第42話
ギルドカードピアスを門番に見せてつつがなく大門を通してもらった。
外には冒険者ギルドの剣と盾をモチーフにしたギルドの紋章が描かれた立て札を発見。向かってみるとその近くには一台の馬車が止まっており。長身で紫の髪をした男と小柄なピンク色の髪をした女がその馬車の前で佇んでいた。
「…………」
そのまま近付けば、最初に紫色の髪の男が気づいた。実彩のローブと仮面姿に少し眉を寄せたが、すぐに視線を外して瞑目してしまった。
ピンク色の髪の女は男が瞑目したと同時に実彩に気付き、実彩の服装と仮面をみるやいなや、小さな悲鳴が聞こえたような気がした。………失敬な。
無言のまま近付くと女はあからさまに怯えた表情になり男の後ろに隠れようとしたが………男は嫌そうな顔をしてあっさりと避ける。
………なに? あの女の人。試験受けにきた冒険者なんだよね? 内心呆れながらも二人を無視したままギルドの紋章が描かれた立て札を見やる。
立て札には受験者はこのままこの場でしばし待機すべしと書かれていたのでその通りにすることにしたのだが……どうにもさっきから視線を感じる。
視線を感じる方へ一瞥すれば………女と目が合った。
「ひぃ!」
「……………」
流石に、気分が悪くなるが、だからといって何をかくそうしてくるわけではないのでこのまま無視をしようとしたら───。
「おい! テメェ……その女に何したんだ!! 泣きそうになってんじゃないか!?」
喧しい自称ジャン様がやってきた………。
しかしよぉ、自分の名前に自分で様付けするのは喩え貴族がやってもかなり痛々しいことなんだぞ?
脳裏に高飛車俺様鍋の具モドキの顔が浮かんだ。
…………自分で様付け、やっぱ無いわ~。
「視線が合っただけなんだけど?」
「嘘付くんじゃねぇ!! それだけで仮にも冒険者が怯えるわけねぇーだろうが! もっとマシな嘘付きやがれ!!」
「─────」
思わず嘆息してしまうのは仕方が無いと思いたい。人の話は最後まで聞けや。
勝負云々の前にこのバカこのまま沈めても許されるんじや話ないか?
睥睨しながらジャンを見る実彩の目は本気の色を宿していたが、せっかく実彩のことを慮ってくれたカムの面子を潰す訳にはいかない。
ここは我慢するしかない。堪えろ。
「あ、あああああの!?」
「?」
ここでジャンの後ろに隠れていたピンク髪頭の女が少しだけ顔を覗かせて実彩を怯えた声で話し掛けてきた。
視線を向ければ……ひぃ、と言いながらも今度は実彩から顔を背けなかった。ジャンの背中に居ることで多少気が大きくなっているのか────あー……そうでもないな。ケータイのバイブ顔負けの震えようを見る限りはって、睨んでくるんじゃねぇーよ。自称様付け男。
「あああああああなたの、そ、そそれは何なんでしゅか!?」
舌噛んでるぞ。
「それ? 服装のことか?」
「ち、違いますすす」
だから、舌噛んでるって。
ピンク髪 (でいいやもう)の言いたい意味が判らす、思わず首を傾げる。服装で無いなら何を言っているんだ?
「でしゅから、その魔──イタッ!!」
不意にピンク髪が悲鳴を上げる。ピンク髪の背後には今まで傍観していた紫髪の男が拳を握って立っていた。
「テメェ……彼女に何するんだ!」
「痛いよイズール!」
おや? ピンク髪と紫髪は知り合いか?
