卓越した思案
ブレイソ山間部はフィールとナリの国境の中で最も視界の悪い場所だった。鬱蒼とした木々、凸凹している地形、自ら進路を開かなければ道は生まれない。
普段ならこの区域は狩人や密航者のような森から益を得るものたちの場所で、好き好んで利用する者は少ない。が、この視界の悪さを密航者や山賊が使うように、ブレイソ山間部を使えば互いの国に侵入するのは容易だった。
そのための戦線。互いを牽制し合い、ブレイソ山間部を奪われた日にはすれ違う人全てを間者と疑わなければならなくなる。戦線維持に必要な物資は両国万全に準備し、重要な戦線には惜しむことなく投入し続けている。
当然ブレイソ山間部はその重要な戦線の一つであり、現在ルオたちがその大事な補給の邪魔をしている事には大きな意味があった。
「おらぁ!!」「これでも食ってろ!」
マオバの指揮の下、新米傭兵たちは高台から石や土塊を投げつける。時々人に当たるが殆どは盾に防がれたり、掠りもせずに変な方向へ向かっている。
ただ、補給部隊の足を止めるのには充分な攻撃であり、補給部隊の護衛を担当する者達は補給部隊の行軍を止めてから陣形を組んで投擲物と敵に警戒する。その間に数人の騎馬と足の速い者達が敵の位置に向かうがその時にはもう姿がなく、イタチごっこを繰り返す。
このやりとりが今日だけで5回ほど続けられていた。
マドルとマオバの考え通り、中央路を通る補給部隊に組み込められた兵士たちは殆ど新人か、貴族兵ばかりで実働経験が少ない者達ばかりのようだった。人員と金を惜しみなく使うフィールの戦い方的に、国境のほとんどが戦地になり、フィール以外にも警戒を向けなければならないナリにとっては削れるところの戦力は削る必要があった。
ブレイソ山間部の重要性は当然理解しているが、いきなり大軍で攻めてこられるわけでもなく、中心部から遠いこの場所は国防においては重要だが、戦局には直接作用しづらい。そもそも間者などもう数える必要もないほど入り込んでいるという事実も軍部は理解していた。
その結果、
「おいおい、またかよ。いい加減さっさと敵兵始末してくれよ。」
「ったく、いつまで時間かけてんだよあいつらは。」
「これじゃ俺の初陣が台無しだよ、」
補給部隊の者達と彼らを護衛する者達の間に生まれる不平不満。
「あのボンボンどもを少し黙らせてくれ。」
「若造どもが生意気な、」
元々士気もなく、どうせ勝つだろうと大国ゆえの驕りを持つ彼らにとってこの不快感のみ溜まっていく環境はあまりにも精神衛生が良くなかった。
ただ、しかしこの状況を指を咥えて傍観する強国ナリではない。強さには強い理由が必ずあるように指揮権の柔軟さを見せる彼らは現場判断で状況打破となる作戦を決める。
特に貴族兵達はその作戦に文句を漏らすが、それは単に面倒が増えるというだけの理由。中央路から進行して補給線を用意する計画を予備で動かしていた補給路に分散し、それだけではなく新たな補給路を三つ足すことで妨害をされても幾つかの補給路からは物資が届くように変更した。
人員がいきなり減ると作戦を勘付かれる可能性が高いため、徐々に人を減らしていき、その間も護衛隊は人数このままで護衛にあたる。これは、作戦をバレづらくさせるだけでなく敵を排除できれば今後大規模物資を搬入する際、中央路を円滑に利用するのにも繋がるからだった。
指揮官の号令で各自動き始める。貴族兵達は山道を進む行軍を嫌がったため、中央路で偽装する要員として動くことが決まった。護衛隊の者達は貴族兵という厄介者を抱える指揮官達に感謝と共感を送りながら、再び暗闇に潜っていった。
マオバは45人いる班員の内その約半数を本隊のマドルの元へ走らせた。その決断はちょうどナリの指揮官達が号令を出し、補給路を増やして戦力を分散したタイミングと同じ頃だった。
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マドル・ガイフォンはとある国の貴族の子どもだった。けれど多く者が想像するような豊かで恵まれた生い立ちを歩んだわけではなく、憎悪と暴力に満ちた半生だった。
妾の子であり、アリア人とのハーフに生まれたマドルは幼いながらも力に固執していた。それは容易く殺された母の死を咀嚼するために必要な思考だった。
弱い者は搾取される。弱い者は命すら自由ではない。平等は存在しない。そんな事を思ったマドルは日々精神と身体を虐め抜いた。その結果彼は傑物として成った。
国を捨て、傭兵となったマドルは似た境遇の仲間を集め誰にも奪われない最強を目指した。マドル傭兵隊は強さにこそ信念があり、マドルという心臓が止まらない限り動き続ける。
肉体的な力だけではなく、知識や機転も力の要素であることを理解するマドルは当然その分野も日々鍛錬を続けていた。幾つもの字を学び、本を読み、歴史を得る。自分の強さには終わりがないと新しさを知るたびに高揚感に満ち溢れていた。
ナリとフィールの戦争はまさに神が自分たちにもたらした最善の機会だと悟った。名を挙げてより高みへ行くための手段として敢えてフィールの戦線に加わった。ブレイソ山間部では目まぐるしい戦況に頭を働かせながら、小さいが確実な成果を積み上げていく。
一つの作戦を任されると知った時、自分の進んでいた道がどこまで続いているのか確かめられた気がした。古くからの仲間と話し合い、幾つもの可能性を考え、失敗を常に念頭において考えた。
ナリの指揮官たちが頭を悩ませて導いた結論はマドルの手のひらの上の出来事だった。マオバからの伝達が届いた時、マドルは笑った。これは勝利の確信ではなく自分が一から学んできた兵法、戦法の分野でナリという強国の意思に並んだ事に歓喜したからだった。
敵の心臓をこの手で潰すまでは勝利とは言えない事を重々承知しているマドルは、マオバ隊を抜いた全隊に指示を飛ばす。
「作戦は明朝。物資の強奪は最後の最後。一人残らず首を落としてこい。」
怒号のような返事が響くと、彼らはそれぞれの持ち場に向けて動き出す。
この時点でマドルの思考は確実にナリの一歩先を進んでいた。ただ、しかし、
布衣の巧者ザイオルは事前に総指揮官ドマへと一つの進言を行なっていた。
「中央補給路についてですが、数名戦力を派遣したく考えております。」
「充分な護衛であると聞いているが?」
「無事補給路の整備ができれば私の疑惧の念として笑ってください。しかし、敵軍もそれほどまで馬鹿ではないと考えます。ある程度の工作であれば解決出来ますが、面倒な手合いがいるのではと。」
「そうか、では私から私兵を出そう。」
「なっ、それは、」
「酒の相手に連れてきた深騎兵だ。酒代くらいの働きはさせてやってくれ。」
「承知いたしました。」
血を保証する強固な家柄と、確かな実力と実績を持つ者のみが王家から直接貸し出される深騎兵連隊。小隊一つで戦局を変えてしまうと言われるほどの力を持つ彼らはザイオルの指示のもと補給路維持の要員として送り出されていた。
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