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2つの魔剣 6B

○次話は2つの魔剣 7Bとなります。

○異形のモンスターが出るというエルムナード帝国へ偵察へむかうことになったイレインとライオネス。途中国境の関所は、無人で不気味に静まり返っていた。関所内の探索をするイレインの前に、ついに異形が現れる・・・

団長への出発の挨拶を済ませ、外に出ると今日の王都は霧雨模様だった。

曇り空のせいでなんだか暗く、肌寒い。

「めんどくせえなあ・・・この雨」

隣で歩くライオネスが不平を漏らしている。

雨よけ用のマントを被ってはいるけれど、風も吹いているせいで雨粒が入ってきてあまり役に立っていない気がする。

通りを歩く人も今日はまばらで、皆急ぎ足だ。

顔に当たる雨は冷たくて、その冷たさが心の中の不安や心配を大きくするようだった。

得体の知れない異形のモンスターが出るという、エルムナード・・・。無人の街。

どこからどこまでが本当なのかわからないが、恐怖感がないといえばウソになる―。

ライオネスがいつも通りにしてくれているのが、今はすごくありがたかった。

王都の門をくぐり街から出ると、ライオネスが鞘から大剣を出して背中に固定させた。

その姿を見て、私も慌てて双剣の位置を腰に手を当て確認する。

シャローム方面ならそれほど警戒する必要はないのだけれど、エルムナードのある西方面は別だ。モンスターの数も多い。

雨は相変わらず降り続いていて、視界はすこぶる悪かった。

エルムナードとクレールの国境である東の森は深い霧に覆われ、ここからだと殆ど見えない。

『騎士なりたてのお前にそんな危険な任務を・・・』

ライオネスの後ろについて濡れた叢を黙々と歩いていると、ふとランスロットの言葉が思い出されて、唇を噛んだ。

怖がっていても仕方ないと思っていた。騎士である限り、任務はどうあっても果たすべきなのだと。

そう教えられてきたし、そうしなくちゃならないのは分かっている。そこには感情など関係ない。

それでも・・・。私は冷え切って震える掌をぐっと握り締めた。

「・・・お前、びびってんのか」

ふいに前を歩くライオネスが振り返らずに口を開いて、私は目を丸くした。本当は図星だったが悟られたくなくて虚勢をはった。

「びびってなんか・・・」

ライオネスは返答もせず、歩みも止めない。

ただ黙って前を向いて歩いている。彼の身の丈ほどもある大剣が、広い背中で揺れていた。

「びびってなんかないよ!」

彼の沈黙が私の心中を見透かしているようで、私は雨音の中、声を張り上げた。

ライオネスは足を止めて、振り返った。感情の見えない瞳が、私を見つめた。

「・・・聞こえてる」

「へ、返事くらいしてよ・・・」

「・・・・あぁ・・・」

ライオネスは自らの銀髪についた水滴を手でばさばさと振り払う。

なんだかちょっと気まずい。足元の濡れた草を見つめていると、いきなり腕をつかまれた。

「なっ・・」

驚いて振りほどこうとするが、大きな掌に包まれてびくともしない。ライオネスは表情を少しも変えず、私を眺めている。

切れ長の瞳が鋭く私を射抜いて、私は少しだけ恐怖感を覚えた。

ライオネスはひとつ息をついて、捕まえた私の腕を見た。

「・・・気づいてねえの。腕、こんなに震わして何言ってんだよ」

「そ・・・それは・・・その・・・、今日、寒いし・・・」

言いつくろっているのがバレバレで、言ってしまってから後悔する。

彼はため息をついて、私の腕を離した。

私は、震えの止まらない腕をぐっと自分で押さえ込むように握り締めた。

「まあ、お前の初任務だしな。緊張するのも無理ねえとは思うけど」

「・・・ライオネス・・・」

ライオネスはそういって、また煩そうに自らの濡れた前髪をかきあげた。

「ましてや内容が内容だ。初めてにしちゃ、ちょっと酷かもな」

「ら、ライオネスは・・・怖くないの?」

間抜けな質問だとは思ったが、聞いてみたかった。

