第2話
最初に思ったことは驚愕
次に思ったのは困惑
最後に思った────悲哀
あぁ、どうして、どうして此処にこんな何処とも知れないこんな所に
「あんたが、いるんだよ。…っ、答えろよ!」
探したんだ、捜したんだ。周りが諦めても、国が諦めても、私達は探したんだ朝夕問わず。
ドンナニ サガシテモ ミツカラナカッタノニ
記憶のなかにいるままの、姿で。
変わらない、姿のままで。
その人の微笑んだ姿は、変わらない。
「春もそろそろ終わりかなー」
桜が散り始め葉桜に変わりゆくなか、実彩は吹き抜けるかのような青空の下でたむろんでいた。
いつもなら友人達と共におしゃべりしたり、授業の準備をしたりしているのに。何故か、この日はそんな気分になれず、授業をボイコットしようとしている。念の為に言っておくが、普段の彼女はそんなことはしない。
成績こそ中の中辺りであるが、学生の本分が学問であると思っている実彩は、授業をボイコットなぞするぐらいなら学校自体辞めてしまえ! と極端な考え方をするような子だったので、彼女が特に理由も無くこのような行動をとるのは本人自身が実は、一番驚いていた。
(何でだろ?なーんか、こう……焦燥感?っていうか漠然とした感じなんだけど)
何処かに、行かなければいけないような。このままではいけないような。
(…………やっぱり、アレかな。喜與姉の誕生日が過ぎたからかな………………)
彼女が行方不明になって、それでも変わることなく生活出来ている自分達………。金刺家も内面はともかく、外からは至って平穏に見える。
決して、捜すのを止めたわけではないけれど。
「でも、日常を送ることは出来るんだよね」
忘れていくのだろう周りに、忘れられないままに普通の日常を送っていくのだろう私達。
「時の流れはかくも慈悲深く、過去の記憶は優しくなり未来は不明。移ろいは残酷で、今を生きるはただただ非情………そうだよね? 喜與姉」
かつて従姉妹が言っていた言葉だ。
脈絡も無く、ただ突然に言われた言葉は、何故か耳に残っていた。
その時は何を唐突に言っているんだよ。といぶがしったが、その言葉の意味を今ならわかる気がする。
「ホンンンット!! 何処に、行ってしまったのやら」
目を閉じ、力いっぱい肺の中の空気ごと唇に載せた。………………隠しようもない、哀愁と一緒に。
結局の所、探しにきた友人と先生(笑顔で怒ってます)と共に教室に強制連行された実彩はひつように指名してくる先生の嫌が………もとい、お怒りを受けながら授業を受けることになった。
そして学校が終わり実彩は帰ろうとしたが担任が実彩を呼び止めた。
「今日はどうしたんだ?手塚。授業をさぼろうとしたんだって。まぁ、俺の授業じゃないから別にいいけど。珍しいな」
「オイコラ、大チャン。それは教師が言っていい台詞ではないでしょ」
しかも自分の授業じゃないから別にいいって、適当だなおい。
「いいんだよ。少なくとも俺は高校生のとき、そうやって過ごしてたし。つか、教師相手に大チャン呼ばわりしているお前に言われたくはないぞ」
「それは生徒からの愛情だ。遠慮なく受け取ってください」
笑いながらきびすを返して、実彩は昇降口に向かって行った。大チャンと呼ばれていた担任教師はやれやれ、っといった風情で彼女を見送った。
───それが、実彩を見た最後の姿となった。
帰宅の徒についた実彩は直ぐに家に帰ったが、両親と弟妹達はいなかった。母は主婦。父は一見(身体を手塚家の家訓にのっとり幼い頃から鍛えている)、線が細く見えるが割とガッチリした体格と張りつめたような空気を纏っている。
そして、和服を着ているのが多かった。そのせいか、よく武道家に間違えられる。しかし驚くなかれ、父の職業はイラストレーター兼画家だ。然もライトノベルの表紙から町の広告まで幅広く手掛けている。
今度、某小説家とコラボしてマンガまで出版すそうだ。
高校に上がって新しく出来た友人に父の職業のことを言ったら固まった。(*父とはすでに面識あり)
中学の時からの友人達は爆笑。あの父。精悍な顔立ちをしているのでキャラクターの絵を描いている所を目撃した時の衝撃は忘れられない。
(シワを眉に寄せながら可愛らしいキャラクターを次々描いてベタ入れとトーン貼りをしていた父のあの光景。軽く、怖かったよな……………不気味だった)
ある意味一つの怪談だと思ったのは実彩だけの秘密である。
「はてさて。皆は何処に行ったんだ?」
仕事場が自宅の父。専業主婦の母。ちびっ子の弟妹。
「あ!置き手紙発見」
必ず家に誰かしらいるせいか、誰もいない家が、何処かよそよそしく思えた。
「何々?『皆で金刺さん家に行ってきます。実彩も来て下さいね。 母より』」
(金刺に?皆でわざわざ??何かあったのか?)
実彩は首を傾げながら金刺家に向かうべく自室に着替えに行った。
金刺家に向かう頃には、もう既に黄昏時になっていた。
金刺家は手塚家から20分程歩いた所にある。
その道中に、喜與子に遊んでもらった公園が目に留まった。
「…………」
今から思えば、この時の実彩には予感が有ったのかもしれない。母からの置き手紙を見て急いでいた筈なのに。実彩はその公園に入って行った。
「…………」
実彩が立ち止まったのは何の変哲のない一本の木の前だった。実彩はしばらくその木を見上げていた。
「この木もしばらく来てなかったから懐かしいな」
実彩は少し微笑んだ。
この木は従姉妹は好きだった。正確にはこの木が咲かせる花が。
実彩が此処に来たのはなんとなくだった。なんとなく、無性に、この木が見たくなったのだ。従姉妹が好きだった、この木を。
木肌に手をつけ目を閉じた。そして、目を開けて再び木を見上げたら────。
「は?」
全ての景色が一変していた。