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巨神兵は堕ちた  作者: ミツメ


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行軍の行方

 長い行軍。ルオは退屈で仕方なかった。無事、とは言えないが当初の目的通りルオは傭兵として『ナリ』との戦争へ向けて前線へ向かっていた。私兵の中でも傭兵隊は最も雑に扱われる。しかし、その分支払われる対価は大きくその対価を得るために傭兵達は心血注いで腕を奮う。


 15歳で成人扱いされるためルオの様な少年兵の姿は珍しくなかった。小国『フィール』の傭兵として雇われる者たちはそのほとんどが金のために捨てられた口減し。一時期は『フィール』の大金星に喝采をあげた隣国群だったが、『ナリ』が本腰を入れた途端に手のひらを返し『フィール』は蛮行を犯したと嘲笑った。

 とは言え、偉そうにふんぞり返る『ナリ』に一泡吹かせたいというのは全ての国々の総意であり、密かな戦力支援は絶えず行われていた。

 その一つがこの傭兵軍である。貧民街や名前のない様な村々にそれなりの金を払って若者を集める。栄えた街の者達からすれば一年で稼げる金額だが、彼らからすれば一生かけて作れるかどうかの金額。喜んで戦士を作って送り出した。


 送り出された彼らも目は死んでいない。ここで名を挙げて大金を稼ぐ傭兵になるんだと息を巻いている。

 何もない生涯を生きるはずだった彼らからすれば、こんな機会はまさに天から与えられた試練なのだと考えて当然だった。


 行軍は『フィール』と『ナリ』の前線の中でも最も熾烈を極める『ブレイソ山間部』へ向かっていた。傭兵軍は道中、その数を増やし続け、人が増えるたびに傭兵軍は自分達に利があると信じて勇む気持ちをどうにか抑えながら進んでいった。

 行軍の途中、中には用意していた物資を切らして、飢えるもの、乾くもの、毒されるもの、を産んでいく。しかし、誰も彼らには手を貸さない。彼らは同じ軍ではあるが決して仲間でも同胞でもなかった。むしろ、自分の分前が、活躍の場が、増えると進んで邪魔をする者さえいた。


 ルオが行軍に参加して5日経った。後ろも前もまばらではあるが列は続いている。2日目から前方の者達が先行隊が戦闘を開始したと話していたが、その気配は一切見えない。誰かの嘘か、はたまた全滅したのか、ルオはどうでも良かった。ただ退屈で退屈で仕方なかった。何度か列を抜けてどこかに行ってしまおうかと考えたが、敵前逃亡は基本的にその場で死罰。ルオの周囲をを歩く者達の手柄となり死んでしまう。

 そんな光景を何度か目にしているルオは、彼らの様な馬鹿ではないからと退屈を放置する事に決めた。


「おーい!前方に敵勢力発見だってよ!後ろに伝えてくれ!」


 今日に入って何度目かの伝達がルオ達に届く。伝えに来た男も歩くのと駆け足のちょうど中間くらいの速さで言いに来ると、帰りは殆ど歩いているみたいな速さで戻って行った。


「誰いく?」


「さっき俺行ったからお前いけよ、」


「いや、お前で良いだろ、知り合いいるんだろ?」


「早く決めろよ、」


「なんだよお前、偉そうに、」


 特に決まりはないが、行軍を開始してから同じ速さで進むこの十数人を自分達の隊という認識はなんとなく広がっていた。名前はほとんど知らないし、こうやって小さなことでちょくちょく小競り合いが起こる。しかし、同じくらいの年齢の彼らは経験も乏しく初の戦場という事もあり心のどこかで居場所を欲していた。


「おい、お前行けよ、」


 とうとう自分の番か、と声をかけたらルオは気怠そうに返事する。


「まぁ、いいよ。」


 案外すんなり了承された事に揉めていた者たちはきょとんとしているが、ルオからすればこの数日間一回も伝達に走ってない事に少しだけ罪悪感を覚えていた。それに、毎回同じ様な内容で揉められるのは段々と苛つきが移ってくる。気分転換にでもなるかと伝達の役割を受け取った。


 後続の集団は僅かに人影が見える位置にいる。初めだけ走って途中から歩いても十分だろうと動き出す。

 姿がはっきりと見え始め、後続の彼らもまた伝達が来たとルオに合図を送る、、


 瞬間、落雷のような破裂音が響く。ドン!ドン!ドン!と3回鳴ったあと、いななきが轟く。


「敵だ!!!!!!!」


 その声をあげたのは本来伝達するはずだった後続の集団からだった。各々が武器を握り締め、勢いよく向かってくる影。騎馬隊と対峙しようと覚悟を決める。遅れてルオも斧を取り出して戦闘準備を整える。


