブリンが文明を持って、都市圏で生活しているのか。で、人間は集落単位と」
その問いに頷くガイア。
「そして、人間とゴブリンの強さを入れ替えてください。さらに人間世界のオークやコボルトが亜人種のように地位も立場もあります」
ふむふむ。
成る程。
「そして、ゴブリンの文明は魔人族が治め、その中には転生者がいます。異世界から転生したゴブリンは、神々のギフトを得て、この世界では勇者となりました」
「……」
流石のマチュアも沈黙するレベル。
「そしてつい数日前。無貌の神による新たな転生の秘儀で、魔族は新たなる勇者を異世界から転生させました……もう、どうしようもないといいますか……」
「うん、終わったね。ジ・アース終わったわ」
あっさりと告げるマチュア。
何処をどう聞いても無理ゲー状態。
「なので、マチュアさんには、人の文明を取り戻して欲しいのです。人々を立ち上がらせて、今一度人類が世界の頂点になるように……できればバックアップ的な?まあ、実力行使しすぎない程度で」
「そんな都合のいいことを……それに、無貌の神って言いましたよね?それって、私を殺した神じゃ無いのですか?」
そうガイアを問い詰める。
「まあ、そうなりますね……でも、無貌の神は、もうジ・アースにはいません。別の世界に向かってしまいました」
なら、干渉しなくて良いので問題はない。
無貌の神を殺せだなんて言われたら、目も当てられない。
「ふぅん。例えば、私はその世界で人間に力をつけるチャンスを与えつつ、魔族を牽制すれば良いのかな?直接私が手を下さなくてもいい?」
──コクコク
すぐさま頭を縦に降るガイア。
「そうなると、このエルフの姿以外に魔族の体も欲しいところだなぁ。それはなんとかしてくれる?」
「ええ。では、今のアバターに悪魔ルナティクスをリンクしてください。それで外見は変化しますし、ルナティクスの能力も全て使えるようになります」
──ボウッ
マチュアの体が輝く。
すると、側頭部上方から前に伸びる二つの角が形成される。
身長も150cm程に縮むと、背中からは綺麗な蝙蝠のような翼が生み出される。
薄い褐色のダイナマイトボディに、密着するような黒いボディスーツを身につけて、ちょこんとインプのような尻尾も生えた。
「うわ、巨乳ロリッ子魔族かよ‼︎誰の趣味だ?」
「先ほども説明した通り、その姿は遥かなる過去に、この世界を滅ぼしかけた悪魔ルナティクスの肉体。今は存在しない魔族ですのでご安心を」
「またベタな……もっとこう、なんかなかったの?」
「それが……ジ・アースでは私を信じる人々の信仰心が失われつつあり、これ以上の力は出ないのです……」
うわぁ。
ここの神さま、切羽詰まりすぎ。
「まあ、おいおい考えるわ。でも、ここまで世界が滅びかかっても、ガイアは手を出さないの?」
「己の管理する世界に干渉するには、修練者や異世界転生者などに加護を与えることしかできません。因みに、人間にはもう異世界から勇者を呼ぶという儀式を行う力もありません」
もう滅んで良いんじゃないかと考えるレベル。
「あのさあ、もう諦めて新しい世界の神になれば?」
そう問いかけると、ガイアは頭を左右に振る。
「ジ・アースの人間が消えると、私も消えます。人間が全て消滅すると、私も存在が消滅するのです……」
ありゃ。
それは不味い。
しかし、何処まで出来るのか不安で仕方ない。
「人間の王国は残っているの?」
「あと一つ。魔族の大陸の遥か東方、そこだけです。そこまで人間を助けてくれれば、あるいは」
「ふぅん……なら、とりあえずは世界に行って、世界を見て、そして考える。結果として私が人間を滅ぼしても文句言うなよ?」
「マチュアさんに委ねます。できれば穏便に……」
そう告げると、ガイアは両手を広げた。
「それでは、マチュアさんを世界に都合のいい場所に送ります。もし私に用事があるなら、この虹の鍵で空間に扉を開いてください……では、時が来るまでは、『ある魂』と共に……」
──フワッ
マチュアの目の前に、虹色に輝く30cm程の鍵が現れた。
それを受け取ると、マチュアの全身が光に包まれ、そしてスッと消えた……。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので