2つの魔剣 4A
○次話→2つの魔剣5Aになります。
クライストと一緒にシャロームの港町に出かけるイレイン。ふたりで食事をしたあと、彼はイレインにつきあってほしい場所があるというが・・・
私は改めてクライストを見つめた。
クライストは屈託なく微笑んで、私の目をまっすぐに見つめ返してくる。
心の底から信頼できる―――というわけでは、ないかもしれない。だけど・・・
その優しい瞳は、なぜかそんな不安さえもとかしてくれるような感じもして。
「・・・私、一緒に、いこうかな」
気がついたら、そう、つぶやいていた。クライストが笑みを深くして、背後からは嘆息が聞こえる。
「イレイン・・・」
低い声にどきりとして振り返ると、ランスロットはあからさまに渋い顔をしていた。
「ランスロット・・・」
私は彼の名をつぶやく。ランスロットはしばらく眉間に皺を寄せていたが、やがて不承不承ながらもうなずいた。
「・・・わかった。お前がそういうなら・・・・。だが、十分に気をつけろよ」
「ありがとう、ランスロット」
お礼を言うと、彼は私の髪にそっと触れる。言葉とは裏腹にその瞳はまだ心配そうだった。
「じゃ、行こうか」
クライストが先に立って歩き出す。
私がもう一度ランスロットのほうを見ると、彼は静かにうなずいて行くように促してくれた。
心の中で彼に謝りながら、私はクライストのあとを追う。
悪いことをしたわけじゃないのに、なぜか少しだけ罪悪感を感じた。
王都のほぼ中央には大きな噴水があり、市民や子供たちの憩いの場になっている。
モンスターの襲撃のせいで壊れ、今は水は出ていないが元気な子供たちが歓声をあげ走っていた。
「あっ、お兄ちゃん!」
噴水の周りで遊んでいた子供のひとりが、クライストを見て声を上げた。
その声を聞いた他の子供が数人、一緒にになってクライストのところに集まってくる。
「やあ、元気そうだね。怪我の具合はどう?」
「もうへっちゃらだよ!俺、強いんだぜ!」
やんちゃ坊主といった感じの男の子が、目を丸くしていきがる。
俺も、僕も、といった声が次々にあがり、クライストは目を細めてそんな子供たちを見つめていた。
救護室で面倒を見ていた子供たちなのだろうか。
「あれ、イレインおねえちゃんもいるよ!」
「ほんとだ!つきあってるの?デート?」
デートだデートだとはやし立てる子供たち。私は慌てて否定する。
「ちっ・・違うよ!!もう・・・」
「あはは、いいじゃないか。間違ってないよ?」
「うっ・・」
誘ってきたときのクライストの言葉を思い出して、私は顔が熱くなる。
「わー、赤くなった!やっぱりそうなんだ!」
きゃあきゃあはしゃぐ子供たちの頭を撫でて、クライストが優しく微笑む。
「・・・そろそろお昼だけど、お母さんに怒られるんじゃないか?」
「あ、そうだった!やべ!」
クライストの言葉に子供のひとりが口を押さえた。他の子供たちもわたわたと家路につく。
「おにいちゃん、イレインおねえちゃんのこと、幸せにしてね!」
「もちろん」
「ちょ・・・何言って・・・!」
さらっと答えるクライスト。私は思わず抗議しようとする。
「子供のいうことだよ。そんなに本気にならなくても」
「そ・・それはそうだけど・・」
その・・・と口ごもる私の顔をクライストが覗き込んだ。
「あれ?それとも・・・そんなに俺のこと、意識してくれてるとか?」
綺麗な微笑を至近距離で向けられて、どきっとする。
「そ、そんなことはありません!」
内心の動揺に不自然に高い声が出て、慌てて口を押さえた。
「あはは。かわいいね」
「かっ・・かわいい・・なんて・・」
そんな言葉、子供のときくらいしか言われたこともない。
なんでそんなことさらっといえるんだろう・・・・
嬉しいのか恥ずかしいのか、とにかくドキドキしてどうしたらいいかわからない。
「寄り道しちゃったな。とりあえず行こうか。」
