5. 二人のジェーン
心地よい眠気を感じ、女王は愛しい男の胸に頬を寄せた。疲れきった頭が急速に癒されていく。
互いに歳を重ねて、昔ほどの体力はない。けれど、馴染んだ体と行為は、心を満たすのに十分だった。
「若者は疲れを知らぬな。そろそろ一緒にさせるべきかもしれぬ」
「どうでしょう。障害が多いほど、男は燃え上がるものですが」
隣室ではまだ、侍女と若い寵臣の交配が続いていた。彼らの激しい愛の行為に、女王は失った若さと情熱を思い出す。
「ロンドン塔の逢瀬を思い出すな」
「牢番には、ずいぶんと賄賂を渡しましたよ」
姉王への反逆罪を疑われ、投獄されていた若きエリザベス。彼女に逢うために、命がけで監獄に忍んだダドリー。
ことが公になれば、ダドリーの命はない。彼に抱かれる夜、女王は看守に聞かれぬように、一晩中シーツを噛んで声を殺したものだった。
「罪人が犯されたところで、誰も気にしない。欲深い輩だな」
「あれは冤罪です。私とは違う……」
父親の反逆行為に加担したという理由で、ダドリーにも投獄された過去があった。
エリザベスの弟王が後継者に指名したのは、旧教徒の異母姉ではなく国教徒の又従姉だった。彼女を擁立したのが、ダドリーの父。
エリザベスの異母姉が王位を奪還したことで、彼女は反逆の汚名を着せられ、夫を共に処刑された。
「若く美しい二つの命を無残に散らした。私の罪は償い切れるものではない」
「あの子は本当に美しく、そして聡明な少女だった」
彼女は女王と幼少期を共に過ごし、やがてダドリーの弟の妻となった。可愛い弟と高貴な義妹の断首に、ダドリーは心を痛めた。十九歳と十六歳の夫妻は、死ぬには若すぎる。
若くして逝った彼女の分も生きてほしいと、娘に同じ『ジェーン』と名付けたのはダドリーだった。そして、王家の思惑に巻き込まれないよう、娘の存在を隠しているのも。
「ジェーンの子は、ギルフォードと名づけます」
「ギルフォード・チューダーか。よい名だな。私たちの初孫」
「本名は秘めておきましょう。彼は私の息子として育てます」
「だが、彼は我が後継者。いずれ国王になる者だ」
孫を王位に就けることに、ダドリーは価値を見出してはいなかった。娘ジェーンにも孫のギルフォードにも、愛するものと共に生きる平凡な幸せが訪れればいい。それはダドリーが求めて得られなかった夢だった。
しかし、女王の意向に背くことはできない。彼女が自分の孫を後継者と望むならば、全力でそれを支持するのがダドリーという男だった。
「そのためには、宮廷から旧教派を一掃する必要があります。後継者にスコットランド王を推すものたちも」
「力ずくでは成しえない。強引に推し進めれば、異母姉と同じ轍を踏むことになる」
女王の一番の忠臣、大蔵卿は熱心な国教徒だったが、平和を望む姿勢から旧教徒のスコットランド王に肩入れしていた。
これまでも、彼は強国との戦争を避けようと、女王に他国の王族との結婚を望み、ダドリーとの婚姻は断固として認めなかった。
そのため、未婚女王の懐妊は隠され、私生子の出産は秘密裏に行われた。生まれた娘の乳母となったのは、女王の信頼厚い従姪。
しかし、その息子がまだ十三歳の女王の娘を孕ませたのは、大人たちの完全な誤算だった。
身代わりに妊婦を演じた女王の従姪は、亡夫の喪中に淫蕩に耽ったと嘲笑された。彼女がその恥辱に耐えたのは、己の息子の所業への責めを一身に負ったためだった。
「娘と孫をダドリーの領地へ。あそこなら人目にも付かない。のびのびと暮らせるだろう」
「承知いたしました」
寝室の出口近くで寝ずの番をしていた年長の侍女が、神妙な顔をして膝を折った。従順な彼女を女王は好ましく思ってはいたが、実は妬ましくもあった。
彼女は愛するダドリーの正妻。孫を嫡出子として日の当たる場所に出すための便宜上の措置であったとしても、その立場への嫉妬はなかなか消えなかった。
愛の証を見せびらかすように、女王わざと全裸のままベッドを降りる。その腿を伝い落ちたダドリーの体液が床を汚す様を見て、年長の侍女はいそいで入浴用のお湯を用意すべく鈴を鳴らす。
「私のことはいい。侍女の湯浴みを」
隣室もようやく営みが終わり、別れを惜しむ若い恋人たちの会話が漏れ聞こえた。
「ちゃんと掻き出すように。婚姻前に身ごもったら体裁がよくない」
年長の侍女は深々と頭を下げる。これくらいの嫌味は許されるとばかり、女王は笑って後を続けた。
「お前の息子も一緒に連れておいき。ただし、ダドリーはやらぬ」
「ありがたき幸せ。若い夫婦も喜びましょう」
今度はダドリーが頭をさげた。女王がダドリーを片時も離さないのは、周知の事実だった。そして、ダドリーも女王の側を離れる気は全くなかった。




