第0話
「認めない! 認てたまるか! この俺が貴様のようなゴミに劣るなぞあるわけがない! 俺はバスーラ家次期当主マロリー様だぞ! 気高き貴族である俺が貴様如きゴミに負けるなぞあるわけない!!!」
唾を飛ばしながら喚いている男と対峙している小柄な人物に野次馬達は興味津々である。このバイエル国では貴族は絶対的支配者である。バスーラ家は歴史ある子爵家であり。また、魔術師の大家としても有名な名家でもあった。
そのバスーラ家に対して飄々な態度をとり続ける小柄な人物はさも面倒くさいというようなため息をついた。
「私はお前が売ってきた喧嘩を買っただけでなんだけどな~。……………悔しいのは分かったからとっとと掛かってきなよ」
頭から目尻下までスッポリかぶったフードが風に遊ばれるままに、腕を組んだまま、ただ立っているだけのその人はマロリーを挑発した。
「おのれ、ゴミの分際でこの俺に対する数々の無礼。全くもって赦しがたい! 俺が直々に貴様を処刑してくれる!!」
マロリーは顔を真っ赤にして金髪をかきむしった。緑色の目を血走しらせ怒鳴り散らすように呪文を唱えた。
【我が敵を燃やせファイアーボール!!!】
野球ボール程の大きさの炎の玉が十個出現し、小柄な人物に向かって飛んでいった。
「…………」
一方、フードをかぶった小柄な人物は何もせずにいた。目前に迫っているファイアーボールは、まるで生きているかのように飛んでいる…………はずだった。
「!? 何だと!!」
ファイアーボールが小柄な人物まで一メートルに差し迫った時、ファイアーボールはまるで何かに弾き飛んだかのように消えてしまった。
「さて、いい加減に無駄だと理解してくれたか? 幾らお前が攻撃してこようと、私には届くことはない」
「!!?」
「お前の魔術は見た目こそ完璧に見えるが…実際の中身はマトモに魔力と術式が組めてないお粗末なものだ。そんな魔術で幾ら攻撃しても精神力と集中力と魔力の無駄使いだ」
フードの下から僅かに見える口元が笑みを浮かべる。
「じゃあ、そろそろ終わりにしようか…………………………お前は私には勝てないよ」
小柄な人物は右足でトンと軽く地を蹴った。何て事はない動作。
しかし、その行動がもたらした結果は魔術を嗜む者から観たらとんでもないものだった。
地を蹴った瞬間、マロリーの足元から土が槍のように無数に突き出してきた。土の槍はマロリーの服を縫うようにしてマロリーを拘束してしまった、野次馬達は唖然としてマロリーを見つめる。
今までその場から動かなかった小柄な人物がマロリーに向かって歩き出した。野次馬達はハッ、として小柄な人物の行動を見守った。
「私の勝ち、だね。それじゃあ、さようなら」
睨みつけてくるマロリーの顔に小柄な人物は拳を叩きつけた。
騎士団が駆けつけてくる前にその場から逃げ出した小柄な人物は早々に宿に戻って、部屋の中でくつろいでいた。
「あ~、無駄に疲れた」
足首まである黒いフード付きのマントを着たままベットに寝転がっていた。
(全く、ああいう馬鹿ってどうして無駄に自尊心が高いんだか。お陰でお昼、食いっぱぐれるし。あの鍋の具みたいな名前の金髪、貴族なんだよね。どうしよっかな?さすがに噂になっているよね…絶対。腹立ってたから最後は殴っちゃったし、不敬罪で捕まっちゃうかな、………マント変えればいいかな?顔までわれてないし)
くぅ~、空腹を訴える音が部屋に響く。小柄な人物はベットから起き出した。そしてフードに手をかけた。
フードの中からこぼれ落ちたのはこの世界ではありえない長い漆黒の髪。壁に掛かっている鏡に映っている瞳はとても珍しい濃いダークブラウンをしていた。
「とりあえず、身支度を整えて屋台に行こう。腹が減ってはなんとやらってね」
黒髪を手櫛で軽くすいて彼女は顔を洗いに洗面器に向かって歩き出した。
そして早々に支度を終えると灰色のフード付きのローブ───マントではない───を羽織った。髪がフードからこぼれないように紐で軽く括るとフードを目元が隠れるまで深く被ると準備万端。
さっそく部屋を出ると、向かいから恰幅のいい女性が歩いて来た。彼女はこの宿『ヤドリギ』の女将マーサ、四十過ぎのその人は一人で宿を切り盛りしている。そのせいで食事は朝夕の二回、掃除・洗濯は別料金を払わなければやってもらえない。
「こんにちは、マーサさん」
「おや、これはミサさん。今からお昼ですか?」
「えぇ、実はさっき食べに出たんですが…馬鹿に絡まれまして、一旦こっちに戻ったんですよ」
「………そうですか」
お互いにニッコリ笑いあった。この宿には色んな国の流れ者や、訳ありの人達が利用している。その中には荒くれ者もいる。そのため、この宿には暗黙のルールが存在している。その一つは宿泊している客は自分の起こした面倒事に他の宿泊客を巻き込まない。
「私、ミサさんのこと気に入っているんです」
「はい?」
そこでマーサはミサを優しい眼差しで見つめた。
「掃除、洗濯は別料金をとっているせいか脱ぎっぱなしの服と下着。散らかり放しの部屋。まったく、どうしようもない荒くれ共だよ。けどね、あんたは部屋を毎日掃除してくれるし、洗濯所も綺麗に使ってくれる。食べた食器は片付けてくれる。こんな宿に来る客にしては上等すぎるぐらいだ。その年にしては、しっかりしてる」
「………」
ミサは少し戸惑ってしまった。マーサのほめ言葉に気まずくなってしまう。自分の国では当たり前の事なのでここまで誉められると恥ずかしくなってくる。だからね、っとマーサは言った。
「そんな楽なお客さんが居なくなるのは、ちょっと寂しくなるんだよ。私としてわさ」
「…………」
「では、私はこれで」
(あ~うん。そうだ、ここはそういう宿だ。イヤだな~。私ったら勘違いして。………………あれ?何だか目がかすむな。疲れてるのかな)
去って行くマーサの後ろ姿を見ながらミサは目頭を揉み、出入り口のある一階に向かいながら、ミサは不意にこの世界に来たことを思い出した。