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アリシィ・デイズ  作者: フォルト
第一話 変わらぬように変わりながら
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004

 虫の声がした。

 一瞬寝ていたかのような感覚とともに、重いまぶたを開く。思わず大きく伸びをした。


「やっと起きた?」


 目をこすりながら声がした方を向くと、ホクサイが呆れた顔をしてこちらを見ていた。どうやら本当に寝てしまっていたようだ。


「悪い悪い、どれくらい経った?」

「三十分くらいだよ、私ものんびりしたかったからいいけどさ」


 思ったよりぐっすり眠っていたようで、申し訳ない気持ちになる。ただまあ、僕たちにとって『デイズ』は急いで攻略を進めるようなゲームでもなく、暇な時に立ち寄って息抜きをする遊び場みたいなものだ。

 このゲーム自体、攻略の余地は際限なくあり、他のゲームと比べて手がかりが少ないこともあってか、のんびりとしたプレイヤーが大半だった。

 それでもプレイヤーが集まるのは、このゲームがゲームを超えた世界だからなのだろう。


「ありがとな、付き合ってくれて」

「いいよ。そろそろ帰ろうか」


ホクサイはそう言うと、膝をはたいて立ち上がる。僕も勢い良く体を起こし、歩き出す彼の後を追う。


「何か新しい手がかりはあった?」

「ああそうだ、今日のことなんだけどさ。あっちの崖まで行って散歩してたら広い洞窟を見つけて。

奥見てみたらだいぶ深そうだったんでまだ探索はしてないけど、明後日集まるときにでも行こうか」


 崖を隅々まで見れば洞窟が見つかるかと言えば、そんな単純な話でもない。

 第一に、この世界は一つの界域でも結構広い。【星月ヶ丘】も中央部はだだっ広い草原だが、周囲を入り組んだ崖が囲んでいる。そうした崖を隅々まで調べると言うのは結構骨が折れるし、平坦でもないから見落としも十分に有り得る。

 さらに言えば草原の何処かに手がかりがある可能性もあるわけで、攻略人数の分散も相まってこうした低優先度界域は人が少ないのだった。


「それまでに見つかって探索されつくしたりして」

「それならそれで。やることがなくなるわけじゃないし」


 話しながら歩いていると、やがて明かりの灯った集落が見えてきた。

 星月ヶ丘キャンプと呼ばれるテント群は、この界域の拠点として機能している。

 キャンプの中ほどには《コリドー》と呼ばれるログアウトポイントがあった。黄色いテント群とまばらな冒険者たちをかいくぐり、緑の火が灯った金色の門を目指す。


「んじゃ、今度は土曜かな」

「うん、それじゃあまた、ここで」


 いつもと変わらぬ調子で別れの言葉を告げ、輝く門へ踏み込んだ。

 視界は光に包まれ、明転し、やがて――


  *


 浮遊感とともに目を覚ますと、そこは見慣れた白い繭の中だった。

 少しの時間を置き、コクーンはゆっくりと扉を開ける。スパイダーから四肢を外し、自由になった両足で現実へ帰還する。

 ウエストポーチを身に纏い、IDカードでチェックアウトを済ませて、自分専用の契約コクーンから外に出た。

 スパイダーの利用方法は大きく二種類あり、一つはカラオケのような時間貸出と、もう一つが利用者の多い契約制だった。契約制も、期間中はいつでも使える個人契約と、曜日や時間で借りる時間契約がある。僕は個人契約で、ホクサイは時間契約だ。後者は安く抑えられる分、他の利用者との併用もあり、予定を変える場合は今までとは違うコクーンになったりするので、あまり筐体を他者と共有したくない僕としてはためらわれた。まあ、個別契約は少し財布に痛いけど。

 荷物を整えていると、背後でもコクーンの開く音がした。五十階を超える巨大コクーンセンターには、何百ものコクーンがきれいに整列している。その一つ一つに人が入り、無限の異世界へと旅立つのだ。

 近場にセンターが開くまではなんて異様な景観なんだろうと思っていたが、こうして利用してみると至って清潔感のある光景だ。スパイダー式のフルダイブVRはいかんせん場所も取るし機材も高いので、裕福な家庭でもない限り自宅に置いておくというのは困難だった。

 帰ろうとエレベーターへ足を向けると、隣のコクーンから人が出てくる。肩にかかる黒髪を揺らし、藍色のカーディガンを羽織った女性だった。


「……?」


 彼女もこちらに気づいて目が合う。見覚えのある顔立ちだった。というか――


「南條くん!?」

「ああ、堀北さんもスパイダー使ってたんだ」


 単純に意外だったのは、彼女がゲームをあまりやるようにも見えなかったからだ。

 しかし彼女はなぜか、偶然コクーンセンターで知り合いと会った、以上の驚きを顔に浮かべていた。

 確かにこれだけの数機器がある中で知り合いと隣同士になる確率は決して高いものではないが、かと言ってそれ以上の意味があることでもないだろう。

 それ以上の意味は無いけれど。

 それは、運命なのかもしれなかった。


「……どうかした?」


 そう問いかける。

 彼女はまんまると目を見開き、何かを聞きたげに口をぱくぱくとさせていた。

 一体何にそんな驚いているのか、と訪ねようとすると、彼女は意を決したように一つの疑問を口に出す。



「もしかして……ジャスパー?」



 え?

 確かに僕はジャスパーだし、ジャスパーは僕だけど……でもそれをなぜ今? というか、なんで僕がジャスパーだと知って――


「……!」


 ――まさか? 目の前の美少女は――川に転げ落ち、怪我の手当をしてくれて、すりガラス越しのシャワーを借り、明日服を返しに行こうと思っていた、この黒髪の美少女は――堀北浮世は。



「ホクサイ……なのか?」

第二話は4月20日以降の投稿になります。

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