第5話
『なるほどね~、だいたい分かったよ。君がどうやって此処に来てしまったのか』
実彩に術を掛け終わって、改めて実彩が此処に来るまでの経緯を聞いたセフィロトは納得したようにウンウン頷いた。2人共、互いに向き合って座っていた。
『珍しいといえば珍しいし、よくある事だといったらよくある事だね。実彩はきっと“神隠し”にあったんだよ』
「神隠し?」
『そう、神隠し。そもそも神隠しってね、世界と世界の重なり合っている間の隙間に入り込んでしまった人達のことを言うんだよ。中には本当に神や、もしくは人外と呼ばれるモノ達に引きずり込まれてしまう者もいるけど』
「……………」
実彩は少し考えてから口を開いた。
「そういった“神隠し”が起こるのは、何か条件があるのか?それとも、全くの偶然か?」
『偶然だね。そもそも“神隠し”が起こる条件自体が正確に分かっている訳じゃないからね。一様、それを元にした術は在るにはあるけど、その術のせいで神隠しにあった人は僕が知る限りいないかな』
即答である。
そしてセフィロトはなおも続けた。
『そして君はおそらく前者だ。此処に来たのは喜與子と繋がりのある僕に引きつけられたらからだろうね』
不幸中の幸いなのであろう。
もし、この場所に来ることが出来なかったら行方不明だった従姉妹のことも分からなかったし、実彩も間接的とはいえ家族に自身を伝えることが出来たのだから。
『さてと、君の事情もはっきりしたことだし。そろそろ僕の世界について説明しようか。僕の世界は君達の世界でいう所の近代化する直前の時代かな。だいたい日本の明治が始まる前当たり? の西洋だねぇ~』
「具体的なのか、そうじゃないのか。どっちだよ」
思わず半目になる実彩。無理もないだろう、自分がこれから暮らす世界だ。少しでも情報が欲しいのだから。
『そう言われてもねぇ~、僕の世界には科学の代わりに魔術が発達しているから。まぁ、喜與子の頃よりは便利な世の中になってるよ』
「魔術? ………まるっきりライトノベルに出て来る流れになってきたなオイ」
『仕方ないじゃないか、そうゆう世界なんだから』
口を尖らせて見せるセフィロト。うざい(・д・)ケッ。
『………そろそろ君を、送るとしようか』
「…………」
セフィロトは立ち上がると実彩に微笑んだ。
『とりあえず、君の服と旅用の装備品は僕からプレゼントしてあげるよ』
指をパチンと鳴らすと、実彩の服装が変わっていた。
足首まである長いフード付きの黒マント、長袖のシャツと長ズボンとベルト。丈夫な革靴に肩に背負う感じの片手リュック。
実彩はおもむろにリュックの中を覗いてみた。
「…………………………………………………」
カ、カオスっ! な空間が、そこには広がっていた。
『あっ、それはね。所謂マジックアイテムと言われる物で、中は亜空間になっているから色々な物を出し入れ出来るよ。生き物以外で』
実彩は見なければ良かったと思いながらセフィロトに質問した。
「この手合いのマジックアイテムってさ。かなりの貴重品だったりしない?」
『貴重品ではあるけど、別にお金があれば手に入れにくい物でも無くなったかな。確かに昔は伝説級のアイテムだったけど今は魔術の研究もかなり進んでいるから。まぁ、かなり高いけど』
「……やっぱり高いのか。ちなみに向こうのお金の使い方を教えてくれ」
『銅貨、小銀貨、銀貨、白銀貨、金貨、黒貨の6つだね。銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨、金貨100枚で黒貨だよ。だいたい、銀貨2枚でひと月は食べていけるね。ちなみに、そのマジックアイテムは金貨3枚』
「一年12ヶ月だとしたら12年間は何もしないで食べていける値段じゃねぇか!!」
計算早いねぇ~とセフィロトはニコッと笑う。
しかしこっちは笑えない。しかも1年は12ヶ月らしい。
『中には旅の必需品が入っているからね。もちろん、お金も入ってるよ~』
