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2つの魔剣 8Ba

○次話は2つの魔剣 9になります。

○負傷したライオネスの様子をみにいくイレインだが・・・

私が救護室に入ると、端のほうのベッドに横たわっているライオネスが目に入った。

「あ、イレインさん、ライオネス様ならさっき気づかれたんですけど、また眠ってしまったみたいで・・・」

衛生係の女性が、怪我をした騎士のひとりに包帯を巻きながら声をかけてくる。

「気づいたんですか!よかった・・・」

女性はふふっと笑って、私の顔を見た。

「?なんですか?」

「いいえ。ただ、ライオネス様、気づかれたときに真っ先に『イレインはどこだ?』って聞いてたものですから」

ちょっとだけ心臓が跳ねた・・・ような気がした。

最後にあんなこと言ってたけど・・・なんだかんだ言って、心配してはくれてたのかな・・・。

私はライオネスのベッドに近づいた。

救護室のベッドは少し小さめで、肩幅の大きいライオネスには窮屈そうだ。

手当てを受けたからか、林にいたときよりも顔色はいい気がする。

起こしちゃ悪いよね・・・せっかく眠ってるんだし。

私はライオネスの顔をじっと見つめた。

いつも機嫌悪そうにしてることが多いから、こんな安らかな寝顔も珍しい。

そういえば改めてみると、ランスロットに似てるよね・・・。普段態度が全然違うからわからないけど。

やっぱり兄弟なんだなと思う。髪の色と目の色が同じで同じ背格好だったら、区別がつかないかもしれない。

「ライオネス様って、イケメンですよね?」

「きゃっ!」

いつのまにか衛生係の女性が手当てを終えたようで私の横にきていた。

びっくりして思わず後ずさる。

「あら、ごめんなさい。あまりにも真剣に彼の顔を見つめてるから、てっきり見蕩れてるのかと」

途端に顔が熱くなり、慌てて抗議する。

「そ、そんなことありません!」

「あらあら、大声出すとおきちゃいますよ?」

「う・・・」

手で口を押さえる。女性はくすくすと笑って、口を開いた。

「でもイケメンなのは無理ないですよ。だってあのランスロット様の弟さんですものね」

ランスロットの弟・・・。

なんだかわからないけれど、ちょっとだけ胸がちくりとした。

「ん・・・」

ライオネスが身じろぎして、瞼がうっすらと開いた。

「では、お2人でごゆっくり」

女性がにっこり笑って、去っていく。

なんか色々誤解されてる気もするけど・・・。

「ライオネス、大丈夫?」

瞳がゆっくりと開いて、薄い水色の瞳が私をとらえる。

「・・・・あぁ・・・・」

彼はつぶやくように言うと、上体を起こそうとした。

「っ・・・」

「だ、ダメだよ、もう少し寝てないと・・・」

「うるせえ・・・」

「またそんなこと言って・・・」

私は彼の身体を支えようとしたけれど、やんわりと拒否された。

「・・・ずっと寝てると、腰もいてえし、逆によくねえんだよ。・・・それに、腹減ったぁ・・・」

瞼をごしごしこすりながらライオネスがぶつぶつ言う。その姿がなんだか子供みたいだ。

思わず顔がほころんだ。

「じゃあ、ご飯持ってきてもらおうか?」

私の提案に、しかし彼は首を振る。

「んなめんどくせーことやってられっか。お代わりもできねえじゃねえか」

いつもの調子が戻ってきたようだ。私は少しほっとした。

「食堂まで歩けるの?」

「なめんな。どーってことねえよ・・・ちょっと、ふらふらすっけどな・・・っと」

「あ・・・・・」

ライオネスがベッドから降りようとする。その身体が少し傾いだ。

私は咄嗟に肩を貸した。

彼の腕を肩に回して、固定する。筋肉のしっかりついた力強い腕。

腕・・・すごいがっちりしてる・・・やっぱり男の人なんだな・・・。

そうじゃなきゃ、あんなに重い大剣を扱うことはできないもんね・・・けど、なんていうか・・・。

何故だか前よりも彼の身体を意識してしまって、ほんの少しだけ、胸はさわがしかった。

「・・・悪い」

珍しく、素直にされるがままになっているライオネス。

「食堂までこのままいこっか?」

