常識外の不屈
森にはウサギやネズミのような小型の獣から、猪、熊といった大型の獣まで様々な種類が生息している。肉食の獣ばかりが危険に思われるかもしれないが、草食動物の強さはそれに負けず劣らず。それは当然の話で、自らを喰らおうとする肉食動物に、対抗すべく強くなるのは世界普遍のルールとも言えた。
浅層、中層、深層、暗層に分けられる森の区域。これまでは中層内で動いてきた。その辺りで出る獣や採れる薬草であればもう慣れてきていた。だからこそ今回は深層へ進む。ルオとビービルの判断は勝ちを狙った選択だった。
「ルオ、何か狙いはあるの?」
「前にこの辺来た時、でっかい猪見つけて、あれ食ったら絶対美味いだろうなって思ってたんだ。」
「それなら絶対勝てるね。」
「別に勝つのはどっちでもいい。美味いのが食えたらそれで。」
モンロンには負けねぇと熱くなっていたはずのルオだったが、いざ動き出すと勝ち負けよりも自分の食欲にしか思考は動かなかった。対象的にビービルは勝ちにこだわっている様子だった。
「前見かけたのはこの辺だったと、」ルオは記憶を頼りに森を進む。
「ルオ兄ちゃんが前で受けて僕たちが後ろからで良かったよね?」
ルオは頷きで返した。
――――――――――――――――――――――――――――――
巨木のような体躯。毛皮はまるで金属のような光沢を放っている。いかにもヌシといった相貌の怪物は悠々とルオたちの目の前に立ちはだかる。自分が獲物とは考えに無い様で、森に住む下等な生物が生意気にも自分の前を横切ろうとしている。そんな感じだった。
ヌシにとっては、その愚行だけでも万死に値する行為だった。轟雷が弾けたような音が響いたかと思うとイノシシは牙を振るい辺り一面を薙ぎ払う。強者の一振りは地面を削り、木々を砕き、大地を穿つ。即座に回避行動をとったこともあり、直撃は免れたがルオとビービル以外は風圧だけで弾き飛ばされた。
「これって、」
ビービルは声を震わせながら問いかける。想像以上の怪物、大人達が森に入るたびに言っていた神の使者とはこのことだったのかもしれないと、なぜか冷静な思考が答える。
「近くで見るとでっけぇなぁ!」
ビービルの不安、恐怖、後悔なんかは見えておらず、ルオはただ目の前の獲物に目を輝かせていた。
誰がどう見ても勝ち目のない戦い。俯瞰見れば、子ども二人対、十倍以上の大きさの獣。生きて帰れば御の字といった様子。しかし、そんなつもりはない子ども二人。実際はルオだけなのだが、とにかく決死の覚悟で突撃するほかなかった。
「俺が前に行くんだっけ、」と、ルオは牙を振り上げたばかりのイノシシ向かって突撃する。
「ちょっっと、、、まっ、」
ビービルの作戦が通用する相手ではないことくらい出会い頭でわかっているとそう思っていた。約束通り正面に向き合ったルオにイノシシは当然と言った様子で牙を振るう。今度は薙ぎ払いではなく確実に脳天めがけて叩きつける。バンッと弾けるような音と遅れて飛び散る血飛沫。ルオが潰れたというのは一目瞭然だった。
「ルオ、ルオにぃ、え、」
一瞬の出来事でビービルは思考を手放した。目の前で起こった出来事を理解したくないと脳みそが即座に判断したのだろう。本能的な抗い。しかし、この抗いはこと戦場においては最もやってはならない行為だった。呆然と立ち尽くすビービルにイノシシはゆっくり近づく。死をそのまま形どったかのような絶望的雰囲気を漂わせる怪物。確かにこれは神の使者なんだとビービルはその場に跪いて頭を垂れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、」
勿論返事はなく、風を切る音が聞こえた。あぁ、あれだ。さっきも聞いた命を狩る音だとビービルは蹲って拳を強く握りしめる。
グオォォォォォォッ!!
