怪話篇 第八話 神話
1
「我が息子よ! 息子達よ。元気かな?」
「父君、我等皆健やかです、と言いたいのですが、……8番目の弟の具合いが、どうも良くないのです」
「なに! おお、なんという事だ。7番目の息子の次は、8番目の息子か。8番目の息子には、美しい妻まで迎えたというのに」
「左様で。7番目の赤ら顔の弟には良い薬があったので、瞬く間に病魔供を退け申したが、8番目の弟は今もって青い顔をしております」
「左様。身体のそこここが、緑色の病魔の為に蝕まれておりまする。そればかりか、毒々しい膿までが」
「緑色の病魔は、身体から滋養分を盗み取るばかりか、おぞましい毒素さえ吐き出すのです。文字通り弟の身体に根を張り、全身を腐らせて仕舞おうとしておるのです」
「おお、なんとかわいそうな8番目の息子よ。5番目の息子よ。おまえの力で何とかならぬのか?」
「父上様。今一度、赤ら顔の弟に用いました妙薬を使いましょう。ですが父上、薬が効きはじめるまでには、随分と時間がかかりまするぞ」
「うむ。しかし、このまま手をこまねいている訳にもいくまい。8番目の息子が助かるか否かは、お前しだいなのじゃ」
「兄者よ、私からもお願いします。私の病魔が、弟に乗り移ってしまったと思うと、心配で心配で」
「判り申した。すぐさま、使ってみましょう」
「うむ、頼んだぞ」
2
「息子よ、我が息子達よ!」
「父上様、何か御用で?」
「おお、赤い目玉の5番目の息子よ。他でもない、8番目の青い顔の息子の事だ。具合いはどうなのじゃ?」
「はっ、父上様。未だ充分とは言えませぬが、ようやく薬が効いて来た様でございます。緑色の病魔による痘痕も、少しづつではありますが、減りつつあります」
「そうか、そうか。それは良かった」
「これも、義父上様、義兄上様方の御陰でございます」
「いやいや、嫁御殿。そなたの励ましがなくては、息子もこう長くは持ち堪えられなんだろうに。感謝いたしますぞ」
「そんな、義父上様。私などただただ見ているだけで……」
「近くで見守れる事が、大事なのじゃよ」
「その通りじゃ。して、義妹よ、その後の具合いは如何なるもんじゃな」
「はい、義兄上様方の妙薬の御陰で、大分良くなっております。しかし、あの憎き病魔めの為に未だ苦しんでおります」
「うむ。じゃが、今乗りきらねばな」
「父上のおっしゃる通りだ。妙薬は、除々にではあるが効いてきております。忌ま忌ましい病魔を食い尽くし、青い膿を浄化致すのも、もうすぐであろうよ」
「流石は義兄上様方の御妙薬。驚くべき効力。緑色の病魔を駆逐するその力は絶賛に値しまする。一体、如何様にして手に入れたのでございますか?」
「ははは。迷い人のハレーより特別に入手致した物。と言っても『薬の素』なのだがな。この『薬の素』が弟の身体で増え、神秘の妙薬『マーン』となり、緑の病魔を文字通り根こそぎ退治するのだ」
「その通り。緑色の病魔も妙薬『マーン』の産み出す『熱き光』によって、その最期の時を迎えるであろうよ」
「そしてその時は、もうすぐなのだ。黄色の肌の義妹よ、もう安心するがよい」
eof.
初出:こむ 6号(1987年5月5日)