第3話
周りは見渡すかぎりの大草原。
草原の中に立ってる巨大な木。
胴回だけでも大人10人が周りに手を繋いで囲ってもまだ足りなさそうなほどの大木だった。
「ここは………何処だ? いつの間にこんな所に」
キョロキョロ周りを見渡しても草原と大木以外はなにも見当たらなかった。
実彩は取りあえず、上着を地面に置いて巨木の回りを歩いてみることにした。本当は動かない方が良いのかもしれないが、何故、自分がこのような所にいるのかわからない以上、少しでも情報はあったほうが良いと判断し、唯一、手掛かりとなるかも知れないこの巨木を調べてみることにしたのだ。
木肌に手を置きながら一歩一歩、草原の側にも気を配りながら慎重に進んでいく。
しばらくすると実彩は巨木を一周し終えていた。
「…………っ」
実彩は手から伝わってくる巨木の胎動に驚いていた。ここまで力強く、はっきりと手の平で感じることが出来るのは稀であるためだ。
「凄いな、この木。いったい樹齢何年経っているんだ? 百や二百どころじゃないな………下手すると千年以上経ってるんじゃないか?」
巨木から少し離れて全体を観ようとするが、そのてっぺんが目視する事が出来ない。
まるで、この木そのものが天空を支えているようにも見えるようだった。
「はー、やっぱ、デカいな」
生き物の気配も、何一つない。
鳥や、兎。虫などといった生き物の気配が。
「ん~? 見逃してはいないはずなんだけどな…??」
もしかしたら、実彩の気配を感じて逃げてしまったのか。
実彩は困ってしまう。水が確保出来ないにしても食糧は手に入れておきたかったのだが。
【食糧………逞しいな…‥。むしろ捌けるのかな? この子……しかもこの状況に対して冷静過ぎない??】
「とりあえず、野宿の準備でもするかな。枯れ木と枯れ葉くらいなら手にはいるだろう。カバンに何が入っていたかな?」
【…………】
「お! 塩が入ってた。………何で入ってるんだろ。後は………飴の袋が一つに、筆記用具とメモ帳。レジャーシートと………折りたたみ式ナイフ」
【!】
「マッチに防犯カラーボール」
【!?】
「煙り玉に防犯スプレー、ロープと……酒? あっ、しかも度数高い」
【!!?】
「後は、警棒(*約50㎝ほど伸びる)」
【!!!??】
「とりあえずは、こんなもんか」
『いやいや!? おかしいから! 色々おかしいから!! 何で都合よく遭難装備が揃ってるの!!! しかも武器ありで!!? 普段からなんてもの持ち歩いているの!!??』
実彩は突如として聞こえてきた声に、反射的に巨木から距離を取ってガシャンと警棒を伸ばし、臨戦態勢をとりつつ辺りを警戒する。
この間、一秒も掛かってない。もちろん、カバンも忘れられずに回収している。
「誰だ、何処にいる!」
実彩は神経を張り巡らして、周りを探る。
しかし、人の気配を感じることが出来ない。
巨木と、果ての分からない草原しかないこの場所では姿を隠すのは極めて困難。
だか、自分とてこの場所にどうやって来たのか分からない以上、自分が持っている常識で考えるのは危険かもしれない。地面の下。
姿自体が見ることが出来ない。自分が認識する事が出来ないほどの距離で此方に話かけてきている。
或いは、“見てもいるし近くにもいるが私が分かっていないだけ?”。
『だからね、瞬間的にそこまで色んな可能性を考えられるってさ。君、どうゆう育てられ方されてきたの?』
あからさまに呆れられた声が聞こえてくる。
どんなに集中しても頭に直接響きわたるかのような声のせいで場所を特定することが出来ない。
『何というか………彼女以外にもこんな人いるんだね。………やっぱり、血なのかな』
最後の方は小さすぎて聞き取ることが出来なかったが、ほんの少し、哀愁のような響きが僅かにあった。
