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第三章 首、落ちる

 孤児院。

 数十年前から存在するこの孤児院は戦争で親を失った子供たちを中心に引き取って居る。

 その孤児院は街の離れたところ、山のすぐ側に建てられていた。

 市街の中心部からは遠く、2人の居た飲み屋からは時間がかかる。

 2人が孤児院へと着いた頃にはもう既に火を消すことは困難に思えた。

 燃える炎はかなり熱く、見ているだけで顔が焼けるような感覚。

 数人の魔術師が水系の魔術を放出し消火に当たっている。

 フレイヤも現場に到着するやいなや魔術を駆使し消火作業にあたるが焼け石に水であった。



 火が完全に鎮火するまでには数時間を要した。

 火災現場の探索と遺体の収容。


 兵たちがそれを行っている最中にフレイヤは生き残った子供たちをなだめていた。そして、点呼を行う。

 みんないるか、怪我をしている人は居ないか。フレイヤ達は慌て、泣き叫ぶ子供たちを賢明になだめすかしていた。

 その時、山の方からこっそりとその子供たちの集団に戻ってくる1人の少女がフェンの目に入った。

 黒髪の暗い目をした少女。

 暗くて良く確認できないが昨日、この孤児院まで送っていった少女だ。

 その少女はこっそりと野原の子供たちの居るところに入るとあたかも先ほどから居たかのように落ち着かない素振りをし始めた。

 そして、フレイヤのもとへ駆け寄る。


 ――あの、女の子……

 フェンはその少女のことを脳裏にインプットした。


 結局今回の火事の被害者は10名だった。

 職員が3名。子供が7名。


 100人近くの子供たちがすむこの孤児院だったが被害がこれだけですんだのは不幸中の幸いだった。

 無論、それで被害になった10人の犠牲が浮かばれるわけではない。

 10個の尊い命が失われたのだから。



 ¶


 翌日、葬儀が執り行われているその場でフェンはフレイヤに昨日の火事について尋ねた。

 場所が場所なだけにその不謹慎さを窘められたが、それでもフェンの真剣な眼差しにフレイヤは押し切られて答えた。


 火事の火元となったところは女子トイレ。

 そこには当然ながら火事の原因となる火種はない。

 この孤児院には警備の兵が昼夜問わず居るが、火事の起こった前後で不審者が居たという報告はない。

 また、前もって内部に侵入していることも考えにくい。

 以上のことから内部犯による放火が疑われる。


 フレイヤは険しい表情をしながらそう締めくくった。


「フレイヤ様は、犯人に心当たりはあるのですか?」

「いえ、私には全くないわ……。いくら何でも子供がそんなことをするとは思えないし、かといってあそこで働いている職員達も信頼の置ける人物だし……」

「そうですか……」


 ため息をはき出すフレイヤにフェンは少し躊躇いながらも昨日の少女について尋ねた。


「え、えーと、フレイヤ様、一つ伺ってもよろしいですか?」

「ん?なーに?」

「昨日、見かけた女の子なんですが、黒髪で、10歳ぐらいの女の子、居ませんでした?」

「んー……それだけじゃあちょっと……」

「えーと、昨日フレイヤ様の足下へ駆け寄って抱きついていた女の子なんですが……」

「ん〜……ああ、カメリアの事かしら」

「かめりあ?」

「ええ。カメリアって言う女の子。そう言えばあの子についてあなたに相談したかったのよ」

「え、そうなんですか?」

「ええ。相談したいことがあるって言ったでしょ?あの子、暗くて笑わないし、あまり言葉も喋らないのよね……」

「そう、ですか……」

「うん、昔はお姉さんが居たのだけど病気で亡くなってからはずっとあんな調子なの。それで、あの子がどうかしたの?」

「い、いえ。何でもありません」

「……そう?なら良いけど」


 フェンは話を切り上げると、再び葬儀の方へと意識を集中すると、いつの間にか焼香の順番が来ていた。

 フェンは慌てたように焼香台へと向かうが、その背中にはフレイヤの視線が向けられていた。


 ¶


 仮設テント場。

 孤児院の近くには公園があった。火事で住む場所を失った子供たちは一時的にそこの公園にテントを設営して暮らしている。

 フェンは葬儀が終わるとすぐに目的の少女を探しにここにきていた。

 カメリア。

 昨日不審な動きをしていた少女だ。

 目的の少女はすぐに見つかった。

 公園に並べられている鉢植えにじょうろで丁寧に水をあげていた。

 フェンは笑顔の仮面をかぶるとその少女に話しかけた。


「何、してんだ?」


 カメリアはフェンの方を見上げたのだが、また目線を鉢植えへと向け無言で植えられている木に水をやり始めた。

 フェンは気にせずに話しかけ続ける。


「これは……椿の木か?お前が管理してるのか?」


 カメリアは微かにコクコクと頷く。

 フェンはしゃがんで、椿の木に顔を近づけ、香りをかぐ。

 時期が少し早すぎるからか花は咲いていないがいい香りがした。


「椿、好きなの?」


 カメリアは初めて口を開いた。綺麗な透き通る声。それでも弱々しい声だった。

 フェンは少女が自分から話しかけてきたことに驚きながら返事をする。


「ん?そうだな……。一番好きな花って訳じゃあないけど、でも、好きな花だな。お前は嫌いなのか?」

「わかんない。でも、縁起……?悪いお花って」

「ん、ああ、そうだったな、そう言えば。花が枯れるとき、花ごと落ちるから首が落ちる、ってイメージがついたんだっけか。よく知ってるな」


 女の子は寂しげに顔を伏せる。


「お姉ちゃんが死んだのも、きっと、このせい。椿のせい」


 カメリアはそれだけ言うと、山の方へと歩いて行ってしまった。

 フェンは驚き、その背中を見送る。


「どういう事だ……?」


 そのまま見捨てることも出来ないフェンはこっそりとカメリアの後を付ける。

 カメリアは森の中の茂みにしゃがみ込むと、ポケットから何かを取り出している。

 そして、しばらくするとカメリアは再び公園のテントの方へと戻っていった。


 フェンはカメリアがテントへ入ったのを見届けると、先ほどカメリアがしゃがんでいた辺りにいった。

 そこにあるのは野生のタルケが数匹はいった昆虫採集用のかごだった。



 タルケ。

 またの名を火トカゲ。

 その名前の由来は赤いトカゲだから、と言うわけではない。


 この大陸では昔から火を熾すことが出来なかった。

 他大陸より伝えられた火打ち石や木をこする事による摩擦熱。これらを用いてもこの大陸では火が熾きなかった。

 それではこの大陸の人間がどうやって火を熾しているのか。

 その答えとなるのがタルケだった。

 過去にある非凡な人間がタルケを用いると火を熾せることを発見したのだ。

 タルケを材料として、簡単な魔術を使う。そうすればいとも容易く火は着くのだった。


 火を熾すために必要なタルケをこっそりと飼う少女。

 少女は最近ひどく暗く、思い詰めた様子。

 そしてその少女の住む孤児院が火事になる。

 これが意味することは……?