「ばっ・・・馬鹿言え、他のやつらに見られたら何て言われるか・・・」

そのほうがいいと思うのだが、ライオネスはなぜだか顔を赤くして私の腕をそっとはずした。

大きな掌が腕に触れて、その体温をまた意識してしまう。

ライオネスって・・・体温高いんだな・・・寝起きだからかな・・・。

「・・・も、もう大丈夫だ」

「・・・ほんとに?」

聞き返すと彼は赤い顔のままうなずく。

そのまま私のほうも見ずに、ドアのほうに歩き出した。

まだちょっとふらふらしてるような感じだけど、大丈夫なのかな・・・。

そう思いつつ彼の広い背中を見つめていると、ライオネスはくるりといきなり振り返った。

「?」

ライオネスは視線をそらしつつ、なぜだか赤い顔のままボソボソとつぶやく。

「い・・・一緒に食いに行くか」

「え・・・?うん、いいよ。でも、そんな赤くならなくても・・・」

「ばっ・・・俺は赤くなってなんかねえぞ!!」

ライオネスは怒ったように叫ぶ。少し離れたところで、あの女性がくすりと笑ったのが見えた。

なんでそんなムキになるのかなあ・・私に支えてもらうのがそんなに嫌だったのかな・・・???

何がなんだかよくわからなかったけれど、私はライオネスと一緒に救護室をあとにした。


「あっ!ちょっと、私のパン勝手にとらないでよ!」

食堂にて。私はライオネスと一緒に夕食をとっていた。

「いーじゃねーか。固いこというな。お前ならあとでもらえるだろ」

ライオネスは私のパンを取っておきながら悪びれもせずに言い放つ。

「ついでにこれも飲ませろ」

さらに私のカップを取って、肉のスープを飲み干してしまった。

「ああああ!」

「スープくらいで大げさな声出すな」

空っぽのカップをテーブルに置いて、ライオネスが言う。

「俺はもうお代わりがもらえねえんだよ・・・ったく食費がなんとか言って・・・王宮騎士団からぶんどりゃいいんだ」

「それはライオネスがお代わりしすぎなんだよ!」

既に彼は3回も食堂のおばさんからパンとスープをもらっていた。

「・・・俺はだいたい、一日水しか飲んでなかったんだからそれくらいサービスしてくれたってよ・・・」

ライオネスがぶつくさ呟いている。私は彼が口をつけたカップを見つめた。

(私の飲みかけだったのにな・・・あんまりそういうこと気にしないのかな・・・)

もちろん、非常時などに水の入った袋を仲間同士で飲みまわしすることはあるけれど・・・

普通に食事しているときなどは何だか気になってしまう。

カップとライオネスを見比べる。それにも気づかず、彼は一心にパンを口にしていた。

なんだか微笑ましい。

「・・・・でも、よかった。すっかり元気になってるみたいで」

いつも通りのその姿に、ほっとして私はそう口にする。

にっこりしてライオネスを見ると、彼は照れくさいのかわからないがふいと目をそらした。

「・・・置いて逃げろって・・・言ったのによ。お前が、余計なお節介やくから・・・」

パンを握り締めながら、ライオネスが言う。困ったような顔がほんの少し赤くなっていた。

「置いていくことなんて、私にはできないよ。もしあの時逃げたら、私ずっと、後悔したと思うから」

私は自分の正直な気持ちを口にする。ずっと、おそらく一生後悔しただろうと思う。

「ちっ・・・」

ここまでいうと、ライオネスは舌打ちした。パンを口に放り込んで、飲み干す。

「・・・甘すぎんだよ。お前は」

「甘くたっていいよ。現にそのおかげで、ライオネスが助かったんだから」

「・・・別に頼んでもねえし」

「そんなの関係ないよ。ライオネスが助かって・・・私が嬉しいの。あのとき逃げなくてよかったって・・・それだけ」

微笑んで彼を見ると、ライオネスは顔を真っ赤にした。なぜだろう?

「ば、ばっかやろう・・・こっぱずかしいこと言ってんじゃねえよ!」

彼は顔を片手で覆い、なにやらわめいている。

「ライオネス??」

「ま、まあなんだ、その、べ、別に?全然感謝してねえとか、そういうわけでもねえしな!」

「えっと・・・?」

言っている意味がよくわからず、私は首をかしげる。ということは、感謝している、ということなのだろうか?

