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2つの魔剣 3

今日は王都のカーニバル。幼馴染も遊びに来て、一緒にはしゃぐイレイン。だが、祭りも終わりに近づいた頃、街にモンスターの大群が押し寄せてきて・・・

次の朝・・・早朝から王都クレールの大通りは沢山の人でごったがえしていた。

「うわあ・・・すごい人・・・」

いつもにぎやかだが、今日はなおさらだ。

「イレイーン!!!」

人ごみのむこう、誰かが大声で私の名を呼びぶんぶんと手を振っている。

「アガタ!」

「へへー、遊びにきちゃった」

呼んでいたのは幼馴染のアガタだ。久しぶりに見る懐かしい笑顔に、こちらも嬉しくなる。

と、アガタは途端にきょろきょろしだした。

「なに?アガタどうしたの?」

「ランスロット様は?」

「アガタってば・・・・」

アガタはランスロットのファン・・・らしいけど、ファンというほど・・格好いいかなあ・・・。

「ランスロットは今日は・・たぶん王様たちの護衛で大忙しなんじゃないかな」

「ええー、もおう、せっかく船酔い我慢してまできたのに~」

アガタが口をとがらせる。

ずいぶんミーハーだなあ・・・今に限ったことじゃないけど・・。

「ねえねえねえ!じゃあさ、イレイン今日は誰にお花あげるの?」

アガタは今度は目をきらきらさせて私につめよってきた。

「お花?」

「もーうイレインってば何年王都にすんでるの!?好きな人にあげるお花に決まってるじゃん!」

そういえば昨日セレさんが言ってたっけ・・・。

私は昨日の夜のことをぼんやりと思い出した。

「ねえ!誰にあげるの?もちろん好きな人、いるんでしょ?」

「え、ええっ!?そんなのいないよ!」

「またまた~、隠しちゃって」

「ほんとにいないんだってば!アガタってばしつこいよ!」

そういうとアガタはふっかいため息をついた。

「イレインてば~、年頃の女の子がそういうの興味ないって重症だよ!」

「きょ、興味ないってわけじゃないけど・・・す、好きな人なんて・・・まだ・・」

全く考えたことがないわけじゃないけど、それよりも訓練、訓練の毎日で余裕なんかなかった。

「私騎士になるために剣の修行ばっかだったし、そんなこと考えられなかったもの・・」

「イレイン・・・。・・・そっか、ごめん」

アガタは私の置かれている状況を理解したのか、少ししゅんとして謝った。が、謝ったそばからぱっと顔をあげる。

「あ!でも代わりに誰か男の人からもらえるかもよ!?」

「もう・・・」

私たちはそんなことを言いあいながらも、露店を見て回ったり、綺麗な花飾りの数々にはしゃいだりした。

『パレードがはじまるぞー!!』

あっというまに時間が過ぎ、夕刻が近づこうとするとき人々の叫び声が街にこだまする。

カーニバルの最後には、国王陛下がパレードしながらお供を引き連れて大通りを練り歩き、ガイアの神木の前にいらっしゃることになっていた。

楽隊の音楽が通りに近づいてくる。

「あ、イレイン、パレードだよ!早く見に行こう!」

「あ、アガタ、待って!」

走り出したアガタを追って、私は人ごみの間から大通りに顔を出した。

華やかな装飾をつけた鼓笛隊、その後ろから護衛と他の王族に囲まれた国王陛下がゆっくりと馬に乗り歩いてきていた。

すごくきらびやかな鎧をつけた初老の騎士と、鋭い目つきをした女性騎士が陛下の両側を護衛している。

前者はたぶんウェルム王宮騎士団長・・ランスロットのお父さんだ。女性騎士は副団長のアニス様だろう。

ランスロットは陛下の後ろを護衛しているみたいだった。馬に乗り、王宮騎士団の金縁取りのついた黒い礼服を着込んでいる。

「あ!きゃー!ランスロット様ー!!」

アガタが耳元で叫んで、私は思わず耳をふさいだ。

アガタってば声大きいよ・・・

とはいっても、鼓笛隊の音楽にかき消されてきっとあっちには聞こえてないとは思うが・・・。

そう思っていたら、ふとランスロットがこちらを見た。

そして、微笑んだ。

えっ・・・わかったのかな?

