番外編 試験の裏側で
番外編です。
「────つー訳だから明日のCランクアップ試験でその二人が勝負することになったから」
「………何が、つー訳なんだよ! なに人の仕事勝手に増やしてやがるんだカム!!」
深夜、冒険者ギルドの執務室でギルドマスターであるヤールの怒声が響く。
「あら、ヤールはまだいいじゃない。私なんて試験官だから責任重大よ」
同じく執務室にいたリルがヤールを窘める。
「それにしてもカム。あなた……随分と面倒な真似してくれたわね? ただでさえ試験期間中はみんなピリピリするものなのに余計な火種を撒いてくれちゃって……。だ~れ~が、報告書や始末書を書くと思っているのよ!?」
「そしてお偉いさん達にドヤされるのは誰だと思っていやがる………!!」
「わーるかった、悪かったって。仕方ねぇだろ。あのジョンとかいうガキ大人しくさせるにはアレが一番だと思ったんだよ……。一度証人立てた勝負はその後どんな結果になったとしても証人になった奴の顔を立てて蒸し返さないことになってるだろ?」
頭を掻きながらとぼけた様子でのたまうカムに、ヤールの額に血管が浮かぶ。リルも薄ら寒い笑顔をしている。
「そんな顔するけどなお二人さん………じゃああのガキとチビ助が俺らの目の届かない場所でドンパチやっても良かったってか?」
「それは……そうかも知れないけど。ところでそのガキはともかくチビ助って誰のことなの?」
「ローブに仮面のアイツの方。全体的にちっこいからまさか成人しているとは思わなかったけどよ!」
肩を揺らしながら言うカムに、ヤールは嘆息する。
「確かに、そういった面で考えればお前の機転は悪くはなかっただろう。………だとしたら、お前、明日どうする積もりなんだ?」
「あ? なにが?」
「なにが? じゃない! お前だって明日の試験官の一人だろうが! 覆面試験官がなに堂々と受験者にツラ曝してやがる!!」
カムは、ヤールやリルと同じくギルドの職員では無く、この試験の為に一時的に雇われた冒険者だ。四カ月前にどこぞ馬鹿貴族子息がリメスで起こした魔獣の魔物化という禁術でリメスもといバイエル国に存在する冒険者ギルドはその対応に追われて、てんてこ舞いしている有り様。しかしギルドの運営やレベルアップの為の試験なども同時並行で行わなければならず、バイエル国冒険者ギルドは危機的人手不足に陥った。そこで信用と実績がある冒険者と長期契約を交わし規律違反取締や試験官などの武力行使が必要な業務に携わさせているのだ。
そしてカムが今回ヤールから受けた依頼はCランクアップ試験で覆面試験官として試験を受験者して彼らの様子を一冒険者として観ること。
「同じ冒険者としての目線で受験者達がCランクとして本当にやってけるかを観るんだろ? んなこと覆面試験官自体がバレてないからいくらでもごまかせるわ。なんでそんなにいきり立ってんだ?」
「…………その、貴方が無理やり勝負を受けさせた子、相当訳ありなのよ。私達じゃ、手が負えない程の……」
リルからほらっと渡された資料にざっと目を通したカムは驚愕する。ヤールが「そういうことだ……」と苦々しに言うがそんなことはどうでもいい。
「オイオイ……あのチビ助、リメスでの一件に関わりがある所かほぼ重要人物じゃないか!? しかもあの一件がコルト公国が仕掛けたテロ行為だと!! んでもって………あのチビ助が、先祖返りの治癒魔力保持者の魔術師ぃいい!? ついでに成人してる上に女だとぉぉぉおおおおおおお!!!??」
後半はすでに絶叫していた。
「しかもリメスで仕掛けたコルト公国の間者がチビ助に興味持ってるって………。おい!! なんでアイツをこんな所でふらふらさせてんだ!? この内容がホントならアイツは明らかに保護対象だろが!!」
稀少な魔術師、しかも治癒魔力保持者ならば尚更である。しかし………。
「さあな、んなこと俺に言うんじゃね……。こっちだってその点に関しては訳わかんねーんだから。彼方さんの言い分じゃその子の戦闘技術と魔術技術は今の時点で明らかに上位冒険者ランクであり今のままのランクじゃ文不相応。現状で出来うる限りのランクにした上で依頼をこなして欲しいんだとよ」
「それがバカな話だってんだ!! なんでそんな状態の奴に依頼する!? 実力があるってたってアイツはどう転んだって新人だ! しかもつい先日までガキだったな!! そんな奴…………まて、その依頼ってのはそもそも何なんだ?」
ふと鋭い視線をヤールに向けるカムに、ヤールとリルは疲れた風情で首を横に振るった。
「分かるわけねぇだろ? そんな事……。しかもアイツが受けたのはギルドを通さない個人依頼だ。仮に知ってたとしてもギルド規定でお前に教える訳にはいかん」