これから恐ろしい噂のある場所に向かうのに、どうしてそう平然としていられるのか。

「騎士が怖がってちゃ、話になんねえだろ。何が出てきたって、戦えって言われたらそうするしかねえ」

「そ、そうだけど・・・」

理屈ではわかるつもりだ。だが、感情は容易についてくるものではない。

「・・・それに、俺はいつ死んだって構わねえし」

「えっ・・・」

さらりと述べられた言葉に、私は絶句する。

ライオネスは少しだけ目を伏せたが、それ以上は何も言わずにまた私に背中を向け、歩き出した。

「・・・怖いと思うのは、死にたくねえからだ。俺にはそれがない。だから怖くもねえ」

「ら・・・ライオネス・・・・」

彼は一体どんな表情で、そんなことをつぶやいたのだろう。

心からの言葉では、きっとないはずだ。そうに違いない。そうでなければ・・・

私は前を歩くライオネスの広い背中を見つめた。

背負われた巨大な大剣が、雨粒に打たれながら曇り空に鈍く光っていた。


国境に当たる場所には、関所と呼ばれる小さな建物がある。

関所から東西に山のすそまで積み上げた石壁で、隣国からの不法な侵入を防いでいるのだ。

エルムナードの関所には強面の兵士がいて、容易には通してくれない、はずだった。

「・・・ホントに誰もいねえな・・・」

関所に入ったライオネスがつぶやく。

関所の門にも中にも、兵士のひとりさえいなかった。

忽然と消えた、その表現がまさしく的確のように完全に無人だった。

静寂だけが、あたりを覆っている。

なんだか怖いな・・・

「・・・とりあえず、ここも調べてみるか」

ライオネスが雨よけのマントを脱ぎ、殺風景な石造りの狭い部屋を見渡しながら言った。

雨の日ともあって室内はじめじめしていて、気持ちが悪い。

1階の部屋には粗末なテーブルと椅子が一式。それから壁に古びた剣が立てかけてある。

2階はおそらく、兵士たちの寝室だろう。

「お前2階を見て来い。何もねえだろうとは思うが・・・なんかあったらすぐに呼べ」

ライオネスが険しい顔で私に言う。

ひ・・・ひとりで?

「・・・わ・・・わかりました・・・」

私は1階の部屋の奥にある石階段をゆっくりと上った。

2階は瑣末な敷物が一応廊下に敷いてある。上を歩くたびカサカサと音がした。

2階の部屋は大部屋がひとつと物置部屋がひとつだけのようだ。

少し迷ったあと、私はとりあえず大部屋に入った。いくつかの古びたベッドが並べられている。

部屋の中央には、食事の場所かわからないが大きめのテーブルと椅子が何脚か置かれていた。

テーブルの上には、食事の皿がそのまま残っている。

まるで今の今まで誰かが食べていたような跡でそれがすごく不気味だった。

やっぱり何かおかしいんだ・・・。エルムナードの街が無人っていうのも噂だけじゃないかも・・・

それ以外は特に何もないようだ。

私はきびすを返した。

さて、物置部屋も・・・調べたほうがいいんだよね・・

あとからライオネスに何か言われるかもしれない。

私はごくりと唾を飲んで、物置部屋へと向かった。

物置部屋に入ると、剣や槍などの武器、防具から日常品、つぼや樽の類まで様々なものが所狭しと詰め込まれていた。

うひゃあ・・・これは足の踏み場もないし、ものだけで何もなさそうだなあ・・・

そう考えて、私が引き返そうとしたそのとき。

微かな音がした。

「!」

・・・なに・・・?

振り返ってみるも、そこにはガラクタの山があるばかりだ。

気のせいかな・・・

思い直して、私が帰ろうとした瞬間―

突然、ガラクタの山が膨れ上がった。

「っ!?」

ガラガラと樽やつぼ、大小さまざまな物がこちらに転がり落ちてくる。

私は思わず落下物から身を守ろうと頭を抱えてうずくまった。

つんと鼻をつく異臭が漂う。

なに・・・この匂い・・・

頭をかばいながら見上げると、ガラクタの山から現れたのは―・・・

見たこともないような、異形のモンスターだった。

こ・・・これが・・・!?

