桜の下
教室の窓際で、僕は一人たたずんでいた。
窓から見える景色は、運動部が掃けた校庭と満開の桜。そして、木の下で待つ女子中学生。スクールバックを体の前に構え、きょろきょろとあたりを見回している。
僕がいるのは三階だけど、可愛らしさは遠目でも伝わってくる。セミロングの黒髪に、ぴょこんと跳ねたアホ毛。夕焼けに飾られ、あどけない横顔はさらに魅力を増している。
彼女の名は美雪。僕のクラスメイト。容姿端麗、頭脳明晰、温厚篤実。いつ、どこで、誰が、これらの四字熟語を作ったのか、わかるはずもない。けれど、彼女の存在を目の当たりにすると、彼女を表現するために作られた言葉ではないかと思う。
そんな素敵な子だから。ああ、美雪。愛しい美雪。僕だけの美雪。このままずっと眺めていたい。力いっぱい抱きしめたい。
僕色に汚したい。
欲望を抑えきれなかった僕は、一計を講じた。「お前の秘密を知っている。バラされたくなければ今日の放課後、校庭に人がいなくなってから桜の木の下にいろ」と書いた手紙を、美雪の机に忍ばせた。
策は実った。本音を言えば、今すぐ美雪のもとに駆けていって押し倒したい。でも、それじゃあダメなんだ。汚してしまったら、美雪が美雪でなくなってしまう。美雪の純潔を守るのも僕の使命だ。誰よりも美雪を愛し、理解している撲だからこそ、この行為は許されるんだ。
僕は、自分の足音しか聞こえないことを確認しながら、ゆっくりと美雪のロッカーに近づき、リコーダーの入ったケースを取りだした。中から頭部管だけ取りだし、くちばしの部分をじっと見つめる。
ここに、美雪の唇が……。否が応でも興奮する。心拍数は確実に僕史上最高値だ。うまく回らない頭を制御しながら窓際に戻り、美雪の姿を見つめた。リコーダーのくちばしに、そろそろと舌先を伸ばす。硬い感触を得ると、僕は衝動に任せて舌を動かした。
ぺろぺろ。
ぺろぺろ。ぺろぺろ。
れろれろれろれろれろれろ。
ちゅっぱちゅっぱちゅっぱちゅっぱ。
しゃぶっている女の子の気持がわかる気がする。
これは、イイ……!
目をつぶると、想像の中で美雪が眼前に迫る。大きな目をぎゅっと閉じて、恥じらいの表情を見せながらも、唇は僕のことを求めている。
漏れる息がくちばしにかかり、リコーダーも喘ぐような音色を奏でる。
美雪のリコーダーも喜んでくれているんだね……! もっと美雪の姿を見ようと足を動かすと、ズボンが窮屈に感じた。股間はパンパンに膨らんでいた。それを見て、僕の脳裏にある考えが浮かんだ。
そうだ。僕の想いを、リコーダーに注ぎこもう。黒いボディを、真っ白に染めあげるほどに。
ベルトを外し、勢いよくズボンを下ろす。意識せずとも、もう一人の僕の臨戦態勢は整っていた。
勇んでリコーダーの空洞をあてがったとき、問題に気づいた。リコーダーの空洞が狭すぎて収まりきらない。無理やりねじ込むと、もう一人の僕が壊れてしまう。
もう一人の僕は、絶えずシャドーボクシングをしているような印象だった。「会長、試合はまだっすか!」と待ちきれない様子で僕に語りかけてくる。
美雪を見て心を落ち着かせようと、窓の外に向ける。美雪は木の陰に移動していた。反対側の位置。反対……。
僕は閃いた。そうだ、反対だ。反対にすればいい。入らなければ、入れればいいんだ!
そうと決まると、僕はお尻をつきだした。リコーダーを逆手に持ち、くちばしをお尻に近づけ……
「おい、なにやってるんだ!」
怒声が響いた。僕の体が、揚げられた魚のように跳ねあがった。
「げ、玄田先生……」
体育教師の玄田先生が、ドアに仁王立ちしていた。受入準備体制のまま固まっている僕のもとに、つかつかと歩み寄ってくる。机に置かれたケースの氏名を確認すると、ふんと鼻を鳴らした。
「お前が白井に妙な手紙送った犯人か。気持ち悪いことしやがるな、ええ?」
白井は美雪の名字だ。なにも言えなかった。ぐるぐると眩暈がして、平らな地面に立っている気がしない。風が吹いたら倒れてしまいそうだ。そんな僕に構うことなく、鬼の形相で玄田先生は笛を奪った。
「職員室でこの件はこってり絞ってやるからな」
僕は絶望に打ちひしがれた。終わった。僕の学校生活。自然と涙がこぼれ落ちてくる。
「……が、俺の言うことを聞けば、黙っといてやってもいい」
「は?」
くしゃくしゃになりながら聞きかえす僕の顔を、玄田先生はにやりとしながら見下ろした。
「お前、ソッチの気があるんだろ? こんなことしてんだもんなあ」
そう言うと、玄田先生はジャージを脱ぎ捨て、日焼けした筋肉質なボディを露わにした。
「えっ……ちょ……!」
「俺のはリコーダーよりもっとイイぜ?」
玄田先生は僕の腰を掴むと、肌を触れあわせた。
「アッー!」
小野小町のワンフレーズが、僕の頭に流れてきた。
咲いた桜と、裂かれた菊。花の色は、うつりにけりな。