何事もなかったかのようにクライストが言う。私は騒がしい胸を抱えながらも、彼とともに歩き出した。
「シャロームの街にいい食堂があるんだ。イカが大漁だって聞いたから、美味しいのが食べられるよ、きっと」
王都の門までは石畳が続いている。その道を歩きながら、クライストはそんなことをしゃべりだした。
「シャロームの街は大丈夫だったの?モンスターとか・・」
「どうやら、王都にピンポイントで襲ってきたみたいだね。朝、シャロームから来た商人が驚いていたよ」
「そうなんだ・・・」
モンスターはなぜ、王都だけに大挙して襲ってきたのだろう・・・
私はさっきまでの感情を忘れ、昨日のことを考え始めた。
「・・・・君もやっぱり気になるんだね」
ふいにクライストが言って、顔を上げると微笑まれる。
「普通モンスターは偶然襲ってくることはあっても、群れとなって人間の町を襲うことはほとんどない」
クライストは歩きながら、モンスターに壊された家々を眺めた。
モンスターの習性だものね。同じ種で群れにはなっても、特に人間だけを狙うってことはない・・
昔ランスロットに教わったことを思い出す。誰かに統制でもされなければ、そういうことはないのだと。
「・・・誰かが意図的にモンスターを操りでもしないかぎり」
クライストの言葉に、私は思わず彼を見上げる。
「クライストさん・・・。じゃあ・・・」
クライストは意味ありげにこちらを見つめ、微笑むとまた石畳の道に視線を移した。
「・・・・・そういう可能性もあるっていうことだよ。本当の原因がどこにあるのかは、まだわからない」
「そ、そうだよね・・・」
「ま、とりあえずは美味しいイカ料理を食べに行くとしようか」
クライストが明るく言う。
私は内心ひっかかるものを感じながらも、彼とともに王都の門をくぐり、シャロームを目指した。
クレールの南側には森があり、そこを抜けるとすぐにシャロームの街だ。
森が途切れてきて、潮のにおいが鼻をつく。
王都の近くにあるわりには小さな港町だが、近くにあるスピルナ鉱山のおかげで最近とみに人口が増えてきていた。
鉱山は観光客向けに公開もされており、王都にきたついでに寄っていく人々も多い。
「潮風が気持ちいい・・・久しぶり」
桟橋まできて、目の前の広い海から潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。潮の香りは故郷テーベと同じだった。
「あんまり、こっちにはこないんだ?」
クライストが後ろから歩いてきて、質問してくる。私はうなずいた。
「うん・・・。近いんだけど、王都にいることが多いから・・・訓練も忙しいし」
「ふうん・・・訓練って、さっきの・・ランスロットと?」
「うん」
クライストはへえ・・と曖昧な返事をして、海のかなたを目を細め見つめた。
2人しばらく目を閉じて、潮風にふかれる。
「イレインちゃん、海が好きなの?」
ふとクライストが質問してきて、私は勢いよくうなずいた。
「うん!私、生まれ故郷がここの対岸のテーベなの。小さい頃から海の近くで育ったから・・」
「・・そうなんだ。・・・俺も海は好きだなぁ・・・」
つぶやくような声でクライストが言う。彼を見ると、波の音を聞くようにじっとして目を伏せている。
海は穏やかだった。ウミネコがのんびりと青い空を飛ぶ。のどかな昼下がり。
魚市場の喧騒が、だいぶ遠くのほうで聞こえた。
私は桟橋の手すりにもたれてたたずむクライストを見つめた。手触りのよさそうな髪が、さらさらと揺れている。蒼く鮮やかな髪色。
クライストさんて・・・ホント綺麗・・・
騎士団の男たちを見ているからかもしれないが、クライストは彼らとは全くかけ離れていた。同じ男性というのが、信じられないくらいの線の細さだ。
細身の身体は戦いに向いているように見えないし、まさかその細腕でモンスターを倒すといっても、誰も信じないだろう。
さすがに私よりは少し筋肉はあるようだが、それでも細いことには変わりなかった。