私は目を見開く。へたりこんで、恐怖からか足は全く動かない。

私の身長の2倍はあろうかという巨大な・・・なんというか、顔だ。

口蓋だけが大きく発達し、顔の大部分を占める。ナイフのような鋭い牙が何本も見えた。

目は退化しているのか、殆どあろうべき場所に見当たらない。

そして暗緑色をした皮膚はまるで焼け爛れたようにボロボロにむけ、そこからなのか凄まじい異臭が発されていた。

「うくっ・・・」

私は鼻を覆う。胸焼けがして思わず咳き込んだ。

と・・・とにかく立ち上がって剣を・・・!!

だが身体が動かない。見ると足ががくがくに震えていた。

異形が咆哮を上げる。鼓膜を破るような甲高い鳴き声。思わず耳をふさぐ。

異形は巨大な顔の下に生えたむっくりした脚で飛び上がった。私のすぐ、すぐ目の前に着地する。

「きゃあああああっ」

焼け爛れた皮膚が目と鼻の先に見え、異臭に吐き気を催した。

異形がその大きな口蓋を開き、動けない私に迫って―。

「馬鹿野郎!何やってんだっ!!!」

叫び声と同時に、大きな鉄製の刃が飛んできて異形の牙を打ち砕く。

異形はまた咆哮を上げたが、今度は後ずさった。

「あ・・・」

「おいっ!!」

ぐいっと肩を強い力で掴まれる。声のしたほうを向くと、すぐそばにライオネスの緊迫した表情があった。

「ら・・・ライオネス・・・」

ライオネスは舌打ちして、あたりを素早く見回した。

「場所がよくねえな・・・ひとまず逃げるぞ!」

狭い物置と、背後にはそれほど広くもない廊下。剣を振り回して戦うには、場所が悪すぎる。

ライオネスはそう判断したようだった。

「来いっ!!」

「あっ」

なんとか体勢を立て直し始めた私の手を引っ張り、1階の階段に向かって廊下を走り出す。

異形は一度怯んだものの、すぐに恐ろしい咆哮を上げて私たちを追いかけてくる。

「あれが・・・噂のモンスターだってのか!?」

走りながらライオネスがつぶやく。彼は石の階段までくると、一気に下まで飛び降りた。

私も続いて飛び降りようとして―、そのとき、背中に衝撃が走った。

「きゃあっ!!」

おそらく、私に一瞬で追いついた異形が体当たりしてきたのだと思う。

私はあっというまに飛ばされ、1階に落ちていく。突然のことで気が動転し、着地の姿勢をとることもできない。

バランスを崩したまま、石の床が迫る。激痛を覚悟し、目をつぶったとき。

どさっと音がして、ふわりと身体が宙に浮いた。

「っく・・・」

微かに聞こえた声に、私が目を開けると、すぐ上にライオネスの顔がある。

階段から落ちた私を、彼が抱きとめてくれたのだろう。見つめる私を、ライオネスは無表情で見下ろした。

落下のスピードも加わって、結構な重量だったにちがいない。彼は膝を床について私を下ろす。

「あ・・・ありがとう・・・」

私はとりあえずお礼を言った。彼はため息をつく。

「・・・二度はねえからな」

厳しい言葉に、唇をかみしめた。ライオネスはランスロットと違って、私には手厳しいことが多い。

それでも、間違ったことは言っていない。私が彼にうなずくと同時に、異形が甲高い声で吼えながら落ちてきた。

ずんっと音がして、石の床が震える。足をふんばってなんとか耐えると、ライオネスが大剣を構えて叫んだ。

「てめえは援護しろ!弱点もなにもわかんねえなら、とにかく叩っ斬るしかねえ!」

私の持っている双剣では、歯が立たない。そういう意味だ。

巨大なモンスター相手だと、小型の双剣で倒すには急所をつく必要がある。

「やあああああっっっ!!!」

鼻をつく異臭に耐えながら、私は異形に向かって走り出し、素早く背後に回ると身を翻し何度も斬りつけた。

切り口は浅いが、異形は確実に怯んでいる。動きが鈍くなっているようだ。

斬りつけるたびに異形の体液なのか、黄土色の液体がとびちって、私は顔をしかめつつもとにかく攻撃を続ける。

「くっせえなあ・・・っ!!なんなんだよこいつっ・・・!」