「ととととりあえずだな、まだ足りねえから、お前おばちゃんとこ行って、もっともらってこい!」

(・・・何だかえらそう・・・)

私はちょっと不服に思いつつも、おかわりをもらおうと立ち上がって―。

そのとき・・・

背筋が震える何かの雄たけびのような声と、地響きが聞こえた。

同時に、食堂の床が微かに一定のリズムで揺れる。

・・・地震!?・・・違う、これは・・・。

『な、なんだ!?』

『地震か!?にしちゃあなんか・・・それにさっきの叫び声みたいなの・・・なんだ!?』

食堂にいた騎士たちが何事かと言い合っている。

私はライオネスを振り返った。

ライオネスは険しい表情ですぐに立ち上がって、駆け出す。食堂を出る間際、騎士たちに叫んだ。

「てめえら!まごついてないで早く外に出ろ!たぶん、街が・・・」

私もライオネスのあとに続いて食堂を出る。嫌な予感が胸をたちまちに広がっていく。

さっきの叫び声、どことなくあの、関所で見た異形のものに似ていた。

まさか、もう異形が王都にきたってことなの・・・!?

私は必死にライオネスの背中を追う。本部の門を通り、街に出た。

「っ・・・!!!!」

大通りに出た瞬間、広がる光景に私は息を呑んだ。立ち止まったライオネスも、騎士たちも、同じだっただろう。

あの関所で見た異形・・・しかも1体ではなく、他の異形と思われる怪物までいる。

王都の門はかなりの高さだが、異形の中には人間に似た巨大なものもおり、

それが触手のような、手のようなものを伸ばして門を叩き壊そうとしていた。

王都からも、門に異形たちが押し寄せてきているのがよく見える。

必死に騎士たちが門の扉に太く丈夫な丸太をひっかけ、異形の猛攻を防ごうとしていたが・・・

それも時間の問題のように見えた。

「なっ・・・なんだありゃあっっ!!??」

「たすけて、たすけてくれぇっっ!!」

王都の大通りは混乱を極めていた。

転倒した者をも次から次へと踏みつけ我先にと逃げようとする。

だが、結局のところ逃げようにもどこに逃げたらよいかわからず右往左往するばかりだ。

「ガイアの森へ急げ!皆そこに避難するんだ!!」

グレッグ団長がトリスタンを従え王都の人たちに大声で呼びかける。

「ガイアの森へ急げぇぇっっ!!身体の不自由な者や、手を貸して欲しい者はいないかっ!?」

トリスタンが大声で叫び、倒れた人を助け起こす。ほかの騎士たちも、迷子の子供やお腹の大きな女性を保護していた。

「だいじょうぶですか!?しっかり!」

私も誰かに踏みつけられて傷だらけになっていたおじいさんを立ち上がらせる。

ようやく人の波はガイアの森へ流れ始めた。通りには物が散乱し、あちらこちらに人が倒れている。

中には圧死したのか息絶えている人もいて、唇をかみしめた。

直接には異形のせいじゃなくても・・・こんなことで命を落とすなんて・・・

生死が関われば、他人のことなど構っていられなくなる。そうなってしまうものだし、そうなるのが当然なのかもしれない。

だが、何だか無性に悲しくて仕方なかった。

そのとき・・・ふいに、何かがはじけたような爆音が耳を襲った。

「なに・・・いたっっ・・・」

同時に頬に鋭いものが当たって、足元に落ちる。見覚えのある木片。

これは・・・まさか王都の門のっ・・・!!

咄嗟に門のほうをむくと、ちょうど異形たちが丈夫な木の扉を打ち壊し、通りになだれこんできているのが見えた。

あたりに響く不気味な咆哮。おののく民衆。あがる悲鳴。子供の泣き声があちこちで聞こえる。

「きたぞおおおおおおっっ!!!急げーっっ!!」

グレッグ団長を初めとする騎士たちがそれを打ち消すかのようにあらん限りの声で叫んだ。



門を破って入ってきた異形は、まだ幾人かの人が逃げ惑う通りをのっそりと歩き出す。

彼らは・・・皆モンスターというにはあまりにも異様な姿をしていた。

巨大な顔に短く太い象のような足が生えたような化け物。

見た目は人間のようだが、その身長は人のそれより遥かに高く、地面につくくらい異様に長い腕を持つ、巨人のような者。

同じく人型だが、体中を鋭いとげで覆われた不気味なものもいる。彼らは小さいものでも人間の身長の倍はあった。

みな一様に焼け爛れたように剥がれた皮膚の表面から、体液を絶えず染み出させている。

・・・なんて気持ち悪い・・・何、それにこの匂い・・・

胸がおかしくなるような匂い。異形が出す、そのどろっとした体液から出ているようだ。

精神的にも肉体的にも不快感を催すような化け物の登場に、騎士たちはみな戸惑っているようだった。

おじけづいて逃げ出そうとしているものまでいる。

異形の長い腕が伸びて、逃げ出そうとした騎士のひとりをやすやすと掴み上げた。

「わっ・・・わあああああっ・・・・!!」

まるで人形のように空に持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。

思わず顔を背けると、何かがつぶれたような嫌な音が、耳に響いた。

「・・・上等じゃねえか。派手に暴れてやろうぜっっ!!」

はっと気づくと後ろから叫んで走ってくる男がいる。私は目を見開いた。

あの傭兵さん・・・!!

