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巨神兵は堕ちた  作者: ミツメ


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12/17

幕切れ

 足跡一つでも情報を多量に含んでいる。どれだけ前にそこを踏んだのか、何人居たのか、足跡から想像できる体格、歩幅の感覚から進行速度、どこに向かおうとしているか、など。

 見る者の技量一つで足跡をつけた者の特定はとても容易になってしまう。


 ハイドルドは焦る事なくゆったりと馬を進める。雑木林が生い茂る辺りを抜け、馬の小回りもある程度自由の効く場所まで進むと視線を何度も動かしながら進んでいた。

 鋭い風の音が鳴り、咄嗟に剣を振るって"それ"を叩き切った。

 石でできた矢尻は、カンッと高音を出して力なく地面に落ちる。その瞬間、馬が嘶きをあげた。馬の足には切り落としたのと同じ矢が刺さっていた。暴れる馬に体を預けられないと即座に判断したハイドルドは矢を叩き切ったまま自由だった剣を使い馬を絶命させた。

 馬は貴重ではあるが今から行われる戦いにおいてきっと邪魔になる。ぬるっと馬上から地面に舞台を変えている間に、さっきまで頭があった位置に矢が飛ぶ。


「挑発に乗ってやったんだ。まずは感謝くらいしたらどうだ塵。」


 ハイドルドの呼びかけに返事はなく、今度は投石。近くの木を遮蔽にして下がり、再び声を上げる。


「あからさまな痕跡ばかりつけて、ここにいますよと言わんばかりのお粗末さ。あまりにわざとらし過ぎて目を疑ったわ。」


「そりゃどうも。」


 射線に気付かれ、移動せざるを得なくなったマオバは仕方なく顔を出す。自分は狙撃手でも射手でもない。火薬を使った火器も無く、石の鏃を使ったものしか用意できていない。首に当たれば致命傷になり得るが、その程度の手合いでないことは序撃で理解させられた。


「おぉ、こそこそと隠れるのやめたか塵。どう殺されたいか言え。馬を無くしたんだ、その褒美と腹いせにお前とその仲間の死に方を選ばせてやろう。」


 ハイドルドは子どもに玩具を選ばせるように語りかける。


「そうだなぁ、お前が死ぬじゃだめかな?」


 マオバはとっておきの爆薬を投げつける。火を勘づかれ内容にギリギリまで手のひらで持ち、点火数秒前にハイドルドの上半身に向けて放った。絶好のタイミング。先手必勝、とっておきは最後の最後に逆転するための手段ではなくて、隙のある時に確実に仕留め切る最適化された攻撃。

 マオバの思惑通り、ハイドルドに丁度ぶつかるくらいで爆薬は音を立てて弾ける。衝撃と爆発音が頬を掠めて、遅れて風に乗った砂や礫が周囲の木々にぶつかって音を立てる。


 肌に衝撃が残るくらい強い効果を示した爆薬。念の為に買っておいて良かったと過去の自分に賛辞を送るマオバ。音の揺れが落ち着き始め、巻き上がった砂煙も重力に従い出した。


「いてぇな。まったく。」


 爆発前とは変わらない声色で話し出すハイドルドにマオバは思わず飛び上がって臨戦態勢を取り直す。

 矢の時と同じように剣を構えて防御姿勢を取っていたハイドルド。剣を持つ右腕の防具は大破し、焼け爛れた肌に防具の破片が突き刺さっている。胴体、顔にも爆発の痕跡は残されており、顔は火傷し、胸部の防具には衝撃の跡が凹みとなって見てとれた。


「お前、なんで死んでないんだ、、」


「この程度じゃ死なないけど、いくらなんでも急だろ。ったく塵達には正々堂々って言葉は無いのか。」


 ヘラヘラ笑うハイドルドにマオバは恐怖を覚える。ここでマオバは彼が戦ってはいけない種類の人間であることを悟った。マオバは思考する。追手を始末して憂慮を無くすという計画から、死なずにこの場から離脱できる方法に考えを切り替える。

 しかし、マオバははじめから相手が悪かった。頭領のマドルであれば僅かな可能性はあったかもしれないが、ハイドルドがこの戦場に向かって来た時点でどれだけ死者を減らせるかというゲームに変わっていたのだ。


 マオバはごくりと生唾を飲み込む。状況だけ見ればマオバが優勢見えるだろう。一方のハイドルドは一見すると満身創痍。普通の人なら死んでもおかしく無い傷を負っているが、棘が指先に刺さったくらいの反応をしただけで様子はほとんど変化がない。


「もう十分時間はやったからよ。もう良いか?ボンクラがもう来るはずなんだけど、まぁいいか。俺がやっちゃうわ。」


 ハイドルドは剣を左手に握り直してから、スッとマオバに視線を向ける。さっきまでの空笑いの雰囲気は無くなり、背中に刃が当てられているような冷たさが伝わって来た。

 マオバは後ろに飛びながら煙玉を投げつける。爆薬と一緒に買ったもう一つのとっておき。爆薬とは違い、投げた瞬間から煙を吐き出し始め、臭いと音を立てながら煙は一瞬にしてその場を覆っていく。