「ごちゃごちゃ訳の分からないことを言っていないで姿を見せたらどうだ!」
怒鳴りながら実彩は舌打ちしたくなった。この声の主は実彩が口にしていない、頭の中で考えていることを、読み取っているかのように所々言っている。
(完全な戦闘になったら……………恐らく私が圧倒的に不利だ。装備も心許ない。いや、それ以上にこちらの考えが読まれているのだとしたら戦略戦は絶望的。無意識の駆け引きでどこまでもつ?…………………逃げるものキツいな)
すると何処からかクスクスと笑い声が聞こえてくる。
『安心してよ。僕は君に危害を加える気は毛頭ない。だからね、戦略やら逃げる隙を窺ったりする必要はないよ。まぁ、君が何を考えているかは僕には確かに分かるけどね?』
この主は楽しげに笑っている。実彩は額から冷や汗が流れるのが分かった。いくら向こうが危害を加えないと言っているとしても、信じる事は出来ないし、姿が見えないし分からないので何かされても反撃すら難しいだろう。
『君は僕の姿を見ているよ』
唐突に声の主が言った。
『さっき君が考えていた通りさ。君は僕を“見てもいるし近くにもいるが君自身が分かっていない”だけだよ』
「……私自身が分かっていない?」
確かにその可能性も考えていたが………。だとしたら、コイツはいったい………。
『そんな君に僕が特別サービスしてあげるよ』
思考の海に沈んでいた実彩はその言葉にはっとした瞬間。それは起きた。
「……っ、くっ! なんだ!!」
突然溢れ出した光の粒の奔流。
目を開けていられない程の強い輝きを放つ。それでも実彩は薄目を開けて光の出所を探った。そして、その光を放っていたのは─────巨木であった。
「っぅ…! あの……っ木か!!」
やがて光の奔流は一つの塊に集まり、形作る。
大量の光の粒が形作ったモノは人の形をしていた。少しずつ弱まっていく光に、実彩は目を凝らした。あまりに強すぎる光を直接みたせいか、視界がぼやけてよく見えないのである。
『いんや~ごめんごめん。久方ぶりに人の姿をとったものだったから加減がイマイチ出来なくて。
僕としては悪気があったわけではないから許してくれると嬉しいな』
ずうずうしい台詞が聞こえてくるが、実彩はそれどころではなかった。
光の奔流が形作ったその姿、その姿は3年間探し続けてきた、自分がよく知る姿だった。
「…………………………………ぇ?」
しかしそんな実彩の心情を知ってか知らずかその人は飄々と笑いながら問いかける。
『まぁね。君も聞きたいことがたくさんあるとは思うんだけど、先に一つ聞いていいかな?』
『実彩………? どうしてこんな所に、どうやってここにきたのかな?』
実彩の前に現れたのは、行方不明になっていた従姉妹であった。
最初に思ったことは驚愕
次に思ったのは困惑
最後に思った────悲哀
その人の微笑んだ姿は、変わらない。
『先に言っておくけれど、僕は喜與子じゃない。この姿はあくまでも仮のモノであり、僕と喜與子の繋がりを示す証でもある』
実彩の絶叫じみた叫びに対して、喜與子の姿をしたモノは静かに語り出した。
『もともと彼女はね、生まれる前から僕の種を持っていたんだ』
「生まれる……前? 種を持っていた??」
泣き崩れそうになりながらも、実彩は気力で立続けた。肩を越す漆黒の髪、切れ長の黒に見えるダークブラウンの瞳。
150を少し越すぐらいの小さな華奢な身体。しかし、実彩を動と現すなら喜與子は静。2人の醸し出す雰囲気は全くの正反対であった。
『そこからだよねぇ、話すと長くなるから先に自己紹介させてもらおう。僕は君達の世界で言うところのセフィロト。どうぞ、よろしく』
喜與子の姿をしたモノ─────セフィロトは片手を胸の前に置いて軽く頭を下げた。
