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第6話



 思わず視線が遠くなる。


宿から程近い屋台で焼いた肉をパンに挟んだハンバーガモドキ(正式名称 ピタパン)を頬張りながらこの世界に来たときのことを思い出していた。



(あん時はマジでびびった。光が消えた瞬間、森の中にいたときは「せめて街道に出せよ!」って叫んで、日が完全に暮れる前に野宿の準備をして、ニトを使って食料を確保して(*この時、一番多く見つけたのはウサギだったがニトを使って狩るのは微妙な気分になり、なんとかニワトリに似た野鳥を捕まえた)リュックの中に入っていた包丁で捌いて塩振って焼いて食べたんだよね………………つか、何でリュックの中に食料が入ってないんだよ!!!)



実彩は心の中でセフィロトを罵倒しながらピタパンにガブリとかぶりつき、さらにこの街についたときのことを思いだす。










森で一晩明かし、念のため昨日狩った野鳥の羽根や残りの肉を袋に詰めてリュックにしまい。なんとか街にたどり着いたのはいいが、街に入る為の関税を払うとき、事件は起きた。



『この街に入るには関税として銅貨10枚を払ってもらうか、旅券を見せてもらうことになっている。君は旅券を持っているか?』



 門番の衛兵が実彩に尋ねてくる。


実彩は旅券はもちろん持ってないので関税を払うことを衛兵に伝えた。



『フム、旅券は持ってないということはどうやら他国の人間ではないようだか…………この街には何をしに?冒険者ギルドに登録者しにきたの』


『はい、そうです。私の故郷はかなりの田舎で………村では腕に自信があったので思い切って冒険者にでもなろうかとこの街に』


『そっか、君みたいな子供がね………。見たところ12~3位だが両親の許可はちゃんと取ってあるのか? 知っているとは思うがこの国では成人と認められるのは16歳からだ。成人前は親の許可がないとギルドに登録できないが…………大丈夫なのか? お前』



 実彩はしっかりと頷いた。


森の中でセフィロトにもらったこの世界の一般常識の書かれた本にしっかりと載っていたからだ。



『大丈夫です。幼く見えるかも知れませんが私はすでに成人しているので、ギルド登録も問題ありません』



 衛兵はギョとしたように叫んだ。



『嘘だろ!? その見た目で成人してるのか!??』



額にすこーーーーし、青筋が浮いたが実彩は顔に気力で笑顔を貼り付けてなるべく、丁寧に話した。



『えぇ成人してます。まったく問題はないので、通ってもいいですか?税金は銅貨10枚でしたよね』



 顔に笑顔は浮かんでいるが、目は笑っていない。


それに気づいた衛兵は慌てて実彩から関税を受け取ったが……………。



『ん?………………ちょ、おいおまっ、コレ旧銅貨じゃないか!!!』


『旧銅貨?』


『お前知らないのか!? どんだけ田舎から来たんだよ!! 旧銅貨は二千年前、あの生きた伝説、“漆黒の武神二ケ”が法改正する前に使われていた時の貨幣のことだよ!!!』



 衛兵曰わく。


二千年前の貨幣は銅貨、銀貨、金貨の3つしかなかったが“漆黒の武神二ケ”が改正した。


改正したのはその3種類の貨幣が魔法道具になるのが原因だった。簡易な使い捨て魔法道具になるせいで国で製造してもすぐに魔法使い達に使われてしまう。そこで“漆黒の武神二ケ”はわざわざ貨幣が魔法道具として使われないように材料を探し、調合、精製したのだ。


 それが現在使われている貨幣だ。


新しい貨幣ができ、以前に使われていた貨幣は不要になったせいか、いままでの貨幣は魔法道具として使い潰されてしまった。



『だから旧貨幣は今ではものすごく希少価値がついていて、この旧銅貨1枚で銀貨5枚にはなるぞ!』


『マジか!?』



 思わず素が出てしまった実彩。


次にはっとして財布代わりの袋の中を見た。中に入っていた貨幣はすべて銅貨、銀貨、金貨、旧貨幣………だったのだ。



『……………………………………………………』



 その場で気絶しなかった自分を褒めたい。











(まぁ、あれだ。あの時は取りあえずセフィロトはぶっ飛ばそうと決めたがいいが、セフィロトから貰った本の内容が今と食い違ってないか調べるために半月も使ったせいで、今日ようやくギルドにいけた。…………………変なのには絡まれたが)



 それにしてもっと実彩は思う。



(まさか街について早々に“漆黒の武神二ケ”の話になるとは思わなかったけど)



何を隠そう、“漆黒の武神二ケ”は実彩の従姉妹の金刺喜與子なのだから。


セフィロトから貰った本によると喜與子はこの世界に来たとき、こちらでは自分の名前は言いにくいだろうと思い切って改名したのだ。




──────二ケ─────豊穣と勝利を司る女神の名を自らに課した従姉妹はこの世界でその名に恥じぬ功績を残していた………………。




(その功績のせいで、私は犯罪者でもないのに顔や髪をフードで隠しながら過ごさないといけないんだよね…………いっそ頭にミミ付きの帽子でも被って仮面で顔を隠すか?でも夏は蒸れそうだなぁ………)



 突拍子のないことを考え始める実彩。

 

ストレスが溜まっているせいなのか、かなりお疲れのようだ。



「………ん?」



手に持っていたピタパンを食べるのを止め、実彩は周囲を見渡した。どうも先ほどから辺りが賑やかとは違う意味で騒がしくなっていたためだ。



『この辺りで黒いマントを身につけた小柄な少年を見た者はいないか! その者はあろう事か我が国の名門貴族、バズーラ家次期当主マロリー様に狼藉を働いた不届き者である!! 我等の下に連れてきた者にはマロリー様よりお褒めの言葉がもらえるぞ!!』