「フェノア。どういう事?」


 フェンは慌てて思考を中断して、振り向いた。

 後ろに居たのはフレイヤ。険しい顔つきだった。


「どういう事、と仰いますと?」

「隠さないで。さっきのあなたの様子がおかしかったから後を付けていたの。今回の火事の手がかりを見つけたんでしょ?」


 フェンは逡巡した。言うべきか、言わざるべきか。

 だが、目の前にいるフレイヤをうまく誤魔化し通す自信はない。

 フェンは全てを話すことにした。


 一通り話した後、フレイヤは手を顎に当てて眉間にしわを寄せる。

 そのフレイヤにフェンは申し出をした。


「フレイヤ様、このことは内密にお願いできませんか……?」

「どういう事?」

「少し、カメリアのことを俺に任してほしいんです。俺にはカメリアが放火したとは思えないんです」

「……根拠は?」

「ありません。ですが……」

「いいわ」


 予想外の歯切れの良い即答。フェンは些か拍子抜けした表情で聞き返す。


「え、そんな即答で良いんですか?」

「自分で申し出ておいて何言ってるのよ」

「いや、それはそうなんですが」


 苦笑し合う2人。フレイヤは再び表情を引き締めて言葉を続けた。


「私も、カメリアがあんな事をする女の子だとは思わない。でも、約束して。もし彼女が犯人だったらはっきりと私に言って頂戴」

「あ、はい。わかりました」

「あと、秘密にしてあげるんだからデート一回ね」

「……はい」


 ウインクして言うフレイヤにずっこけてしまいそうだった。




 ¶



 フレイヤとの会話の後。フェンは再び公園に戻った。

 そして、椿にまた水をあげているカメリアに近づく。


「あまり、水はやりすぎない方が良いらしいぞ」

「……え?」


 予想外の言葉に思わず声を漏らすカメリア。

 構わずフェンは続けた。


「だから、水だって。土が乾いたら水をあげる。それぐらいで良いんだとさ」

「……そうなの?」

「ああ。逆に水をやり過ぎなくてもダメみたいだけど」

「……」


 その言葉に、水をやる手を止めたカメリア。

 手持ちぶさた気味にテントの方へと戻ろうとするが、フェンに止められた。


「そんなに邪険に扱うなよ」

「……え?」

「だーかーらー!!俺がこうやって話しかけてるんだからもうちょっと話でもしようぜ」

「……ロリコン?」

「違うわ!!なんでそーなるんだよ」


 うなだれ、頭をかくフェン。

 カメリアは不思議そうに首をひねると今度は近くにあったベンチに座った。

 フェンもその隣に座る。


「フレイヤ様ってよくこの孤児院に来るのか?」

「うん」

「ふ〜ん。それにしても、ほんっとカメリアって大人しいんだな。街からここまで一緒に歩いた仲じゃねえか。もう少し喋ってくれても良いんじゃねえの?」

「……」

「はぁ……」

「大人しいんじゃない」

「ん?」

「だから、私は大人しいんじゃない」


 堰を切ったように喋るカメリア。その声色は先ほどまでとはことなりどこか強い意志が込められていた。


「大人しいんじゃない。ただ、暗いだけ。暗い性格なだけなの」


 唐突に零れたカメリアの本音。

 だが零れたかと思えばそれはすぐに止まり、またカメリアは能面のような表情に戻ってしまった。


「そうかもな」


 フェンの言葉に少女はびくりと肩を震わせる。


「優しい性格は頼りない性格。考えがしっかりしてる性格は頑固者な性格。大人しい性格は暗い性格。明るい性格はうるさく脳天気な性格。言葉なんてそんなもんだろ?」

「……」

「誰かに、カメリアは暗いだなんて言われたのか?」

「みんな言ってる。お兄さん、名前はなに?」

「ん?んと、フェノアだ。フェノア・ニクス。フェンって呼んでくれ」

「お兄さんの名前の意味は?」

「名前の意味……?わかんねえんだよなぁ……俺、記憶喪失でちっちゃい頃の記憶無くしてるから」

「……そう」


 カメリアは少し驚いたように目を見開くとまた押し黙ってしまった。

 フェンには今の会話でわかったことがあった。カメリアの悩みが。


「気にするな」

「え?」

「カメリアは自分の名前の由来が縁起の悪いと言われている椿からとられてることを気にしてるんだろ?椿は異国の言葉でカメリアとも言うからな。でもそれは思い込みすぎだ。椿って言うのは――」