傭兵は逃げていく市民たちの盾になるように、異形にたちはだかった。

まだ、王都にいたんだ・・・!

素早い動作で同時に両手で腰の剣を抜き、ふたつの切っ先を異形にむけ構える。腰を多分に低くする、その独特の構え。

・・・見たこともない構え・・・だけど、あれはやっぱり双剣だ。普通の剣ならあんな構えはしないはず・・・

「あいつは・・・ヴァンディットじゃねえか・・・王都に来てやがったのか・・・」

「ライオネス?」

声がして隣を見るとライオネスが彼の姿を驚いた顔で見つめている。

「私が奴にエルムナード偵察を頼んだ。・・・ちょうど王都に来ていたと知ったからな」

穏やかな声がライオネスとは反対側から聞こえて、見るとランスロットも私の隣に来ていた。

険しい紺の瞳が異形と戦うヴァンディットの姿をとらえている。

「ランスロット・・・」

「・・・余計なことしやがって」

ライオネスは兄の端正な顔をにらみつけた。

なぜだか不機嫌そうなライオネスに、私は傭兵・・・ヴァンディットのフォローをする。

「で、でも・・・ライオネスが気を失ってる間、王都に運ぶのを手伝ってくれたんだよ?」

だけど彼は私の言葉など聞こえていないらしい。ライオネスはランスロットにつめよった。

「・・・俺らのことを信用してなかったってことだろ?できそこないと小娘2人だけじゃ、殺されるのがおちだってな」

「・・・状況を考えろ、ライオネス。今はそれどころではないはずだろう」

「ちっ・・・」

ぴしゃりと跳ね返されて、ライオネスは舌打ちする。自らの大剣を軽々と持ち上げ、正眼の構え。

同じくランスロットも腰の双剣を抜く。殺気立った気配に、私も慌てて自分の剣を抜いた。


「そりゃああああああっっ!!!」

異形たちの間を、ヴァンディットが暴れまわる。

両手には、普通の長剣と変わらぬくらいの大きさと、おそらく重量もそれなりにあるだろうふたつの刀剣。

すごい・・・私だったら、バランスを保つだけでも精一杯だと思うのに・・・

暴れるとはいっても、ただ滅茶苦茶に剣を振り回しているわけではない。

そこにはちゃんとした規則的な型があるようだった。

異形の攻撃をたくみに身を翻しかわしながら確実にダメージを与えている。

「しっかしくせえなあああ、鼻でもつまみてえとこだぁっ!!」

斬りつけるたびに飛び散る体液の異臭に、さすがのヴァンディットも辟易しているみたいだった。

腐臭はどんどんきつくなり、ついに私もうつむき口と鼻を押さえる。

っ・・・気持ち悪い・・・でも、こんなところで突っ立ってるわけには・・・

顔を上げようとしたとき、突然目の前で風が起こった。

!?

殴られたような衝撃とともに、体がふわりと宙に浮く。

視界一杯に、空が広がった。

「イレインっっっ!!!」

誰かが私の名前を叫んでいる。・・・誰だろう?

思うまもなく、背中を強かに打ち付ける。

「いっ・・・たぁ・・・」

固い地面の上で、私は痛みにこらえながら身を起こそうとした。

ゆらりとその上に影がかかってきて、私は目を見開く。見上げた先には、あの腕の長い巨人がいた。

「・・・・っ!!!」

巨人はその顔・・・らしき部分を私に近づける。目も鼻も口もついていない、爛れた皮膚の表面。

私は驚きと恐怖で声が出ない。今にも鼻が触れそうなほど近くに、じくじくと体液が染み出す異形の顔があるだけだ。

なんとか双剣を握って立ち上がろうとするが、震えた足はなかなか動いてくれなかった。

情けないっ・・・こんな、とこで・・・っっ・・・

悔しさに歯を食いしばる。だが異形が待ってくれることはない。巨人のその長い腕の先が私に近づいて―

もう・・・だめかも・・・っ


私は思わず目をつぶる。そのとき・・・

「イレインっっ!!」

(え・・・)