「ちょ、今の見た?こっち見てた!きゃー!!」

「アガタ~、落ち着いてよ・・・」

アガタはもうすっかり興奮状態だ。

「だってだって、笑いかけてくれたのよー!今日私眠れないかも・・・」

「はあ・・・」

私はため息をついてから、ランスロットたちの後姿を見やった。

ガイアの森に夕日が沈んでいく。西日が、鼓笛隊をオレンジ色に染めた。

「ねえ、イレイン。陛下ってあそこの森に行ったんだよね?」

アガタがガイアの森を指差して言う。

「うん。あの森には大きなご神木があるんだよ」

「ご神木?」

私はアガタにガイアの森の説明をした。

「どうしてご神木に陛下がいらっしゃるの?」

それは確か・・・・。

「今夜はご神木にガイア・・自然界の精霊たちが集まって、王国の未来を告げるからだ」

私が考え込むと、後ろから誰かの声がした。

「あ、セレさん!」

振り返るとそれはセレさんだった。仕事中ともあって、鎧を着込み腰から長剣を下げている。

「アガタ、同じ騎士団のセレさんだよ」

「こ・・・こんにちは・・。はじめまして・・」

セレさんをアガタに紹介すると、彼女はびっくりしながらもセレさんを上から下まで眺めている。

だがセレさんはアガタの視線を気にせず、警戒するように周囲を見渡した。

闇が町を包み込んで、さっきまでパレードで騒いでいた観客たちもガイアの森にいったらしい。

通りには数える人しかいない。喧騒がうそのように、今はひっそりと静まり返っていた。

「・・・・・・・・・・・・・」

「セレさん?」

私もあたりを見るが、変わった事はないように思える。だが、セレさんの表情は険しいままだった。

「・・・・・・・・どうしたの?」

「いや・・・・。たぶん、気のせいだろう。・・・お告げを聞いて来い。私は仕事に戻る」

セレさんはそういって、大通りを歩いていった。

気のせいって・・・何が気のせいなのだろう。だが聞き返せないまま、セレさんの背中が遠ざかっていく。

「イレイン!今の、セレさんだっけ?何あの胸・・くびれ・・・うらやましい~!

