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アリシィ・デイズ  作者: フォルト
第一話 変わらぬように変わりながら
3/4

003

 目を覚ますと、そこは一面の夜空だった。


 真っ青に塗りつぶしたような深い空に、大小いくつもの月が浮かんでいる。星々は月に歪められるように軌道を変え、複雑な軌跡を描いていた。その異様な景観は、名画『星月夜』を想起させる。

 界域【星月ヶ丘】。

 このバーチャル世界には、断絶した様々な世界が存在する。ここはその末端の一つで、未攻略界域と言われる最前線だ。

 しかし辺りには人どころか魔物の気配もなく、起伏に富んだ丘がただひたすらに続いている。

 ザッザッと風になびく夜の草原を歩いていくと、丘の上にぽつんと腰を下ろす影があった。


「あっ、ジャスパー。三日ぶり」


 ジャスパー、というのは僕の名だ。これはこの世界での名前で、そう僕に語りかけた中性的な少年の名はホクサイ。

 僕とホクサイ、それからあと三人の仲間たちは、チームで活動することが多かった。

 ゲームである以上時間を取るし、スパイダー専用のVRゲームは筐体を丸ごと買い取らない限りコクーンセンターに来る必要があるので、予定が合うタイミングは少ない。それでも個別に活動しつつ、週末は集まれることが多かったからか、やがて五人は固定パーティーのような間柄になっていた。

 彼の隣に腰を下ろし、奇妙な夜空を眺める。


「このエリアも見飽きたなあ」

「少しは真面目に探索したら?」


 背中を地面につけて大きくあくびをしていると、ホクサイは呆れたように肩をすくめる。


「ホクサイもサボってたじゃん」

「今日は息抜きの日だからいいの」


【星月ヶ丘】は四六時中夜の界域で、ただひたすらに星空と草原だけが広がっている静かな場所だ。ここに来ると、攻略のことを忘れてただ寝転びたくなる。


「やっぱそうそう、日常って変わらないよな」


 空を仰いで、今日のことを思い出す。

 可愛い女の子に出会ったら、何かが始まるんじゃないかと期待した。でも、どうだろう。次会う時、僕はどうするのだろうか。ないはずだった接点を持った所で、始まるはずのない物語はスタートしないのだ。


「それがいいんじゃない」


 ホクサイは、いつもと変わらぬ調子でそう返した。


「人生は日常だよ。変わらないように変わりながら、私たちは生きていく。この世界でも、あの世界でも……君がどんな人生を送っているのかなんて知る由もないけど、それでも、きっと」


 静かな時間が流れる。

 なぜか彼といると、人生の毒気が一気に抜けたような気分になる。

 事実気が合うもので、五人チームで活動し始める前からホクサイとは長い付き合いがあった。これでも昔は天下の脳筋コンビとして名を上げたものだ。最近はダラダラしている一方だけど。


 深くため息をつき、目を閉じて風に耳を澄ます。柔らかな新緑の匂いと、夜を運ぶ風の香りが鼻孔をくすぐる。涼やかな月明かりと闇の冷たさが肌を刺す。

 実質的に現実と同じ……きっと、五感の上ではそうに違いない。旧世代のVR技術がどんなものかは薄っすらとしか知らないけれど、今の僕たちは本当の異世界にいる。


 異世界はあくまで異世界で、実質的に現実と同じかと言えば、本質的には現実ではないけれど。

 それでも、僕はここにいる。


 日常から離れた日常……VRゲーム『デイズ』は、僕にとってもう一つの現実なのかもしれなかった。

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