第40話
店内に流れる空気が微妙になった。
茶髪頭は口をポカーンと開けてあんぐりしている。茶髪頭を睨み付けていた店内の客達の表情もなんともいえない顔をしていた。
「あ゛ー……その、なんだ。アイツ、お前の知り合いとかじゃねぇのか? チビ助?」
気まずそうに実彩に確認をとるカム。
一方実彩は、
「いやマジで知らん」
にべもなく否定する。すると───、
「ふ、ふふふふざけんじゃねぇぞ!? あんだけ人をコケにしながら知らねぇだと……!?」
茶髪頭が顔を真っ赤にしながら唾を飛ばす。
その様子に実彩は顔をしかめるも実に覚えがまっっったく無かったのではて? と首を傾げるばかり。
(………おいチビ助、お前……マジで知らん顔なのか? どかっで喧嘩を勝った覚えとかないのか?)
小声で実彩に話し掛けてくるカムに、実彩は首を振った。
(私は今日、この街に来たばかりだぞ。せいぜい依頼の中間報告とギルドカードの更新の為に冒険者ギルドに立ち寄ったぐらいだ。喧嘩なんぞ売られ……る…………?)
ん? 今、なにか引っかかったような………。
「あ」
「あ? どうしたチビ助?」
不意に記憶の底に沈んでいたギルドでの出来事を掘り起こす。そして改めて茶髪頭の顔をマジマジ見て、確信する。
「………あ゛ーーお前、ギルドに居た」
「ようやく思い出したか!?」
噛み付くように反応する茶髪頭に実彩はウンザリした。
「くっっだらねー……。コケにしたどうのこうのと言ってたから、なんだよ。あんなのお前が勝ってに勘違いしただけじゃないか。それを大袈裟に……」
「なんだと!!?」
五月蝿い、呆れてものもいえないわ。
「なんだ? やっぱり顔見知りかよ」
「知り合いつーか、勝ってに勘違いして怒鳴り散らしてギルドで恥をかいのを人の所為にしてくる赤の他人」
「……ッ、テメェ!!」
いきり立つ茶髪頭に冷めた視線を送る。
すると話がいまいち話が見えないカムは詳しい説明を実彩に求める。
「あーー、説明してくんねぇと分かんねぇだが?」
「私が受けている依頼がちと訳ありなんだよ。その依頼途中でギルドカードを破損したから、途中報告書渡しがてら再発行してもらおうとしたら………。そこの茶髪頭が、私がローブと仮面で容姿を隠しているもんだから貴族、もしくは貴族関係者と間違えて罵詈雑言浴びせてきたんだが……。私が貴族じゃないと他人の目のあるギルド内で否定したから今現在の状況になったらしいぞ」
魔術師であることは敢えて伏せた。
そこまで馬鹿正直に話す必要はない。
「…………なんじゃそら」
話を聞いていたカムを筆頭に店内に居る殆どの人間が白けきった眼差しを茶髪頭に送る。
「ざっけんな!? なんだよ、その目は!! テメェらもだ! なに見てやがる……ッ!!」
「おいおい兄ちゃん。それはねぇんじゃねぇの?」
「こちら楽しく酒呑んでたの邪魔されてんだぜ? しかも……その理由もまたくだらねぇときたもんだ!」
「そーだ、そーだ! テメェこそどう落とし前つける気だ?」
周りからの野次に、茶髪頭は憎々しげに実彩を睨んで怒鳴りつける。
「これも……!! テメェのせいだクソチビ野郎!」
「……………なんでだよ」
さっきから自爆しているお前の自業自得だろうが。
段々と実彩の中で苛立ちが湧き上がる。
いい加減、この馬鹿〆るか。と実彩が立ち上がろうとした瞬間、カムが待ったをかけた。
「まあ待てチビ助。オメェさん、明日は大事な試験日だろ? こんなくだらねぇことに付き合う必要ねぇよ」
ポンポンと実彩の頭を撫でる。
だから、何故頭を撫でんだよ!
「くだらねぇだと!?」
「誰が聞いてもくだらねぇよ。……チビ助が話した事情を、お前、否定しなかったよな? つまり本当のことだったと。その様子で俺は……いや? この店にいる連中は判断した」
周りの客達も各々頷く。
歯軋りして実彩を射殺さんばかりに睨み付ける茶髪頭はふとその顔に愉悦を浮かべてニタニタ笑い出した?
