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第30話



ローゼは何も言わなかった。

リュカが入室したことには気がついているだろうに何のリアクションもリュカに向けはしなかった。


彼女はただひたすらに窓の外に広がる景色を眺めている。


いつもとは違う、只ならぬ雰囲気にリュカは何も言い出せずにいた。

聞かなければいけないことが、たくさんある。

スカイを取り巻く環境。リュカの兄、マロリーが起こしてしまった魔獣の魔物化という大罪。荒廃する街。ガラの悪い冒険者にリュカを襲わせたこと。リュカを……殺そうとしたこと。知らなければならないこと。知ろうと、しなければならないこと。


ローゼとリュカの様子をどこか愉しげに観察しているジェイル。



「……………………のよ」


「え?」



ポツリと、今まで黙っていたローゼが呟いた。

聞き取れなかったリュカは思わずローゼに疑問の声を上げた。そんなリュカに窓の外に視線を向けていたローゼはリュカを鋭く睨み付けた。



「!!」



あまりにも強いローゼの眼光に、後ずさりするリュカ。そんなリュカを嘲笑うかのようにローゼは、今度はリュカもはっきりと聞こえるように言った。



「アンタなんか、生まれなければ良かったのよ」



真っ直ぐな言葉はリュカの心に大きな傷を付けた。


息をのむリュカ。

嗚呼、でも。どこかでわかってはいた。自分が母に疎まれているのでは無く、憎まれているのだと。

でも、憎まれている理由が判らなかった。最初は自分に魔力が無かった為だと思っていたけれど。けど……それでも母のリュカに対するあたりはあまりにも酷かった。


嫌っている筈のソニアの息子であるマロリーには人目を憚らないほどの愛情を注いで、実子であるはずのリュカには、言葉での暴言どころか体罰までも与えていた。馬の調教用の短鞭を持ち出し、リュカを一方的に叩きつける。リュカがどれほど泣いても許しを請いてもうるさいと更に叩かれるだけだった。だからリュカは黙ってそれに耐えるしかなかった。


そのくせ、ロイドが王都に戻ってくると聞きつけるとジェイルに領地を任せてマロリーとリュカを連れて王都に向かう。そしてローゼはロイドにマロリーやリュカの勉学や魔術の習得具合を報告する。魔術以外では勉学も武術もマロリーより優れていたリュカは、いつもロイドに良くやっているな。と誉められていた。マロリーもロイドに誉められはするが、悪評もロイドの耳に入っている為、諫められることの方が多かった。


ローゼはロイドの前では主にマロリーを持ち上げる発言をする。リュカは一応、粗雑には扱いはしないがあまり話の話題にはしなかった。


でも、ロイドが王都から、国から居なくなってしまえばローゼはマロリーと共にリュカに酷く当たった。次男の分際で嫡子であるマロリーを立てずに自分が目立つなど分不相応だと。マロリーの魔術の炎に灼かれたこともあった。そしてローゼはマロリーを止めず、むしろ良い様だと頬良かに笑った。


だからリュカにとってロイドに会えることは嬉しくもあり、同時に恐怖でもあった。



「……何故ですか、母上。何故、そこまで私を疎むのです。私は───、一体何者なんですか……」


「……ふーん。そんな言葉が出てくるってことは、アンタ、わたくしが母親では無いと知ったのね? それなのに母上と呼ぶだなんて……何て、嫌な子どもなの。知ったのならわたくしを母とは呼ばないで。アンタに母上と呼ばれる度に、わたくしはアンタを殺したくて仕方なかったわ。あの、忌々しい女の子どものアンタなんかに!!」


「……あの、女?」


「あぁ、そこまでは知らないの。ふん、ここまできたら教えてあげるわよ」


「………奥様、よろしいので?」



ジェイルの呼びかけに、ローゼは鼻で笑い飛ばした。



「構いやしないわ。それにわたくし、いい加減我慢が出来なかったのよ。コレに母親呼びされるのも………生きていられるのも」


「……っ」



まるで虫でも見るかのような目つきに、リュカの胸に刻みつけられた傷が、血を流す。



「アンタの母親は、あの忌々しい女………ソニアよ。ロイド様のお心を、今も独占している。殺しても殺したりないあの毒婦がアンタの母親よ!!」


「!? あ、有り得ない! そんなの、だって……私には痣が無い!!」



そうだ。リュカには実彩が見つけたソニアの日記に書かれていた『妖精の悪戯』が、痣がなかった。



「痣? 一体、何の話をしているのよ? ………まぁ、いいわ。アンタが否定しようが肯定しようが間違いなくアンタはあの毒婦の子ども。それは事実よ。本当は生まれるはずがなかったのに……」