「・・・・・なに?」
突如クライストがこちらを向いて、見つめていた私は慌ててしまう。
「う、ううん、ごめんなさい。なんでもないの・・」
「・・・もしかして、俺にみとれてたとか?」
「うっ・・・うぬぼれないで!」
「はは、ごめん」
思わず睨みつけると、クライストは笑顔を浮かべながらも謝罪した。
その笑顔に、やっぱり綺麗だなと思ってしまう。男の人で美人っていうのは、こういう人のことを言うのかもしれない。
「それじゃ、そろそろ食堂にいこうか。イカ刺しが有名なところ、俺知ってるからさ」
私たちは港を出て、クライストが知っているという食堂に向かった。
食堂は結構混んでいたが、ちょうど食事を終わった客がいて、運よく座ることが出来た。
「うわあ・・これってホントに新鮮なんだね」
「あ、わかる?」
運ばれてきたイカ刺しを見て私が言うと、クライストが嬉しそうに返してきた。
「だって透き通ってるもの。新鮮な証拠だよ。時間がたつと真っ白になっちゃうの」
「さすが港町で生まれ育っただけあるね」
得意になりながらも、私はイカをほおばる。
「シャロームイカって、このへんでしかとれないんだよね?テーベで食べるイカよりも味が濃い気がする」
「そうか。他の街よりも値段がはるなと思ってたらそういうことだったんだな・・・」
クライストのつぶやきに、私はメニューの値段を見やった。
け、結構高い・・・・かも・・・・・
冷や汗をかいて、ちらっとクライストのほうに目をやる。
「ん?どうしたの?」
「えっと・・・た、高いんだねこのお料理・・・」
クライストは笑った。
「なんだそんなこと。全部俺が払うから、いいよ。気にしなくて」
「なんか悪いよ・・・。クライストさんとは知り合ったばかりなのに・・」
「関係ないって。俺は女の子におごるのが好きなんだからさ、おごらせてよ」
恐縮していると、クライストは屈託なく笑って片目をつぶってみせた。
料理はどれもこれも美味しくて、私は遠慮しながらも結局結構な量を頼んでしまった。
しかしクライストは気にする様子もなく、目を見張るような額のお金を平然と支払う。
「ごめんなさい・・結構かかっちゃって・・・」
「いいっていいって。美味しく食べてるイレインちゃんが可愛かったし。あれだけのお金を払う価値はあるよ」
さらっと言われてまた私は顔が熱くなる。
クライストさんって・・・本当になんで恥ずかしいことさらっと言えるのかなあ・・・・
恥ずかしいことを言っているという自覚もないんだろうか。
そんなことを思いながらも、私は彼とともに食堂を出た。
「さて、お腹もいっぱいになったことだし、そろそろ本題にはいろうか」
その言葉に私は彼がつきあってほしい場所があるといっていたことを思い出す。
「・・つきあってほしい場所のこと?」
「そうそう、ここから少し道の悪いところを歩くけど、かまわないかな?」
「それはいいけど・・一体どこへいくの?」
クライストは唇に人差し指を当てた。
「内緒。とにかくついてきて」
腑に落ちないながらも彼の後について歩き出すと、クライストは街を出て森の中に入った。
人の通る開けた道ではなく、獣道に入り、どんどん奥へと進んでいく。
クレールの南に広がる森は広くて、開けた道を外れると迷うこともあるが・・・。
どこまでいくんだろ・・・あんまり奥に行くと帰り道が・・・
心配にはなるが、今更引き返すわけにもいかない。私は草をかきわけ彼に続き足を進めた。
どこをどうきたのか全くわからなくなったころ、ようやくクライストは立ち止まった。
え・・・・・
そこには、ぽっかりと開けた洞窟があった。
「こんなところに洞窟があるなんて・・・きいたこともなかったけど・・・」
入り口はすごく狭そうだ。私でも、かがまなければ中に入ることは難しいだろう。
「・・・・・・・・」
クライストは無言で、洞窟の入り口を見つめている。その表情はさっきまでとは打って変わって、とても厳しいものだった。
