第64話
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年も、どうぞ宜しくお願いします。
カムイワッカはどこか呆れた様子で長い棒を担いでいる実彩に視線をやった。ときどき棒の先から吊る下げている子ウサギに視線をやっているところを見るに、なんだかんだと吊している子ウサギを気に掛けているのが分かった。…………単に実彩はニトと会話をしているだけである。それは勘違いだ、カムイワッカ。
子ウサギの方は先ほどまで自らを束縛している縄を解こうと躍起になっていたようだが…………今は聞いている方が物悲しくなってくるような鳴き声(泣き声?)を上げていた。
「きゅー………きゅ、きゅうー………………』
思わず憐憫の眼差しを送ってしまうほどに、その鳴き声は小さくとも周りに良く響き、偶々通り掛かった通行人の良心に酷く訴えかけてくる。あまりにもか弱い子ウサギのあられもない姿に、自然と通行人の実彩を見る目が冷ややかだ。
………もっとも、ニトの鳴き声を人の言葉に訳すと。
『ざっけんなやぁぁあああ! こんボケカスがぁぁぁああああああ!! ワテの………ワテの役割ぐらい主ならば本能で察しんかい!! こぉんのアホォォォおおおお!!?』
───という実彩に対する罵詈雑言の雨嵐なのだが……………知らない、理解からないということは幸せである。
もし、カムイワッカと偶々ニトの鳴き声を聞いてしまった通行人がその内容が分かったのならば、誰もニトに同情はしないだろう。
むしろ、口悪りぃなこのウサギ!? と、逆に引かれること受け合いだ。
「なぁ……チビ助。いい加減にソイツを降ろしてやったらどうだ?」
「卸せ? 何だよオッサン。やっぱ腹空いてたの? ニト食う?」
『ギャ!?』
「きゅ!?」
この台詞には大人しくしていた竜の雛もニトも流石にビックリ。
「何でそうなんだよ!? 『卸せ』じゃなくて『降ろせ』、だ! バカたれ!! 流石の俺だってソイツは食いたかないわ!!」
真顔でそんなことを曰う実彩に対して、驚きすぎて声が裏返ってしまったカムイワッカに実彩は…………。
「あっ、そう…………………………チッ」
「何舌打ちしてんだよ。お前は………」
カムイワッカは呆れたように軽く首を振るうと、やれやれとでもいうように吊る下がっているニトに手を伸ばした。
「………あっ!?」
「きゅきぃっ!!」
カムイワッカの手によって助け出されたニトは歓声を上げる。
『ヨッシャァアアアア!! 感謝したるでぇ、オッサン!! あんさんのお陰で…………ワテは自由やーーー! ざまぁみさらせ、ボケ主ーーーーー!!!』
「………………」
目が、完全に据わった実彩はおもむろにリュックからナイフを取り出そうとするも、すかさずそれを察知したカムイワッカによって防がれてしまった。
「こらこらこら! な~に~を~……取り出そうとしてんだ、お前は!!」
「ナイフ」
「目ぇ据わらせた顔で、怖いこと言ってんじゃねぇぞ!?」
このままでは本当にニトを捌きかねないと思ったカムイワッカは、実彩の首元をグズンと掴んでそのまま冒険者ギルドの空き部屋へと連行していった。
途中、実彩が激しく暴れるも、聞く耳持たずといったようにカムイワッカは暴れる実彩に構うことは無かった。
この光景を見たギルド内の冒険者と職員に関しては…………。
「おー……またあの仮面のチビ助がカムさんに引き摺られてんぞ?」
「また何かしたんだろ」
「あのガキも良くもまぁ次から次へと問題おこすな………」
「別に……あのガキはどちらかというといちゃもん付けられてた方だけどな」
「カムさんがアイツを何時も諫めるからすっかり抑えつけ役になっちまってんな」
「あの仮面チビ、以外に強いからな。生半可な奴だと無駄に怪我するだけだし………ある意味適任じゃね?」
「上位冒険者が適任な時点で、アイツもある意味有望株なのは間違いないんだけどな」
酒場での一件とジャンとの決闘紛いの対戦の所為で問題児としての認識が既に植え付けられている彼らからすれば、今も実彩がカムイワッカに連れて行かれているのは、何か実彩がやらかしたのだろうと特に気にもしていなかった。
実彩がこの町に来てからまだ二日しか経っていないのにこの扱い。
日頃の行いが悪い所為だろうか?