「この野郎っっ!!!」

顔を上げた私の目の前で、ライオネスがその大剣で巨人の足の片方を、切り裂く。

巨人は悲鳴・・・なのかわからないが甲高い雄たけびをあげ、傷ついた足から体液を滴らせつつ、後ずさった。

「はあっ・・・はあっ・・・大丈夫か?」

息をきらせながらライオネスが言う。どうやら、ずいぶん遠いところから駆けつけてくれたらしかった。

ライオネス・・・

「・・・うん。あ、ありがとう・・・」

礼をいうと、ライオネスはぷいっと顔を逸らした。

「ったく・・・ドジすぎんだよお前はよ・・・さっきだって・・・」

「あ・・・つぅっ・・・」

ライオネスの言葉に、背中の痛みがぶり返してくる。

異形に殴り飛ばされ、地面に叩きつけられたのだ。背中だけでなく、腰や腕も打っているらしかった。

あちこちに擦り傷もある。

「・・・お前、避難の誘導にいけ」

私の様子を見たライオネスはそういった。

「だ、大丈夫だよ!骨も折れてないし・・・」

痛みさえこらえればなんとかなる。そう思ったが、ライオネスの表情は硬かった。

「・・・雑魚相手ならどうにかなるだろうけどよ・・・相手は半端ねえ奴らだ」

「・・・」

「・・・俺だって、自分のことで手一杯になっちまう」

ライオネスは体勢を立て直そうとする異形を見つめている。

「それでもいいよ!私だって、自分の身は自分で・・・」

「ばーか!!」

驚いて目を見開いた私に、ライオネスは声を荒げる。

「お前になんかあったら、俺が兄貴にどやされんだろうが!!」

「でも、ランスロットなら一緒にいるんだし・・・」

「そんなことは関係ねえ!お前のことは全部俺のせいにされんだよ!」

「ランスロットはそんな理不尽なことする人じゃ・・・」

ライオネスは舌打ちする。何故だか顔が少し赤いような気がした。

「い、いいから、お前は戦線離脱しろ!いいな!団長たちのほうだって、人手が足りてるわけじゃねえんだ」

「あ・・・」

あんなにたくさんの人たちが避難しているのだ。地方騎士団だけでは、おいつかないくらいに・・・。

まだ王都には、残されている人たちもいるかもしれない。

私が唇をかみしめたのを見て、ライオネスは息をついた。

「・・・わーったな。わかったらさっさと」

「ライオネス?」

ライオネスが顔を上げて硬直する。

いぶかしげに思い私も見上げて・・・同じく動けなくなった。

私たちは・・・いつのまにかたくさんの異形たちに、とり囲まれていた。



瞬間・・・微かに空気が震えた、気がした。きんっと冷たい・・空気が私を襲う。

な、なに・・・!?

驚きながらもふと気づくと、異形たちの動きが止まっている。

止まっている、というよりもどちらかというと・・・固まって・・・る?

そして、あたりに漂う妙な冷たさ―。

ほかの面々も目を見開き、まるで街のオブジェのようになった異形たちを見ている。

しばらくその状態が続いた後、突然、バァンッと音がして、異形の身体がこなごなに砕け散った。

きらきらと空中に、異形の破片が舞う。

きらきら・・・?あ・・・

破片をよく見ると、中に氷の粒のようなものが混じっているのが見えた。

異形が砕け落ちたと同時に寒さもやわらいでくる。

・・・一体・・・どういうこと・・・?何が起きたの・・・?

