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巨神兵は堕ちた  作者: ミツメ


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赤黒い正体

 背広の男の後ろをついていく。ルオと男の契約は一瞬にして結ばれた。契約という形で自由を奪われ借金の奴隷だったとは思えないほど、警戒心もなく男の口車に乗ったルオだったが本人はそんな不安などあるはずもなく、残る二つのアイプの実を齧りながら路地を進んでいた。


「ここですよ。少年くん。」


 男が連れてきたのは煉瓦造りの廃屋だった。工房が立ち並ぶ職人街の一角に幾つかの廃屋が並んでおり、ここはかつて名の売れた義肢職人の工房だったらしい。

 その職人は、腕を認められどこかの貴族の御用職人となった為、金もいらない職人は面倒な手間を嫌がりタダ同然の値段で知り合いに売った。


 その知り合いというのが背広の男であり。彼も技術を持った職人だった。しかし、とある一件から彼は素性を隠し、その技術も使うことをやめた。代わりに彼はある商売を始めた。それが――


「それで、本当に金もらっていいのかよ。」


「もちろんですよ。少なくとも50万ブルはご用意します。」


「1、10、100、え?は?」


 指で位を数えるルオはあまりの桁の大きさに驚きを表す。


「そんなに驚く事じゃありません。それだけ若い子の臓器は求められているんです。」


「その臓器ってやつは、一個しかないのか?2個でも3個でも、」


「いけませんね。それは。少年くんが生きてお金をもらう。それでこそ意味のある商売なのですから。」


「よくわかんねぇけどよ。まぁおっさんに任せるわ。頼んだ。」


 男はルオの純粋な信頼に震えた。男は自分を善人だと認識しているが故に一人の少年を利用してしまう事に罪悪感を感じる。男はその器用な手先を使い臓器を摘出する仕事をしていた。人の臓器は高値で売れる。闇の世界では常識だった。

 供物を求める狂信者、薬効を信じる薬師、飾りとして置きたい鄙陋な金持ち。

 若い男の臓器と言えば、死鳥のように囀りをあげてそれを欲する。男は少年に麻酔を投薬する。筋肉の強張りがなくなり瞳がとろんと惚けて焦点が合わなくなる。状態の確認に数分使い、問題ないと判断した男は手術台に寝かせた少年に刃を向けた。


――――――――――――――――――――――――――――――

[フィール]


 トロツクは頭を悩ませていた。彼はダイタルに仕える士官で、衛生兵に指南する凄腕の医者だった。それでいて狂気を持つ科学者でもあった。


 彼の目の前には蠢く肉塊。もっと精巧に表すのであれば青黒く変色した血の塊がどこか行き場所を求めて這いずっている。特別仕様の籠に閉じ込められたそれは主人を求めて生き続けていた。

 『巨神兵の臓物』

 これを初めて目にした時トロツクは心が踊った。フィールの英雄アイセンが戦場から持ち帰った物で最も醜い物体。

 国全体が巨神兵討伐に喉を壊しながら叫んでいた裏で、トロツクはアイセンの狂気に触れながら、恍惚とした表情でこの醜い臓物を二人で眺めていた。


 しかし、問題はここから。このことを知っているのは一部のみで、王のアシマキでさえ知らない。ダイタルが即座に情報統制をしたからなのだが、ダイタルとアイセンはこの臓物を兵器に変えられるのではと考察した。トロツクもその考えの高揚感に惑わされ飛びついた瞬間、この計画の責任者を押し付けられる事になった。

 長い時間をかけ、幾つかの可能性を見出せたのはつい先日。ただ悠長に試算と考察を重ねている暇はフィールには用意されていなかった。


 即時行動に移せと命されたトロツクは、他国の貴族でありながらトロツクの狂気じみた思想の信奉者であるバイファルドに協力を要請した。


「トロツク氏、これが、人皮で作った椅子なんですぅ。ホホホホ」


 あまりの趣味の悪さに手が出てしまいそうだが、彼と揉めている時間も勿体無い。


「急な頼みで悪いなバイファルド。この椅子もいい作りだ。なめしの作業が丁寧なんだな。」


 自慢のコレクションを褒められ、続けざまにコレクションの話を展開するバイファルド。

「そうでしょう!トロツク氏!人皮で言えば他にも靴下や、足袋など、」


「バイファルド、申し訳ない。その話はまた今度ゆっくり聞くとする。あまり時間がないものでな。」


「そうでしたねぇ。貴国の状況を忘れていた。亡命でしたら喜んで受け入れますよぉ。ホホホホ、」


「人を買いたい。それも若い男で、数はあればあるだけ良い。」


 トロツクはバイファルドが金に靡かないのを知って、目の前に幾つかの瓶を用意した。

「他にも幾つか用意はある。バイファルドの求めている物も。」


「もしかしてぇ!」


「その話もまた今度だ。頼めるか?」


「トロツク氏に男色趣味はなかったはずですが、まぁなんでも良いですよぉ。知り合いの奴隷商を紹介しましょう。」


「それと、手術室を用意できるか?最悪田舎の病室を買い占めるでも良いんだが、」


「それなら、ちょうどいい男を知ってます。珍しい臓器商の男なんですがねぇ。手も良いですし、良い調理場を持っているみたいですから。彼にも少年を見つけておくように言っておきますよぉ。」