「そんなことない!!」

「カメリア?」


 再び零れたカメリアの本音。それは激昂という形で現れた。


「思い込みなんかじゃない!!言葉ってすっごくすっごく怖いんだもん!!そのせいで、そのせいで色んな人が死んじゃうんだもん!!」

「……何があったんだ?」

「……何でもない」


 カメリアはそう言うと一目散にテントの方へと駆けだしていった。

 目には涙を浮かべながら。

 フェンが思い当たったカメリアの悩み。

 それは思いの外に深く、大きな悩みだったらしく、気軽に踏み込んでしまったフェンは自戒のために自分の頭を叩いた。


「何やってんだか……」





 ¶


 翌日からフェンは毎日公園のもとへとやってきていた。

 目的はただ一つ。

 カメリアの心の闇に触れることだった。


 そして、毎日カメリアに話しかける。


「なぁカメリア、街中へ買い物でも行かないか?」

「なぁカメリア、花が好きなら花屋でも行かないか?」

「おーい、カメリアこっちで遊ばないか?」


 だが、カメリアはいくら喋りかけても言葉を返しては来なかった。

 何一つ変化のない繰り返しの日々が一週間。


 フェンは今日こそは、と決意をしてカメリアのもとへとやってきた。


「なぁ、カメリア。森の方へ行かないか?」

「……え?」


 言葉を返すカメリア。フェンはそれに手応えを感じながらまた言葉を続けた。


「いや、森の中を散歩しないかって?」

「……」

「来ないんなら俺1人で行くとするけど……この森、ちょっと色々面白いものありそうだろ?」

「……行く」

「お、そうか?じゃあ準備してきな?」


 カメリアは頷くとテントの方へと駆け出していく。

 その背中を見ていると近くにいたフレイヤが寄ってきた。


「森に行くの?」

「はい。少し、ずるい作戦ですがね」

「……そうね」

「ええ。カメリアはまだ森の中にあのタルケのかごを隠している。俺が森に行ってタルケの入った虫かごを見つけるとカメリアとしてはまずい。だからカメリアとしては一緒に行くしかないでしょう」