 あそこの出店、帰ったら通おうとその効力に誓いを立ててマオバは逃避に走る。傭兵を始めた最初の頃も逃げてばかりだった。足にしか自信がなく、負けの気配に意識を巡らせながら戦う。そんな冷静さがマドルに評価されたのだが、マオバ自身はこの負けに慣れた自分の考え方が大嫌いだった。


 だからこそ、今回の大きな作戦で染みついた負け癖を取り払って、よりマドルの役に立とうと普段しない賭けもしてみせた。いつもより負ける気がしなかった今回。こんな事なら、そう思いながら全力で走る。針葉樹に変わったこの辺りは幾らか走りやすいが、棘や枝が肌を傷つける。減速しなければどんな進路でも選んでいる暇はなかった。

 シュンと、目の前に枝が刺さる。後方から飛んできた枝は矢のように地面を抉って突き刺さる。マオバの脚は彼の射程範囲内から出る事は無かった。


「おーい。追いかけっこはもう諦めて、さっきみたいにぶつかった方が可能性あるかもよ、」


 二日酔いが抜けきっていないハイドルドは走るのをやめさせるために、色々と叫んで聞かせる。けれど、いくら叫んでも変わらないマオバに段々と苛立ち始め、仕方ないかと覚悟を決めて甲冑を脱ぎ捨てた。


 ハイドルドからの呼びかけがなくなり、マオバは彼に余裕がなくなったのだと考えた。普通ならこんな速度で走りながら、枝を投げ飛ばすなんてあり得ない。それに加えて叫びながらと考えると超がつくほどの心肺機能を持っていても限界はくると。その限界がちょうど訪れたのだと理解したマオバは、少し無理をして速度を一段上げてこの森を抜けようと走る。

 後少し。針葉樹の果てから光が見えた、が、

「はいっ、おーわり。」


 横っ腹を蹴られて幹に体を強く打ち付ける。当たりどころによっては死んでもおかしくない威力。呼吸が出来なくなり蹲るマオバ。死んでたまるかと足掻く事すらままならない。

 ハイドルドは無慈悲で決定的な一振りを叩き、


 コンッ  コンッ  ゴン

 

 ハイドルドの後頭部に石が当てられる。三投目でいい場所に当たったのだろう、ハイドルドは思わず顔を歪めて後ろを振り返った。

「おりゃあ!」奇襲なんて頭になかったのか踏ん張った声でハイドルドに斧が振り下ろされた。マオバが傷付けた右手、全力疾走で調子の悪い心肺、巧者故の慢心、偶然がいくつも重なって起こる奇跡。


 ルオの一撃はハイドルドの左肩を裂き、左腿に裂傷を与えた。

 まさかの出来事にマオバは声にならない声を漏らすが、

「くそがぁぁ!」とハイドルドの一閃。

 シャッと頬に血飛沫が触れる。やっと呼吸を取り戻したマオバが放った言葉は一人の少年に向けた悲痛な叫びだった。

「るおぉぉぉぉっ!」

 トンッとハイドルド越しのルオが力なく崩れる姿が目に入る。戦力差を見れば大金星。あの深騎兵に深傷を負わせ、もう一歩で致命傷にも届こうかという奇襲を成功させた。成人まもない少年傭兵。しかし、勝ち切るためにはあの一撃が心臓を貫く必要があった。


 幾つも骨が折れている、頭だってクラクラする。それでも立ち上がらなければいけなかった。マオバは確かな殺意を持って武器を握った。

「手負いならお前程度でも勝てると思ったのか?」


「塵呼びはどうした。余裕がなくなってるみたいだけど、」


「くそッ!黙れこのゴミクズが、」


 ハイドルドは操作の効かなくなった左手からいくらかマシな右手で剣を構え直し、血を払ってからマオバに飛び掛かる。対面戦闘を得意としないマオバは一歩引き、隙を狙うため撹乱に動く。

 今の状況では機動力では完全に分があると確信していた。それを使わない手はない。ハイドルドはその場に留まり、気配を読む。殆ど隙がないハイドルドにマオバは我慢する。ハイドルドが、逃げたと思い込んで背を見せるその瞬間。狙うならそこしかない。

 淡々と時間は過ぎていく。針葉樹に差し込む光が徐々に勢いを失い始めている。これは自分にとっても好都合。それを悟ったのか、ハイドルドは姿勢を変え、周囲に目を配り始める。

 少しして、「あぁ、もう割にあわねぇよ!」と呟きながら、隙のなかった気配が一気に和らぐ。

 体を翻し、引き摺りながら帰路に向けて一歩目を踏み込んだその瞬間、


 鋭利に研いだ殺意を首元へ貫く――

「殺気ダダ漏れ、やっぱり塵以下、」

 焼け爛れ骨の見える右腕が勢いそのままにマオバの顔面に入った。


「今度こそ!そらぁ!」


 首元へ斧が振られる。今度はより分かりやすく、ハイドルドの首は刎ねられた。あり得ない幕切れ。


 その瞬間までハイドルドは勝ちを確信し、マオバは死を受け入れた。完全に実力差が出たこの戦い。今度もその戦いに待ったをかけて、勝利を掻っ攫うのはルオだった。

 


 

 

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