しかも顔まで美人だなんて反則じゃないのもうー!!」

アガタはなにやらキーキーわめいている。だけど私にはセレさんのさっきの言葉が胸にひっかかっていた。


ご神木が闇の中、不思議な光に包まれている。

その光は泉までも飲み込んでおり、まるで泉とご神木が一体化したように光輝いていた。

誰もが固唾をのんで見守る中、精霊の巫女とよばれる女性が、お告げをきくために神木に近づいた。

巫女の足が煌々と光る泉の水面を渡っていく。

「・・・すごい・・・!足が浮いてるよ・・!イレイン・・・」

アガタが驚きこそっとつぶやいた。

神木の前の最前列には国王陛下とその側近が、両側に護衛を伴っている。

次列あたりに、ランスロットの後ろ姿が見えた。

『母なる大地に宿る精霊の皆よ・・・』

『かの国クレールの、輝かし未来を示したまえ・・・』

巫女がご神木に向かって呪文のように言葉を唱える。

その瞬間、ご神木がすさまじい白い光を放った。

「・・・きゃっ」

私とアガタは思わず顔を覆う。他の観客たちも同じようだった。

やがて、光が徐々におさまっていく。

「ふう~、びっくりしたあ・・・」

隣のアガタがほっとしたように息をついた。

私もアガタに続いて目を開けようとして・・・異変に気がづいた。

なに・・・この変な感じ・・・

アガタや他の観客は全く気づいていないようだ。

だが、なんと表現したらいいのか・・空気がとたんに重苦しく感じるような・・そんな嫌な気配が、漂っていた。

そのとき。

『モンスターだーーーーっ!!!モンスターがでたぞーーーーー!!!』

町のほうから誰かの叫び声。それと同時に断末魔のような悲鳴がいくつも聞こえた。

『助けてくれえええっ!!!!』

途端に森の中はパニックになる。

観客たちは慌てて逃げようとしているようだが、街に逃げるわけにも行かず右往左往するばかりだ。

「い、イレインっ!!」

アガタがすがるような目で私を見る。私はうなずいた。

「アガタ、この森にいれば安心だよ!私は街に行ってくる!」

「で、でも・・・」

「心配しないで!」

不安そうなアガタに私は微笑みかける。

泉のほうに目をやると、呆然とした巫女と、パニック状態の陛下を王宮騎士たちが守っていた。

ランスロットの姿はなぜか見当たらない。先に街にいったのだろうか。

私は腰に下げたふたつの剣を握り締めて、走り出した。

森の入り口では、モンスターたちの侵入を騎士や戦いの心得のあるものたちが防いでいる。

私はその横をすりぬけ、モンスターだらけで騒然となっている町の中へ身を投じた。


街に入り込んだモンスターたちはいずれもそう大して強くはなかったが、いかんせん数が多すぎた。

「やあっ!!」

間合いをつめて斬りつけると、おおこうもりや巨大な蜂モンスターが一瞬にして霧散する。

まだまだいるっていうの・・・!?

私は息を切らしながらモンスターたちを倒し続けた。

「おりゃっ!!!」

気合のはいった掛け声がして、私は声のするほうに顔を向けた。

「あれは・・・ライオネス!」

ライオネスは自分の身長ほどもある巨大な大剣を振り下ろし、モンスターを一刀両断する。

「処分中だったんじゃ・・・」

私が驚き近づいて声をかけると、ライオネスは自分の顔についたモンスターの血をぬぐった。

「・・・町がこんなになってんのに、部屋でおとなしくしてられっかよ!」

「まだまだ、いるのかな・・・」

私は街の中を見渡した。通りにはモンスターの残骸があちらこちらに散らばっている。

モンスターの死骸は初めてではないけれど、こんなに大量の死骸は見てて気分のいいものではない。

「・・・とりあえず、門は押さえてある。これ以上は増えねえはずだ。なんとかがんばるしかねえな」

ライオネスも街の惨状を見ながら顔をしかめ、そのあと私に視線を移した。

「・・・お前ひとりで戦ってたのか。・・怪我は・・・いまんとこ大丈夫そうだな」

「うん・・」

ライオネスの顔を見たからかなんだかホッとして、私は気を抜いていたのだろう。

「っ!危ねえっ!!!」

『ザンッ!!!』

ライオネスがとっさに走り出し、私の背後にいたゴブリンを斬りふせた。

『ギュェェェェ・・・』

ゴブリンが叫び、血しぶきとともに地面に倒れる。

「・・・ら、ライオネス・・ありがとう・・・」

ライオネスは大剣をぶんっと振りゴブリンの血を落として、口を開いた。

「気ぬくなよ。お前に何かあったら兄貴に申し訳が・・・」

「・・・え?」

「あ、ああ・・いや、なんでもねえ。とにかくさっさと片付けるぞ!!」

いぶかしげな私を尻目に、ライオネスは慌てた様子でだっと駆け出した。


どれくらい戦っていたのだろう。

出口の見えない戦いに、疲れも手伝って意識も朦朧としてくる。

体中にかいた汗で衣服がはりつき、ひどく気持ちが悪い。剣の柄を握る手も、汗でつるつると滑った。

セレさんやランスロットも・・どこかで戦っているのかな・・・

私は身体を殆ど反射で動かし、戦い続けた。

近くで戦うライオネスも、疲れがたまっているのだろう、隙をつかれて軽いが怪我をしていた。

額からこぼれる汗が、目の中に入る、それをぬぐう暇もないまま剣を振るっていると視界の隅に子供の姿が映ったような気がした。

こんなところに!?

私は目の前のモンスターを片付け、子供が見えたところへ走っていった。

「あ・・・ああ・・・」

5,6歳くらいだろうか、男の子が地面にへたりこんで呆然と目の前のコボルト―狼人間を見つめている。

恐怖でもはや逃げ出すことさえできないようだ。

私は懸命に男の子のところまで駆けた。どうか、どうか間に合って!!

