第62話
カムイワッカがイズールとリリーナ、そしてジャンを伴ってやってきたのは実彩に声を掛けてから、少し時間が経っていた。
先に部屋の前で待っていたリルに先導されて既に室内に入っていた実彩は、後から遅れてやってきた四人を一瞥してすぐに視線を逸らした。
一瞥した際に視界に入ったジャンの顔が、妙に清々しいように見えたのが少し印象的だった。
実彩の中では、未だに後味の悪い………モヤモヤとした気持ちがくすぶっているにも関わらず。そしてそのモヤモヤが何なのかが分からない実彩は、仮面の下でキツく眉を顰めていた。
………そしてカムイワッカの肩に爆炎竜の雛が乗っているのを見て、連れてくることを忘れてた……と実彩は思い出した。カムイワッカは実彩に近付き様、実彩の頭を軽く小突いた。
これに関しては実彩が悪いため、大人しく小突かれた。
「みんな、揃ったみたいね。────それではこれより。Cランク昇級試験の結果を発表するわ」
そう言ったリルは、試験中に身に纏っていた娼婦顔負けの布地の面積の少ないレオタードのような衣装では無く…………冒険者ギルド職員用の制服を着ていた。
いや………それが当たり前なのだけれども。
「まず────最初に合格者を言わせてもらうわね。合格者はイズールとミーシャ、この二名のみとする。残るリリーナとジャンの両名は不合格よ」
やはりというか何というか…………誰もが薄々分かっていた結果であった。
「イズールは盗賊団の討伐に関する報酬の確認と、移動中での指示の采配、そして精霊魔法の技術は文句無しにCランクレベルに達していると判断されたわ。…………ただ、討伐後の報酬の確認とその分配まで確認していないことが大きなマイナスポイントだったけど…………試験中に起きたイレギュラーの事態の報告を優先したということもあったからそこは今回に限り、大した減点対象として扱ってないけれど…………いざCランクとして活動する際には気を付けなさい」
「………分かった。気を付けよう」
重々しく頷くイズールを確認してリルは実彩の方に顔を向ける。
「アナタに関しては────特に筆答するべき問題点はないわね。敢えて言わせてもらうならばその愛想の無さと、キツい口調ぐらいね。治癒魔法に関しては驚いたけど……アナタが愛用する武器も含めて個人の事情に関する部分だからここでは追及しないわ。戦闘能力に関してはカムから報告を貰っているし………アナタなら、すぐにでもBランクに上がれるわ。こと戦闘力に関してはAランクと遜色がないみたいだし」
「……どうも」
実彩はリルの台詞に軽く手を振るった。
実彩の戦闘能力をちゃんと知らなかった、カムイワッカを除いた他の三人は驚いた顔をして実彩を凝視した。
そして――――と、リルは厳しい眼差しを残ったリリーナとジャンに向ける。
特にジャンを見るリルの視線は鋭かった。
「―――アナタ達二人は論外よ。街を出てからの移動中の行動も問題だけど、依頼の最中に私情を持ち込み過ぎ。いくら昇級試験だからって……依頼の形を取っている以上、真面目に取り組まなくてどうするの!? その結果、他のパーティーメンバーに多大なる損害を与えたことを自覚している? リリーナは……いくら異母兄とはいえ、イズールに甘えすぎ。その点に関してはイズールの責任でもあるけれど……だからと言って彼は試験の最中にアナタを特別扱いもしていないし、諫めもしているからその点は公私を分けていると言えるわね………アナタはまず、自立することから始めなさい。Cランクを目指すのはそこからよ」
「……ごめんなさい」
小さく謝るリリーナをイズールはそっと伺った。リルに指摘されたこともそうだが……イズールもイズールなりに今回の事でリリーナを甘やかしていたと自覚した為、彼女を慰めることはしなかった。
(私は……今まで過保護だったのかも知れない)
リリーナの為にも、そして己自身の為にもこれからは少しずつ厳しくしていこうと。イズールは一人、そう心に誓った。