「おい、クソチビ。お前……そこのおっさんが言ってたのは本当か?」
「あ? だったらなんだ?」
嘲るような口調に苛立ちを感じ始めていた実彩の返事がぞんざいになるのも無理はない。
カムが矢面に立ってくたから今のところ大人しくしているのだ。実彩の味方になってくれたカムの面子を台無しにしない為に。そうでなければ、とうに茶髪頭に向かってニトを投擲している。
「Cランクアップの試験だろ? 俺も明日、その試験を受ける。そこで勝負しろ、テメェと決着着けてやるよ。覚悟しな!!」
「面倒くさいから断る」
茶髪頭の挑発に混じりけなしの気持ちを即答する。
「なんでそんなモノ……私が受けなくちゃならないんだ? 莫迦らしい……。なんのメリットがある? 単なるお前の我が儘じゃないか。仮に受けたとしても、そんなもん明日の試験中にやってどうすんだよ? 試験官の評価を下げる光景しか浮かばねー。そんなんで試験自体も落ちたら洒落にもならん。それでも私と決着とやらを着けたいならなんかしらのメリット持って来いよ」
片肘ついて茶髪頭を呆れた風情で見る実彩に、ニヤニヤしていた男は真っ白になる。何を言われたのか判らなかったからだ。
しかし頭が実彩の台詞を理解すると同時に、瞬時に羞恥に襲われ頭に血が登った。
「……ッ!! テメェ、怖ぇぇのか!?」
「はぁあ? 寝言は寝て言え。メリット寄越せってんの。やりたいならな……」
いきり立つ茶髪頭にそれを相手にしない実彩。
すると。
「──いやチビ助、お前、その勝負受けろ」
そこに口を挟んだのはなんとカムだった。
訝しむ実彩に向かってカムは諭すように小声で言った。
「よく考えて見ろ? あの莫迦はお前が相手しないかぎりずっと付きまとってくるぞ? あれは、そういう手合いの人間だ………。だったら一度勝負を受けて証人を立てちまえば、今度あの馬鹿がお前にやらかそうとしたら周りが止めに入れる」
しかも、とカムは一度言葉をためる。
「試験内容はまだ分からねぇんだ。その内容によっちゃあ勝負自体を避けられる。Dランク以上のギルドの昇格試験なんざどれもこれも命の危険があるもんだ。それをダシにすればいい」
「………そんな簡単に上手くいくか?」
「さぁな。でもその時にはオメェさんは街を出ている頃だ。どこに向かったか分からん奴を追うのは……流石に無理があるだろ?」
それもそうか。
現在、実彩は依頼持ちである。昇格試験こそ受けはするが、本来ならば先を急いで旅立たねばならない立場だ。
(ん~~? 依頼のことも考えるとそれも悪くはないのか………)
事が終わり次第、とっとと立ち去る予定には変わりない。……ふう。仕方ないか。
「………分かった。その勝負、受けて立つ」
「! ……ッ言ったな!? 何をコソコソ話してんのかと思ったが…………二言はないな?」
「ねぇよ」
だからさっさと帰りやがれ。
言外の言葉に茶髪頭は分かっているのかいないのか。
「確かに聞いたぞ!!」
来たときとは別の意味で紅潮させる。
だがその様子に実彩は引っ掛かりを覚えた。
が───その違和感の正体を探る前に茶髪頭は体を返した。
「明日、覚悟しろよ!! このジャン様に楯突いたこと後悔させてやるからな!」
そんな捨て台詞とともに茶髪俺様馬鹿様阿呆頭は帰って行った………。
「…………自分の名前に、様付けする奴、初めて見たわ」
「俺も初めて見たぜ……。ホントに居るんだなそんな奴」
妙な感慨深さを感じる二人をよそに店内で静観していた他の客達はたった今去って行ったジャンについて口々に話し出す。
「あの馬鹿誰だよ……。知ってる奴いる?」
「アイツは……確か四ッ月ばかり前に来た冒険者だよ。確かアイツ……魔術師の奴とコンビを組んでなかったか?」
「魔術師!? 貴族の知り合いなのか? アイツが!?」
「確かそうだったと思ったが、相方が、いないな?」
「ああ。その魔術師の相方なら家に戻った筈だぞ? 半月だが前だったかな? その魔術師の相方とあの阿呆が喧嘩しているの見たわ俺」
「……ああ、それなら俺も見たわ。でもあれは、喧嘩つーよりはあの阿呆が一方的に魔術師の相方を怒鳴り散らしているように見えたぞ?」
次々に語られるジャンの背景に、実彩とカムは顔を合わせた。
「つまりは……なんだ? もしかして、私はその相方だった魔術師の鬱憤を晴らす、八つ当たりみたいなことをされていると……そういうことか?」
