第54話
お待たせしました。
──────怖い
親から無理矢理引き離されて、馴染み深い灼熱の故郷から攫われて独りぼっちだった。
自分を攫った人間は、嫌らしいニタニタとした顔で首に変なモノを巻き付けた。どこか息苦しさを感じさせるそれは、何時も身近にあったキラキラした気配を自分から遠ざけた。
──────恐い
身の内から湧き出る恒温の波動がまったく感じられなくなった。年経る毎に脈打つように強くなっていった波動が、今では空虚なすきま風を思わせる。
だから………硬くて冷たい長いもので引きずられた先にいた………妙なヒラヒラとした物を被っている人間達に渡されると解った時、声の限りに叫び出したくなった。
──────こわい
妙に偉そうで高圧的な人間に、狭くて汚くて変な物がたくさんある大きな穴の中に入れられた。偉そうな人間も一緒に入ってきて………自分に対して嫌なことばかりを言う。流石に触ろうとした時は唸り声を出せばその手はすぐに引っ込んだ。ざまあみろ。
でも……木の板で閉じられた向こう側から別の人間が慌てた様子で中にいる人間達に話し掛けてきたら────なんでか中にいる人間達がすっごく焦っているようだった。
──────コワい
木の板が突然吹っ飛んでパラパラと砂埃のようなものが穴の中に舞っていた。
穴の出口から来た人間は、偉そうな人間が引き渡そうとした奴らと同じ、ヒラヒラした物を被っている人間だっ…………? 人間? なんだか自分の知っている人間とはどこか違う。とっても強い気配と…………なんだか見ていると背中が寒くなるような悪寒が走る。ホントに人間??
気付けばその人間(?)は自分を硬くて冷たくて長いもので繋いだ人間を倒していた。そして自分の近くに寄ろうとしたのですぐに唸り声を上げた。その人間(?)は近付いてこなくなったけど、どこか困惑した気配を漂わせていた。
────────コワイ
白くて丸くて柔らかそうで美味しそうな生き物が自分の目の前にピョコピョコしながらやってきた。親と引き離されてから嫌な人間達がどんなに美味しそうなご飯をよこしても食べていなかった自分は、クルルゥゥゥ~~~と鳴るお腹に理性を薄れさせて近付いてくる美味しそうな生き物に目を輝かせた。
でもその美味しそうな生き物は自分の口の下にドバッと突っ込んできた。ふわふわだと思った真っ白い毛はとてもとても痛かった────ホントに痛かった!!
どんなに寂しくても辛くても泣かなかった瞳が涙目になるほどに痛かった!!!
ポロポロ涙をこぼせば………人間(?)が白くて丸い生き物を叱って自分から離れるように言った。
もう、痛くて痛くて仕方がなかったのでその人間(?)の体によじ登った。食い込んでくる真っ白い毛に涙を流しながらその人間(?)の頭までくると白くて丸い生き物は自分から離れて行った………また刺されるのが嫌で、その人間(?)の頭に引っ付いていたら。その人間(?)の頭からとても身に憶えのある匂いがすることに気が付いた。
知っているけれど知らない匂い。その匂いがこの人間(?)に対して好意的な匂いだったので、自分はこの人間(?)について行くことにさしてのだが……………。
「はぁあああ?! マジ……ざっけんなよぉおおお!! ニト!! ホンットいい加減にしねぇとテメェ、仕舞いには捌いて吊すぞ!!!」
ヒラヒラしたものを破かれた人間(?)から絶叫するかのような怒号と、白くて丸い生き物に対する残酷発言をした。
『ギャアウ?!』
内容の凄惨加減に衝撃を受ける………。
自分は………まさか、助けを求める相手を間違えた………………………?!