実際に実彩を抑えつけられる実力を持っている冒険者は、この場にはカムイワッカしか居ないため、あながち彼等が言っていることも間違ってはいないのだが。
そしてジャンの時に見せた容赦無い、一方的な暴力とも言える戦いぶりに、誰も実彩の味方をしようとはしなかった。
そうして空き部屋へとカムイワッカに連行された実彩はぶすくれていた。
カムイワッカの手によって解放されたニトはカムイワッカの近くを安全地帯と認識したのか、実彩の側から離れて竜の雛共々カムイワッカの頭にちょこんと陣取っている。
竜の雛はニトが未だに怖いのか。
カムイワッカの肩に捕まりながらも、ニトに向かって警戒心に満ちた視線を送っているのだが………。
クワッっと、ニトは大あくびしている。
どうやら竜の雛の警戒心の籠もった取るにも足らないということらしい。
まるで我関せず状態だ。
「まったくよぉ………オメェさんには聞きたいことが山ほどあるが…………取り敢えずはCランク進級おめでとうさん。こりゃあ俺からの祝いの品だ」
そう言って渡されたのは幾何学模様が描かれた謎の札。
「……………何? これ」
「………オメェさんはコレも知らねぇのかよ」
どこか呆れた風情のカムイワッカだったが、本当に何も知らない様子の実彩を見て、仕方ないと幾何学模様の描かれた札の説明を始めた。
「コレはな。簡単に言っちまうと『更新型の地図』のマジックアイテムだ。コレに魔力を込めれば、自分が今いる場所の詳細な地図を見せてくれる。しかもこいつは持ち歩いているだけで持ち主の歩いた道順を記録して新しい地図として更新してくれる」
つまりは………スマホアプリで言うところの地図アプリのような物ということか?
「紙の地図だとかさばるし。何よりも使われなくなったり、取り壊した道なんてーのも普通に書いてあるからな。無駄な情報ばかりあって中には紙の地図は割に合わないという奴もいる。それに比べてこいつはギルド、別に冒険者ギルドじゃなくても行って受付に渡せば古い地図を新しい地図に上書きしてくれる。多少金は掛かるが。まぁ、それを鑑みても持っていて損はない物ではあるな。ギルドカードと同じで登録した魔力以外は反応しなくなるし」
「へぇ……」
しげしげと実彩はカムイワッカから受け取った『地図』と眺めた。
「ん~………確かに便利そうな物ではあるけど、別に、幾らランクアップしたからといってその祝いをオッサンから貰う云われは無くないか? 昇級したのは私以外にもいるし」
実彩以外にもランクアップの祝いとやらを渡したのであれば実彩とて素直に受け取るだろうが、カムイワッカがそんな事をしていた様子は実彩の知る限りなかったように思える。
何よりもマジックアイテムは大変高価な代物。
しかもこれほど高性能なマジックアイテム…………それも冒険者などあちこち廻る者からすれば、その価値はさらに上がることは確実である。
確かにカムイワッカとは他人とは言い切れる程の仲ではないが、だからといって、この様な物をポンと貰える程の仲でもない。
「まぁ……な。確かに俺が渡しているのはオメェさんだけだ。イズールの奴に渡してねぇ」
どこか歯切れ悪く言うカムイワッカに実彩は目を眇めた。
実彩が警戒心を抱いていることに気付いたカムイワッカは「はぁ……」っとため息を吐いた。
「怪しむ気持ちは分かるわな。実際にコレは俺からというよりもアンディ…………アンドレアスからの追加報酬なんだよ」
カムイワッカの告げられた言葉に実彩は驚きを隠せなかった。
「…………何でそこでレタック伯の名前が出てくるわけ? しかも追加報酬って言葉がオッサンから出るってことは…………」
「まぁ、そういうこった。俺はオメェさんが受けた依頼の内容と、これまであったことも全部知ってる。あー……実はな。俺とアンドレアス…………それからロイドも何だが、アイツらがまだ成人仕立ての若ぇー時に一緒にパティーを組んでたことがあったんだわ。そん時の縁で今もたまーに連絡を取り合ってんだわ」