聞こえたのは悲鳴だった。痛みを叫ぶ声。誰の、と考えを巡らせるが絶望が広がるだけだった。
「おい、ビー何してんだお前。」
イタズラをしたみたいにルオは笑う。イノシシは悲鳴を上げながら暴れ回る。よくみると喉、背、目にナイフが突き刺さっている。
「危ないから倒れてる奴ら木の後ろに下げるぞ。」
「あ、はい!」
イノシシの呼吸は荒く、そして段々と弱々しくなってくる。ルオはさっきと同じようにイノシシの前に立つと腰のナイフを突き立てた。
イノシシは最後の気力を振り絞って牙を振り下ろす。はじめほどでは無いが、大きな衝撃が大気を震わせ、地を揺らす。が、
「俺の勝ちだな。」
ルオはその攻撃を一身に受けている。右半身が砕かれ、骨は剥き出しになっている。けれどルオはイノシシを見つめて再び笑った。
――――――――――――――――――――――――――――――
モンロン達が狩ったのは雌雄の鹿。雄の体躯は人ひとりの大きさをゆうに超えている。間違いなく大物だった。モンロンと共に狩った者達は興奮を抑えきれない様子で、手の震えや記憶の衝撃に酔っている。
彼らは勝ちを確信していた。この勝負によって何か得られたり、損したりするわけでは無い。しかし、傭兵と自分たちのリーダーのビービルに勝ったとなればそれは今後の自信として大きな意味を持つ。
想像より待っても現れないルオ達を心配したモンロンは森に入り彼らを呼びに行く。
「おーーい、ルオー!!」ルオはどこまで入ったんだと最悪の想像が脳裏に浮かぶ。
「おぉー!モンロン!手伝ってくれ。俺たちだけじゃどうしても厳しい!」
モンロンの心配とは裏腹に軽快な声が聞こえてきた。モンロンはホッと一安心したが、ルオ越しに見える大きな影に言葉を失った。
「モンロン兄ちゃん、勝ちました。」
影に隠れていたビービルが顔を出して言い放つ。
人一倍大きいモンロンの数倍以上あるイノシシ。比べる必要すらなかった。存在自体が圧倒的で絶望的。
モンロンは控えていた者達も呼んで全員でイノシシを引いて帰った。モンロン達が帰ってきてたから半日以上の時間が経とうとしていた。
「おい!ルオ!モンロン!村の子ども達がどこに行ったか、」
開いた地にイノシシを置き、ルオとモンロンの二人は火の準備と塩をとりに拠点へ戻った時だった。
アイコが焦った様子で二人に問いかける。
「あぁ、あいつらならはずれの空き地にいるぞ。」
「ありがとう!」アイコは急がなければと走り出した。モンロンとアイコは首を傾げて向き合う。お互いに何言ってんだと言いたげな表情を浮かべた。
――――――――――――――――――――――――――――――
見たことない肉の山。脂の乗った肉は腹を空かせる音と匂いで辺り一面をいっぱいにしている。
そこには目を輝かせたルオとモンロン、そして子どもたちがいる。そんな彼らを囲うようにして見ているのがアイコと村の大人達だった。
「よっしゃ!食うぞ!」
ルオの声かけに待ちきれないといった様子の子ども達が動き出す。焼きたての肉を口いっぱいに頬張る。咀嚼を終える前に次々と口の中に肉を運んでいく。
「そんなに急がなくたって肉は無くならないよ。」
モンロンは子どもたちの倍以上のペースで肉を口に運んでいるが、液体みたいに飲み込んで消えていく。
ガツガツと食べる彼らを眺めている大人たちもあまりの食べっぷりとそそられる匂いで腹を鳴らす。
少しだけ前の事、子ども達が村からいなくなったと報告を受けたアイコは村中を駆け巡った。アイコの心配通り、古参組は誰一人拠点にはおらず、そこでアイコは疑念が確信へと変わってしまった。
自分の所属する傭兵も薄汚い同族なのだと。
ルオとモンロンに教えられ、空き地についたアイコは何が何だかわからなかった。後をついてきた大人たちも目の前に横たわる怪物に言葉を失うしかなかった。
ルオとモンロンが空き地へやってきてそこで今までの勘違いと、これから彼らがしようとしていることに合点がいった。
怪物を倒したであろう傭兵声をかけられない大人たちと、自分の視界の狭さに絶望するアイコ。
そんな事などつゆ知らず、ルオ、モンロン、子どもたち、そしていつ間にかいたチャーミスは肉を楽しんでいた。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。




