第45話
正規の山道から外れてから一時間経った。
イズールに言われた通りの陣形で獣道を進む一行は試験内容である盗賊の気配と森に住まう魔獣の気配に気を配っていた。
試験官であるリルは、この場にはいない。
彼女は彼らの目に触れない場所から受験者達の様子を窺っているのだ。
「おい……まだ着かねぇのかよ?」
幾ら歩いても目的地に着かないことに焦れたジャンが臨時パーティーのリーダーであるイズールに話し掛ける。
「そう焦るな。まだ山道から一時間程しか歩いていない………仮にも山道を通る商人を狙う奴らだ。このような近場に拠点を構えはせぬさ。盗賊団の根城は恐らくもう一時間ぐらい歩いた先に在るはずだ。だから今は焦らずに周りへの注意を怠るべきでは無い」
たしなめるようにジャンを諭すイズールに異母妹のリリーナが追従する。
「イズールの言うとおりよ! もっとしっかりしてくれなくちゃ!」
「お前もだリリーナ。いちいちこっちを気にしないで周りをもっと警戒しろ。探査能力と気配察知力が一番高いお前が誰よりも気を張らずにどうするんだ」
「うっ」
イズールの叱責に息を詰まらせるリリーナ。そんなリリーナをジャンは嘲笑うように鼻で笑った。
ムッとするも背後から感じる異母兄の怒りの気配にリリーナは黙って再び探索を開始した。その様子を見ていた実彩はやれやれと静かにため息を吐いた………。
(大丈夫かね? こんなんで……)
出会った最初は実彩に怯えていたリリーナを庇ったジャンではあるがリリーナの勝ち気な生活を知るに連れて侮る態度が段々と目に付くようになった。そんなジャンの様子の変化にリリーナもすぐに気付いたようで今では不快感を露わにしている。
もっとも、いざ衝突しそうになったらリーダーであるイズールがすぐさま止めに入るが………互いの揚げ足を取ろうとする様は変わらなかった。カムは呆れこそすれ二人の中に割って入ろうとはしなかった。リーダーでも無い自分が入っても火に油を注ぐだけだと判っているからだろう。実際、実彩も同じ理由でジャンとリリーナのやり取りを止めようとはしなかった─────しかし。
(このままだと流石に拙いだろうな………ただでさえ初めて会った者同士での臨時パーティーだ。これ以上、パーティー内がギスギスすると洞窟に着く前に仲違いする方が先だぞ………)
盗賊団討伐するよりも仲違いするパーティー………そうなってしまった時点でランクアップ試験は強制終了するだろう。そんな状態で試験に臨んだとて無駄な負傷もしくは死人を出しかねない。自身の実力故ならば納得もいくだろうが───二人の諍いに巻き込まれた末にそうなってしまったら目も当てられない。
(冗談じゃない。こちとら依頼途中の合間に無理矢理試験を受けてんだ。そんな中で試験をまともに受けずに落ちるなんて骨折り損のくたびれ儲けにも程がある──────────仕方無いな、くそっ!!)