いつも微笑を浮かべている彼が、こんな表情をするのは珍しい。
・・・クライストさん・・?どうしたんだろう
「あの・・・」
おそるおそる声をかける。すると彼は私に振り向いて、顔をしかめた。
「クライストさん?」
「・・・イレインちゃん、洞窟の中は結界がきかない」
「えっ?」
目を見開くと、彼はもう一度洞窟のほうを横目で見やった。視線は動かさないまま、口を開く。
「森に入ってから、モンスターが邪魔しないようにシールドを張ってたんだけど・・・」
そういえば、さっきからモンスターとは遭遇していない。しかし、シールドとは・・・・
「シールド・・結界って・・?」
「ああ、これだよ」
クライストはぱちんと指を鳴らす。瞬間、白い半透明のドームが、私たちを包むように現れた。
「なっ・・・なにこれ・・・」
「モンスターたちを寄せ付けない魔力の結界だよ」
「ま・・・りょく・・?」
どこかで聞いたことがあるような・・・まりょく・・・
私が思い出そうとしていると、クライストが口を開いて説明した。
「御伽噺や伝説の中にしか存在しない、あやかしの力・・・っていうふうに、人々の間では伝えられているようだね」
そういえば、子供のころに読んだ伝承話のなかに、そんなものがあった気がする。でも・・まさか・・・・
「信じられない、って顔だね。だけど魔力は実在する。現に、今も君の目の前に」
「・・・モンスターが出なかったのは、この結界のおかげなの?」
クライストはうなずいた。
そんなことが・・・できるなんて・・・・クライストさんって・・・一体・・・
なんだか信じられないようで、でも確かに目の前にはあって・・・私は呆然と彼を見つめる。
すると彼は洞窟のほうを睨みつけて渋い顔をした。
「だけどこの洞窟の中ではこれが使えない。特殊な魔力で保護されてるようだ」
「じゃあ・・・」
クライストは洞窟から私に視線を移した。その険しい表情に、私は息を呑んだ。
「・・・ちょっと、戦わなくちゃいけないかもね」
「・・・わかった」
神妙にうなずくと、クライストは微笑む。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。君は俺が守ってあげるから、心配しなくていい」
「でも・・・」
「いいんだよ。つきあわせてるのは俺なんだからさ。じゃ、行こうか」
気軽な調子でクライストが言う。それと同時に、白い結界は霧散した。
「うわ・・・ホントに狭いなあ」
洞窟はどちらかというと洞穴のような感じで、しゃがまなければ入れそうにもない。
零れ落ちる土を払いながらクライストは身をかがめて中に入っていく。私もそのあとに続いた。
中の空気はひんやりとして、土と腐った木の根の匂いが充満していた。
目の前には彼の背中が見える。それを見つめながら、私はクライストが言った魔力の話を思い出していた。
あんな力を見たのは初めてだ。実在するあやかしの力、魔力。だけどなぜ、彼はそれを自在に操ることができるのだろう・・・。
洞窟の中のほうは意外にも少し広かった。ようやく立ち上がれて、不自然な姿勢から解放される。
中は結構広いんだ・・・でもいかんせん暗いなあ・・
暗闇に目を慣らそうとしていると、いきなり腰をぐいと引き寄せられた。
「きゃっ・・・きゃあああ!!」
驚いて思わず悲鳴をあげる。引き寄せたのはクライストだろう。わけもわからず混乱していると、今度は土壁に押し付けられる。
な・・・な・・・なんなの!?
「は、離し・・っん」
まさかこのまま襲われるのかと、暴れようとすると口を押さえられた。涙目になる。
やっぱりランスロットの言うとおりにしておけばよかった・・・!
「しーっ!!静かに」
「・・・へ?」
ささやかれて動きを止めると、クライストはちょっとだけ私の身体を押さえている腕を緩めた。
「・・・いきなりごめん。少しじっとしていてくれ」
クライストさん・・・?