コボルトは手にした槍を男の子に向けて振り上げる。

どんなに足を動かしても、間合いまで足りない。

槍の切っ先が男の子に向けてまっすぐに降りて―

だめ・・・やっぱり間に合わないっっっ・・・!!!!

そう思ったとき、輝く青い閃光が、コボルトを貫いた。

瞬間、コボルトは細かな塵となって消え去る。

え・・・・

「今の・・・・なに・・・・?」

私と同じく、男の子も何が起こったのかわからない様子でコボルトのいた場所を見つめている。

と、とにかくあの子を助けないと!

私は男の子に走りよって、助け起こした。幸いすりむいた傷くらいで、大きな怪我はなかった。

「大丈夫!?」

「あ・・・ありがとう、おねえちゃん・・・」

そのとき、背後からふいに声が聞こえた。

「・・・間に合って、よかったね」

「!?」

私が振り返ると・・少し離れたところに、あの青い髪の傭兵・・クライストが立っていた。

クライストは静かにたたずんだまま、微笑を浮かべて私と男の子を見ている。

その手には、さっきの閃光と同じ青色に光った長剣が握られていた。

その剣は青く綺麗に発光し、まるで呼吸でもするかのようにゆっくりと点滅している。

「あ、あの・・さっきはあなたが・・・?」

私が剣をみながら問うと、クライストはうなずいた。

あの青い光は・・・剣の太刀筋ってことになるの・・?それにしても・・不思議な剣・・・

見たこともない形だった。全体的に流れるようなフォルムで、柄は細くて刀身は幅広いが、切っ先はレイピアのように鋭い。

長さは普通の長剣と同じくらいか。

あのとき一番近くにいたのは私だったはずだ。間合いの外からでも攻撃できるということなのか・・。

「・・・ともかく、その子を安全なところに連れて行かないと」

クライスト本人の言葉に私は我に帰った。

そうだ、ここは危険だからせめて森にでも避難させないと・・・

私が安全な経路を探そうと見回すと、向こうから誰かがどなりながら走ってくる。

「あれは・・・トリスタン!?」

団長の補佐のトリスタンだ。なんだかやたらと怒っているような様子だった。

「貴様!!いきなりどこへ行ったかと思ったら・・・!!??」

トリスタンはクライストに詰め寄り、大声で叱り飛ばした・・だが言葉の語尾が驚いたように上がる。

「遅すぎるよ君。見張り役がそんなんでどうするんだ?」

クライストは動じもせずしれっと言い放った。そういえば、トリスタン、団長に目を離すなって言われてたっけ。

「なぜだ・・剣はとりあげたはず・・・・」

トリスタンはひどく驚いた様子でクライストの手元を見つめている。

クライストは今気づいたかのように剣に目をうつした。

「ああ、これ。こいつは俺から離れたがらなくてね」

はなれたがらない・・・?