実彩はものすごく嫌な予感がした。
「………幾ら入れた?」
『大体、今の価値で黒貨2枚位かな?』
「いくら何でも多過ぎだボケェェェェ!!!」
思わず絶叫。無理はない。
『そう言われてもねぇ~。そのリュック以外は喜與子が此処に置いていった物だから、君が全部持っていってくれると助かるんだけどな』
「さっき、“僕からプレゼント”とか言ってなかったか!?」
これではただのリサイクル。有り難みがない。ついでにセフィロトに対する評価は下がった。
(むしろどんだけ稼いでいたんだ。喜與姉……)
二千年前に従姉妹が好き勝手していたという事実が我が事のように感じた瞬間だった。そして、この時の実彩は迂闊だった。セフィロトが渡してきた旅用具と資金が二千年前のものであることを。
『じゃあお次は武器でも創ると致しますか!!』
デデンッとセフィロトの目の前に黒い砂の用なものが山盛りに入ったタライが出てきた。
『僕の世界ってさ。魔物やドラゴン、妖精に獣人と色々な種族が暮らしているから旅には武器が必須なんだよね~。』
「この黒い砂みたいなの………砂鉄か?』
『大正解♪ 喜與子の時もそうしたんだけど、日本の製鉄技術ってさこの世界でもかなりのオーバーテクノロジーなんだよ。せっかくだから玉鋼から武器を創ろうかと』
「はぁ、そりゃどうも」
思わず気の抜けた返事になってしまったがセフィロトはやるかーっと気合い十分であった。
(なんでこんなにテンション高いんだ? こいつ??)
若干不安になりながらも、武器を造ってくれるのはありがたいので黙っていたが。
『じぁあさ、実彩。両腕をタライの真上に伸ばしててくれないかな』
「?? 両腕を? 分かった」
首を傾げながらも実彩は指示に従った。
実彩が両手をタライの真上に伸ばした瞬間、タライを中心に魔法陣が浮かび上がって文字のようなものが宙を舞っている。
その光景に驚いているうちに変化が起こった。
「!!? ──……っあ!」
実彩の両腕が裂け、激痛が走り、大量の血が砂鉄の上に零れ落ちた。傷は瞬く間に塞がったが、次は実彩の血を含んだ砂鉄が強い輝きを放ち始めた。────────そして…………。
タライの中に真っ白な仔ウサギが一匹チョコンと座っていた。
な ん で だ よ ! ! ! ?
「セフィロト、とりあえず、一発殴っていいか?」
『そう言った台詞はせめて殴る前に言って! いや、言って下さいおねがいします!!!』
瞬時に実彩の拳がセフィロト目掛けて飛ぶがセフィロトは間一髪で避ける。
『まあまあ、落ち着いて。ちょっと驚いたかも知れないけどね。この子が君の武器だよ』
「このちっさい手のひらサイズのウサギがかい!」
よく見るとセフィロトは肩を僅かに揺らしていた。
(こいつ笑ってやがる! 許すまじ!!)
『いやまぁ、僕も少し驚いたけど………そうか、君の場合ウサギが出て来るのか……プゥっ、喜與子の時は胴田貫が出てきたけどね~グフ』
「喜與姉の時はちゃんと武器が出てきたんかい! てか胴太貫!! なんつう物騒な刀を出してんの喜與姉!?」
胴太貫──それは普通の太刀とは違い、刀身が厚く切れ味も折り紙つきの剛刀である。刀身が厚い為、腕力と高い技術が必須の扱いずらい太刀でもある。
思わず実彩が叫んだとき、ウサギがピョンと実彩の前に跳んできた。
「!? ──うわっ!」
『おや?』
ウサギの姿が蜃気楼のように揺らめいたその瞬間。
バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ。
大量の長さ10~20㎝の多数の細い針が落ちてきた。
「…え?コレって針灸??」
実彩は針を一つ取って見てみたら、それは鍼灸師が使う針だった。
東洋医学で有名な針、お灸、按摩、ツボ、漢方薬などの医学を修めた者達が好んで使っている。
『そういえば、君の家は東洋医学を何百年も伝えてきていたんだっけ?』
「あぁ、そうだよ。金刺家は武道に通じているけど手塚家は東洋医学関連の仕事を代々続けてきた。私の祖父は漢方薬の権威であると同時に金刺家の専属の薬剤師でもあったけど」