クライストはあたりの様子を伺っているような感じだった。彼の張り詰めた気が、こちらにも伝わってくる。
「・・・・来たな」
「えっ・・・」
彼がつぶやくと同時に、耳をつんざくような咆哮が洞窟に響き渡った。思わず耳をふさぐ。
暗闇の中に、なにか、なにか巨大な何かが蠢いている。
「な・・・なに・・・・?」
「虫、かな?」
「えっ・・・」
虫っ!?
すごく嫌な予感がすると同時に、クライストの右手が青く光り輝く。
その光は直線状に収束すると、一本の剣をかたちどった。
あの例の剣・・・!一体どこから・・・・
思えばクライストはずっと、武器などどこにも所持していなかった。
あまりにも不自然な剣の出現に、私は驚きを隠せない。
その剣の青い光は、洞窟内を照らし、モンスターの正体をあらわにした。
思わず背筋が凍る。
それは巨大なムカデだった。何本も生えた足が不規則に動いて、私を縮み上がらせる。
「こういうの苦手なんだ?女の子だね」
「そっ・・・そそそそそそんなことよりなななななんとかして!」
私は双剣を抜くのも忘れてクライストの背中にすがる。我ながら情けないと思ったけど、怖いものは怖い。
「はいはい。足場が悪いから、一瞬で終わらせてもらうよ」
「え・・」
クライストの言葉に、私は目を見開く。しがみついた彼の背中が蒼く光を放って、慌てて手を離した。
背中だけでなく、クライストの全身が蒼い光に包まれる。
茫然と見つめていると、彼の足元から光のラインが広がり、瞬く間に不思議な文様を次々と描き出した。
これ・・・・これって・・・魔方陣・・とかいうやつ・・・?
陣の中心で、左手をゆっくりと振り上げるクライスト。その掌を開き、ぐっと握る。
その瞬間、ムカデの周囲の空間に突如として現れた炎が、その巨大な身体を一瞬にして焼き尽くした。
ムカデを焼き尽くすと炎は消え去り、何事もなかったような静寂が洞窟内に戻ってくる。
あっけないムカデの最期。私は唖然として言葉が出ない。
「よかった。道はふさがれていないみたいだね。さ、行こう?」
なんでもなかったような口調でクライストが言い、ムカデの死骸を飛び越えて洞窟の奥に歩き出す。
い・・・いまのって・・・
「く・・・クライストさん・・今のも・・・?」
「え?ああ、うん。怪我を治したり攻撃したり結界をはったり・・・便利だよね、魔力って」
「・・・・・・・・・・・」
確かに便利といえば便利だが・・・。
なんといったらいいかわからず困惑していると、クライストが気づいたように右手の蒼き剣に視線を移した。
「あ、これ出しといたほうがいい?暗くて見えにくいよね」
カーニバルのときのように、剣は一定のリズムで発光を強め弱め、時には激しく光を放っている。
その様子はやはり人の息遣いのようで、一種の生物であるかのような錯覚まで抱きそうだ。
「出すって・・・」
「戦いのとき以外には目立つから出さないようにしてるんだけどさ。こういうときはあったほうがいいよな」
「く・・・クライストさん・・」
「ん?」
「・・・というか・・いつもどこにしまってるの?」
クライストはしばらく考え込むようなそぶりを見せた。
「・・・そうだな・・・なんて言えばいいか・・・別の世界、みたいなところかな」
「はあ?」
さっぱりわけがわからない・・・。首をかしげるとクライストは笑う。
「あはは、わからないよな。ごめん。この魔剣はね、普通の武器とはちょっと違うから。そういうことにしておいてよ」
「魔剣・・・」
「そう。この魔剣を持つ人は、便利な力を使えるようになる。そんなふうにでも考えてもらえれば」
「はあ・・・・」
色々と考えれば疑問は増えるばかりだが、これ以上突っ込んでもはぐらかされそうだ。
納得できたわけではないが、とりあえずうなずいた。
「・・ありがとう」
クライストはなぜかお礼を言う。そうしてきびすを返すと、また洞窟奥の闇へと進みだした。
魔剣のおかげで、視界はだいぶ明るい。
ムカデと遭遇した場所から数メートルほど進んだところで、道が途切れた。目の前には木の根がはみ出した土の壁がそびえるだけだ。
「行き止まり・・・・」
「そうみたいだね。・・・・・・」
「クライストさん?」
クライストがその場にかがみこんで、地面を見つめている。
なんだろうと彼の横から覗き込むと、彼の足元には赤く魔方陣・・・らしきものが刻まれていた。
「・・・これは・・・」
それほど大きなものではない。注意深くみないと見落としてしまいそうなくらいの大きさだ。
五芳星を上下逆に重ね、外側は二重の正円で囲まれている。
円の中央から、奇妙な文字なのか記号なのかわからない不気味な文様がびっしりと書き込まれていた。
なんだろう・・・・見てるだけで嫌な感じがする。それに土の上にどうやって描いているっていうの・・?
