中編・三男グレンという豚(おとこ)
木の家を破壊されたセイリュウとカカシは、ほうほうの体で末っ子の弟ブタのレンガの家に駆け込みました。
「えー、オオカミ? 僕はあまり戦いたくないよ」
平和を好む末っ子の弟ブタは、お菓子を食べながら気弱そうな言葉を口にします。
しばらくの後、2匹を追ってきたオオカミが、地平線から姿を現しました。
「ほう、次はレンガの家か。これを破壊するのは少々骨が折れそうだな」
明らかに作りが違う、煉瓦造りの家。
匠の技を感じさせるその外観に、オオカミも唸ります。
ですが、家の扉が開き、赤いバンダナを額に巻いた、末っ子の弟ブタが出てきました。
その両前足には、それぞれ両刃剣が握られており、刃先を地面に垂らした格好で立っています。
「大人しく家に篭っておれば、少しは生き長らえることもできるだろうに、わざわざ出てくるとはな……」
その構えがあまりにも無防備なので、オオカミは失笑を浮かべて眺めていたところ、末っ子の弟ブタの姿が一瞬でかき消えます。
「後ろだよ」
「!!」
オオカミの背中に剣先を向ける、末っ子の弟ブタ。
「僕の名前はグレン。僕は争い事が嫌いなんだ。できたら今すぐここから立ち去ってほしい」
「なるほど、格闘剣士か……」
「見たかオオカミ! 魔法が使えない弟は、一族の恥さらし。ですが、彼はそれを補うために剣術と体術を磨きあげているのです!」
「お前、そのうち家族の縁を切られるぞ」
木使いなのに気遣いができない次男坊に、長男のカカシが呆れたようにたしなめました。
「これは警告だよ、次は無いからね」
「氷の魔弾!」
オオカミは振り向きざまに後方に氷弾を放ちましたが、そこにはグレンの姿がありませんでした。
「飛豚連脚!」
オオカミの右サイドから現れたグレンは、右回し蹴りを敵の脇腹に叩き込みます。
「がっ!」
さらに、オオカミの顔面に左後足の後ろ回し蹴りを放つと、ガードが空いた胴体に剣を突き入れます。
ビキッ!
ですが、硬い物を砕いた音が響き、見るとオオカミの腹部に氷塊が据えられていました。
「氷の能力による、自動防御か。便利なものだね」
「貴様も争いが嫌いという割には、かなり戦い慣れてるようだがな」
「心外だけど、人呼んで『血まみれのロース肉』が僕の通り名さ」
血まみれの薔薇ではなく、ロース肉。
バラではなく、ロースというところに高級感が感じられます。
「当たりさえしなければ魔法なんて怖くないし、接近戦なら僕の右にでる者はいないと自負してる。どうしてもやると言うなら、命の保証はしないよ」
戦いを忌避し、平和を望むのは、己の力が他人を傷つけることを怖れんがため。
ですが、善良な民を害する悪には、剣を振るう事に一切の躊躇はありません。
末っ子の弟ブタのグレンは、決意に満ちた目でオオカミを見据えました。
「堅氷の岩山!」
「せいっ!」
飛来する岩のような氷塊を、グレンは剣で真っ二つにすると、もう片方の剣でオオカミに斬り付けます。
ですが、やはりオオカミの自動防御に弾かれ、クリーンヒットに繋がりません。
一進一退のまま攻防が続きます。
しかし。
「寒獄の暴風域!」
オオカミの大技。吹雪の台風が野原一面を覆い尽くしていきます。
グレンは、一度大きく助走をつけると、矢のような速さで凍てつく台風に突っ込んで行きます。
「うおおおおおっ、必殺! 紅蓮十字斬!」
「ぐわあああああーっ!」
少なからずダメージを受けながらも、暴風の壁を突き破り、刹那の連撃で氷のガードをも打ち砕いたグレンは、オオカミの胸に紅の十字架を刻みました。
「降参しろ。さもなくば、首を飛ばすよ」
風が止み、仰向けに倒れているオオカミに、グレンは剣を突きつけます。
「ふふふ、やるな……。だが、これならどうだ!」
「何っ!」
灰色のオオカミの毛皮が漆黒に変わり、筋肉が膨張して、みるみる身体が大きくなります。
1番大きく変わったところは、3つの首を持つ姿になったこと。
「地獄狼形態……、身体能力が10倍以上に跳ね上がる、格闘に特化した形態だ」
「2回目の変身だとっ!?」
「この姿になったのは生涯で二度目だ、一度目の相手は確か、デュランドというブタの魔法剣士だったな……」
「何……だと?」
オオカミの口から語られたのは、子ブタ三兄弟の祖父の名前。
魔法剣士デュランド……『王宮の聖騎士』と謳われた、最強の戦士。
ですが、彼は突然失踪し、その最期を知るものは誰もいなかったのですが……。
「奴は強かった。そして、美味かった……」
「貴様ぁ……! じっちゃんのカタキ!」
グレンは怒りに任せて剣を振るいましたが、そこにオオカミの姿はありません。
代わりに背後から、丸太で殴られたような衝撃を食らいます。
「ぐっ!」
なぜか、突き飛ばされた先に黒いオオカミの姿が。
オオカミはサッカーボールのようにグレンの体を空に蹴り飛ばします。
「がっ!」
さらに恐ろしいことに、その空中にもオオカミが待ち構えています。
オオカミが両前足をハンマーのように降り下ろし、グレンは自分が作ったレンガの家に叩きつけられました。
「ぐうっ……!」
「それでは、とどめるとしようか」
オオカミは、風の能力で宙に浮かんだまま、氷の槍を作り出します。
「何……格闘能力に加えて、魔法は魔法で使用可能なのか……」
「これで終わりだ!」
オオカミが両前足を前方に繰り出すと、死をもたらす氷槍がグレンに襲いかかります。
全身に受けたダメージがひどく、身動きができないグレン。
ドスッ!