結果―――今までなんやかんやと優しかったイズールに厳しく接しられたリリーナが、イズールに失望されたと勘違いを起こして少し荒れ……いや、グレることになるのを、この時のイズールは知る由もなかった。
「最後にジャン……アナタは酷い、酷すぎる。私達ギルド側の不手際があったとはいえ……作戦を勝手に破った上での独断専行――――それによって私達はしなくてもよかった戦闘を余儀なくされたわ……下手したら、死人が出ても可笑しくなかったほどの失態よ。実際にリリーナは相手の一撃を受けて死にかかった。カムとミーシャがいなければ確実に死んでいた程の深手を負った。相手の力量は明らかにBランク以上に感じたわ……それほどの手練れだったの。今、全員無事に――――それも五体満足だなんて奇跡と言ってもいいほどよ。個人的にはギルドカードを回収の上で冒険者ギルドを追放したもいいくらいだわ」
「──っつ!!」
冒険者ギルドを追放………それは冒険者としての活動が、半永久的に認められないということ。実質上の冒険者としての廃業である。勿論、魔獣の討伐などといった活動は出来るが………その際に手に入れ素材などの買い取り、討伐料といった取引を冒険者ギルドで行うことは出来ない。
その手の活動がしたければ自力で流通ルートや顧客を確保しなくてはならない。しかし国を股に掛ける冒険者ギルドを追放されたという汚名は一生ついて回る。
身分に囚われず、また犯罪さえ犯さなければ保護もしてもらえる冒険者ギルドを追い出されるということはそれだけ、追い出された者に問題があるということであり、信用が欠ける者というレッテルが貼られる。そのような問題有る人物と、信用第一を信条とする商人が取引をしようとする訳がない。…………いたとしても買い叩く気満々の者か、もしくは同じく訳ありで表立って商売出来ない者ぐらいだ。
個人で取引をすることも難しくなり………冒険者ギルド以外のギルドに登録することも難しくなるだろう…………。
冒険者ギルドに関わらず、国という枠組みを超えて繋がっているギルドという場所から追放されるということは、それだけ大きな意味を持つことなのだ。
「……幸いにして死者も出ず。ギルド側にも不手際があり………尚且つ、アナタの年齢と今後のことを考えて、マスターはアナタのギルド追放処分を止めたわ………でも勘違いしないでね。だからって処罰が無くなった訳では無いのよ。─────ジャン。アナタは向こう三年間、昇級試験の資格を剥奪。うち二年間は冒険者ギルドを介した依頼料、討伐料を含む素材引き取り料を三割ほど引かせてもらいます。個人の依頼と取引までにはこちらは関与しませんが………もし、万が一、冒険者ギルドに不利益もしくはギルドに属する冒険者の利益に著しい妨害行為が認められた場合はすぐさま冒険者ギルドを追放されます。それを肝に銘じてこれからの冒険者としての活動を行ってください。─────分かりましたね?」
「あぁ………分かったよ」
依頼料討伐料素材引き取り料が三割引かれる…………更には向こう三年間は昇級試験も受けられない。追放処分を免れたとはいえ、中々重い処罰と言えなくはない。
(まぁ………降格処分が無いだけマシだわな)
顔色悪くするジャンを横目で見ながら実彩は内心でひとごちる。
「試験の結果は以上よ。みんなに盗賊団討伐料の報酬を渡すわね。………喧嘩せずに仲良く分けるのよ?」
今までの張り詰めた空気をカラリと変えて……パチンとウィンク一つするとリルは「そのまま部屋を使っていいから」と言ってそのまま出て行った。
残された部屋の中には試験を受けた皆と、盗賊団討伐料が入った袋、そして盗賊団が溜め込んでいた財産が目の前に置かれていた。
ちなみに、盗賊団の財産に関してはリルと入れ替わりにやってきたギルド職員が置いていった。
「それにしても………どう分けるの? コレ??」
リリーナがそういうのも無理はない。
盗賊団はこちらが思っていた以上に溜め込んでいたらしく、いくつかの業物(盗難届があり、返却出来る品は既に除いてある)と金銀宝石類。更にはマジックアイテムと思しき物のちらほら見えていた。