「・・・怪我はない?」

「えっ!?」

振り返ると・・・そこにはいつのまにか、クライストが立っていた。

「クライスト・・・さん」

空間にゆっくりと破片が落ちてくる。氷の粒が光を反射して、輝く。

それらが舞い落ちる中、クライストは微笑みながらゆっくりと歩いてきた。

なんだか綺麗・・・

破片が元々はなにか、考えるとそんなこといってられないのだけれども。

近づいてくる彼を見て、思わずそう、思ってしまった。

「・・・まにあって、よかった。思ったより、早かったな・・・」

「クライストさん・・・っつ・・・」

ほっとしたら、急に体の痛みが襲ってきて、私はうずくまる。

「・・・だいじょうぶ?」

クライストは私の側にしゃがんで、目を閉じた。

あ・・・

ふわっと、柔らかい、暖かい何かが私を包み込んで・・・すっと消える。気がついたら痛みがすっかりなくなっていた。

「あ・・・ありが、とう・・・」

これも前にライオネスの傷を治した、不思議な力の一種なのだろうか。お礼をいうと彼は優しく微笑んでくれた。

「・・・王都にむかってきてた異形は、だいたい俺が片付けておいた。だから、くるのがちょっと遅れちゃったけど」

「えっ・・・」

「ここの異形たちで最後だ。あとはもう、心配要らないよ」

私は目を見開いた。クライストは足元に転がる、異形の破片を見つめている。

「・・・どういうことだよ?まだまだ異形がくるんだったってことなのか?」

「ライオネス」

ライオネスがいぶかしげな声でクライストに問う。

ランスロットやヴァンディットもこちらに歩いてきているようだ。クライストが口を開いた。

「・・・エルムナードの国民を、異形に変えて王都を襲うのが女王ルシアの目的だ。王都に来たのは一部で、大半は俺が倒した」

「大勢の異形をお前ひとりで倒したというのか・・・?」

信じられないような口調でランスロットが言う。クライストは肩をすくめた。

「信じるも信じないも、君の勝手だけど。ともかく、もう危険はない。王都の人たちを安心させてあげたほうがいいんじゃないかな」

「・・・・・・・」

ランスロットはしばらく沈黙し、険しい表情でクライストを見つめていたが、やがて口を開いた。

「・・・わかった。とりあえずは、礼を言う。イレインもライオネスも、お前に助けてもらったようだからな」

「・・・それはどうも」

感謝を述べる彼に、クライストはなぜか呆れたような顔をして返事を返す。

「・・・私は父上へ王都の様子を報告してくる。イレイン、お前はグレッグ団長の指示に従え」

「は、はい!」

ランスロットはそういってきびすを返し、異形の破片だらけの通りをさっさと歩いていってしまった。

その後姿を見ながら、クライストがぼそりとつぶやく。

「・・・あんな言いたくなさそうな顔で言われてもねえ・・・」

「え?」

「・・・まあともかく、団長のところへ急ごうか」

クライストは首を傾げた私に微笑むと、ガイアの森に向かって歩き出した。

「街で残ってる奴がいねえか、俺はもう少し様子を見てから行く。イレイン、てめえは先行ってろ」

ライオネスが散々たる様子の通りを見回しながら私に言う。

「わ、わかりました・・・」

私はライオネスにうなずいて、クライストの後を追った。

「・・・そうだなぁ、とりあえず、王都のやつらだなぁ。弟、お前もなかなか成長したじゃねえか」

後ろでヴァンディットがのんびりと言っているのが聞こえた。

「う、うるせえなっ!!」

ライオネスがなにやらわめいて、言い合いになっている。

私は二人の様子が気になりつつも、クライストとともにガイアの森へ向かった。


ガイアの森の中は、不安そうな表情の市民たちでひしめきあっていた。

「イレイン!無事だったのか、おお、クライストも・・・」

グレッグ団長が安堵したように駆け寄ってくる。私は笑顔で応えた。

「もう大丈夫です。クライストさんがあらかた片付けてくれたから・・・」

「そうか・・・」

グレッグ団長は私の後ろを目を細めて見つめる。

振り返ると、クライストは具合の悪そうな女性を気遣っていた。

「ライオネスやイレインも、助けてもらったようだな。かたじけない」

団長がクライストに歩み寄って、礼を言う。

クライストは女性を近くにいたほかの騎士に任せて、団長に向き直った。

