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巨神兵は堕ちた  作者: ミツメ


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2/6

貧民街のルオ

 町から運ばれてくるゴミの量はどれ位になるのか。不思議に思って一日中観察してたけど、やってくる荷台が十を超えたあたりから数える気は失せた。時々顔中を覆いたくなるような強い臭いも、せき込みながら無理やり深い呼吸を続けると慣れてくる。 

 このことを町のやつらは知らないみたいだ。怪訝な目、耳に障る罵詈雑言。この扱いもいつの間にか慣れてしまった。それに、こうやってコソコソされる分には正直どうだってよかった。厄介なのはこういうやつ。


「おい、貧民街のガキが何うろついてんだ?」


「おれ、貧民街住んでねぇぞ。」


「な、お前嘘ついてんじゃねぇ!その格好と臭いどう見たって貧民街だろ。」

男は声を荒げながらにじり寄る。この行動に意味なんてない。貧民街の住民に強く出られる自分という姿に酔っているだけ。時々こんなバカに絡まれて、その中で数回痛い目に合うだけ。あの痛みは慣れたくても慣れない。


「用事済ませたらさっさと帰るから。どいてくれよ。おっさん。」


「貧民街のガキの癖に随分と偉そうだなお前。あぁ?」

仕方ないか、とルオは走り出した。普段なら渋々時間を変えて出直すが、今日はそんなこと言ってる暇はない。自己心酔している正義漢に付き合ってる時間など一秒だってなかった。ルオが走り出したことで反射的におじさんも追いかけてくるが、小回りの利く体型でもないため足を絡ませて転んだ。そんな情けない姿を見届けることもなく、ルオは目的の古物商まで止まらなった。



 母が亡くなったのは三年前。父の残した借金を返すために戦地近くまで出稼ぎしに行っていた。顔を突き合わせて話したのは五年以上前の話になるだろう。死因はわからないが、戦地の近くで死んだため国から短いお見舞いの文章と見舞金が送られてきた。実感こそ湧かなかったが、どこから聞きつけたのか借金取りの男たちが見舞金を回収しに現れ、「明日からお前からとるでな。」と言い残し、そこで自分は何かに支えられてきたことに気付いた。


 その日からルオは身を粉にして働いた。借金取りの勧めで金を払い傭兵になったが、経験もなく幼いルオに仕事が来るはずもなく結局いつも通りの日々だった。頭の中にあるのは金の事だけで、陽光が世界を温め始める前に起き、星の輝きを楽しむ時間すら無く眠る。

 そんな生活を繰り返し三年が経ったある日、ルオは借金取り達に戦地へ行くことを薦められる。隣国フィールでは現在破格の値段で傭兵を雇っているらしく、出兵金を渡せば借金はすべてチャラにしてやると説明された。少し悩んでルオは唯一の友人であるドーヤに相談することに。


「それ、お前利用されてるだけだって。見舞金はこちらまでってあいつらの名前書かされて、死ぬことをずっと祈られるに違いない。生きて帰ってくればまた同じように金を無理やり貸して借金漬けだ。」


「けど、それって今と何が違うんだ?」


「そうだよ。だから言ってんだ。今のままでいい、クソみたいな生き方だけど死ぬよりずっとマシだろ。」


 ルオは帰り道頭を悩ませた。こんなに悩むはいつぶりか、脳みそが働き過ぎて限界の信号を出しかけたくらいでふと気づく。

今の自分は死んでいるのと何が違うのか。それならやることは一つしかない。次の日、ルオは志願兵になる決心を借金取りの男たちに伝えた。武器などの装備類や諸々の道具が必要だと言われ、その代金は貸してやると言われたが昨晩ドーヤに言われた話を思い出しこれ以上借りるのは断った。

 借金取り達は丸腰で戦地に行くつもりなんだと考え、ルオの死が近づいたことに喜んだが実際のところルオには一つあてがあった。


 翡翠色の石。齧っても不味いし、何の役にも立たない。けれどこれが価値のある物だとルオは知っていた。二度訪れた貴族街、平民街より酷くはなかったがあそことは別種の息のし辛さがあった。そこで見た装飾品、そこにこの石は使われていた。

 この石は母の残していった物だった。形見と言えば聞こえはいいが、単に遠出するときに持っていたくないため家に隠して置いただけで、その間に死んだから見つけたルオが貰ったという単純な話。これだけは借金取りにバレないよう隠してきた。母はどうやってこれを手に入れたのかわからないし、考えたところで何も変わらない。 ルオにとって大事なのは金になるか。が、しかし。


「おい、どういうことだよ。これ偽物じゃねぇだろ。よく見ろ!」


「だから、何度も言ってんだろ。ガキ。これはただのガラス。空に透かせば綺麗に光るがエメラルドや琥珀のそれじゃない。」


 鑑定士は珍しく声を荒げるがルオはそんなの知らんと強情を貫き通す。


「俺を騙すつもりなんだろ!そうはいかねぇぞ、」


「何回も言うがこれはただのガラス。他の店に行ったって結果は同じだぞ!」


 二人の言い合いは平行線。これまで騙され続けてきたルオが鑑定士を疑うのも無理はない。もし仮にルオが本当のエメラルドを持ってきた時、この街に住む多くの鑑定士は今回のように偽物だといい二束三文で買い取るだろう。ただ、この鑑定士の男は違っていた。

 自分を聖人君主とは思っていないし、わざわざ膝を汚して誰かのために動くなんて崇高な意識はない。しかし、彼は自分の仕事に矜持を持っていて、それでいて弱者を利用する事が大嫌いだった。


 つまり彼の鑑定は真実。しかし、彼がなんと説明してもルオはそれを理解し納得しないだろう。であればこの口論は永遠と続く事になるのだが、


「いつまで騒いどるんじゃ、お前。」


 店の奥からやってきた鑑定士の父。彼もまた鑑定士だった。台に置かれた明らかなガラス片と、大声で喚くボロボロの服を着た少年。それを見ただけで何が起こったのか父親は即座に理解した。

「おい坊主、これだけだ。うちが払えるのは。」


「親父、」


 父の出した鑑定金額は3000ブル。本当のエメラルドなら一欠片も買えない金額だが、変哲もないガラス片に出す金額にしては随分過剰だった。


「ほら、見ろ!やっぱりなぁー。思ったより安いがこれなら5日分の飯は買える!じゃあそれでいいから早く金くれ!」


「ほら、払ってやれクイルド、」


「あ、あぁ、」


 鑑定士の男はルオに1000ブル硬貨を3枚手渡すと、ルオは意気揚々と店を飛び出した。


「親父、あれ。」


「あれじゃあれ。投資というんか?最近賢い奴らが言ってるあれじゃ。あの坊主は今後うちの常連になるんじゃ。それなら安いもんじゃろ。」

 

 鑑定士の男は自分の保ってきた矜持がまるで意味のなかったもののように感じられた。それと同時に今まで以上に強い何かが心を熱くさせていた。


 

読んでいただきありがとうございます。


明日も投稿します


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