そう思ったらいてもたってもいられなかった……自分はただ、親の元に戻りたかっただけである。故郷に帰りたかっただけだ…………。
判断を誤ったかも知れないという焦りと、これから自分はどうなるのか分からない恐怖心に心の中がグルグル、グルグルグルと渦巻いていった。
そして────、体の奥の奥からグツグツとした灼けつくような巨大な熱を自覚した途端────
自分を戒めていた忌々しい首輪が音を立ててはじけ飛んだのだ。
どんなに怒鳴っても武器化しないニトに実彩は焦りを通り越してブチ切れていた。
追撃を繰り返すイシュールの連撃をかわすのにも限度があった。ところどころで落ちている錆びた剣で凌ぐも、すぐさま欠け、もしくは折れてしまうような物では話にすらならない。
もはやニトには頼らず、奥の手として残しておいた魔術を使うしかないと、そう考えた時だった。
─────竜の雛の様子がおかしいことに気付いたのは。
頭の上が妙に熱いと思った瞬間。
今までぶすくれてそっぽを向いていたニトが弾かれたように顔を上げて────実彩の顔面をオモクソ蹴りつけた。
いきなりの事に対処出来ず、まともに蹴りを受けてしまった実彩はぐふっ!? っと呻き声を口からこぼしながら左足でたたらを踏んで衝撃に耐えようとした直後、
『ウギャアアアア─────!!!!!』
実彩の頭から落ちた竜の雛が、悲痛に満ちた声を上げたのは。
そしてその直後、洞窟内が灼熱の炎に巻かれた。
「うおっ?!」
「っ?!」
実彩はとっさに結界を張ったことで間一髪、劫火の炎から逃れることができた。
イシュールの方もニトが実彩の顔面に蹴りをいれたことに面食らって一瞬の間が出来たことが幸いしたのか、突如噴出した炎の波に呑まれることなく下がることが出来たのだった。
何が起こったのか咄嗟に分からなかった実彩とイシュールは、ほぼ同時に炎の発生源であるモノに視線をくれた。
渦巻く炎の中心にいるには……泣きじゃくり、嗚咽を漏らしている竜の雛。
明らかに暴走している様子の竜の雛に、実彩は困惑も露わにする。
さっきまで、なんの問題なく頭の上に乗っかっていた竜の雛の突然の暴走。
訳が分からず結界の中で炎をやり過ごしていた実彩は、イシュールが竜の雛を注視したまま懐を探っていることに気が付いた。
(あの男……何をするきだ……?)
注意深くイシュールを窺っていた実彩はイシュールが懐から取り出したモノを確認した直後、体中の血が凍りついた。
(おい……あれって、まさか――――――!?)
イシュールは取り出した物を少し眺めるとソレを掲げるようにして竜の雛へと向けた。
「よもや、このような場合で使う羽目になるとはな―――――!!」
――――――――イシュールの取り出した手の平サイズの石板のようなものは、以前実彩がスカイを治めるバズーラ家の屋敷地下でジェイルと対峙した際に使われたものと同じ石板のようであった。その石板は、眩い光を湛えて竜の雛が生み出した炎へと殺到した。
洞窟から放たれる気配に、外で戦っていた者達もすぐに気が付いた。
今までマジックアイテムの類で隠されていたであろう洞窟内の気配が大河のように押し寄せてくる。その気配に一番最初に反応したのがこの場で随一の探査能力を持つリリーナだった。
(なに……?この、気配……とても強い火属性の巨大な魔力と、いままで感じたことがないとてつもない魔力の塊…………ううん、これ、本当に魔力なの? こんな………こんなひれ伏したくなるような圧倒的な『力』の気配が……………?)