描いたというよりも、土の色が魔方陣の部分だけ赤黒く変色したかのようだ。
さっきクライストが魔法を使ったときに現れた魔方陣とどこか似ているような気がする。
「・・・・・・・・・やっぱりな・・・」
クライストがぽつりとつぶやく。眉間に皺を寄せ、血で描かれたような魔方陣をじっと睨んでいた。
「・・・・・何かがおかしいと思っていたんだ・・・これは・・ディーヴァの・・・」
「・・・・え?」
ディーヴァ・・・?
聞いたことのない言葉に、私はクライストを見つめる。だが彼は私の視線にも気づいていないようだった。
「・・・・クライストさん?」
「・・・・・・・」
「クライストさん!!」
耳元で声を上げると、はっと我に帰ったかのように私のほうをむく。
「あ・・・・・」
彼はしばらく目を見開いたまま私の顔を見ていたが、やがて気をとりなおしたようにいつもの微笑をうかべた。
「ごめん、なんでもないよ。・・・・戻ろうか」
「でも・・」
私が言いかけたとき、頭上からぱらぱらと土塊がこぼれおちてきた。
「イレインちゃん、急ごう。ここは危険だ」
「えっ・・・・」
返事をするまもなく、ぐいと手を引っ張られる。
「クライストさんっ!?」
クライストは私の手をひいて、もときた土の道を走り出した。
私たちが走る間も、上から大なり小なりの土塊が次々と落ちてくる。
まさか・・・崩れる・・!?
やがて外の光が見えてきた。身をかがめ狭い出口に体を通すと、クライストが私のあとに続く。
彼が穴から這い出した瞬間、洞窟が一気に崩れ落ちた。土ぼこりがぶわっと上がって、思わず咳き込む。
「ふう。間一髪ってやつだね」
まるで緊張感のない口調でクライストが言う。私は茫然と崩れ落ちた洞窟・・今はただの巨大な土の塊・・を眺め立ち尽くした。
巨大な虫モンスター、不気味な魔方陣、そしてクライストが発した『ディーヴァ』という謎の言葉・・・・
そしてタイミングよく洞窟は崩れ落ちた。証拠隠滅でも図るかのように・・・
気がつけば森の中はきたときよりも薄暗くなっていた。日が傾きかけている証拠だ。
「日が沈むね。とにかく、王都に一旦戻ろうか」
クライストが言って、私はただうなずいた。
わからないことだらけだ。クライストに質問したかったが、この調子でははぐらかして教えてくれそうにもない気がした。
もどかしくてたまらない気持ちを抱えながら、私はクライストと王都へ戻る。
ただひどく嫌な予感だけが、胸の中を占めていた。
「今日あの洞窟であったことは、誰にも内緒だよ」
騎士団本部の門の前で、クライストは私に言った。
団長やセレ、ランスロットに相談しようと思っていた矢先、出鼻をくじかれる。
「で・・・でも・・・」
躊躇していると、急に顔を近づけられる。もう少ししたら唇まで触れてしまいそうな距離で、彼は私の目を覗き込んだ。
「『内緒』だよ。・・・いいね?」
か・・顔が近いよ・・・!