 山間部へ向かう途中の高原地帯。雑木林の広がる場所を避けながら行軍していた事もあり、見通しはよく仲間の位置は一目瞭然で、敵の位置のすぐに見つけられるが、その一方で騎馬隊には自由を与え、両者共に死角と遮蔽を失っている。


 まとものな指揮官もおらず、戦闘経験もほとんどない急造の傭兵軍。一瞬だった。騎馬隊の刃は一振りするごとに二、三の命を刈り取り、馬に怯えたものは踏み殺され、武器の扱いもままならない弱兵達は同士討ちさえ珍しくなかった。

 『ナリ』の騎馬隊からすればちょっとした脅しのような攻撃だった。機動力を用いて、経験不足の歩兵達に急襲を食らわせ戦意を挫く。


 つまり騎馬隊にとってこれは不測の事態とも言えた。あまりにも弱すぎる傭兵軍は日々の練習にも満たない呆気なさで、中には遊戯感覚で死なない程度に斬りつけて遊ぶ者さえ出てきていた。

 一方的な虐殺は数時間にかけて行われる。ある程度の人数を減らし、行軍進度を遅らせる目的が前段の傭兵軍を壊滅される事態になるとは誰も想像していなかった。


 この戦況の中ルオは奇跡の生き残りを果たしていた。


 集団と集団の間、伝達のためちょうど孤立してルオは偶然にも騎馬隊の初撃の対象として選ばれなかった。騎馬隊からすれば集団を散らして戦いやすくするためなのだから当然といえば当然なのだが、初撃を受けなかったルオは用意した手斧を持って騎馬隊が向かう後方ではなく前方へ走り出した。

 もちろん、逃げ出したわけでも前方の仲間達が心配だったわけでもない。敵が来た向こう側、そこに敵の拠点があると考えたからだった。


 ルオがこの戦場に来た理由はたった一つ。功績を上げて金をたくさん貰い、ごみみたいな生き方をやめる事。功績を上げるというのは敵を沢山殺し、強い者を倒し、勝利に導く事。それ以外ルオの頭の中には何も用意されていなかった。


 走って前方に向かう途中、さっきまで行軍を共にしていた者達の死体を目にする。喉を裂かれ、頭を割られ、手足は踏み砕かれている。まだ微かに息がありルオに何か語りかける者もいた。

「ぉお、、ぇぁお、うぁぅ、」


「よっしゃ、」


 ルオは倒れる者達に近づき、一つ一つ鞄を漁る。短刀、薬草、水筒、保存食、ざっといる物を見繕ったルオはまた息のある者に

「ちょっと行ってくるから、戻ってきた時生きてたら村まで運んでやるよ。」

 と言い残し、走っていった。


 この日、『ナリ』と『フィール』それぞれの『ブレイソ山間部』に置かれた陣営拠点に急報が届いた。両者共に吉報と凶報。


「報告します!!右方山間部にて騎馬隊が敵勢力と戦闘。足止めとして二小隊が出撃し、敵戦力半壊いたしました。騎馬隊員には損害がなく、無傷での敵勢力後退に成功。」


 上々の報告に『ナリ』の指揮官たちはそれぞれ喜びを表している。


「が、しかし。右方にて管理していた物資、特に水、燕麦、油が全体量の約3割消失いたしました!!」


「は?」

 誰の言葉だったか。皆一様にこの状況ならば漏れ出るであろう反応は陣営拠点の静まり返った空気の中に溶けていった。

 冷静な文官が伝令に問う。


「それは、フィールの工作兵か?それとも、」


「現状被害復旧に後手を踏んでおり、原因の解明には至っておりません。しかしながら、右方指揮官の考えでは内部に密偵がいる可能性が高いと踏んでいるようです。」


「なぜそう考えられる?原因は分かってな、」


「先ほど申した敵勢力の打倒は、圧倒的な戦力差によるものだったため、金で買われた傭兵軍、その中でも経験の浅い村や奴隷出の寄せ集めだったと考えられるらしく、残存兵、逃走兵に兵站へと工作技術はもちろんそこへの妨害に考えが至る可能性は殆どないかと。」


「確かに、それは考え難い。内部の調、」


「右方指揮官タイポンド卿が信頼のおけるものを集め、早急に取り掛かっております。」


「そうか。なら良かった。あぁ、あとお前、私は文官だがこの場では貴様より上官だ。会話に割入ってくるな。次やったら首を落とす。」


「は、っはっ!失礼いたしました!」


「では、戻れ。」


 文官、クレイダタールは未だオロオロしている口だけばかりの役立たず達に言葉もくれず、天幕を後にした。


 

読んでいただきありがとうございます。


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