「奥様、それ以上は……」



ジェイルの制止にローゼは止まらなかった。まるで勢いづいた濁流のごとく次々にローゼの口からリュカと、ソニアの死の真相が語られた。



「アンタには呪いが掛けられてはいたのよ。あの毒婦にもロイド様にも気付かれないように強力なやつをね。生まれた瞬間、身体中の至る所が腐っていってアンタが泣き叫びながら死んでいく呪いを!! そしてアンタが産まれたらソニアも呪いの影響で死ぬはずだったのに! それなのに、ソニアはアンタを無事に産み落とした。アンタの呪いも発動していたはずなのに効いていなかった! ソニアもアンタも死ななかった!! どうしてよ!? 呪いは完璧に掛かっていたのに!! わざわざ他国から呪いの専門家を呼び出したのに! だから、仕方なかったから直接殺すことにしたのよ。もちろん、他殺だとは分からないようにはしたけれど。でも、いざアンタを殺そうとした時にわたくしが産気づいてしまった……。アンタを殺すどころではなくなってしまった。そして産まれたのが、わたくしの可愛い子、マロリー。産まれた子が男の子だった時、わたくしはアンタとマロリーを入れ替えることを思いついた。だって、そうすればわたくしのマロリーが愛しいロイド様の正統な後継者に成れる! あの毒婦の息子であるアンタではなくわたくしの子が!! それに、あの毒婦の産んだアンタは魔力のカスカスだった愚図で、わたくしの子はバズーラ家を継ぐに相応しい魔力を持っていた! ねぇ、知っているでしょう? 濃厚の色と、くすんだ色との見分け方を。本来ならば色が濃く、深みのある色は魔力の質が高い証だけれども均一でなく、どこか斑尾のような色は魔力が底辺の証!! そう、汚らしい色を持って生まれたアンタのことよ! どちらにしろ、アンタはバズーラ家にも、ロイド様の息子にも相応しくない、生まれる価値なんてなかった子どもだったのよ!!!」


「……………………………………………」



リュカには耳障りなローゼの高笑いも、ジェイルの奥様という静かな呼び声も、まるで現実味が感じられなかった。ただ生まれる前のリュカに呪いが掛けられていたこと。その呪いでソニアが共に死ぬはずだったこと。でも互いに死なず、ソニアはローゼの手によって殺されたことが頭の中でグルグル巡っていた。



「奥様。本当にもうそろそろ地下室に。時間がございません」


「あら? もうそんな時間なの。残念ね。最後だからコイツを思いっ切り傷付け、苦しめたかったのに。……いいことリュカ。アンタはねぇ、これから自害するのよ。わたくしがロイド様から任されていたスカイをここまで滅茶苦茶にしたことに罪悪感を覚えて自ら命を断つの。わたくしとジェイルを地下室に監禁して屋敷の一角を犠牲に自爆するの」



ローゼが何を言っているかリュカには理解出来なかった。だってスカイを滅茶苦茶にしたのはローゼなのだ。



「証拠の品は、わたくしがアンタに買いに行かせた品物。各国と各ギルドで禁止されている麻薬。それをスカイで精製、販売したこと」



まさか自分に買いに行かせた品物がそんな恐ろしい物だったなんて。明かされた真相に茫然自失状態のリュカはジェイルの魔術によって自分が拘束、リュカの魔力を暴走させ自爆する術式が組み込まれても動けずにいた。


そして、ジェイルによる術式ほどなく完全し、ローゼはジェイルを供だって部屋を後にしようとした。



「じゃあね。わたくしの忌まわしい悪魔。これでアンタを始末出来るわ。せめてもの情けとして母親の死に場所で死になさい。さようなら。あっはははははは!!」



パタンと部屋のドアが閉まり、ソニアの部屋にはリュカだけが残された。



「………………」



何も、言えなかった。泣き言も恨み言も何一つ。

自分の今までのローゼがしてきた仕打ちに対しても、ソニア……母親にした罪に対することさえも、何一つ。


ジェイルの術式が発動し、リュカの周りに魔法陣が現れる。リュカの中に存在する魔力が暴れ出し、リュカの身体を突き破ろうとしている。



「!!」



嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ───────死にたくない!!