内心吐き捨てながら実彩はイズールに話し掛けた。
「イズール………この辺りで一旦、休憩を入れよう………これ以上は拙い。アンタも判ってんだろ?」
実彩の提案に互いを威嚇していたジャンとリリーナは、はぁ? 言ってんだ? コイツ?? という雰囲気を隠しもせずに向けてきた。その視線に若干イラッとくるも、耐える。
「(落ち着け……ここで私までコイツらに乗せられどうする!)どうすんだ? イズール?」
「そう……だな。分かった。この辺りで一旦休憩を挟もう。これ以上このままで進むのは危険だ」
「んなっ?!」
「ちょっと、イズール!?」
すぐさまいきり立った二人は口々にイズールに突っかかった。
「ふざけるな! ただでさえ、盗賊団の根城を探索しながら進んでいるのにこんな半端な所で休憩なぞ取ってられるか!!」
「そうよそうよ!! 休憩はせめて根城を特定してからじゃないと!! 討伐は今日中に終わらせなければ試験を合格出来ないじゃない!!!」
ジャンはキッと実彩を睨み付けた。
「貴様も貴様だ!! まさかこの程度の獣道で疲れた訳ではないだろ!? なんだって休憩なんて提案するんだよ! バッカじゃねぇの!?」
「………あ゛?」
ジャンのバッカじゃねぇの発言に実彩の口からドスの利いた声が漏れた………。
「だってそうだろ!? こんな……盗賊団の庭にも等しい山で暢気に休憩なんて取っていたらどこから奇襲されるか分かったもんじゃねぇ!! んなことしてる暇があったらさっさと先に進む方がよっぽど効率的だ! それとも…………お前………まさか、俺に負けんのがそんなに怖いのか? あ?」
まるで今気付いたとでもいうように、急にニタニタしながら実彩を蔑むように言葉を紡ぐ。
「そうだよなぁ………そうだよな!! 魔術師なんて、後ろでコソコソ逃げながら敵を攻撃する情けないことしか出来ない腰抜けだもんな!! そのくせ普段は魔力を持っていることをひけらかして威張り散らすしか能が無い上に、いざ実戦となったら詠唱する暇を誰かに作ってもらわなくちゃ力が発揮出来ないお荷物だもんな!! 何が、戦闘型治癒士だよ………そんなもん、聴いたことねぇし。しかもその治癒だって碌に使い所が無い役立たずじゃないか!! くだらねぇ見栄張ってんじゃねぇよ!!」
ジャンのあまりの言い草に、イズールもリリーナも気色ばんだ。この二人は実彩とは種類が違うが魔法を扱う者。ジャンの言った実彩に対する嘲り、蔑んだ言葉の数々はそっくりそのまま二人を侮辱するも同然だった。その事にジャンは気付かず、ただ実彩を負かしたいという気持ちのままに侮辱し続けた。
「怖ぇんなら、さっさとこの場所から消えやがれ! テメェみたいに覚悟が無い奴がいていい場所じゃねぇんだよ!! いっそ……このまま冒険者も辞めちま?!」
「────そこまでにしろ」
流石に我慢の限界に達した実彩が懐に針の状態にしておいたニトをジャンに向けて放とうとした瞬間、今まで沈黙を守っていたカムがジャンの背後から近付き………その胸倉を掴み上げていた。
「泥沼にしねぇように敢えて黙っていたが………このクソガキ、ふざけたことを抜かすのも大概にしとけよ……?」
静かに───たが明らかに怒りに満ち溢れた眼光に射抜かれてジャンは背中にゾクッと悪寒が走った。しかし悪寒が走ったのはジャンだけではない。
側にいたイズールとリリーナもジャン同様にカムの怒りの気配に慄いた。堪忍袋の緒が切れていた実彩も、カムの決して荒あげていなくとも鋭く凍えるような声に一瞬にして冷静さを取り戻す程だ。確実に、カムは怒っていた。
「なんでチビ助が休憩を取ろうとイズールに提案したと思う? それはな。オメェさんと嬢ちゃんがさっきからずーーーーっと相手の隙があれば貶して挑発し合っていたからだよ。んな状態じゃ互いに意識が向きすぎて警戒しなくてはならない盗賊の気配を取りこぼす危険があった。オメェさんらが役目そっちのけで本格的にヤり合わないようイズールが仲裁していたがそんなことばかりに注意を逸らしていたら今度はイズール自身の役目がそっちのけになっちまった」
実彩が休憩の提案を出した原因が自分だと言われたリリーナは思い当たる節が有り過ぎて俯いてしまった。ジャンもバツが悪そうにする。
「チビ助だってな、本当は盗賊の根城を探し終えてから安全を確保した場所で休憩を取りたいだろうさ。だがな……。オメェら二人の所為で根城を見付ける前の道中で、危険度が跳ね上がっちまったから仕方無くパーティーリーダーのイズールに休憩しようと言ったんだ」
この時のカムの静かなる怒りは激しく燃え盛っていた。その怒りを向けられたジャンはその眼光に震えることしか出来ないのであった…………。
ジャンとリリーナ………やらかしました( ̄。 ̄;)
そしたら実彩どころかカムももれなくキレました。実彩も試験中なので我慢しようと耐えてましたがジャンの嘲り、蔑み、見下しの三拍子な態度に堪忍袋がブチって千切れました。でも短気で喧嘩早い実彩にしてみれば良く耐えたと思います。
カムにお説教を受けてジャンも頭が冷えてくれると良いのですが………実彩も気が気ではありません。
それでは次回、またお会いしましょう。