まるで生き物のような言い方に、私は改めてその剣を見やった。

「ふざけたことを・・・!!!モンスターと一緒になって暴れていたのか!?」

馬鹿にされていると思ったのか、トリスタンはますます怒って怒鳴り散らす。

私は慌ててフォローした。

「違います!トリスタン!クライストさんはモンスターに襲われてた子を助けてくれたんです!」

「なんだって・・」

トリスタンは私のほうを見た。私はうなずいて、そばにいる男の子の肩に手を置いた。

彼は私と男の子を交互にみて、それからクライストに目をうつす。

クライストは肩をすくめた。

「・・・まあ、疑いたい気持ちはすごくよくわかるんだけど、今はそれどころじゃないんじゃないかな」

トリスタンは街の状態を見渡した後、舌打ちする。

「本部のほうは大丈夫なんですか?」

騎士団のほうが気になって私が尋ねると、トリスタンはうなずいた。

「・・・本部は心配ない。だけど街がな・・犠牲者も結構出ている」

通りにはモンスターの死骸にまじって、彼らに殺された人たちも倒れている。

息があれば森に運んだけれど、すでにこときれている人もたくさんいた。

「・・・俺も協力させてもらえないかな。雑魚ばっかりだけど、モンスターの数は多いし」

さらりとクライストが言った。トリスタンは彼をにらみつける。

「貴様・・・罪人がなにを・・・・」

「どう考えても、騎士の数が足りないよ。このままだと、犠牲者もより多くなる」

確かに・・・・。モンスターは街に大挙して押し寄せてきたようで、もはやあふれんばかりの状態だった。

私もライオネスも、終わりの見えない戦いに身体が限界に近くなってきていた。

「ちっ・・・・」

トリスタンは到底納得のいかない様子だったが、彼の言うことも一理あると思ったのか、渋々ながらもうなずいた。

「・・・・仕方がない、わかった。だが、俺はお前から目を離さんからな!」

「はいはい」

クライストがわかってますって、というふうにまた肩をすくめる。

「あの私、この子を森まで避難させてきます!」

私がトリスタンに言うと、トリスタンは自らの得物の槍を構えながらうなずいた。

「・・・わかった。俺たちが援護してやる。クライスト、来い!」

「はいはい。ま、可愛い女の子が傷つく姿は俺も見たくないしね」

クライストの軽口にトリスタンは眉間のしわを深くするが、そのまま槍を構えて走り出した。

「私のそばから離れちゃだめだよ!」

男の子に私が言うと、男の子は目を大きく開けて深くうなずく。

「それじゃ、行こうか」

クライストが散歩にでも行くような口ぶりで言う。この血だらけの戦場にはおよそ似合わない口調だった。

私たち3人は男の子を守りながら森までの道を駆け出した。


男の子を無事森にいた母親のところに送り届けると、私たちは引き続きモンスターの掃討に入った。

むせかえるようなモンスターの血と人血の匂い。意識すると吐き気まで催しそうだ。

後ろのほうではトリスタンとクライストが残りのモンスターを倒している。

「はあ・・・はあ・・・・」

門の入り口のところで私は息をつく。モンスターはだいぶいなくなったようだったが、もはや体力は限界だった。

「イレイン!!」

セレさんが前方から走ってくるのが見えた。セレさんの鎧も、泥と血まみれだ。

「せ、セレさん!」

「・・・大丈夫か」

セレさんは息切れしているけれども目だった怪我はないようだった。私も擦り傷くらいで、大きな怪我はない。

うなずくと、彼女は安堵の表情をうかべる。街の通りをすみずみまで見渡して、口を開いた。

「もう、大丈夫だ。モンスターも殆ど倒した。あとはけが人を確認して、適当な処置を・・」

ここで言葉を切って、セレさんは私の背後を見やった。

「・・・・あいつは・・・クライスト?物置部屋にいたはずだが、なぜここに?」

「あ・・・あのね、男の子が襲われそうになったの、助けてくれたんだよ!」