「あー……かも、な。それ以外にチビ助に構う理由はないだろ。チビ助は、別に魔術師じゃねーし。単に腹の虫が悪いところに、ちょうどチビ助が当たっちまったんだろうよ」
カムの予想に、実彩は内心納得した。
(そーかそーか……。だからあんなに私に突っかかったのか。私が魔術師───貴族だと思ったから。なるほどねぇ……)
カムは実彩が魔術師とは知らないから無理も無いが、ジャンが実彩に突っかかったのは魔術師もあったのであろう。
先ほどの違和感の正体も、恐らくは組んでいた魔術師と実彩を重ねているのだろう。
(迷惑極まりない話しだ、まったく……)
ジャンが実彩に突っかかる理由が分かったとはいえその内容は決して納得いくものではない。
むしろ、余計に腹立たしくなってきた──。
「まあまあチビ助。オメェさんにとっちゃあ災難だがこれも人生経験だと思っておけ。な? さっき酒まみれになった料理の代わりに、俺がなんか奢ってやるからな?」
「………いいのか?」
カムの台詞に驚く実彩に対してカムは豪快に笑う。
「はっはっは!! いいぜ? あの馬鹿が言い出したこととはいえ俺が勝負受けさせちまったようなもんだからな。こんぐれーはしてさせてくれや」
どうやら先ほどのやり取りで口を挟んだことを気に病んでいるらしい。
「別に……あんたの所為じゃないだろ。気にする必要はないぞ?」
むしろ防波堤代わりよろしく実彩を庇ってくれたのだ。感謝こそすれ責める理由はない。が、それでもカムは納得出来ないらしい。
「いいから黙って奢られろチビ助。こういう時は目上の人間の顔を立てるもんだ」
撫で回してくる手を黙って受け入れながら実彩は大人しく追加注文をするため女将さんを呼び出した。
ちなみに追加で注文した干し肉のツマミをニトが食べている姿に、カムがビミョーな顔をしていたのはまた別の話しである………。
部屋に戻った実彩は早速リュックから一冊の本を取り出した。この世界の事柄が載っている便利本である。
おもむろに取り出した便利本のページを適当に開く。
どうやらこの便利本。文庫本サイズの大きさしかないのに実彩が望んでいる情報を察知してその度に内容を修正、編集しているらしい。
まさしく便利本である。
パラパラパラパラ……。
紙の捲れる音が静かな室内に響く。
ピタッと実彩はある項目の箇所で捲るのを止めた。
「…………」
次にリュックから取り出したのは乳鉢と乳棒。
そしてその次に取り出したのは干されて乾燥している薬草数種類に木の実の種、動物の内蔵をいくつか干した物、キノコ数種類。
(んーと……。まずはコレとコレを挽いて……。その後にコレを混ぜ合わせて………)
次々に乳鉢の中に薬草を挽きながら混ぜ合わせていく。そして、リュックからアルコールランプに似た魔法具(元から入っていた)の上に手の平大よりは少し大きい鉄鍋を置いて水を入れた。
水を入れた鉄鍋の中に先ほど混ぜ合わせた薬草達を入れて火を点ける。
薬草を煎じている間に今度は乳鉢の中に木の実の種と動物の内蔵を干した物を混ぜた。
ゴリゴリ、ゴリゴリゴリゴリ……。
乳鉢の中にトロミのついた水のような物を少しずつ入れてさらに混ぜ合わせる。
少しずつ固まってきたソレを今度は小さな丸薬状にする。
その内に煎じていた鍋の中身が出来たので粗熱を取りながら別の入れ物に移し替えてさらに冷ます。
リュックから筒のような細長い物と紐の付いた一回り小さい物を数本取り出して、さらに少し黄みがかった粉を取り出した。
筒の中に粗熱を取った薬草を煎じたものを流し込む。筒の中に半分ほど注ぎ込んだら、今度は先ほどリュックから取り出した粉を紐の付いた一回り小さな筒に入れて細長い筒の中に入れた。薬と混ざらないようにする配慮だろう。その際、紐を出しておくのも忘れない。
筒の蓋を完全に閉めて完成である。
十数個の丸薬と、紐が垂れ下がった細長い筒が数本。
ニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべる実彩。
「~~♪ ~~~♪」
鼻歌交じりに出来たそれをリュックに仕舞う。
ニトが呆れたような眼差しで実彩を見ていたが、やがて、やれやれといった風情で寝始めてしまった。
Cランク試験兼ジャンとの勝負は、明日である……。
お忘れの読者の方もいらっしゃると思いますが、実彩の実家は元は漢方薬などを処方する薬士の家系です!
実彩は小さい頃からお爺ちゃんと一緒に薬を煎じていたのである程度は出来ます。