「……まぁ、カメリアのことは任せたわよ?」

「はい。やれるだけのことはやってみます」

「期待してるわ。期待を裏切ったらデート100回ね」

「……ちなみに期待に応えたら?」

「決まってるでしょ、デート100回よ」


 ウインクするフレイヤ。

 この女性はもう少し慎ましくならないものだろうか。

 こんだけの美女に誘われているのだから一度くらい関係を持っても良いのかもしれないと思い始めてきたフェンでもあった。



 森の中と言っても草木が生い茂り道無き道を行く、と言うわけではない。

 この森はちゃんとハイキングロードも整備されており、行楽スポットでもあるのだ。

 そして、そのハイキングロードを歩き始めて数分。

 だんだんカメリアが虫かごを隠している辺りに近づいてきたため、カメリアの顔にはあからさまに落ち着きが無くなっていた。


「なぁ、カメリア。野生のタルケってみたことあるか?」

「え?な、なに?」


 裏返った声だが気付かないふりをするフェン。


「だから、野生のタルケ見たことあるか?って。この森どうやら野生のタルケが居るみたいなんだよな」

「見たこと、ない」

「そうか?じゃあちょっと探そうぜ?」

「え、い、いや、大丈夫」

「な〜にが大丈夫、だよ。いいからいいから。俺はこっちを探すからカメリアはあそこらへんを探してくれよ」


 フェンはそういうと自分がタルケのかごのある辺りを、カメリアには違う方向を指さした。

 慌てるカメリア。


「あ、私がそっちやる!!」

「ん?」

「え、えと、私がそっちやりたいの!!」

「そうか?まあじゃあ頼むよ」


 慌てるカメリアの申し出の不自然さには何も気付かないふりをして了承するフェン。

 フェンはそうして辺りの茂みを探す素振りをしながら、カメリアの方を盗み見た。

 カメリアは少しほっとしたように辺りの茂みの中をのぞいている。

 そろそろ、頃合いだろうか。


「カメリア、火事、大変だったな」

「え?」

「住むところ無くなっちゃったし」

「……それは別に」

「犯人、早く見つかると良いな」

「ハンニン?」


 少し大きな声を出すカメリア。

 まだ、早い。もう少し揺さぶってから。

 フェンはもう完全にカメリアの方を向いて喋っていた。カメリアはそれでもまだ辺りの茂みの中を探す振りをしている。


「ああ、フレイヤ様から聞いたんだけど今回の火事。放火なんだとよ。誰かに火を付けられたらしい」

「……ウソ」

「ホントだよ。カメリアは誰か変な人見なかったか?」

「見て、ない」

「そうか?些細なことでも良いんだ」

「……見てない」

「そうだな、例えば、燃える直前に変な物音を聞いた、とか、怪しい人が施設の中にいるのを見かけた、とか」

「……」

「あとは、施設にいる人が火事になる直前にどこか外に1人で出歩いていた、とか」


 カメリアの肩が微かに震える。

 カメリアは火事の直前に1人で街中に出てきていた。


「あとは、野生のタルケをこっそりと飼っている人を知ってる、とか」


 再びカメリアの肩が大きく揺れる。

 しばしの沈黙。カメリアが微かに声を出した。


「私じゃ……」

「何だ?」


 促すフェン。

 カメリアは振り返ると大声を出した。

 目には涙を浮かべながら。


「私じゃない!!」

「……?」

「孤児院なんてつまんなかった!」


 尚も大声を上げ続けるカメリア。

 表情は鬼気迫るものがあった。


「みんな私のことをバカにしてるし、居なくなっちゃえって!死んじゃえばいいって思った!!でも、私は孤児院に火なんて――」