「セフィロトって、確か世界を支える世界樹? 叡智と平和を司る北欧だがに伝わる神話の?」
『ん~んん? あれ、北欧だっけ? まぁ、いいかな。重要なのは僕がそのセフィロトだということだし』
「……その馬鹿みたいなしゃべり方止めろ。喜與姉はそんな話し方しない」
若干、目を据わらせながら実彩はセフィロトに訴えだが。当のセフィロトが気にしていない。
『そう言われてもね~。さっきも言ったようにこの姿は仮の姿だし? 僕はこの口調だから慣れてもらいたいな♪ …………こんな口調だからこそ君も僕と喜與子が別人だって納得出来るんでしょ』
見透かしているような視線に実彩は苛つかさせられる。確かに、記憶の中の喜與子と目の前の人物との性格の違いに冷静さと精神をたち直させることができた。
だが、それでも従姉妹と同じ姿をしたモノが目の前にいる不愉快さは消えることはない。
『あははっ、君は見た目こそ喜與子に似ているけれど中身は全然違うよねー!!彼女なら自分の内面を相手に悟らせないけど、君は分かりやすいね。まぁ、彼女の場合、本気で怒らせると質が悪かったけど』
「………………………………………」
さすがの実彩もそれに関しては何も言えなかった。
『ははっ、あ~話しを戻すけど、僕は君達からセフィロトと呼ばれているものだ。最も世界によっては別の呼ばれて方もされているけどそこは割愛させてもらうね。………僕は僕の前にこの世界の世界樹だった先代の種子の一つだった。僕達にも繁殖やら世代交代やらあってね。先代から生まれた種子はこの世界や異世界に生まれる魂の奥深くに沈んで魂の持ち主の感情や生命力を糧に芽吹く為の力を蓄えるんだ。だからといって種子の沈んだ魂の持ち主達には何の影響もないよ。種子は確かに持ち主達から糧を得るけれども、あくまでそれは持ち主達の余剰分の“力”を分けて貰うだけ。なんて言えばいいのかな?例えば、氷の入ったグラスにジュースを入れるとするでしょ。氷が感情、グラスが魂。ジュースが生命力だとする。そしてそのグラスの表面についた水滴や冷気が所謂、種子の糧になるのさ。そして十分な糧を得た種子は苗場にしていた魂から抜け出して世界に芽吹いて次代の世界樹になるんだ』
「つまり、喜與姉の魂はお前の種を持っていたということでいいのか?」
セフィロトの長々とした話を黙って聞いていた実彩は自分なりにそう解釈した。セフィロトが言っていた喜與子との繋がり、喜與子の姿をしているのがその証だと。
『理解力が早いね。そこは流石に喜與子の従姉妹だけはあるね』
セフィロトは感心した風情で頷いた。
『その通りだよ、実彩。僕は喜與子の魂を苗場にしていた種子さ。僕は喜與子から十分な糧を得ていた。彼女が無事に人間としての寿命を終えた後、僕は彼女の魂から抜け出てこの世界に降り立ち次代の世界樹として芽吹くはずだった』
「待った。“芽吹くはずだった”だって?」
噛み締めるように話していたセフィロトを遮って実彩は、引っかかりを感じだ部分を聞き返した。
『頭が良く回ると言うか何というのか。実彩も薄々気づいているんでしょ。………どうして喜與子が君達の前から居なくなったのか』
ドクンっと心臓が大きく音を立てて鳴ったのが耳に聞こえた。
『本当に、彼女が寿命を終えた後のはずだったんだ。でも、それだと、全てが手遅れになってしまう。それは、それだけは阻止しなければならなかった』
今まで陽気だったセフィロトが悔やむように話す。全身から申し訳ないと言っているように。
「手遅れって何だよ。何を、止めようとしていたんだ」
実彩は、聞きたくなかった。セフィロトから喜與子がどうなったのかを。だから、あえて別の事を聞いた。目をそらしたかったから。
そんな実彩を知ってか知らずか、セフィロトは話し続ける。