ライオネスも顔をゆがませて、だが、動きの遅くなっている異形に走り寄った。

異形がその巨大な口蓋を開け、ライオネスを飲み込もうとする。

「そうはさせるかよ!!」

彼はその瞬間、大剣をぶんっと横に振りかぶってその口蓋を切り裂いた。大量の体液がびしゃっと石の壁にかかる。

痛みを感じるのか、異形は口の傷からどくどくと土色の体液を流しつつも耳障りな声で叫んだ。

「うるせえしくせえし最悪だなっ!!」

ライオネスはそういって今度は弾みをつけ飛び上がる。大きく上に大剣を振り上げ、異形の頭部を斬りつけた。

しかしさすがに両断するまでにはいかず、大剣は頭部に突き刺さったまま止まる。

「ちっ・・・」

体液が刺さった場所から噴出して、ライオネスは剣の柄に足をかけ反動をつけて飛び退った。

ライオネスが少し離れたところに着地すると同時に、異形はひときわ大きな叫び声を上げる。

そしてそのままゆっくりと・・・倒れた。床に振動が響き渡り、地面が揺れる。

攻撃を続けていた私は、異形が倒れてきて慌てて後ろに下がった。

「・・・やった・・・の?」

倒れた異形はもはやピクリとも動かない。あの土色の液体が、腐臭を放ちながらその身体から流れ続けていた。

「・・・みたいだな」

ライオネスは体液を避けつつ異形に近づき、異形の頭部にささった大剣を抜いた。

「あー・・・、気持ちわりいな・・・。川で洗いてえ」

体液まみれになった自らの得物を眺め、心底嫌そうな顔をする。

私も自分の身体を見ると、頭や頬、服などところどころに腐臭を放つ液体がついている。

剣などは言うまでもない。

私も水浴びしたいな・・・雨が代わりになるかな・・・寒いけど・・・

異形の体液はいかにも不衛生という感じがして、触れれば病気でもうつされそうだ。

「お前・・・くっせえなぁ」

ライオネスが私の側にやってきて、鼻をつまむ。

「なっ・・・くさいのは私じゃなくて、このモンスターだよ!」

私が慌ててモンスターを指差すと、彼が肩をすくめた。

「ムキになんなって。ともかく、関所っていっても井戸くらいはあんだろ。探すぞ」

こうくさくちゃ調査どころじゃねえ、とライオネスは言いながら歩き出す。

なんだか納得できないような気持ちながらも、私は彼に続いた。



なんとか井戸を見つけ出して、私たちは武器と服と身体を洗った。

外の雨は既にやんでいて、雲の間から太陽が顔を出している。温かい日の光が差し始めていた。

うう・・・冷たあ・・・とりあえず、雨がやんでよかった

ライオネスはさっさと剣を洗い終わり、門の前で待っている。

私は顔をしかめながら生乾きの服をなんとか着込むと、彼のところに急いだ。

「ライオネス!お待たせ!」

「おせえ」

声をかけたら、睨まれ即答された。

「・・・ご・・・ごめんなさい」

そんなに遅かったのかな・・・

私がこっそりため息をついていると、彼はまじまじと私の服を見ている。

「・・・えっと・・・何かおかしい?」

「いや・・・まぁ・・・乾くまでの辛抱だな」

視線をそらし、珍しく気まずそうに私に背中を向ける彼。私は改めて濡れた服の胸元を見やって・・・

「!!」

恥ずかしさにカーッとなる。私は慌てて荷物の中から雨よけ用のマントを取り出し羽織った。


私たちは無人の関所を抜け、エルムナード国内に入った。

雨はやんだものの道がぬかるんでいて、泥に足をとられながらなんとか歩き続ける。

「・・・静かだな」

前を歩くライオネスがぽつりとつぶやく。

「・・・そうだね・・・」

周りを見回すと、左手には草原、右手には小さな林があり、そのもっと向こうには山々が連なっていた。

ぽかぽかした春の陽気で、柔らかな日差しがそれらを優しく照らしている。

さっきの異形の騒動はなんだったのかと思うほど、普通のモンスターさえあたりには見当たらない。

「けど、こういうときが一番危ねえ。油断すんなよ」

ライオネスの警告に、改めて気を引き締める。

