第三話
工房での試作運行から数日後、俺はさらに大規模な実演を計画した。今回はただの試作ではない。ウィーンの政治家や実業家、そして帝国の実力者――外務大臣メッテルニヒを招き、産業革命の象徴として列車を披露するのだ。
「ミハイ、準備はすべて整ったな?
」
「はい、坊ちゃま。鉱山からの石炭と鉄鉱石も十分に確保済みです。レールも短距離ながら整備しました。列車は既に試運転済みです」
朝、工房には帝国中の注目が集まった。馬車で到着する客たち、制服に身を包んだ官僚、そして遠目に見守る民衆の群れ。列車の周囲には赤い絨毯が敷かれ、旗が風に揺れる。俺は羽根車の前に立ち、巨大な石炭炉に火を入れる。ゴウゴウと燃える石炭の炎が羽根車を揺らし、蒸気が勢いよく立ち上る。
「坊ちゃま……皆、息をのんでいます」
ミハイが耳打ちする。俺は鼻で笑う。
「当然だろう。帝国の常識を超える俺の技術を目にするのだからな」
遠くから馬車が近づき、黒塗りの豪華な車体が工房前に停まる。中から現れたのは、帝国の実力者メッテルニヒだ。威厳ある姿で工房を見渡し、わずかに眉を上げた。
「こういう感じか」
メッテルニヒの視線が、巨大な石炭エンジンと列車に注がれる。羽根車の振動、蒸気の音、重厚な金属音――すべてが彼の驚きと期待を煽る。
「では、参りましょう」
俺は合図を送り、列車を走行させる。石炭炉の力が羽根車に伝わり、列車は滑らかに、力強くレールを進む。蒸気が天井に反射して光を放ち、周囲に轟音とともに振動が伝わる。観衆の目が輝き、歓声が上がった。
その瞬間、森の端から異様な影が飛び出した。巨大な魔物だ。黒い鱗に覆われた四足獣で、眼光は狂気を帯び、唸り声をあげる。列車の近くを走る民衆が悲鳴を上げ、驚きと恐怖が一瞬にして広がった。
「ほう……魔物か」
俺は冷ややかに笑う。
「だが、この列車に勝てるとは思うな」
魔物が衝突を避けられず、跳ね飛ばされる。轟音とともに地面に倒れ、勢い余って工房の外へ弾き飛ばされた。蒸気と金属音が再び工房を支配し、列車は揺るぎなく進む。職人たちは整然と作業を続け、運行は一切の乱れなく成功した。
「見事だ……これが帝国の未来の輸送手段か」
メッテルニヒが感嘆の声を漏らす。驚きと恐怖が混ざった表情だが、その目は確かに興味を示していた。
俺は列車を止めると、羽根車に手をかざしながら言った。
「今回は運が良かっただけだ。次に同じような相手が現れれば、跳ね飛ばすだけでは足りぬ。だから、列車にはスパイクを取り付けておくことにする。確実に仕留めるのだ」
ミハイが静かに頷く。
俺は胸を張り、羽根車の振動と重厚な金属音を手に感じる。職人たちの目も熱に輝き、列車は再び帝国の希望の象徴としてそこにあった。今日、ウィーンの中心で、俺の揺るがぬ意志が産業革命の序章を刻んだのだ。