英雄への前途
隊の半数を報告に走らせた事もあり、マオバ隊はマオバの指示でどうにか保っている状況だった。芳しくない状況とも言えるが、マオバ自身は今この状況を好転的に考えていた。
初日から指揮官の動きのみを注視し、大まかな指示以外は部下に任せていた。その間マオバは持ち前の第六感的感覚で、敵指揮部隊の機微に触れていた。マオバがナリの急遽の作戦に対応できたのはこれが理由であり、現在20人余りの人員で500近い行軍を抑えていられるのもマオバの手腕があってこそだった。
「おい、あそこ人足りてないけど、どうした?」
「ルオの野郎です。あいつまた単独行動してて、」
「あぁー、あの野郎。もうルオは後回しで良い、カイラとタイダスは左方に行ってくれ。」
「はい!」
贔屓目に見ても困難な状況にあるマオバ隊だったが、誰一人として自分たちが不利にあるとは思っていなかった。それどころか自分たちは目の前の敵全てを薙ぎ払う事だって出来るかもしれないとさえ思っていた。
隊を率いるマオバ自身も一つの悩み以外は万事上手く行っており、もう少しだけこの戦線を維持できればマドル達がどうにかしてくれると考えていた。
ただ、今日も隊唯一の悩みどころであるルオが好き放題やっているらしくマオバは彼の動かし方に頭を抱えていた。
身体能力はそこそこ、頭は良くないが実直で恐怖を覚えずに飛び込める強さがある。この特性が良くも悪くも作用してしまうせいで、マオバは頭を抱えてしまうのだが、現在マオバ隊がすべき行動は陽動よりも隠密。この場から本隊は動かす気を削がせて、より戦力を分散させる必要があった。
作戦は何度もルオに説明したが、「とりあえずあいつら邪魔したら良いんだろ」と笑い返してくるだけで説明が意味をなしていない。ただ実際、彼の動きは随所で光っており単独行動とは思えない陽動を起こす事が時々ある。そのおかげで隠密に動きやすいというメリットも確かにあった。
けれど、彼に陽動役を専念させるのはあまりにも不安が大きい。まだ少年の彼を頼りにし始めたら本当に最後の局面だろう。生存本能的な力が強い彼は、心配するのが無駄なくらいケロッとした表情で腹が減ったら帰ってくる。
今回もそうだった。三回目の攻撃。敵も動きに慣れようとマオバ達の挙動をよく観察している。あと一、二回同じ仕掛け方をすればもう通用しなくなってくるだろう。そうなるといよいよ自分たちが出来る事も限られてくる。戻ってきた隊員達を労いつつ、マオバは倒木を寝床にして休むルオの元へ向かっていた。
「おい、ルオ何度言ったら、」
「マオバ、大変かもしれない。めちゃくちゃ強い奴らが助けに来るかも。」
「どういう事だ?」
「聞いたんだ。さっき。少し前に食べた馬の肉が忘れられなくて、どうにか一頭奪えないかなって、でっかい旗の立ってる場所に行ったら、あと少しの辛抱だって。いつもしつこく追いかけてくるやつがそう言ってた。」
ルオの目は嘘をついていない。そもそも彼がそんな嘘をここでつく必要がなかった。マオバは考える。深く息を吸ってから、また少し考えて決断を下す。
「出発だ。ルオ。ここはもう捨てるぞ。みんなに伝えておけ。」
「あぁ、はい。」マオバの判断に反応はなくルオは歩き出した。走れとマオバに言われるまではのそのそと睡眠引きずりながら歩いていた。
マオバは自分の無能さに腹が立って仕方なかった。増援の可能性を失念していたわけではないが、緊急を要するわけでもない補給隊に大きな戦力を充てられるほど余裕がないと思い込んでしまっていた。反省する時間はとりあえず置いておいて、今自分が目を向けるべき問題について思考する。
現状を理解しての増援か、それとも闇雲な増員か。それで話は大きく変わるのだが、この場合前者である可能性が高い。つまり、相当な強者がここに現れると考えられるだろう。
死角の多い雑木林と、機動力重視の動きでどうにか煙に巻いていたが、そう簡単にも行かないだろう。誰かの犠牲は確定的。それならば――
「これは緊急事態だ。数少ない俺の隊だが、更に人数を分ける。カイラ、タイダス、」と組み分けを作っていく。均等な人数ではなく、一人の組分けも存在する全部で12の部隊。
一人なのはマオバと、最も機動力に優れた古株『アレイゲ』。培ってきた判断力があれば単独でも動ける二人だ。
目標は本隊マドル隊、もしくはブレイソ山間部での作戦に関わるフィールの隊であればどこに合流したって構わないとした。戦況を見ればマオバ隊の功績は明らかで、もう動き出したナリの作戦はそう簡単には変更されないだろう。
もう少し時間を稼げればもっと良かったが、この人数でこれだけ足を止められたのは金星以外の何物でもなかった。
「いいか。生きて帰れ。骨が砕けても、四肢が千切れても、生きてさえいれば英雄として帰還できる。生きていこうという意思だけあれば必ずまた会える。振り返るな。仲間を助けようとしなくていい。お前の心臓はお前のために動いている。」
マオバの迫真の勢いに隊員たちは気圧されるように頷いた。交わす言葉はこれ以上なく、「行くぞ」とマオバが言うと、隊ごと動き出した。マオバとアレイゲは数秒間目を見合わせると、こちらも何も言い合うことはなく進み出した。アレイゲの瞳には涙が溜まっていた。
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未だ昨夜の酒が完全に抜け切ってはいないが、馬に乗れるくらいまでは回復していた。深騎兵の『ハイドルド』は部下2名を引き連れて補給路に向けて進んでいた。部下は深騎兵ではなく王族親衛隊から選んだ者たちで、深騎兵ほどではないが実力は確かな者達だった。
主戦場ではないとはいえ、規模も大きく国防には重要な戦線という事で、単独ではあるがブレイソ山間部に送られたハイドルドは日夜酒を煽るばかりだった。
自分が出るような戦場はなく、ちょこちょことフィールに押されている場所はあるらしいが、大した話ではない。右方が少し危ないらしく総指揮官のドマが言えばいつでも動ける用意はしていた。声がかかった時、てっきりその右方へと救援かと思っていたが、補給路への増援要求だった。
補給路は大事だ。酒の種類が減り、酒精が強いだけで味が雑な酒ばかりになっている。ハイドルドは喜んでその仕事を請け負った。
「おい、ボンクラども、塵の痕跡だ。一人はここの指揮官に話してこい。わざわざ状況は聞かなくていい。想像してたよりずっと悪いだろうから、雑魚どもは嘘ついて意味ない。」
顎でクイっとやると一人が指揮官達のいる方向へ走り出した。ハイドルドと残ったもう一人は敵残した痕跡を見ながら、敵がうろちょろと動いて工作し続けていた事、それに手を焼いて補給部隊は作戦を大幅に変更した事、そしてどうやったのかわからないが、自分たちに気がついて少し前に散り散りになって逃げた事を読み取った。
「あぁ、少しは暇潰せたらいいな。どうせ塵どもだけど、一人上手い奴がいそうな気がする。ボンクラは回って行け。痛めたら作戦話すやついるだろ。」
もう一人の王族親衛隊の男も馬を走らせて雑木林を抜けていく。ハイドルドは痕跡を辿りながら獲物を見つけるために動き出した。
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