「つけてないよ」

「え……?」


 拍子を抜かれたようにフェンを見上げるカメリア。

 フェンは出来るだけ優しい声で言った。


「お前じゃない。今回の火事を起したのはカメリアじゃないよ」

「……なんで?」


 カメリアの目からはとうとう涙がこぼれ落ちた。一度流れ始めたそれはどんどん流れていく。


「昨日、街中のペット店に行って聞いてきた。火事が起こる直前に黒髪の小さな女の子が1人でタルケが食べるような動物用のえさを飼っていったと証言した。その少女の特徴は、カメリア、お前と一致した。お前がここに来ているのを初めて見たとき、お前がポケットの中から何かを出しているのが気になったんだ。あれはタルケの為のえさだったんだろ?」

「えぐっ、うっ、うぅ……」

「お前が火事が起こった後にここにやってきたのはもしかして今回の火事の原因がこっそり飼っているそのタルケじゃないか不安だったんだろ?もしかして、このタルケを燃やされてしまったんじゃないか?」

「え、えぐっ、ど、どおじで……?」

「お前にとってはペット、いや、家族みたいなものなんじゃないのか?だから、火事の後に急いでここにやってきた。そのタルケが火事の放火に使われた=タルケは死んでしまったと言うことだからな」

「えぐっ……」

「不安だっただろ?ここに来なければこのタルケ達はえさを与えられない。でも、ここに来ているのがみつかると放火犯だと疑われるかもしれない。でも大丈夫だ。お前は犯人じゃない。俺はカメリアが犯人じゃないことを知ってるから」


 そこから先は言葉がいらなかった。

 言葉にならなかった。

 カメリアはフェンのもとへと駆け寄り大声で泣きわめいた。

 涙を流し大きな声を出しながら。


 フェンはカメリアとの距離が縮まったことに満足して今日はそのままカメリアを返した。

 タルケの世話はしばらくは自分がするから安心して放火犯が捕まるまで待て、と言い残して。


 結果的に言えばこの選択は間違いだった。

 フェンとカメリアの距離はまだまだ遠かったのだ。




 ¶

 翌日、フェンは浮かれた気分で公園に向かっていた。

 昨日の森の散歩でカメリアとの距離はかなり縮んだはずだ。もう少し時間をかけてカメリアの心の闇を晴らしてやろう。そんなことを考えていた。


 だが、公園に到着すると公園の異変に気付いた。

 テントの方から大きな声が聞こえてきていた。

 怒声。

 叫び声。

 両者が入り交じっていた。


 慌てて駆け寄ると、そこには子供たちに囲まれるカメリアとそれをかばうフレイヤや数人の職員の構図となっていた。

 テントから少し離れたところにはカメリアが必死に隠していたタルケのかごが寂しげにおかれている。


「フレイヤ様!!」

「あ、フェノア!!良いところに来てくれたわ――」

「フェノア様もカメリアに言ってくれよ!!こいつが俺たちの孤児院に火を付けたんだ!!」

「……どういう事だ?」


 事の顛末はこうだった。

 今朝。カメリアはまたこっそりと森の中のタルケに会いに行ってしまった。

 フェンはまだタルケのかごを森の中においたままにしていたため、カメリアは簡単にそのかごを見つけた。

 ――しばらく会えなくなるからトカゲさんにお別れを言いたかったの

 だが、他の子供がそのカメリアの後を付けていた。

 ――毎朝どこかにいなくなるから気になっていた

 その子供はタルケにえさをやるカメリアを見つけて大騒ぎした。

 放火犯はカメリアだ!!