ドキドキしながらも、雰囲気に推されるようにうなずいてしまった。
「うん。いい子だね」
クライストは満足そうにそういうと、それじゃ、といって街のほうに去っていく。
彼の姿が見えなくなったところで、私はようやくひとつ息をついた。
色々なことがありすぎた一日のように思える。なんだか酷く気疲れもしていた。
とりあえず日も暮れたし、部屋に戻って休もうかな・・・
私は騎士団本部内の自室に向かって歩き出した。
地方騎士団の騎士たちが寝泊りしている部屋は2階、西の塔にある。
途中1階の稽古場を通りかかると、勇ましい掛け声が聞こえた。騎士団員たちが鍛錬に精を出している。
あのカーニバルの事件から、稽古場にいる騎士たちの数は格段に増えていた。
あ・・・トリスタンがいる
剣の素振りをする団員たちに混じって、トリスタンが槍の稽古に励んでいる。
団長を補佐する副長的立場の彼だけあって、槍さばきの腕も見事なもの・・
のように見えたが、突如足をもつれさせて盛大にこけていた。
「・・・・・・・・・・」
他の団員たちに笑われたのに腹を立てたのか何やら怒鳴っている。
私はクライストが言った言葉を思い出していた。
『あのふたり、できてるんだよ?』
あのトリスタンと・・・セレさんが??どう考えてもつりあわないよね・・・
クライストさんの見間違いじゃないのかなあ・・・
そんなことを思いつつも何人かの騎士たちや見慣れない兵士とすれ違い、2階への階段を上った。
階段を上りきった先の廊下に敷かれた絨毯をふみ、団長の部屋を通り過ぎて西の塔へ向かう。
詰め所の一番奥が、私の部屋だ。食事まで一眠りでもしようと思っていると、部屋の前の廊下に誰かいた。
壁にその広い背中を預けて、腕組みをし目を閉じている。その背の高さと体格から一瞬でわかった。
「ライオネス!」
「・・・やっと帰ってきやがったか」
もしかして、帰りを待ってたの?どうしてだろう
ライオネスは私に近寄ると、盛大なため息をついた。
「ライオネス、どうしたの?」
「・・あいつと出かけてきたのか?」
「あいつって・・・」
「決まってんだろ。クライストだ。あいつがお前を誘ったって、兄貴が・・・」
ライオネスの鋭い瞳が、私を見下ろしている。
背の高低さもあるのだろうが、どうも詰問されているような感じがして落ち着かない。
「え、えっと・・・た・・確かに出かけはしたけど・・・」
「なんか、されなかったか?」
「なんかって?」
聞きかえすとライオネスはばつが悪そうに目をそらし頬をかく。
「なんかって・・・その・・なんかだ。危ない目にあわされたりとか・・」
私は首を振った。
「大丈夫だよ。ただ一緒にごはん食べただけで・・・」
「そうかよ・・・」
ライオネスはほっとしたように息をつく。
「兄貴のやつがやたらに心配しててよ。わざわざ本部まできて、俺に様子みとけって・・・」
「ランスロットが・・・」
ライオネスはうなずくと、壁に体を預け、しかめっ面でまた腕組をした。
「あいつの過保護ぶりにもほどがある・・って思ったけどよ・・・今回の・・クライストに関しては、俺も同感だ」
「同感・・・って」
ライオネスは反対側の壁を睨みつけながら、言葉を吐いた。
「正直、団長はあいつを信用しすぎだぜ。監視まで解いてよ・・いくらカーニバルで協力したからって・・・
忘れてねえか?あいつは元々人殺しの罪人なんだぜ?」
「でもそれってライオネスが決闘・・・」
「っ・・・うるせえよ!!俺がそんなこといわなくたってやったかもしれねえじゃねえか!」
酒場でのことを言うと彼はうっと顔をしかめたが、すぐに開き直ったように私を怒鳴りつけた。。
「・・それに、なんかよくわかんねえ胡散臭い武器も持ってるしよ」
「ああ、魔剣のこと・・」
「あ?」