肉を刺すような音が響きましたが、槍の刃先はグレンの目の前で止まっています。
そして、視線の先にはグレンを庇って立つ、1番上のお兄さんブタの姿が。
「カカシ兄さん!」
バラ肉と内臓を貫かれ、ゆっくりと倒れる長兄カカシ。
2匹の弟は兄に駆け寄り、次兄セイリュウは治療魔法をかけようとしましたが、処置なしと見て首を振ります。
「そ、そんな……」
「弟たち……は……いるか……?」
「ここにいるよ!」
カカシの呼び掛けに、2匹は兄の前足を握りしめます。
「俺は、魔法ではセイリュウに、格闘ではグレンに遠く及ばない、サマルトリアの王子のような出来損ないの兄だった……。だが、最後に弟を守ることができた。だから、俺の豚生に悔いはない……」
ゴボッ!
と、口から大量の血を吐くカカシ。
「兄さん!」
「死ぬなよ、お前ら……」
最期の言葉を残し、カカシは笑って逝きました。
「兄さーんっ!!」
失って初めて気付く、兄の偉大さ。
ですが、慟哭する弟たちを、オオカミはあざ笑います。
「茶番劇は終わったか? 出来るなら、お前たちの方も早く済ませたいのだがな。その死体も血抜きをしないと、味と鮮度が落ちてしまうのでな」
「何だと……きさま……。許さない、許さないぞおおおおおぉっ!」
怒りの雄叫びを上げるグレン。
すると、彼の身体から明るい炎の柱が立ち上がります。
「何っ!」
「グレン!」
炎がグレンの持つ双剣に集い、二振りの燃える炎の剣が生まれました。
「これが、僕の新しい能力……」
「こしゃくな! 死氷の恐槍!」
紫色の輝きを見せて、襲い来る氷槍。
ですが、グレンが剣を振るうまでもなく、水飛沫となってかき消えます。
「熱による自動防御だとっ!?」
「『煉火のグレン』、参る!」
高速移動で間合いを詰めるグレン。
炎を纏った後ろ足で、オオカミを蹴り飛ばします。
「ぐっ、速いっ!」
「お前が遅いだけだ、火豚連脚!」
さらにオオカミの死角から、連続蹴りを見舞うグレン。
魔法と肉弾戦、全てにおいてオオカミのお株を奪います。
「くっ……おおおおおーっ、アイス・エアーズロック!」
空に超特大の氷の岩山を浮遊させ、落下させようと目論むオオカミ。
ですが、グレンの剣の一振りで、弧を描く炎が一瞬で氷を溶かし、逆に熱湯がオオカミに降り注ぎました。
「ぐわあちゃっちゃっちゃーっ!」
大火傷を負うオオカミに、グレンはすかさず。
「奥義! 灼熱十字斬!」
「があああああーっ!」
オオカミの身体に炎の十字架をたたき込み、3つの首の内、2つをはね飛ばしました。
炎に巻かれて悶え苦しむオオカミを、冷めた目つきで見つめるグレン。
ですが、急にオオカミは炎に身を焦がしながら、ゆらりと幽鬼のように立ち上がり。
「初めて好敵手に会えた。礼を言う」
「何っ!」
オオカミの身体が閃光に包まれ、輝きの中から白い身体の姿で現れます。
それは今までの猛々しい感じとはまるで違い、厳かな風格を見せています。
「神狼形態……、我々狼族の究極形態。ここまでの高みに至れたのは、一族でも我が初めてかもしれんな」
「……いいだろう、物足りなさを感じてたところだ。完全体のお前を殺して、兄さんたちの手向けにする!」
三たび、グレンとオオカミの戦いの火ブタが切って落とされました。
後編に続く