瞬間。リュカの左肩の後ろが灼けつくような激しい痛みを訴えだした。



「──────────────!!!!」



絶叫があがる。

そしてリュカから魔力が迸った。
















リュカの話を聞き終えた二人の反応はさまざまだった。


クリストファーはローゼの所業に吐き気を覚えて顔を憤怒の表情に歪めている。

一方実彩は難しい顔をして何かを仕切りに考えているようだった。



「……なる程ねぇ、リュカの魔力の暴発の原因はそれか。話はわかったが……何だかなー」


「貴女はっ! リュカ殿の話を聞いて何も感じないんですか!? このっ、あまりにも非道く、惨い所業に!!」



気の抜けた実彩の反応にクリストファーが怒りの矛先を実彩に向けた。実彩はクリストファーの怒りに気にした風情もなく、肩を軽く竦める。



「いやね、第二夫人の下衆っぷりと愚図っぷりはリュカの話から十分に分かったよ。頭のお花畑ぶりも含めて。私が言ってんのは第二夫人と執事の行動の意味不明さが何だかよく分からん」


「? 意味不明さ、ですか?」


「……」



黙っているリュカに代わってクリストファーが聞き返す。



「だってね~……。可笑しくないか? 第二夫人と執事のやってること。まずはリュカを生まれたと同時に母親諸共呪いによって始末するってやつさ、面倒くさくないか? 別に呪いじゃなくても流産や不慮の事故死に見せかけるでもいいだろ。わざわざ手間の掛かる方法を選んだ意味は何なんだよ」


「それは……正妻のソニア様に対する嫌がらせ?」



いや、嫌がらせにしてもどこか可笑しい。



「しかもさ。その呪いだって他国の専門家連れてきたにもかかわらず失敗してんだぜ? リュカの話だと第二夫人は成功してなきゃ可笑しいぐらいに言ってんのに。それだけじゃない。今回のことだって不可解過ぎるだろ。なーんで今更リュカを始末しようとしてんだ? 鍋の具モドキ───。マロリーのこと、それも何でか知らんが第二夫人は知らないみたいだし。しかもリュカの自殺の理由が領地内での麻薬の精製、販売って………それ、王都の役人やバズーラ家のご当主様は信じんのか?」


「……それは………………っ!」



それは無いだろう。特にロイドは。

ロイドが領地を長年離れてはいるがの領地の領主はあくまでもロイド。領地内での不備は誰が何と言おうとロイドがとる。だからこそ彼は調査の手を緩めないだろうし、王都の方でもマロリーとリュカの入れ替えの噂が元から上がっているぐらいだ。リュカが罪を犯して自害したと言っても不信感しか覚えないだろう。



「しかも………自害が魔力による自爆って。ここが一番意味不明。第二夫人はリュカを最弱魔力しか持ってないと思ってたはずだろ。いくら執事の術式があったからって本当に最弱魔力だったら術自体不発する可能性を考慮してないわけ?」



ローゼのやり方は無駄が多い上に手間が掛かりすぎる。そうすれば……。



「一つ、二人に質問。第二夫人ってさ、他国から嫁いできたつってたけど……それ、どこの国か知ってるか?」


「………確か、タージマハル国です。魔法国家タージマハル」


「そんなこと聞いてどうするんですか?」


「別に。ただ呪いの専門家とやらも他国の人間だったなと、ふと気になってな」



バイエル国の大事に関わる他国の人間。



(タージマハルは確かセフィロトが寄越した本に載ってたな。バイエル国からコルト公国を挟んだ魔法の研究が盛んな国だったな)



………………。王都で正妻と第二夫人の子ども入れ替えが噂になっているとレッタク伯は言っていたが、そもそもその噂の元は何だったんだ? つか普通そんな噂が広がるもんなのか? 第二夫人は元は他国の貴族。そんな噂、国際問題ものだろ。



まさか、『最初』から『知っていた』?



「どうしたんですか? ミーシャさん。怖い顔をしてますが……」


「ミーシャさん……」



実彩とクリストファーと話す内にリュカも少しは気を取り直したようだ。少なくとも自分の殻に籠もろうとしていない。



「………クリストファー。お前の親父さん、中々のタヌキだわ」


「は?」



疑問符を浮かべるクリストファー。

実彩はリュカに向き直る。



「リュカ、私達を第二夫人と執事がいる地下室まで案内しろ。この下らん茶番劇にケリをつける。いい加減。アイツらに振り回されんのも、スカイの連中も……リュカ、お前だってウンザリしてんだろ? ───全部終わらせるぞ」


「ミーシャ、さん。………………。…………そう、ですね。終わらせなければ………。私達は、終わりたい!」



リュカの瞳にはある種の覚悟の光が宿っていたのをクリストファーは確かに見た。そして実彩もまた同じ光を見たのだろう。仮面に隠れて二人には分かりはしなかったが、実彩は仮面の下で、とても穏やかな顔をしてリュカに力強く頷いていた。
















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