「誰だ? こんなふざけたことをしてる奴は!? バイエル国の貴族なら元もしくは現役冒険者だろ!? 実力あろうとあのチビ助は冒険者になったばかりで経験なんざ無いだろ!! そんな奴に……」
依頼内容が判らなくとも、この時期で、しかもランクアップが必要な程に危険度のあるもので急ぎの旅のもの………明らかにリメスでコルト公国が行ったテロ行為に関係があるだろう。
カムは内心実彩に向かってなんで依頼を受けたんだと思ったが───依頼主が貴族であり自身も事件の中枢に居たのならばそれに関わる依頼を無視するのは出来なかったのだろうと思い直す。
「他国の工作員が関わっている時点で既にB……いやAランク以上のレベルだろ!? 今更Cランクに上げたところで意味なんざあるか!!」
いくらランクがその冒険者の実力を示すものでも、同じランクであっても経験の有無によって雲泥の差がある。それが最近冒険者になったばかりのぺーぺーならば尚更だ。付け焼き刃にも程がある。
カムの憤りはもっともだ。
「だが俺達が何を言える? 俺達ギルドの職員が出来ることはコイツの実力を明確にさせてやるくらいなもんだ。規則を守るからこそ、俺達は明らかに違法な依頼や契約、犯罪モドキから冒険者達を助けることが出来るんだ。………俺達は、カム、お前とは違うんだよ」
瞬間的にヤールに怒鳴ろうとしたカムはヤールの言葉に引っかかっりを感じて開いた口を閉じた。
(『俺達は、カム、お前とは違う』………? ああ、なる程な。そういうことか……)
ヤールの含んだ言葉の意味が解ったカムはニヤリとした。カムの雰囲気が変わったことに気付いたヤールとリルも苦笑する。
「………俺が動いてもいいんだな? ヤール」
「構わない。お前が俺達との契約を果たした後ならばお前がどこで何をしていても口を挟む理由がない」
「そうそう。貴方が稀少な能力と稀な戦闘技術を持つ将来有望株に手を貸したとしてもなーんの問題はないわ」
この二人とてランク・経験度外視の個人依頼に内心腹が立っていた。冒険者経験がある者ならば決してしないだろうという暴挙。冒険者を守る冒険者ギルドとしても実彩を明らかに使い捨ての駒としか思っていないかのような行為は無視出来ない。
「へっ。回りくどいんだよ、お前らは……。んで? チビ助にあんなふざけた依頼したクソ貴族はどこのドイツだよ?」
「────お前も良く知っている奴らさ。ホレ」
そう言ってカムに投げて寄越したのは一枚の手紙。反射的に受け取ったカムは一瞬、怪訝そうな顔をしたが手紙に捺されている蝋印に目を留めて───顔から表情が抜け落ちた。
(へぇ? オメェさん……何時からそんな屑に成り下がったんだ? なあ? アンディ───アンドレアス……)
そこにはカムがまだ駆け出しだった頃に共にパーティーを組んでいたかつての仲間の家の紋章が捺されていた………。
「ねぇ、ヤール……いいの? 彼に本当のことを言わなくて………?」
「言う必要は無いさ。カムのことだ。恐らくアイツは薄々気付いている……」
カムが執務室を後にしてからリルが口を開いた。
本来ならば一冒険者に機密文書……それも貴族からのものをギルドマスターのヤールが見せる訳がない。見せたということは差出人である貴族の了解があったということ。
さらに言えば幾ら実彩の依頼主がギルドから見て常識外れのことをしていても既に実彩との契約は為されている。
つまり本来ならばギルドマスターだからといって口出し出来はしないのだ。
……たとえ内心煮えくり返るほど腹立たしく思っていたとしても。
「レタック家の御当主様はカムの生活を判った上でやっているのさ……。腹黒い男だよ、まったく……アレとよくもパーティーを組んでいたなカムは」
だがお貴族様。アンタはちぃっとばかりカムがどういう奴か、忘れてやしないか?
「カムが……カムイワッカが動くんだ。このバイエル国Aランク冒険者であるアイツがな。あのバイエル国の英雄と呼ばれているアレンを鍛えたアイツが将来有望新人に食指が動かない訳がない」
クックックッと忍び笑いを洩らすヤールにリルはやれやれと苦笑する。
「………まあ、カムのことだからたとえ今はお貴族様やっていてもかつてのパーティー仲間に一発ぐらい入れるかも知れないわね~」
問題発言だがヤールは気にする様子はない。むしろ「かもな……」と暢気に肯定する始末だ。
「カムならばヤりかねない……。まあ……アイツもいまじゃいい大人だ。加減ぐらいするだろ」
そしてそんな性格だとアンドレアスが、判っていない筈がない。恐らく、カムイワッカが動くことは想定しているだろう。そして憤りを感じているアイツに殴られる覚悟も。
だがアンタの思う通りにすべていくと思うなよ?
ちなみにカムイワッカはカムイの言葉です。
日本語です、日本語!
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