 カメリアは火事が起こったときもみんなが居る大部屋に居なかった!!

 タルケを使って火をつけたんだ!!

 俺たちの家を返せ!!孤児院を返せ!!死んでしまった人たちを返せ!!


 子供たちは完全にいきり立った様子でカメリアを責め立てていた。

 カメリアをかばっているはずの職員も本当にカメリアが犯人ではないと言いきれるのかという疑念と迷いが感じられる。

 どうやらカメリアが無実であると思っているのはフレイヤだけなのかもしれなかった。


「みんな、落ち着け!!友達を疑うなんてよくないだろ?」

「でもこいつは!!こいつは火をつけたんだぞ!!」

「違う!!カメリアが火をつけるはず無いじゃないか!!」

「フェノア様は知らないんだ!!カメリアは、死を呼ぶ女なんだ!!」


 空気が凍り付いた。

 否。

 凍り付いたのはカメリアとその周囲の空気。彼女の放つ悲しみが空気を凍り付かせたように感じさせた。

 尚も男の子はカメリアを責め立てる。


「カメリアっていう名前は死を連想させる名前なんだ!!カメリアの家はカメリアが生まれる前はお父さんとお母さん、それからヒラソルって言うお姉ちゃんが居たんだ。だけど、カメリアが生まれるとお父さんもお母さんも死んじゃった!!」

「おい、やめろ!!」

「やだ!!ホントのこと言って何が悪いんだ!!その後カメリアはヒラソルと一緒にこの孤児院へやってきた。ヒラソルはすっごい明るい女の子だった。私の名前はひまわりを異国の言葉で言った言葉なのって楽しそうな笑顔で教えてくれた。それでカメリアは椿って言う花からとった名前だって言ってた」

「止めろって言って――」

「でも、ヒラソルはその後すぐに死んじゃった。その直前まで元気だったのにカメリアと2人で遊びに行った次の日に病気で死んじゃった。直前まであんなに元気だったのに!!あんなに笑顔だったのに!!それもきっとカメリアのせいなんだ!!椿は首落ちるっていわれてる不吉な花だから!!その椿から名前をとったカメリアがヒラソルと2人で遊びに行ったから!!カメリアのせいで色んな人が死んでいくんだ!!」


 一瞬だった。

 フェンが、フレイヤがその少年が大声で叫んだ言葉に気をとられているその一瞬の隙。

 カメリアはいつの間にか近くにあった小さな鉢植えを両腕で抱えていた。

 そして、その男の子に駆け寄ると頭に勢いよく鉢植えをぶつける。


「キャーーーー!!」


 職員達や子供たちの悲鳴。

 少年は頭から血を流しその場に崩れ落ちた。

 カメリアはそのまま一目散に走り出して森の中へと走って逃げる。


「フェノア!!あなたはカメリアをお願い!!必ず連れ戻して!!」

「わかりました!!」


 俺は慌ててカメリアの後を追った。

 もう姿は森の中に消えてしまって見えないが子供の走るスピードならすぐに追いつけるはずだ。



「はぁっはぁっ……」


 数分走り回るとカメリアはすぐに見つかった。

 森の中にある小さな池の側で佇んでいた。

 フェンは息を整えながら話しかける。


「カメリア……、こんなとこにいたのか……」

「来ないで」

「カメリア?」


 帰ってきたのは思いがけない拒絶の意志。

 まだ10歳近くの少女とは思えない語気の強さだ。


「来ると、フェン兄ちゃんも死んじゃう」

「おまっ、さっきの子が言ってたこと気にしてんのか?考えすぎだ――」

「本当だもん!!お父さんもお母さんも私が生まれてすぐに死んじゃった。それで私とお姉ちゃんは一緒にこの孤児院に来たの。だけど私はなかなかみんなと仲良くできなかった。おしゃべりが苦手だった。でも、お姉ちゃんはすぐにみんなと仲良くできてた」