前方を見上げると、遠くのほうに聳え立つエルムナード城が見えた。


エルムナードの城下町は、堅固で非常に高い城壁が覆っている。

城下町と城が、ひとつの軍事要塞として機能するように作られた、とランスロットに教わったことを思い出した。

見た目の美しさにも配慮したクレール王宮とは反対に、石造りの重厚な城は、物々しい雰囲気を醸し出している。

やっぱり城下町へ続く門にも、見張りの門番がいない。開け放したままで、それが異常なほどの不自然さだった。

私とライオネスは顔を見合わせて、城下町にゆっくりと入った。

限りない静寂。本当の本当に、物音ひとつ、聞こえない。

大通りなのであろう広いレンガの道が坂になって、エルムナード城へと続いている。道の両脇には、石造りの家々。

レンガ道の端のほうに、籠と何個かのパンが落ちていた。

ライオネスはそれを拾って、まじまじと見つめる。

「・・・いきなり、人だけが消えたってか・・・」

周りを見回すと、パンだけではない。人々の持ち物だったのだろう色々な物たちがあちこちに散らばっていた。

ただの噂じゃなくて・・・本当に・・・消えたっていうの?

私たちは落ちている様々なものを眺めながら城までの道を歩いた。

「・・・!?」

ライオネスが突然足を止める。

「どうしたの?ライオネス」

彼の背中から顔を出すと、目の前には少し開けた広場のような場所があった。

そこには―・・・・


巨大な・・・なんというか、印のようなものが刻まれていた。

なんだろう・・・これ・・・こういうの・・・

魔方陣・・・とかっていうんだっけ・・・

普通の家がひとつすっぽり入ってしまいそうなくらいの場所に、大きく描かれている。

線の色は赤黒い。よくわからない文字とともに、

中央の眼のような紋様を見るとぞくりと背筋が震えた。

「なんだあ・・・こりゃあ・・・・」

ライオネスが茫然とつぶやく。警戒の表情。

だが、得たいの知れないものに対して、畏怖しているようにも見えた。

ふたりで不気味な魔方陣の前に突っ立っていると、急にあたりが暗くなりはじめた。


「!?」

「さっきまで天気だったのに・・・」

暗く・・・いや、正確には、赤黒く、といったほうがいいかもしれない。今まで蒼かった空がまるで血の色のように真っ赤に染まる。

同時に魔方陣が同じ色に発光し始めて、私とライオネスは目を見張った。

その鮮やかな赤い光は魔方陣を中心に収束し、天にたちのぼる。その刹那。

どこからか出現した赤い光線が、ライオネスを貫いた。

「ぐあぁっっ!!!」

「ライオネス!!」

彼の大きな身体が、宙を舞う。そして地面に叩きつけられた。

何が起こったか把握する間もなく、私は彼に走り寄る。

「うそ・・・」

光の筋にしか見えなかったのに、彼の胸にある傷は紛れもなく、剣で斬られたものと同じだった。

「っぁ・・・」

ライオネスが苦しそうに胸の傷を手で抑える。しかし、その手は既に傷口からの鮮血で真っ赤に染まっていた。

流血は止まる気配を見せない。急所は外れているようだが、深い傷には間違いなかった。


私は素早くあたりを見回す。だけど、目の前には赤くぼんやり光る魔方陣が見えるだけで、人影すらみえない。

一体・・・なんなの!?

不安と焦燥が胸を駆け巡る。どこかに、あるいはすぐ近くに、姿の見えない敵がいる。

次に狙われるのは・・・きっと―。思わずすぐに逃げ出したい気持ちが起こって、私は頭を振った。

「ダメだよ・・・!ライオネスをおいていくわけにはいかない!」

ライオネスは苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。彼もこのままでは危ない。

・・・とにかく、ライオネスの血を止めないと・・・!逃げるにしても、このままじゃ・・・

とりあえず私は彼の止血をしようと懐から布を取り出す。手が汗ばみ、震える。自らの心臓の音が、耳元で聞こえた。

お願い・・止まって・・・!