「・・・まぁ成り行き上、ということもありまして。

知り合いを見捨てられるほど、冷たくはできていないつもりなので」

何でもないことのように軽く応える彼だったが、

それでも団長は嬉しそうな顔を崩さなかった。

「ともかく、皆を安心させて、落ち着かせないと。けがした人は救護室に運んで・・・」

私が言うと、団長が心配そうな顔で答える。

「トリスタンが対応に当たっているが、

人手が足りないらしい。手伝いにいってやってくれ」

私とクライストはうなずきあって、トリスタンのところへ向かった。

ガイアの森の少し開けたところに、

子供たちが何人か寄り添うようにして座り込んでいる。

「もう痛くないよ!ありがとう、おにいちゃん」

子供の一人がクライストに怪我をなおしてもらったようだ。笑って御礼を言っていた。

クライストは微笑みながら無言で子供の頭を撫でている。

クライストさん・・・すごく優しそうな顔してる・・・。

この間もそうだったけど・・・子供が好きなのかな

「おにいちゃん、まほうつかいみたい。だってすぐにきずがなおっちゃうんだもん」

「ねえねえ、まほうつかいなの?」

子供たちが無邪気に質問している。クライストは笑った。

「さあ、どうかな?でも、治ってよかったね」

「うん!」

避難するときには暗かった人々の表情にも、明るさが見えてきていた。

子供たちのなかには走り回っているものもいる。だけど問題はまだ解決していない。

とりあえず訪れたしばしの平穏に安堵しながらも、

どこかしら憂いがぬぐえない、そんな感じだった。

「・・・全く、ガキってのは気楽でいいよな」

「ライオネス」

いつのまに来ていたのか、ライオネスは足をくじいたおばあさんの手助けをしていた。

近くにいたトリスタンにあとを頼むと、

子供たちとの話を終え歩いてくるクライストを眺める。

「お前、子供好きか?」

ライオネスが単刀直入に言って、クライストは首を傾げた。

「さあ。意識したことがないからわからないけど。まあ、嫌いではないよ」

「・・・」

ライオネスは腑に落ちない顔でクライストを眺めたが、

ひとつ息をつくとまた街の人たちの対応を始めた。

本人はよくわからない言い方してるけど・・・でも、クライストさんのあの表情・・・

子供たちと話していた彼の顔は、本当に優しげだった。

クライストのところにまた子供たちが集まってくる。

ずいぶんと、慕われているようだ。

子供たちと遊ぶ晴れやかな彼の笑顔が、

何故か悲しげに見えたのは、気のせいだったのだろうか。


怪我人はクライストのおかげもあってだいぶ減り、

体の具合の悪い者だけが救護室に運ばれていく。

大人たちの中にはクライストを怪しみ警戒する者もいたが、

クライスト本人は気にもかけていないようだった。

騎士団に所属する、なにやら特殊な能力の持ち主だと、

大体の人は勝手に納得しているらしい。

最終的には、自分から治してくれないかと申し出る者まで出てきていた。

「・・・その・・・だ、あんときは、世話になったな」

作業もひと段落して、帰宅しようとする者も出始める中、

ライオネスがクライストにぼそりと言った。

「え?なんのこと?」

聞き返されて、ライオネスは視線を逸らした。頬をかきつつもぶつぶつと答える。

「だ、だからよ・・・ルシアにやられたとき・・・」

「ああ・・・」

クライストは目を閉じる。しばらくなにやら思案しているようだった。

ルシアと戦ったときのことでも思い出しているのだろうか。

「結局・・・あのあと、どうなったんだ?」

ライオネスがクライストに問う。クライストは私とライオネスを見てから、目を伏せた。

「・・・ルシアとは・・・引き分けに終わったよ。

あそこで倒せればよかったんだけど、相手もかなりの強さだったからね」

「引き分け・・・」

私の言葉にクライストはうなずいた。

「そのあと彼女が城に逃げ込んで・・・

追う前に、王都の対策が先だと思ったからこっちに急いだんだ」

「異形が王都を襲うって思ったから?」

「ああ。案の定だった。

かなりの数の異形を片付けたけど・・・おそらくまだまだエルムナードの城内には、いるはずだ」

「まじかよ・・・」

ライオネスは苦い顔をした。

「・・・なんなんだ、ルシアの・・・ヴァエルだっけか?

