第1話
「ん~、今日は疲れたー。早く帰えらないと母さんに怒られる」
手塚実彩は担任教師に捕まり、明日の授業で使う資料の整理を手伝わされ、何時もより少し遅く学校を出た。
(家の門限が6時までだから早く帰らないと間に合わないかな? 全く、大チャンめ。何で前もって資料の準備をしとかないかな。しかも何故私に手伝わせるのか!学級委員を使えっていうの!! 門限に遅れたら明日、文句言ってやる………)
担任に怒りの思念を飛ばしながら帰宅を急いでいた実彩はふと、公園が目に入り立ち止まった。
この公園は、実彩が良く従姉妹に遊んでもらっていた場所だった。
金刺喜與子。
母方の伯父さんの長女。
つまり、私の従姉妹だ。彼女は3年前に行方不明になった。当時の警察は家出だろうと言ってまともに捜索してくれなかった。時間が経つにつれ焦る大人達。伯父さん達の醸し出す苛立ちに怯えて泣き喚いている私の弟妹。大学から駆けつけて来てくれた喜與子の兄、喜伸。
彼は怯えて泣き喚いていた弟妹や耐えていた私を抱きしめてくれた。『大丈夫。喜與は大丈夫。絶対に無事だ』と私達を抱きしめながら言ってくれた。
喜伸は子供が苦手でいつも喜與子に世話を押し付けていた。そんな彼が私達を抱きしめているのを見て驚いた伯父さん達は少し冷静さを取り戻した。
(今でも、思い出す。警察が早く喜與姉を捜してくれていたらって。喜與姉が家出なんかするもんか!喜與姉は高校生活を楽しみにしていたんだ!!)
喜與子が居なくなったのは彼女の16歳の誕生日だった。2歳違いの従姉妹は誕生日の日に居なくなってしまった。
実彩は暫く公園を見ていたが、胸の中から湧き出す悔しさや怒りを振り払うかのように走り去っていった。
手塚家は代々続く武家の家系である。
江戸時代前に、征夷大将軍の位にいたある武将の懐刀であったと伝えられている。この懐刀と伝えられている人は手塚家の初代でもある。
実はこの初代は手塚姓を名乗る前は金刺家の次男だった。そのため手塚家と金刺家には共通の家訓がある。
「待ちなさい! 実彩!!」
「待つわけないだろ!? 馬鹿親父!!?」
そしてとても良く似た性質を持っていた。
「父親に向かって言う台詞か!!」
「木刀持って追いかけ回してくる奴に言われたくないわ!!!」
………かなり物騒な性質を持っていた。
「ねぇ、お母さん。お父さんとお姉ちゃん、まだ殺ってるよ。ご飯、食べないのかな?」
実彩の妹の実来。8歳。順調に手塚の性質に向かって成長している。
「まんま、ちょうたい」
舌足らずなしゃべり方をしている長男の実留4歳。癒やし。
「はいはい。もう少し待っててね~。今、2人を連れてくるから」
穏やかな雰囲気を持っている母、佳菜子。
「2人共、ご飯の上にホコリがつくでしょ。殺るなら後にしなさい」
「私の心配はしてくれないの!!?」
訂正、穏やかな雰囲気だけを持っている佳菜子。
「だ~か~ら~。門限に遅れたのは担任に捕まって手伝わされたせいなんだって!」
「たとえ、そうだとしても連絡ぐらい出来るだろう」
そして和服を着こなす父、実時。
「…どうやって? 高一にもなってケータイ持たせてもらえないのに」
「公衆電話があるだろう」
「それ探す方が時間が掛かると思うよ………」
(何しろ絶滅しかかっているからね)
「お母さん、こうしゅうでんわって、何?」
「少し前にはね。そういう物がたくさんあったという話よ」
説明になってない説明に首を傾げながら、ふぅ~ん? っといっている実来。
「こーしゅ、てーわ!」
嬉しそうに口真似をする実留。
その無垢さは癒やしである。
そんな少し荒々しく物騒な所がありながらも至って平穏(?)な日常を送っていた実彩は、従姉妹のことを気にかけながらも家族と共に暮らしていた。
暮らして、いけると、思っていた。