アカイハナ
季節の節目は、様々な人間が集まる帝都でも一番賑やかになる。
冬から春になる頃は市場に並ぶ食材が豊かになり、春から夏になる頃には色鮮やかさが増す。
夏から秋になる頃は深みを増して、冬を堪え忍ぶためにちょっとだけ豪勢になる。
エフレム・エヴァンジェンスは久しぶりの休日を、謳歌していた。
休日といっても、午前中は書類整備に当てていたため実質的には半休であるが、春の匂いが漂う市場は、訪れる時間帯によってもずいぶんと違う。
普段は朝方か夜しか立ち寄れないので、真っ昼間ののんびりとした風景は、生まれてからずっと帝都に住んでいるエフレムにとっても新鮮だった。
機嫌良く軍靴の踵をならし、ゆっくりと歩いていく。
邸宅は市場を抜けたずっと先、貴族階級の人々が住まう区画にある。
軍施設から邸宅に戻るには、歩くよりも馬車を使ったほうが遙かに早く楽なのだが、エフレムは春先の市場が見せる景色を直に楽しみたかった。
「あっという間に、夏に変わっちまうからな。うかうかしてるといつのまにか冬だったってのもざらだ」
温かい春の陽差しの中を歩くのが気持ちいいと、副官のカイムにうっかり漏らして「似合いませんね」と馬鹿にされているが、構ったものか。
市場に足を伸ばすのは中流階級より下のものたちが主で、左官クラスの軍服を着ているエフレムの姿は否応にも人目を惹くが、仕方ない。
「おじさま、お花はいかが?」
かけられる小さな声に、足を止める。
見れば、花カゴを抱えた少女が笑っていた。
小さなカゴから溢れそうなほどに詰め込まれた赤い花は、少女がにっこりと得意げに笑うたびに揺れ、エフレムの鼻孔に甘い匂いを届けていた。
「これ、アイリ! すみませんね、軍人さん。なにぶん、子供のやることなので……足をお止めしてもうしわけねぇです」
笑う少女をじっと見つめていると、路地の向こうから男が飛んで出てきた。年齢から見てアイリと呼ばれた少女の父親なのだろう。
「花売りの親子か。初めて目にする花だが、遠くから行商に来ているのか?」
できる限り棘をぬいた言葉を選び、気分を概してはいないと顔を白黒させている父親に笑ってみせる。
「ええ、帝都には初めて行商にきました。皆さん気前よく手にとって頂けて、嬉しい限りです。この赤い花、私どもの村で生産してまして。自慢の一品でごぜぇます」
「おじさま。お一つ、いかがですか?」
たどたどしい口調でカゴを持ち上げるアイリに「失礼だろう」と叱る父親にエフレムは気にしてないと笑ってやる。
「おじさま、か。どこかの態度のでかい大人よりずっと丁寧じゃないか」
エフレムはアイリの栗色の髪を撫で、ようやっと担いでいる花カゴを譲り受ける。
「全部、貰おう」
「え? 全部、ですか?」
カゴに顔を寄せると、生気に満ちた匂いに肺を洗われるような気分になる。
「独り身のくせに、でかい家に住んでいてな。寂しさを紛らわすには、派手なほうが丁度良いんだよ」
中心の萼が金色にも見える不思議な赤い花を抱え、エフレムは代金をアイリに手渡し、邸宅へと続く緩やかな坂道へ戻っていった。