つい言葉が出て、思わず口をふさぐ。聞こえてなければいいと願ったが、それは無理だったらしい。
「まけん?なんのことだ?」
ライオネスが私に詰め寄ってくる。
「あ・・・あの・・・その・・・・・・・」
私が後ろに一歩下がると、ライオネスがまた一歩近寄る。そんなことを繰り返すうちに柱のところにまで追い詰められた。
言い逃れはできそうにないみたい・・・・
私は観念して、ライオネスに魔剣のことを話した。
ただ、クライストに言われたとおり、洞窟のことと洞窟で起こった出来事については伏せておいた。
「・・・・・・・あいつが・・・魔剣・・・・」
話を一通り聞き終わると、ライオネスは難しい顔でつぶやいた。
「べ、別に口止めとかされてないけど、 あんまりみんなに言わないでよ!」
「なんでだよ」
横目で睨まれて、びくっとしながらもおずおずと私は答える。
「んと・・・なんか言わないほうがいいかな?なんて・・・」
ライオネスは盛大にため息をついた。
「なにいってんだ。逆に言ったほうがいいだろ。俺らに加担したんだって、だますための演技かもしれねえしよ
・・・しかも魔法に魔剣だって?余計うさんくさいぜ」
「ライオネスは、魔剣ってなんだかしってるの?」
何か知っていそうな彼の口ぶりに、私は質問する。ライオネスは眉間に皺を寄せて面倒くさそうに口を開いた。
「・・・なーんか、昔家庭教師に聞いたことがあんだよ。それを手に入れた奴は人智を超えた力を得る
とかいう伝説の剣だとかなんとか・・・」
「伝説の剣!?」
その名称に、私は思わず声をあげる。確かにあんな剣なら、そんなことを言われてもおかしくはないかもしれない。
しかしライオネスは首を振った。
「これも嘘くせえよなあ・・作り話だっつうやつから本当にあるってやつまでいろんなこという学者がいてよ、
実際はどうだかわかんねえんだと」
「じゃ、じゃあ、クライストさんがもってたってことは本当にあるってことなんだよね?」
私がライオネスを見上げると、彼は小ばかにしたような顔で私を見下ろす。
「ばあか、あんな奴の言うこと本気で信じてんのか?
それだって、嘘言ってんのかもしれねえじゃねえか。魔剣なんて、どんなもんだか誰も見たことないって話なんだぜ」
「で、でも確かに傷を一瞬で治したり、とか・・」
ライオネスは肩をすくめた。
「まあどーだかはしんねえけどよ、あいつのことはあんまり信用しねえほうがいいぜ」
「・・・。ずいぶんクライストさんのこと疑うようだけど、ライオネスの足の傷、直してくれたのはクライストさんなんだよ?」
あまりな言い様に、私は抗議する。ライオネスはそのときのことを思い出したのか自らの足に目をやった。
「・・・・・・・・。それでも、それでもよ・・」
ライオネスは唇をかみしめた。心中ではジレンマと戦っているのかもしれない。
「やっぱり、あいつは信用ならねえ。何考えてるかもわかんねえし、都合の悪いことはすぐはぐらかす」
思い当たる節はある。私は何も言わず、ただライオネスの言葉を聞いた。彼は続けた。
「そんなやつ、俺は信用できねえよ」
気持ちは全くわからないわけでもなかった。確かに全面的に信頼を寄せることはできないと思う。
だが・・・・
「・・お前もあいつには気をつけろよ。油断してると、何されっかわかんねえからな」
ライオネスはそう私に言い放つと、イラついたように荒々しい足取りで行ってしまった。
「ライオネス・・・」
表面だけみれば、そんなふうにもとれるのかもしれない。
だがクライストは、理由もなしに悪事を働くような、そんな人物ではないと感じた。
はっきりとした訳はいえないのだけど・・そんな気がした。
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