私兵騎士らしき者達があちこち走り回りながらそんな事を叫んでいた。



 馬鹿がいる、と実彩は思った。



この国の騎士は国に従事している者達なら、右胸にバイエル国の国旗である吠える狼の刺繍が施されている。門番の衛兵にも刻まれているそれは、この国の誇り高い騎士の証だからだ。


故に、私兵の騎士の右胸にはこの国旗がない。変わりに縫われているのは仕えている貴族の貴族紋だ。日本で言うところの家紋である。



国営の騎士は国王と王宮官吏の命でこの街を護っている。


国から派遣された騎士が護っている街で貴族が狼藉を働かれたなぞ、彼等にとっては失態以外の何物でもない。何故なら街の住人と、領主である貴族やその親族を護るのも派遣騎士の役目だからだ。それを狼藉を働かれた貴族の私兵騎士が大声で街中に触れ回るなぞ、彼等の失態を広めているようなものなのだ。


この街はバイエル国でも他国の商人の出入りが比較的多い街なので、ヘタをすれば今回のその失態が他国にまで流れる可能性が高くなる。



(完璧に派遣騎士に喧嘩を売ったな、あのお坊っちゃん)



 しかし、実彩にとっても人事ではない。


派遣騎士達は貴族に狼藉を働いたとされる実彩を私兵騎士より先に見つけようと躍起になっている筈だ。実彩とマロリーのやり取りは野次馬の皆様とギルドの人達が証言してくれたらいいが、現実は上下関係の厳しい社会。


 実彩の味方になってくれる者なぞいないだろう。


 まぁ、最も─────。



「金一封じゃなくてお褒めの言葉じゃあ、よほどの間抜けではない限り、騎士以外追ってはこないだろうな………」



何故なら大抵の貴族は平民に嫌われているのだから味方こそならないが積極的に敵にもなろうとはしないだろう。


実彩は残りのピタパンを口の中に押し込めて、そのまま歩き出した。








「えぇい! まだ見つからんのか!? この愚図共が!!」



バズーラ家の私兵騎士団長の男は部下に怒鳴り散らしていた。


バズーラ家の次期当主マロリーが小柄な少年の魔法で大衆の目の前で敗れたのである。王宮に直接仕える魔術師がただの平民に負けることの重大さを彼はよく分かっていた。



(このままではバズーラ家はお終いだ! 万が一、バズーラ家が没落しとら俺達私兵騎士は軒並み路頭に迷うことになる!! 何とか派遣騎士や他の貴族、他国を流れる商人にバレる前に始末しなくては………)



すでに部下達が大声で街中に触れ回ったことを知らない男は“小柄な少年”の後始末の方法を必死に考えていた。


 彼等が居るのはこの街一番の宿屋である。


マロリーはお忍びで冒険者ギルドに登録をしに来ていたのである。貴族が冒険者ギルドに登録するなど変に思うかもしれないが、冒険者ギルドは世界中の国や大陸に拠点を置いている世界最大の結社なのである。


厳格に定められている格付けは絶大な信頼と信用性を有しており、ヘタな貴族社会の繋がりよりよっぽど広い人脈や戦力を持つことが出来るとして王族貴族に利用されているのだ。


特にこの国は武道派の国として有名なので冒険者登録を貴族達に義務づけている。


何より現国王は王位を継ぐ前、冒険者として世界でも少ないランクAにまで上り詰めた猛者なのだ。それが幼少から魔術の英才教育を受けていた子爵家の次期当主が平民の、しかも成人すらしていないような者に負けたのなぞ許されないことだ。



(早く、早く見つけなくては…………!!)



「…っぃ! ……………!! ─────えないのか!? 誰か返事をしたらどうだ!!」



 寝室から怒鳴り声が響く。


私兵騎士団長は、ハッとして、急いで寝室の扉の前に立ち、部屋の主に応える。



「失礼致します。マロリー様、いかがなさいましたか?」



礼を取りながら扉を開けた瞬間、男に向かってグラスが投げつけられる。


反射的にグラスを掴んだ私兵騎士団長は…………部屋の主から放たれた魔術によってそのまま部屋の壁に叩きつけられたら。



「………ウッ、っっっ!!」



 背中がミシリと嫌な音をたてる。


思わず息を詰めた男はそのままズルズルと崩れ落ちる。



「遅い! このゴミが!! 俺が呼んでいると言うのにすぐに来ないとはどうゆうつもりだ!?」


「ッア……もうし……ぁけごさいません………」


「ゴミが!! ゴミがゴミがゴミがゴミがゴミがぁ!! いつになったらあの塵芥の虫けらを連れてくるんだ!! あの忌々しい下民無勢がバズーラ家次期当主である俺に大怪我・・・を負わせたのだぞ!! 四肢を引きちぎり獣のエサにしてもなおその罪きえぬわ!!!」



マロリーの左頬には、コブシ大の青あざがくっきりと浮かんでいた。


私兵騎士団長相手に八つ当たりをし、ベッドの上でひっくり返っている様は、まるで癇癪を起こした子供である。



「早く見つけ出し俺の前に引きずり出せ!! 分かったのならさっさと行け、このゴミが!!?」



マロリーの右腕についている腕輪が鈍い光を放った瞬間、私兵騎士団長は寝室の外に飛ばされていた。



「…うっ、ゲホ………! くっぅぅう!! ………はぁ」



私兵騎士団長は痛む体を無理やり起こしながら寝室の扉を睨みつけた。



「………クソ貴族が─────くたばりやがれ」



悪態をつきながら私兵騎士団長は“小柄な少年”を見つけるために、踵を返して、歩き出した。









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