一回目
行軍という導をなくしたルオは一目につく高原地帯ではなく、鬱蒼とした雑木林を歩き続けていた。道中、人の声がする方向へ進むと木で組まれた拠点が広がっており、そこにはたくさんの物資で溢れていた。
その場所には今回の敵『ナリ』の国旗がいくつも掲げられていたため、悪戯感覚で手当たり次第、見つけた瓶を貯水地に向けて投げ入れた。食べられるものを探したが、痩せた麦しかなく、それらには火をつけてやった。憂さ晴らしを終えたところで、ルオはその場から逃げて自分たちの仲間『フィール』軍を探しに再び森に入って行った。
この時、ルオが投げ入れた瓶の中身が油や薬品で、管理する3つの貯水地の内1つが油や薬品に汚染されてしまい使い物にならなくなった。
自分が何をしたのかなど考えもせずにフラフラと歩き回っていると耳馴染みのない音が飛び込んできた。タターン、タターンと何か打ち付ける音。その音は小さいけれど確実に近づいて来ている。ルオは咄嗟に身を隠し、音の方向に意識を集中させる。
タターン!、タターン!!、タターン!!!!と音は確実に大きくなり、自分の背後にいるような感覚に陥る。借金取りたちから隠れるために、気配を殺した静寂を作るのには慣れている。
音は少しだけ遠ざかり、ルオから視認できる位置に影が落ちた。それは、ルオと同じように背を低くしながら木陰に背中を預けて暗闇に同化している。輪郭ははっきりしていないが人である事は確かだった。
ルオは彼が何をしているのかわからなかったが、声をかけるべきではないし、自分の居場所がバレても行けないとなんとなく感じ取った。
やがて、時間が経つと再び聞き慣れない音が、今度は大きく幾重にも重なって響き出した。近づくにつれてその音がなんなのかルオはすぐに気付いた。
「あれ本当だったんだな。前方部隊が壊滅って、」
「そりゃそうだろ。戦闘経験もない金で買われた人数合わせだ。そのせいで余計に士気を上げさせた。」
「けどよ、そいつらが貰う分の金はうちに支払われるわけなんだろ?じゃあむしろ感謝しなきゃだ。死んでくれてありがとうなって。」
「確かに、そうだな。」
男たちは呑気に雑談しながら進んでいく。同じように列を成した彼らはどこかを目指して進んでいる。足音、人の声、ガチャガチャと擦れ合う金属音。行軍だった。
ここからは距離はあるが音は聞こえてくる。振り向いて姿を確認すれば敵か味方かすぐに判別できるが、大幅な動きを見せれば前方の影に悟られないという保証はない。影が動くまでは自分も動くわけにはいかなかった。
音が近づいて来た時、念のために斧を握っておいたのが不幸中の幸い。もし影が近づいて来た時には振り下ろして交戦できる。
チッと小さく葉と何が触れ合う音がする。影が動いたんだ、と首をそちらに向けた瞬間、シュンッと音が鳴りルオは意識を無くす。視界が一瞬で暗くなり、音も沈んで消えていく。四肢への血流は冷たくなり重しを乗せられたみたいに動かなくなる――
思考が追いつく前にルオは生を零した。が、人生が閉じていく瞬間をルオは記憶する。思い出となったその出来事は今でも脳内で反芻できるように思考が、神経が、音が、色が、意識が復活する。
ルオは本能的に斧を振るう。痛みが向けられたその方向に斧を振るう。感覚が戻りきっていない鈍感な握力には本能的な殺意と抵抗は耐えきれず、斧は勢いよく飛ぶ。
ガシャンッ!と歪な音を鳴らした頃にはルオを殺した影は、呑気に騒いぐ彼らに囲まれていた。
「そりゃいるよね。刺客の一人や二人。」
「やべー、気、抜いてたわ。ぬるい戦場だと思って。」
「なんだ、珍しく今回は神様が味方してくれてんの?マジ?」
男たちはさっきと変わらず軽口を叩きながらも退路を塞ぎ、進路を塞ぎ、慣れた動きで影を囲う。影は抵抗しようと武器を振るうが速さと隠密に特化したそれでは相手にすらならず、雑談のついでみたいに簡単に殺された。
「この斧こいつの?」
「いや、違くね?流石にこの大きさの斧持って動くのは効率悪すぎるし、というか俺らが気付いたのってこの斧が投げられた時の音じゃない?」
試しに男は斧を軽く振り木にぶつけてみる。
「あぁー、確かに。」
「頭領がここ通る前で良かったな。死にはしないかもしれなかったけど、腕の一本くらいは終わってただろうし。」
「それならこれ誰のだよ。」
男たちは辺りを見回し、
「あ、こいつだ。」とさっきと同じように息を殺していたルオを見つけ出した。
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地面が波打つ。自分の体が自分のものでは無いような感覚から徐々に意識の輪郭がはっきりとし始める。
「うわっ」と思わず漏れた言葉は自分が生きていたという実感からではなく、普段の視線とは違う場所から世界を見渡していると言う違和感から出た言葉だった。
「なんだ、坊主、馬に乗るのは初めてか?」
「よく生き残ってたなぁ、すごい有様だったぞ。」
男達は目が覚めたばかりのルオに次々と言葉を投げるが、どの言葉もうまく飲み込めずにいる。
「まだぼーっとしてんだろ。カラフが思い切り殴るからだぞ、」
「だってよ、暗殺者の仲間だと思うだろ普通。あんな場所で気配を殺してたんだから。」
「坊主のお陰で俺たちは頭領に絞められずにすんで、頭領は大事な身体が元気なままでいられるんだぞ。言い訳してねぇで謝ったらどうだ。」
「うぅ、すまねぇ。坊主。つい力加減が上手くいかなくてよ、」
「あぁ、うん。うん、」
ルオは未だふわふわする中、なんとなく流れを読んで相槌を返す。今わかっている事は馬の上で抱えられていたという事、そして彼らは敵では無いという事。これだけわかっていれば十分だと言えた。普通ならルオからいくつか質問が飛び交っても仕方ない場面なのだが、
「俺の荷物ちゃんとあるか?」
「あるぞ。中身もそのままだ。」
「ありがと。腹減ったからなんか取ってくれ。」
「ほらよ、」
焦茶色の携帯食、削ぎ切った干し肉、見慣れない葉っぱをひとまとめに紙袋に入れて手渡される。
「これ何?葉っぱ。」
「あぁ、道中で見かけたら毟ってるんだ。口がさっぱりしてモソモソするブロッソにはよく合うんだよ。」
ルオはひとくち齧ってみて、男の言う通り口の中が爽やかになったのを確かめると馬上での食事を摂った。携帯食のブロッソは相変わらず慣れない不味さだが、干し肉と葉っぱのおかげで幾分かマシだった。
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