寝耳に水の話に、実彩は言葉も出ない。
まじまじと見てくる実彩に、カムイワッカはどこか疲れたように言う。
「念の為に言っとくが俺がオメェさんに会ったのはマジで偶然だぞ? 別に、あの腹黒に言われたからオメェさんに関わった訳じゃねぇから安心しな」
最も、実彩の行く道先でカムイワッカが昇級試験の覆面試験官をしていると知った時点で何らかの接点は生まれるだろうとは予想していただろうが。
あの腹黒貴族であり、国王直属の査察官を務めている男だ。カムイワッカが実彩に興味を覚えることは想像するに容易かっただろう。
(あいっっっかわらず人を手のひらで転がすことが好きな奴だ。そのお陰で、こちとらロクな目にあいやしねぇ…………)
だからといって無視も出来ない。
なんだかんだ言ってもアンドレアスのやることはあくまで国の為。決して私欲を満たすためにやっているわけではないのだ。その上結果もキチンと出しているから強く言えもしない。
あまりにも目に余るようなら………最終的にはロイドがアンドレアスを抑えるだろうし。いざとなったら自分が一発、アンドレアスにお見舞いすれば良いだけだ。
「もしかして………オッサンも今回の依頼に噛むのか?」
「察しがよくて助かるぜ。その通り。俺もお前に同行することになっている。…………なっているんだが………」
「?」
歯切れの悪いカムイワッカに訝しむ。
すると、カムイワッカはスゥと視線を横にずらした。実彩も釣られてその視線の先を辿れば………。
「このまま一緒にオメェさんについて行きたいのは山々だが、先にあのチビを親元に返さなくちゃならねぇ」
そこにはカムイワッカから降りた爆炎竜の雛が、一人で遊んでいた。
(あー……確かに)
竜の雛など、権利者や研究者からすれば垂涎ものの存在だ。
しかもこの雛は爆炎竜の雛。
その包容する魔力は他の竜よりも遥かに多いことは確実だ。
爆炎竜はその凶暴性も相余って接触することは死を意味する。子供の生まれにくい種族で、大事な次代を奪われたとあっては親竜の怒りはいかほどのものか。
そういった観点から考えるに、竜の雛を無事に親元に届ける役目は竜人であるカムイワッカが適任であろう。
竜同士(?)ならば親竜とて、きっと多分こちらの話を聞いてくれるんじゃないかなー? という希望に縋れる。
カムイワッカ自身も、恐らくは高位冒険者なのだろう。そんな彼ならばきっと竜の雛を狙う権利者共を蹴散らかすのは造作もないだろう。
「つーわけで。なるべく早く戻るつもりではいるが……俺がオメェさんと実際に行動するのはコイツを親元に返してからになる。多分、オメェさんがこっちに戻る道中には合流出来る筈だ」
「………そんな早くに帰って来れんのか? 海を隔てた向こう側なんだろ?」
どこら辺にある大陸なのかは知らないが、少なくともセフィロトから貰っている地図にはバイエル国周辺には海らしき記述はなかったように思えた。ならば先ずは海がある港町まで行かなくてはならないから…………少なく見積もってゆうに二、三ヶ月は掛かるまいか? そんなに時間があるならカムイワッカが戻ってくるその頃には自分の依頼は既に完了していてもおかしくはないぞ?
実彩の疑問を感じ取ったのか、カムイワッカはニヤリと笑った。
「安心しな。なーに………やり方なんぞ幾らでもあらぁな。オメェさんが姫さん連れてバイエル国に戻ろうとするまでには必ず合流出来るよ」
「…………」
その方法とやらには興味はあるが、質問しても答えてはくれんだろうと実彩は喉元までせり上がった言葉を飲み込んだ。
話は終わった。
この街での用も、もはや何も無い。
ならばもうそろそろ行くとするか。