「なに・・・?」

セレさんはつぶやいたあと、なにやら言い合いをしているトリスタンとクライストのところへ歩いていった。

言い合いをしている・・・といっても、怒鳴っているのはトリスタンだけで、クライストは気にもしていないようだが。

トリスタンが事情を説明する。セレさんはクライストの輝く剣を見つめていたが、やがて了承したようにうなずいた。

クライストがセレさんに何か言っていたようだったけど、セレさんは気にもとめてないようだった。

「ああ、イレイン!無事だったか!!」

安堵した声に振り返ると、ランスロットの姿があった。

ライオネスも、ランスロットの後ろからゆっくりと歩いてきているのが見える。

よかった・・・みんな無事だった・・・

「イレイン、怪我はないか?」

ランスロットは私の土まみれの頬にそっと手を触れた。

「うん、ちょっと擦り傷つくったくらいだよ。ランスロットこそ、大丈夫?」

彼はふっと笑った。

「・・・弟子に気を使わせてしまうようでは、私もまだまだということか」

「そういうわけじゃ・・・」

「わかっている。心配してくれたんだろう?ありがとう」

そういって彼は嬉しそうに目を細める。パレード用の黒い礼服は汚れてしまっていたけれど、自身は無傷なようだった。

「ライオネスも・・大丈夫みたいだ・・・ね?」

私はランスロットの肩越しに、こちらに向かってくるライオネスを見る。

ライオネスは2,3歩こちらに歩みを進め・・・その姿ががくんとかしいだ。

「ら、ライオネス!?」

私は思わず声を上げた。

「どうした、ライオネス!!」

振り返ってみたランスロットも驚いて、彼に走りよる。

「・・・くっそ・・・なさけね・・」

ライオネスが呻く。見ると、足に深い傷を負ってしまっていた。

足の脛全体を切り裂いたようでブーツが破け、そこから鮮血がどくどくと流れ出ている。

「ひどい傷・・・」

「囲まれちまったときにな・・・雑魚ばっかりでも、集団でくるしこっちは一人だったし・・で」

ライオネスは痛むのかここまで言うと顔をゆがめた。

「・・・早く、本部の救護室へ!」

私が言うと、ランスロットはなぜか渋い顔をする。

「え・・・・」

「イレイン・・言いにくいんだが・・・今地方騎士団本部の救護室は、他の騎士と街の者たちでいっぱいだ」

「っ・・・」

私は言葉につまった。

「・・・・王宮騎士団の救護室なら、対応はできると思うのだが・・・」

ライオネスの傷を見ながらランスロットが言う。私は彼を見た。

「ランスロット・・でも、いいの?王宮騎士団は・・・」

「・・・・困ったときは、お互い様というものだろう」

ランスロットは私に微笑んだ。

「よかった・・・!ねえ、ライオネス、王宮騎士団に・・・」

「俺は行かねえ」

「ライオネス!?」

ライオネスの即答に、私は絶句した。どうして・・・・・

「・・・・・・・・・・」

ランスロットは驚くことはせず、ただ痛みに耐えるライオネスの顔を見つめている。

「救護室なんか・・行くまでもねえだろ・・こんなたいしたことねえ傷・・」

「駄目だよ!ちゃんと手当てしないと・・・」

「うるせえっ!!!」

私がライオネスの肩に触れようとすると、ライオネスは私の手を、触るなとでもいうふうに振り払った。

「あんなとこに世話になるくらいなら、の垂れ死んだほうがましだぜ」

「なんでそんなこと・・・・」

「親父のとこに・・・世話になるなんて・・・俺は絶対にごめんだ」

払われた手をおさえて呆然とする私を前に、ライオネスはそうつぶやいた。

「・・・・・・・・・・・ライオネス・・」

ランスロットが言い、顔をしかめてうつむく。すごく辛そうな表情だった。

「ランスロット・・・?」

さっき、ライオネスが『親父』っていったのは・・ふたりの父であるウェルム王宮騎士団長のことだろう。

ライオネス・・・お父さんと仲が悪いの・・・かな・・?