心臓に近い位置から、要所要所をきつく縛る。ライオネスが乱れた呼吸の合間に、声を絞り出した。

「ば・・・かお前・・・早く逃げろ・・・!」

「置いてなんていけないよっ!」

「なっ・・・なにいってんだっ・・・!ここで2人とも死んだら・・なんの意味もねえだろ・・・っが・・・」

ここでライオネスは大きく咳き込み、血を吐いた。その姿にどうしてか視界が滲んだ。

どうして・・・少し前までは・・・

ランスロットやライオネスと、笑顔で笑いあっていたのはつい昨日のことだというのに。

私は涙をこぼしながら彼の胸の傷を、覆いかぶさるようにして抑えた。生暖かいぬくもりと、血の匂い。

鮮血が私の服を濡らす。それでもどうにかしてその温もりを守ろうと、私は必死に彼にしがみついた。

「イレイン・・・」

ライオネスが微かな声で私の名前を呼ぶ。そのとき、背後から女性の声が聞こえた。

「無駄だ。その男はもう死ぬ」

「!?」

振り返った先に、ひとりの女の人が立っていた。歳は私よりだいぶ上だろう。年配の女性といってもいいくらいだ。

上質な金属でつくられた鎧を着込み、分厚そうな布でできたマントを羽織っている。

燃えるような紅い髪を風になびかせ、そしてその右手に―発光する鮮やかな緋色の剣。

「あ、あなたは・・・」

私は彼女の持つ緋色の剣を見つめた。まるで呼吸でもするように、一定の間隔で発光を繰り返す。

それは色さえ違うものの、クライストの持っていたあの剣に酷似していた。

まさか・・・さっきの紅い筋はこの・・・

私の表情を見て察したのか、女性はにやりと笑った。

「あなたがライオネスを・・・」

「口を開けて立ち尽くす、あまりにも間抜けな姿だったのでな、斬り伏せたまでのことよ」

女性はくっくと笑う。胸の中に不快感が生まれた。

「力を持たぬ者の哀れなこと。クレールの騎士がこの有様なら、あの国をつぶすのもそう難しいことではなさそうだの」

私たちを知っている?クレールを・・・つぶすって・・・

「あ・・・あなたは一体・・・・」

「いずれお前もここで死ぬ。知る必要もないと思うが・・・冥土の土産にでも教えてやろう」

彼女の紅く紅を塗った唇が動く。私はライオネスの血にまみれながら、彼女を茫然と見つめた。

「わが名はルシア。エルムナード女王ルシアと呼ばれることもある」

私は目を見開いた。この人が・・・エルムナード女王!?

「ま、町の人たちは・・・どこに消えたの!?まさかあなたが・・・」

ルシアは剣を振り上げた。

「街のものたちは皆、城の牢屋よ。こののヴァエルの供物とするためにな。試しに斬った何人かが、そのへんをさまよっているだろう」

異形のことだろうか。あれが、あのヴァエルとかいう剣に斬られた人・・・ってこと?