 トロツクはそれぞれの連絡先と紹介状を受け取り、バイファルドに礼を送る。


「少し落ち着いたらまたゆっくり話をしよう。私の送るとっておきも大事にしてやってくれ。」


「それはもちろんですよぉ。トロツク氏もどうかご無事で。いつでも我が家はあなたの席を用意してますからねぇ。ホホホホ。」


 気味の悪い男だが、彼は信用できる。そしてとてつもなく優秀だ。トロツクは奇妙な友人関係を使い、計画を一つ前に進めた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 紹介された手術室。暗号のように調理室と呼ばれたその部屋は煉瓦造り廃屋の地下にあった。カビ臭くじんわりと冷たい階段を降りる。

 バイファルドが用意した奴隷たちは順次ここに連れて来られる。そのために手術室に改築を施す必要があるか確認に来た。


 人員不足なトロツクにダイタルはクライスを送った。ダイタルの臣下で、同じ軍部出身のクライスは入れ違いのような形で別口で器の候補を集めていた。


 どちらにせよ数は多ければ多い方が良い。研究対象が増えるという科学者的知見ではなく、戦力が増えるという部分でだ。

 巨神兵の臓物はある程度の大きさまで削るといつの間にか復元を始める。削られた方は元の肉塊に戻ろうとするか、肉塊と同じように復元を始める。


 小さな塊であれば高温に熱した釜に落とし、焼き焦げて灰にすれば処理できるが大元の塊は焼き尽くす前に再生が始まってしまう。

 この無限にも増える臓物を人の身体に植え付ける。恐ろしい計画だが、人の心を持っていては大国『ナリ』と組み合って勝てるはずがなかった。相手にもならず見せしめとして『フィール』に生まれてきたという事実のみで非道の限りを与えられ続ける。

 奴隷なんて生ぬるい。死ぬことが贅沢とされる国へ変わってしまう。


「どれくらい人員割けそうなんですか。」


「俺たち合わせて五人だ。」


「えっ、はぁああ?え、五人?」


「勝手に雇ってもいいけどその管理はお前がしろよ。」


「クライス殿、そんな酷い話ありますか。」


 二人は階段を降り、明かりを灯す。日の光が途切れて暗闇広がる地下に温かい光が広がる。

「まだ暗いな。」


「これぐらいがちょうどいいですよ。変に目立ってもダメなんですから。」


「そうだな。」


 渡されていたこの場所の説明には手術台が二つと、休憩室、客間、何にも使われていない部屋が三つと記されていた。トロツクとクライスの二人はそれぞれ部屋を見ながら持ってきた荷物を置いていく。


「先、手術室に準備した方が良いかもです。」


巨神兵の臓物を閉じ込めておく特注の箱を担いだクライスが手術室を探して回る。


「こっちか?」


「その奥にあります。」


クライスは塞がった両手の代わりに右足で扉をあけて箱を下ろす。上部のみ開いていて他五面は頑強な金属で覆われている。この肉塊はもぞもぞと動くが上に行こうとはしない。いくつか条件はあるのだが、この構造が一番コストが少なく観察しやすいらしい。

 クライスは箱のせいで視界を手放していたが、広がった視界で手術室をみて気が付く。

「これ誰だよ。」


 手術台に横たわる少年。腹には縫合痕が残されておりここの利用者であることは一目でわかる。トロツクいつもの忘れてました案件かと思い、部屋を出てトロツクが作業する部屋に向かう。

 ちょうどその頃、臓器摘出を終え一休みしていた臓器商の男が物音に気が付き部屋を出る。さっきと変化のない手術台。しかしその足元には見慣れない箱。ここでトロツクは箱を覗き込み、驚きのあまり尻から倒れた。血の匂いがする塊が意思を持っているように動き続ける。普段から人の臓器に慣れていなければ吐いていたかもしれない。奇妙な肉塊に怯えながら男は思考を巡らせる、とここであることを思い出した。


「あぁ、これか。」少し前に常連の薬師が言っていた造血剤。術後に調子を落とす子供が多く、薬師に頼んでおいた品。薬師は少し臭いが強くて気味の悪いものしかないと言っていたが、ここまでとは想像していなかった。それに話に聞いていたより固形だがそういう物なんだろう。箱の中に手を入れ絡まってくる物体を適量斬りつける。

 男は知識として戦地では血を流し過ぎた兵のために体に入るまでは固形で、止血効果の高い輸血があることを知っていた。つまりこれは造血剤でありながら止血剤になるんだと理解した。


 まだ安定していない腹部の傷と、無理やり血と混ぜて液状にしたそれをルオの体に流し込む。ドクンとルオは強く跳ね上がり男は焦るがやがて息遣いが落ちつく様子をみて安堵の息を漏らした。


読んでいただきありがとうございます。


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