爆炎竜の雛に関してはその辺に転がしておく。
どうせ事情を知っている奴らしかいないし、問題ないだろう。
実際に先ほどから、雛は人の使う建物がめずらしいのか。室内や椅子、テーブルやらを見渡してはペチペチ叩いて―――何やら確認作業の様なことをしていた。
従姉妹の残してくれた資金が有るため金には困ってなかった実彩は、取り敢えず目線で業物と思しき武器類を一人物色する。
「そうだな………取り敢えずは均等に分けたいとは思うが………金はともかくとして武器類はどうするか………」
「私は特に金には困ってないから武器を幾つか貰えたら後は好きにして欲しいんだけど……」
実彩の台詞にイズール………というよりもその場にいた全員が驚いた顔をして実彩を見た。
「おいおい……チビ助。いいのか? それで」
「そうよそうよ。今はお金があるかも知れないけれど………いつ貯金が無くなるか分からないのよ? 貰えるときは貰っておいた方がいいわよ!」
カムイワッカとリリーナも貰うべきだと言い募る。処罰を受けるジャンとて、今後の生活の為に討伐料は受け取るのだ。実彩だけが、武器だけというのは………それはちょっとないだろう。
しかし実彩は首を横に振るった。
「んー……。金に関しては………そもそも私、今は依頼途中って事もあるしそんなに焦ってないからな。試験も、一応依頼主の意向で受けたようなもんだし」
だから別に構わないという実彩に、そういえば………そんなことを言っていたな。とみな思い出したらしい。誰もが、あー……っという顔をする。
「だがやはり………武器だけというのも、な…………だったらいっそ、報酬はギルドに預ければ良いのではないか? そうすれば……いざ、金が必要となった時にギルドから落とせばいいのだし」
「………ギルドって。そんなこともしてんの?」
まるで銀行のようだと実彩は思った。
「………知らないのか? お前」
「そりゃあな……チビ助、あっちこっち国をまたいで活動している冒険者だっているんだぞ?そうしなかったか、不便で仕方ねぇじゃねーか」
カムイワッカどころかジャンからも呆れた顔をされて少しイラってきた。
実彩から物騒な気配を感じたからか………イズールは咳払いをして話しを進めようとした。
「ん、んん!! まぁ、そういうことだ。預かり料は取られるが、それならばかさ張ることも無いからいいだろう?」
「………まあ、そうだな。だったら武器を先に選ばせて貰えたら金に関しては少なくてもいい………ってことにしないか?」
「…………まぁ、それで貴殿が良いのなら」
実彩が貰う報酬に関してはそれで話は纏まったと言わんばかりに実彩はとっとと品を物色し始めた。
何故そこまで固辞するのか………理解出来ないとばかりに武器を物色する実彩を見ていた彼等も、その内に残りの報酬を分け合う話をし始めた。
(んんー……。これは……ダメだな。重心が偏ってる。こっちは―――悪くはないけど、私にはちとデカいな………おっ? これなんか良さ気だな。これにするか)
そういって実彩が手に取ってのは、直刀に似た片刃剣だった。刃渡りは五十センチ程か、やや小さいかもしれない。
(大体、小太刀と同じ大きさだな……これなら使い勝手も良さそうだし……)
手に持った剣を弄びながらも、口元は微かに上がっていた。
前々から武器がニトだけでは不安だった。ニトはどちらかというと遠距離・中距離に特化したモノ────そもそも本来は武器ですら無いのだが────なので実彩は馴染み深い、刀にも似た武器を持って少しご満悦の様子だったのだが──────。
「きゅ!」
「あ?」
突如として懐から飛び出したニト。
急に出てきた真っ白な子ウサギに、周りから驚いた視線が、実彩とニトに向かって集中する。
で、
『―――――えぇ加減にせぇよコラ。ホンマにシバき倒したろか!? オドレはっ!!!??』
――――――――実彩の脳内にエセ関西弁が響いた。
それと、同時に。
顔面に、ウサキックが炸裂したのだった。
取り敢えずは、あれだ。
話は全部、ニトを〆てからでいいよな?