「……」


 カメリアはこっちをむき直した。

 また、いつか見せたような能面のような表情だった。


「お姉ちゃんがうらやましかった。すぐにみんなと仲良くできるお姉ちゃんがうらやましかった。ある日、お姉ちゃんと2人でこの森の中に散歩に来た。お姉ちゃんはいつもみたいに楽しそうに笑顔だった。笑ってた。うれしそうだった。だから、私は思った」


 懺悔だったのかもしれない。

 悔恨だったのかもしれない。

 嘆きだったのかもしれない。

 カメリアは尚も続けた。


「お姉ちゃんなんか死んじゃえ!!って。お姉ちゃんは向日葵ヒラソルなんて太陽みたいなお花の名前なのに私は椿カメリアなんて縁起の悪いお花の名前。お姉ちゃんばっかりずるい!!お姉ちゃんなんか死んじゃえ!!って思った。そしたら次の日、お姉ちゃんは死んじゃった」

「カメリア……もういい……」

「今回の火事だってそうだもん!!孤児院にいるのはつまらなかった!!孤児院なんか燃えちゃえって!!みんな死んじゃえ!!って思ったから火事になって死んじゃったの!!」

「もういいって!!」

「……私は死を呼ぶ女なの。私が暗い性格だから。私が椿カメリアなんていう名前だから。私の周りにいる人はみんな死んじゃうの。私が死んじゃえって思った人たちは死んじゃうの」


 カメリアは俯く。

 儚く、今にも折れてしまいそうな身体。

 風が吹けば飛ばされそうな、押されれば転がってしまいそうな。

 フェンはカメリアに近づき頭を撫でながら言う。


「椿って花はな、昔から神聖な花として知られているんだ。邪気を振り払い魔除けの力を持っていて吉祥模様っていうめでたい模様に使われたりもするんだ」

「……フェン兄ちゃん?」

「椿の葉は厚くて艶やかだから生命の象徴とも言われてる。花が首落ちるとも言われるように首からぽろっと落ちるのは神聖で真に美しいもののみが許される可憐で優雅な潔さだ」

「……」

「見ろよ」

「……え?」


 フェンは無理矢理にカメリアに池のふもとの木を見させる。

 そこに咲いているのは凛と、優雅に咲く椿の花だ。

 青々とした緑と鮮やかな赤のコントラスト。

 カメリアが息を呑む音が聞こえた。


「こんなに真っ直ぐに咲いてるじゃねえか。こんなに綺麗な花じぇねえか。春の訪れを告げる木、椿。椿の花は泣く子も守るほど優しく綺麗だって昔から唄われてる。花言葉は女性らしさと気取らない美しさ。大人しい(・・・・)カメリアにはぴったりな名前だろ?」

「うっ……えぐっ……」


 カメリアが泣き出し始めた。


「名前が、他人が、何だっていうんだ。確かに、お前の父さんも母さんも姉ちゃんも、死んじまった。火事で孤児院も焼けちまった。ひとりぼっちで辛いだろう。家族がいなくて寂しいだろう。それでも、お前は生きてるんだ。お前が迷った時には俺が一緒に道を探してやる。寂しい時には俺が話し相手になってやる。うれしい時には一緒に笑ってやる」

「えぐっ……ブェン兄ぢゃん、フェン兄ぢゃんは、じんじゃ、死んじゃ、わない?」

「ああ、俺は死なない。お前をひとりぼっちになんかさせないさ」

「約、約束だ、よ?」

「ああ、そうだ。俺は死なない。約束だ。ほら、小指立てろ。約束する時は指切りげんまんしなきゃいけないんだぞ?」


 椿の花が、一つ池に。

 青い水に流れる椿の赤い花。

 沈みかかった陽は2人を赤く照らしていた。

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