(それにしても………)
何故ウサギが急に針灸になったのかが謎だ。
しげしげと針を見ていた実彩はニヤニヤ顔のセフィロトを見た。こいつが何か知っているのは間違いないだろう。
『ウッフフ~。いや~~実にびっくりだ!ま さかあの可愛らしい仔ウサギが大量の針になるなん…………イヤ、ごめんなさい!! ちゃんと説明するから針投げないで!! うわっ!? かすった! 許して───!!!』
表情を消した実彩に無言で針を投げつけられながら、セフィロトは半泣きで逃げ回った。
「少しは懲りろよ。お前」
セフィロトと実彩との攻防劇は何度か繰り返したせいか、もはや、コントになっていた。
ついでに針灸はすでにウサギに戻って実彩の頭の上に乗っかっている。
『だってだって~君の付喪神にウサギが出てきたから少しからかってみたくなって~』
「付喪神………あれは人に使われた道具とかが百年経て妖になるっていうアレか?」
『そうだよ~。今回の場合は君の血を砂鉄と合わせて創った使い魔みたいなものになるけどね』
実彩は頭の上に乗っかっているウサギに意識を向ける。自身の使い魔と言われたウサギはスピスピ気持ちよさそうに眠っていた。
「じゃあさ。喜與姉の胴太貫にも付喪神が憑いていたの?」
『憑いていたよ。喜與子のところは白い虎だよ』
「虎!!?」
私はウサギで喜與姉は虎かい! っと実彩は強く思った。
『まあまあ、そんなことより。実彩、その子に名前を付けてあげなよ』
「名前?」
『その子はこれから君と共に生きていく使い魔だからね。………君が付けてあげるべきだと思うよ』
「…………」
実彩は頭の上にいたウサギを両手で持った。
ウサギは寝ていたところを起こされて機嫌が少々悪い。真っ赤な目と視線を合わせて、実彩はしばらく考え込んでいたが、おもむろに口を開いた。
「───丹兎《 にと》……お前の名前はニトだ」
ウサギが──ニトが黒い鼻をヒクヒクさせて実彩を見つめた。
耳をパタパタ動かしているところを見るとどうやら気に入ってもらえたようだ。
『へ~~。ニトちゃんね。なかなか可愛い名前だね~、名前の由来を聞いてもいい?』
「丹という漢字は仙丹………道教では仙人に成るための伝説の薬、もしくは万能薬の意味があるんだ。他には水銀から作った朱色、この色は神道では巫女が身につける神聖な色なんだ。魔除けの効果があるんだと。それに、東洋医学でウサギと言ったら月で薬をつくる話でも有名だし。こいつの目の色も赤系統の色だからちょうどいいだろう」
『……そうなんだ。いい名前だね』
セフィロトは右手を上げてパチンと指を鳴らした。
『それじゃあ、その子の名前も無事に付け終わったことだし。君を僕の世界に早速送るね』
「ちょっと待て。まだお前の世界について聞いてないことが山ほどあるんだが!!」
『ん~……でも、これ以上居ると君自身に悪影響がでそうだから、詳しいことはそのリュックの中に本でも入れとくよ。後は頑張ってね~~~』
実彩の額に青筋が浮かび上がった。
「テメェがいちいち私の神経を逆撫でして真面目に話す時間を削ったからたろうが────!!!」
実彩を中心に展開された魔法陣は光に包まれる。
『あっ、その黒髪は隠した方がいいよ──! 喜與子が二千年前に色々したせいで黒髪持ちは神格化されているから!! 最も喜與子と君以外に黒髪持ちはいないんだけどね♪ テヘペロ(*ゝω・*)』
「……………………………………………は?」
突如として告げられた言葉。
実彩は一瞬、何を言われたのか分からなかったが脳が言葉を理解した瞬間─────────実彩は叫んだ………………。
「それを先に言え───────!!! ふざけんなセフィロト─────!!!?」
その叫びを最後に、実彩の姿は消えた。そして消える間際にこう思った。
とりあえず、一言いいですか?従姉妹殿──あんた二千前の異世界で何してくれてんじゃ!!!