「リリーナ、それ以上は冒険者として褒められたことでは無い。少しは自重しろ」
すると紫髪───イズールは実彩の前までやってきた。
「妹が済まなかった。さぞかし気分を害しただろう。申し訳なかった」
と頭を下げられた。
頭を下げた拍子にさらりと流れた髪の間から尖った耳がチラッと見えた。
「へぇ、あんたエルフか」
「如何にも。エルフのイズールだ。そしてあの赤毛の少年の後ろに隠れているのが不肖の異母妹、リリーナだ」
「ちょっ、不肖なんて酷い!」
「ご丁寧にどうも。謝罪も受け入れるよ。私の名は実彩だ。よろしく」
名乗ってから。あっ、ヤバいと思った。
「………ミィサ?」
「───ミーシャです」
ついつい実彩の名を名乗ってしまった。実彩の名は、この世界では発音しにくいというのに………。
「ケッ、女みたいになよなよした名前だ。俺なら恥ずかしくってとても名乗れねぇーな」
吐き捨てるようにジャンの台詞に──あっ、コイツ私の性別知らねーのか。と実彩は今更ながら気付いた。
まあ、ある意味何時もの通りだが………。わざわざ訂正するのも面倒だし、別にいっか。
「ミーシャ殿か。改めてよろしく頼む」
イズールの方は話は終わったとばかりにジャンの後ろに居たリリーナを引きずっていった。
「ちょっ、イズール!」
「五月蝿い愚妹。試験官が来るまで大人しくすることも出来ないのか」
ギャアギャア喚くリリーナを煩わしそうに引きずっていくイズールは、実彩とジャンから少し離れた場所でようやくリリーナを離した。
「なにするのよ!?」
「このバカ。お前、あのミーシャと名乗る御仁が魔力持ちであることを言おうとしただろ?」
リリーナを睨み付けるイズール。
リリーナはイズールと違い人間を母親に持ついわゆるハーフエルフと呼ばれる存在だ。エルフ特有の精霊魔法が使えない代わりに、リリーナは相手の魔力が判る探知能力が純潔のエルフと比べてもずば抜けていた。
「う、うん……だって………あの人の魔力量と質は明らかにおかしいんだもん。人間の持つ許容を遥かに越えてる…………ううん、人間どころか、たとえ魔力質の高いエルフや魔力量随一の魔族と比べてもあの人の方が高いわ。肉体魔力共に最高峰に位置する竜種の上位種ですらあのミーシャって人、下手すれば張り合えるわよ…………」
「────お前が、そこまで言うのか………」
イズールはリリーナの魔力探知能力を誰よりも評価している。自分達の暮らしていたエルフの里でもリリーナの探知能力に適うものなどいなかった………そのリリーナがここまで言うのだ、ミーシャと名乗るあの者の保有する魔力は相当なものなのだろう。────しかし。
「だからといって………仮にも冒険者たるものが他の冒険者個人の事情に土足で入り込むものでは無い。あの御仁の仮面と目深く被ったローブを見ただろう? あれは………明らかに自分の保有する魔力の強さを知られたくないからだろう」
魔力の質と量はその瞳と髪の色に顕れる。自身の魔力の強さを知られたくないが為に隠す者も少なくは無い。それに………先祖返りだった場合、先祖の種族の特徴が体に顕れる者も居るという………こと魔力に関わる物事に無闇矢鱈に立ち入らないという暗黙のルールがエルフにはある。
「貴族か……それとも先祖返りなのかは分からないがこれから共に試験を受ける者同士の間に不必要な亀裂を作る真似をするんじゃない」
「…………」
むくれてそっぽを向くリリーナ。
そんな異母妹の様子に溜め息が漏れる。人間を母に持つためか。リリーナはどうもエルフの里で暮らしていながらもエルフの決まりをあまり守ろうとはしない。里を追い出される程に酷い振る舞いこそしないが………それでも眉をひそめる者はいた。
(歳が離れているからと少々甘やかしてしまったのだろうか?)
リリーナの無き母から異母妹を託されたイズールはリリーナを立派に育て上げると彼女の母親に誓っているだけに密かに頭を悩ませた。
それに、
(あのジャンと言った……人の話を聞かない少年とあの御仁は何やら訳ありのようなものがありそうだ………無事に、ランクアップの試験が終わってくれればいいのだが…………)
イズールは不安気に空を仰ぐのであった。
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