仲違いしているなら、彼の感情は理解できなくはない。だが、怪我はかなりの重傷だった。

もはや、意地を張っている場合じゃない。

そうこうしているうちに、ライオネスの足の傷からはとめどなく血があふれていた。

あまり多量に出血すると、命の危険がある。

「ね、ねえライオネス、そんなこといっても、ここじゃ手当ては無理だよ!」

「・・・・・・・・早く対処しないと、お前自身の命にもかかわるぞ」

だがそれでも、ライオネスはうんと言わなかった。

「・・・ここで死ぬなら俺はそれだけの奴だったってことだろ。別に命が惜しいわけじゃない」

命が惜しいわけじゃないって・・・そんな・・そんなこと・・

なぜだか無性に、悲しく思えた。

「そんなこと、どうして平気で言えるのよ!!!!!」

気がついたら、私は叫んでいた。ランスロットが目を見開く。

「・・・・・・・・・」

ライオネスは、そっぽをむいて黙ったままだった。

「一体どうした?」

私の叫び声に気づいたのか、セレさんが歩いてきた。

ライオネスの傷を見て、顔色を変える。

「セレさん・・・。本部の救護室がいっぱいって、ホント?」

「・・・・・・・・、ああ・・・」

間をおいて、セレさんが答えた。その視線は、ライオネスの傷にだけ注がれていた。

「われわれ王宮騎士団の救護室も提供できるとは思うのだが・・・本人が拒絶していてな」

ランスロットが説明する。セレさんは彼を見て、礼を述べたあとライオネスに向き直った。

「・・・親父が許可するわけねえだろ、あいつはそういうやつだ」

「・・・ライオネス、父上のことを悪く言うな」

ランスロットが諭すように言った。だが、ライオネスは逆に激昂する。

「だってそうだろうが!!今だって王宮騎士団は街の奴らよりも王族を優先して何もしねえ!!」

「そんなことないよ!だって現にランスロットは・・・」

「兄貴が望んだからだろ!?しかも部下はつれずに兄貴ひとりにまかせやがる・・・貴族や王族がそんなに大事なのかよ!」

ライオネスは・・クレールの街が大変なのに、地方騎士団にまかせきりだった王宮騎士団の対応が気に食わないらしい。

「・・・しかし、王族や貴族の方々をお守りするのは王宮騎士団の役目だ」

セレさんが腕組をして静かに言葉を吐いた。

「そうでもよ・・!人手が足りなかったのは・・誰が見たってわかっただろうが・・・・」

ライオネスはがくりと頭を垂れた。慌てて覗き込むと、顔色が真っ青だ。

地面に座り込んでいるが、自らの手でかろうじて上体を支えていた。苦しそうな息遣い。

「・・・力ずくで連れて行くしかなかろう」

セレさんがぽつりとつぶやく。私たちはうなずきあって、ライオネスの身体を支え運ぼうとした。

「おい!貴様まだ話は終わっていないぞ!」

「ああ~もう、君話が長すぎだよ。話ってもんは要点をまとめなきゃ時間の無駄なんだからさ」

「なんだとうっ!!!」

そのとき、怒鳴りまくるトリスタンから逃げるようにクライストがやってきて足を止めた。

「あ、クライストさん!クライストさんも手伝って!」

「ん?」

言うと、クライストは苦悶の表情を浮かべるライオネスを見て、それから足の傷に目をうつした。

「・・・んー、自力で歩けないわけじゃないと思うけど?」

「王宮騎士団の世話にはならないって、意地張って動かないの・・」

「うるせえっ・・・意地・・・はってるわけじゃ・・」

ライオネスが荒い呼吸の合間に反論する。クライストは顎に手をあてて考え込むような仕草をみせた。

「・・・そうだなー・・まあ・・死にはしないだろうけど、ほっとくと歩けなくなっちゃうかもね」

クライストの言葉にランスロットとセレさんが険しい顔を見合わせる。

「だからこれから連れて行くんだよ!手伝って!」

「でも、本人は行きたくないんだろ?ほうっておけばいいんじゃないかなあ」

「クライスト・・・!!」

セレさんがすさまじい表情でクライストをにらむ。だが彼は全く動ぜず肩をすくめた。

「ごめんごめん、冗談だよ。美人ににらまれると怖いね。・・・さて」

「・・・・クライスト、さん・・・?」

クライストはライオネスの前にかがんで、傷の状態を検分するようにじっくりと眺めた。

セレさんとランスロット、トリスタンはいぶかしげながらも何も言わず様子を見ている。

「あの・・・?」

私がクライストの背中に声をかけると、クライストは振り返って私に笑いかけた。

「・・・そんな心配そうな顔しなくても、大丈夫だよ」

そしてまたライオネスに向き直り、傷に両手をかざし目を閉じた。

え・・・・・?