リリーナとイズール二人掛かりで対峙されていたトグルもまた、洞窟から漏れ出している『力』の気配を感じ取り眉を顰めた。
トグルはリリーナとイズールの二人を上手くいなしながら闘いを優位に保っていた。精霊魔法を駆使するイズールと、ハーフとはいえ探索能力の高いリリーナ達二人の連携した攻撃は中々完成度が高く、トグルは場違いにも二人との戦闘を楽しんでいた。
一方でリリーナとイズールはどれほど攻撃を仕掛けても決定的な一撃も加えることが出来ず、むしろトグルの多彩な攻撃に翻弄されて二人共に満身創痍になっていた。
まさかここまで実力に差があるとは思わなかった二人は、もはや逃げ出すほどの力も残っていなかった。いや、たとえ残っていたとしても目前にいる男が二人を見逃すことは無いのだから無駄な足掻きで終わったかも知れないが。
(おいおいおーい……、イシュール。あんたが『聖典』を使うなんざ………一体どうしだっていうんだよ…………)
イシュールが所持を許されている『聖典』の力の気配だと、トグルは一発で看破した。イシュールの持つ『聖典』はトグル達が所属しているある組織の秘中の秘。その所持者となる者は組織内で高い地位に就くのと同時に『聖典』の秘匿を重く科させられる。
つまり、本来ならば『聖典』の所持を認められたとてその力を使うことは許されていないのだ。下手をすれば………組織から除籍されかねない。
除籍────つまりは、処刑。
それが分からないイシュールでは無い。
たがらこそトグルはイシュールのらしからぬ行動に困惑した。探索能力をトグルが保持していたのならば、洞窟から爆炎竜の雛の魔力を感知して粗方の予想が立てられたのだろうが………トグルには探索能力が無いためにこの場ではただ疑問を抱くしか出来なかった。
チラッと己が敵を見てみれば、高い探索能力が災いしてリリーナは洞窟から漏れ出している力の気配に完全に怯えて震え上がっていた。リリーナほどではないが元々探索能力に優れているエルフのイズールも、顔を青くして震えそうになっている体を意志で押し込めてトグルの一挙一動を注視していた。
「…………あーあ。面白い相手だと思ったんだけどな~~…………どうやら楽しんでいる時間は無いみたいだ…………」
「!!」
「っ!」
心底残念とでも言うようなトグルの声音にイズールは洞窟から感じる気配に怯えるリリーナを背後へと隠した。
「!? い、イズール!?」
「………」
ギリッと歯を食いしばりながら構えるイズールに、トグルは人懐っこい笑顔を浮かべながら向き合ったのであった。
そして洞窟前。
そこ手激戦を繰り広げていたリルとナターシャも溢れ出す『聖典』の力に一瞬、戦闘を忘れて互いに暗く奥へと続いている洞窟内部を睨み付けていた。
「何!?」
「イシュール───!?」
ナターシャはまるで悲鳴を上げるかのようにイシュールの名を口に出した。ナターシャは『聖典』を使うということがどういうことなのか………良く、理解かっていたから…………。
(何がどうなって………この、尋常じゃ無い魔力、有り得ないわ………)
探索能力を持っていないとはいえ、かつては名のある冒険者として活躍していたリルはその戦闘能力と経験から洞窟内部から発っせられている魔力が普通の魔力とは異なるものだと見抜く。
「………これは、そのイシュールという者の仕業なのね。これは………ますます、逃しはしないわ」
これほどの力を持つ者が、持っている者がその辺でたむろしているただの犯罪者の訳が無い。盗賊団が所持していると思われる探索と認識を遮断するマジックアイテムから鑑みるに相当大きな組織のはずだ。
「(そんな輩を、ここで逃がせる訳が無い──!!)はぁああ!!」
「っ!!」
リルの攻撃を躱わし距離を取ったナターシャは苛立だし気にリルを睨み付けた。
「ああ……もうっ!! こっちは貴女の相手をしてる暇は無くなったのよ! いい加減……死んで!!」
互いにほぼ互角の実力……。
下手に長引かせたせいで長期化した戦場に終止符を打とうと、ナターシャは己が最高の一撃を放つためにリルに向かってその一歩を踏み出した。
そして洞窟から少し離れた森の中。
「いっ、てぇ~……。あ゛ーーミスった。あのオッサン見くびってたわ、俺」
カムに早々に気絶させられていたナジムはイシュールの持つ『聖典』の力を感じ取り目を覚ました。
「おーおー……こりゃ……随分とマズイ状況みたいだな。なんだって『聖典』を………あ? ……あぁ。あの爆炎竜の雛の魔力が解放されたのか……」
なるほどねぇ……そりゃあ仕方ねぇか……。
口の中で呟くと、ナジムはよっ! と、腹筋の力のみで飛び起きるとカムによって体に巻き付けられた頑丈な紐を長く伸びた爪で引き裂いた。
ブッチチと音を立てて千切れた紐を振り払って、ナジムは肩を軽く回しながら歩き始める。
「しゃあねぇーな。このナジム様が助けに行ってやるとするか!」
意気揚々と歩き出したナジムの口元には、仄かな笑みが浮かんでいた……。
竜の雛の暴走によって事態が一気に加速しだした各戦場。
実彩の前に再び現れた『聖典』。
ランクアップ試験から始まった想定外の戦いは、意外な結末を迎えることになる……。
待て、次回!!
お楽しみに~~(*´▽`*)