お前の持ってる剣も、ヴァエルとそっくりだしよ・・・」

「ライオネス・・・」

クライストの持つあの剣は・・・ルシアの持つ魔剣ヴァエルと同じ形をしていた・・・。

私と同じことを、彼も気にしていたらしい。

名前を呼ぶと、彼は私をちらっとみて、

それからすぐにクライストに視線をうつし続けた。

「それに傷なおしてみたり何もねえところから炎だのなんだの出してみたり

・・・一体どういうことなんだ」

「・・・」

クライストは何も答えず、ライオネスをじっと見つめている。

「クライストさん・・・」

やがて・・・彼は少しだけ息をはき、

間を置いたあと言葉を選ぶようにゆっくりと語り始めた。

「俺の力は、ルシアと同じ、だけど性質の異なる魔剣、アグレアスによるもの」

「アグレアス・・・?」

聞いたこともないような名前を、私は繰り返す。クライストがそれに答えた。

「ああ。この剣は・・・ヴァエルと『対の力』を持つといわれてる」

「対の力・・・」

ライオネスがつぶやいて、私は彼と顔を見合わせる。クライストが続けた。

「そう。ヴァエルが破壊の魔力を持つのと反対に、アグレアスは癒しと再生の魔力を持つ」

「まりょく・・って、お前の使う不思議な力のことか?」

「ああ・・・。

古い伝承なんかでは『魔法』っていう言葉でひとくくりにされてるらしいけどね」

ライオネスの質問に答えつつ、

クライストは彼の傷あとが残っているであろう胸元を見やった。

「アグレアスの魔力は、傷の治癒や再生に特化する。

もちろん、ある程度の自然現象も操れるけど」

「あのときエルムナードで炎を出したのも、異形を倒したのも・・・

お前のその・・・剣の力なのか」

ライオネスが問う。クライストはうなずいた。

「・・・だけど、ヴァエルの魔力は攻撃に関してはその比じゃない。

俺の力よりも数段上のはずだ」

私は絶句する。ライオネスも同じく言葉をなくしているようだった。

私たちには太刀筋さえ見ることのできないヴァエル。

対抗できるのはきっと、クライストのアグレアスだけだ。

だけどヴァエルはアグレアスよりも強い力を持つという。

私とライオネスの不安な表情に気づいたか、クライストが付け加えた。

「攻撃魔法に関しては、だよ。

幸いなことにルシアは魔剣を宿したばかりで、扱いになれていない。

そこを狙えば、勝機はじゅうぶんにある」

「・・・魔法に、魔剣か・・・俺には想像もつかねえ話だ。

お伽話だけに出てくるもんかと思ってたが・・・」

「ライオネス・・・」

ライオネスはため息をついた。クライストを真正面から見つめる。

「まさかホントにあるなんてな・・・」

「・・・そうだね。俺も、驚いたよ。こんな力が、本当に実在するなんてね」

クライストもライオネスを見つめ返す。

ライオネスは彼の言葉の真偽を確かめるように、彼を凝視した。

「あのエルムナードの街で見た紋章も、魔剣がらみだってことか」

「ああ・・・魔剣の力を使ったときに出る。一種の印みたいなものだ」

ライオネスはため息をつき、頭をがりがりと掻いた。

「うさんくさくて仕方ねえ・・・そうとしか思えねえが。

ここまで来ちゃあ、信じるしかねえな」

「・・・まあ、気持ちはわかるよ。そう安々と受け入れてもらえるとは俺も思ってない」

軽い口調で言うクライストを、ライオネスは目を細めて見据える。

「・・・その力、俺ら騎士団のために使ってくれんのか」

「・・・そうだなあ・・・」

クライストは言葉を濁し、私を意味ありげにチラッと見た。

「・・・彼女次第、かな」

「えっ・・・」

「てめえっ・・・ふざけてんのか!?」

「ら、ライオネス!」

からかわれたと思ったか、ライオネスがクライストの胸倉を掴もうとする。

私は慌てて間に入った。クライストが平然と続ける。

「ふざけてなんかいないよ。俺はイレインちゃんのためにこの力を使いたい」

どきん、と胸が鳴った。

「く・・・クライストさん・・・」

「・・・くっせえこと言いやがって・・・」

ライオネスが忌々しげに舌打ちしている。クライストは微笑んで私を見つめた。

どこか艶めいたその表情。何故だか心臓が騒がしくなってくる。

クライストさん、どうしていきなりそんなこと・・・

わざわざ確かめなくとも、今までの経過からしてクライストが味方になってくれるのは

間違いないような気がする。

「そんなこと聞かなくても・・・クライストさんの気持ちは・・・決まってる、んだよね・・・?」

私がおずおずと言うと、クライストが残念そうに笑った。

「・・・イレインちゃん・・・。やれやれ、たとえそうでも、俺は君の口から聞きたかったのにな」

ライオネスはといえば、なにやらひどくうんざりしたような顔をしている。

「どちらにしろ、ヴァエルをあのまま野放しにするわけにはいかない。

協力させてもらうよ」

「ありがとう、クライストさん!」

嬉しさに自然と笑みがこぼれて、お礼の言葉が出る。クライストはそれを見て相好を崩した。

「・・・君のその可愛い笑顔を、泣き顔にはしたくないしね」

「えっ・・・えっと・・・」

優しい口調。その暖かい視線に、ちょっとだけ恥ずかしくなる。

言葉につまっていると、背後でうめき声が聞こえた。

「あれ?どうしたのライオネス・・・」

ライオネスが背中を向けてうずくまっている。

肩をたたくとげっそりした顔で振り返られた。

「・・・とりあえずあいつ黙らせろ・・・。クサすぎて鳥肌がおさまらねえ・・・」

「ど、どういうこと!?」

「あはは、だらしないなあライオネス。もうちょっと免疫つけないと」

「なんの免疫だよっ!?」

「ちょ、ちょっとふたりとも、って・・・聞いてないし」

私の声も耳に入らないのか、ライオネスがクライストに突っかかり、

二人はなにやら言い合いを始めた。

・・・もう・・・。でも、よかった・・・。

クライストさんが協力してくれるなら、きっとルシアにも対抗できるはず

また解決したわけじゃないけど、とりあえずは一安心だ。

掴みかかろうとするライオネスを余裕で交わしながら、クライストが肩をすくめる。

なんだかほほえましいようなその光景に、思わずくすっと笑ってしまった。

→次話 2つの魔剣 9

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