クライストの両てのひらの輪郭が一瞬だけ、青く発光したように・・・見えた。

「うん、こんなもんかな」

クライストはそういって立ち上がる。見るとライオネスの顔色がよくなっていた。

ライオネスは苦しそうにつぶっていた目を開けて、なにやら驚いている。

「・・・どういう・・ことだ?」

ランスロットがライオネスを見ながらぼうぜんとつぶやく。

「・・・・・・・・・・・・」

セレさんはクライストをじっと見つめた。

「・・な、なんだお前!?ライオネスになにかしたのか!?」

トリスタンがクライストに向かって叫ぶ。だがクライストはにっこり笑うだけで、何も答えなかった。

ライオネスの傷は、傷自体はあるものの血は完全に止まっている。

「なんで・・・俺・・・?」

ライオネスも自分の身に起こったことが信じられないようだった。傷を見つめてずっと不思議そうにしていた。

ライオネスの傷が一瞬でよくなるなんて・・・一体クライストさんは何をしたんだろう・・・

歩けるようになったライオネスは、そのあと皆とともに街の人の手伝いや、けが人を運ぶのを手伝っていた。

あれだけひどい傷だったのにと、本人含め、その場にいた私たちは首をひねるばかりだ。

肝心のクライストに聞いてはみるものの、何度聞いても微笑んで何も答えてはくれなかった。


「・・はい、もうこれで大丈夫ですよ」

「ありがとうイレインちゃん、すまないねえ・・・」

街で顔見知りだったおばさんの腕に包帯を巻いて、処置を終えると私は立ち上がった。

地方騎士団の救護室ではけがをした人たちがあふれている。

騎士も町の人たちも関係なく、皆が皆お互いに助け合っていた。

あれ・・?あの後ろ姿・・・

救護室を見回すと見知った後姿が見える。それはクライストだった。

「クライストさんも・・手伝ってくれてたんだ・・」

クライストは怪我をした子供たち数人の世話をしていて、彼らの笑顔に優しく笑いかけていた。

傭兵さんとの事件もあったし、何を考えてるかわからない人だけど・・悪い人では・・ないのかな・・

「あのう・・・すみませんがね」

「は、はい?」

気がつくとだいぶ歳を取ったおばあさんが、初老の男の人とともに私のそばにたっていた。

「ライオネス様は・・どちらにいらっしゃいますかね・・」

「ライオネス・・・ですか?」

「はい。私ども、ライオネス様に命を助けていただきまして・・・せめてお礼を申し上げたくて・・・」

私はライオネスの姿を探すが、彼は救護室にはいないのか見当たらない。

「ごめんなさい、今ちょっと出てるのかな・・探しにいってきますね」

「あ、あああ、いいのです、もしいらっしゃらないのであれば、私どももそろそろ行かなくてはいけませんので・・」

駆け出そうとする私を、おばあさんの皺くちゃの手が押しとどめる。

「でも・・・」

おばあさんはにっこりと微笑んだ。

「いいのです。ライオネス様にお伝えいただければ・・・。あのとき助けていただき、ありがとうございましたと」

「こんな皺くちゃの老婆が言っていたといえば、すぐおわかりになると思いますので・・・・」

おばあさんはゆっくりとした動作で頭を下げた。隣にいた初老の男・・息子さんだろうか・・が、口を開く。

「あのとき、近くに王宮騎士たちがいまして・・母は助けを求めたのですがあろうことが無視されてしまい・・」

「・・・ええっ!?王宮騎士の方が、ですか?」

そのときのことを思い出したのか、おばあさんが悲しそうな顔をする。初老の男が憤慨したような口調で続けた。

「全くひどい話です。確かにこちらも、当然助けてもらえるとは思っておりません。ですが・・・

・・・ライオネス様はモンスターたちの相手で手一杯だったにも関わらず、無理をして母を助けたあまり・・怪我を負われて」

おばあさんは申し訳なさそうな表情で私を見た。

その表情に、私はおばあさんを安心させようと笑いかける。

「でも、ライオネスはもう大丈夫です。怪我もなおったし・・・」

「えっ・・・あんなひどい怪我が、ですか!?」

「あ、えっと、見た目はひどかったんですが、それほどでもなかったっていうか・・・」

しまったと思い、慌てて言いつくろう。おばあさんと初老の男は胸をなでおろした。

「そうでしたか・・よかった・・・。本当に、ありがとうございました。ライオネス様に、どうぞよろしくお伝えください」

2人はそういってもう一度深々とお辞儀をしたあと、救護室を出て行った。

そうだったんだ・・・ライオネス、だからあのときあんなに王宮騎士団の世話にはならないって・・・

ただ単に、意地をはっていたわけではなかったのだ。なんだか胸がしめつけられるような思いだった。

→次話 2つの魔剣 4

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