私は傍らのライオネスを見た。意識は朦朧としているのか、顔をゆがめたまま荒い呼吸を繰り返している。

まさか・・・まさか・・・

「その男も、いずれ異形となる運命よ」

「そ・・・そんなっ・・・・・・。なんで・・・なんでこんなこと・・・」

握り締めた拳が震える。血がこびりついた拳に涙がぽたぽたと落ちた。

「命を供物にすることで、このヴァエルは力を増す。冤罪で命を落としたあの子の無念は・・・わらわが晴らすのだ」

「冤罪・・・?あの子って・・・」

ルシアは私の問いかけには答えなかった。

ただ黙って、私とライオネスに一歩近づく。

「・・・今度こそ、息の根を止めさせてもらうぞ。そこの男も、お前も」

姿もとらえられないほどのスピード。そしてあの剣。

私にきっと・・・勝ち目はない・・・・。ライオネスをつれて、逃げ切るのも無理だろう。

だけど・・・。私は腰の双剣を抜き、立ち上がった。

ルシアが片眉を上げる。

「・・・勇ましい者は嫌いではないが・・・いかんせん、相手が悪かったな」

私は黙って、彼女を睨みつけた。ルシアが剣をまっすぐに向け・・・私は腰を落とし、構えの姿勢をとろうとして―

「っ!?」

次の瞬間、目の前にはルシアの顔があった。にやっと、彼女がまがまがしい笑みを浮かべる。私は目を見開いた。

な・・・

すさまじい速さに、防御の姿勢すらとることができない。

ヴァエルの赤い刃が私の身体を、貫く― 

・・・はずだった。

だが。 

「・・・なにやつ。邪魔をする気か」

ヴァエルを私の体の寸前で止めて、ルシアは言った。彼女の首筋には、背後から蒼くまばゆい刃が当てられている。

見たことのある剣だ。剣の持ち主はルシアを挟んで、私ににっこりと笑いかけた。

「やあ、久しぶりだね」

「・・・く・・・クライストさん!」

私が叫ぶと同時に、ルシアがヴァエルをクライストへ振りかぶった・・ようだったが、彼は難なく避けて、ライオネスの側に姿を現した。

あんな速い攻撃を・・・軽々と避けるなんて。

私には太刀筋さえ見えないのだ。クライストがどれだけ腕のいい傭兵なのか、改めて思い知ったような気がする。

それに加え、常人には扱うことのできない不思議な力まで・・・。

クライストはライオネスの傷を少し検分したあと、胸の傷に両手をかざしてしばし目を閉じた。

彼の両手が剣と同じ色の光に包まれる。今更だがすごく、綺麗な色だと思った。

ライオネスはなんとか意識は保ったようだが、顔色がよくない。クライストは目を開けて、私に言った。

「・・・とりあえず傷はふさいだけど、出血がひどかったから、なるべく安静にしたほうがいいよ」

「あ・・・ありがとう・・・!」

礼を言う私に、クライストは微笑んでくれる。こんなときだけど、安堵のあまり涙がこぼれてしまった。

「き・・・貴様っ・・・!!」

ルシアが怒りの表情を浮かべ、あの魔方陣の真ん中に立つ。クライストはさっと表情をかえて、私とライオネスをかばうように前に出た。

「・・・イレインちゃん。彼を連れて、できるだけ遠くに逃げるんだ」

彼のこんな真剣な声を聞いたことはない。ルシアがいかに危険なのかを、改めて思い知らされる。

「で、でもクライストさんは・・・」

彼は振り返らずに笑ったようだった。

「俺のこと、心配してくれてるんだ。・・・優しいね。だけど、ひとりで大丈夫だよ」

「クライストさん・・・」

彼の名前をつぶやくと、彼は今度は私を振り返って笑顔で答えた。

「嬉しいな。そんなに俺のこと、気遣ってくれるなんて、じゃあさ・・・」

クライストはここで言葉を切って、襲ってきたルシアの赤い刃を瞬時に蒼い刃で受け止めた。

鋭い金属音。刃と刃の間に火花が散る。彼らを中心に、強い風が巻き起こった。

「きゃああっ」

私はライオネスをかばいながら身を伏せた。

・・・ルシアの持ってるヴァエルも、クライストさんと同じ魔剣なの・・・?

彼らの持っている剣は、色以外酷似している。魔剣とは、一本ではないのだろうか。

「じゃあさ、俺がクレールに戻れたら、今度こそ一緒に出かけよう?約束だよ」

ルシアの剣をはじきとばして、クライストが私に片目をつぶった。

「・・・・あいつ・・・こんなときに何いってんだ・・・」

意識が少しはっきりしてきたのか、ライオネスが横たわったままぼそりとつぶやく。

ルシアは必死といった表情でヴァエルを操り、クライストに攻撃を仕掛けている。

「今のうちだ!早く!!」

ルシアの攻撃を交わしながらクライストが叫んで、その左掌を大きく振りかぶる。あの魔方陣が彼の足元にも現れた。

彼の背後と、私たちとの間に天にも届くような炎柱がいくつも出現する。

「な・・・なんだ・・・ありゃ・・・」

ライオネスが目を見開く。驚くのも無理もない。何もないところからいきなり炎を生み出したのだから。

「ぬうっ!!貴様・・・!!!」

ルシアの悔しそうな声が聞こえた。クライストは彼女が私たちを追えない様に炎柱で壁を作ったのだ。

「ライオネス!立てる?」

「ば・・・馬鹿にすんな・・・っ・・・」

なんとか立ち上がったライオネスに肩を貸し、走り出す。私たちはエルムナードの街をやっとのことで脱出した。

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