第二話
第一話の内容をだいぶ変更しました
書庫から出た俺は、屋敷の奥にある作業室へと向かった。分厚い扉を開けると、金属と油の匂いが鼻を突く。机の上には、巨大な石炭エンジンの試作機が置かれていた――石炭を燃やした熱で巨大な羽根車を回す装置だ。高さは人の背丈ほどもあり、厚い鉄の筐体には無数のパイプと歯車が組み込まれている。羽根車はまるで小さな風車のように力強く回り、炉の熱が蒸気のように立ち上る。
「ふふ……ついにここまで来たか」
俺は試作機の前に立ち、その存在感に胸を高鳴らせる。
資金はオークションで集めたが、原材料や作業場も必要になる。幸い、俺の子爵領には石炭鉱山と鉄鉱山がある。もとは俺の一族の資金源となっていた土地だ。辺境にあるとはいえ、鉱石も石炭も十分に確保できる。
「ミハイ、準備は整ったか?」
忠実な執事、ミハイ・オルザニが静かに頷く。
「はい、坊ちゃま。工房の設営も順調です。職人たちも到着しました」
俺は屋敷を出て、工房へ向かう。長い石造りの廊下を抜け、階段を下り、外門を開けると朝霧の立ち込めるウィーンの街並みが視界に入る。馬車に荷物を積み込み、石炭や鉄鉱石を確認しながら、深く息を吸う。森を抜け、石畳の道から土道に変わる郊外の道を進む。霧に包まれた林や遠くの村を横目に、馬車はゆっくりと進む。道中、狼の遠吠えが響くこともあるが、俺の存在がそれを脅かす。
一時間ほど進むと、工房の煙突が見え始めた。子爵領内にあるこの工房は、鉱山からの資材を直結させるために選んだ場所であり、辺境でありながら帝国の革新の起点となる。俺の秘密基地であり、戦場でもある。馬車を止め、荷物を下ろす。
作業室の扉を開けると、金属と油の匂いが鼻を突く。床には職人たちが準備した工具が整然と並び、壁沿いには小規模な魔法炉も設置されている。出力こそ大きくないが、精密な加工には十分だ。列車の動力はもちろん、石炭エンジンでまかなう。
「よし、まずは試作列車を走らせてみる」
俺は巨大な石炭炉に火をつける。ゴウゴウと音を立てて燃える石炭が、巨大羽根車に力を与える。羽根車がゆっくり回転を始め、次第に滑らかに動き出す。振動が床を伝い、金属の匂いと熱気が工房を満たす。
「うむ……これなら都市や港、鉱山を結ぶ輸送に十分耐えられるな」
職人たちは目を輝かせ、工具を手に作業に取りかかる。
「坊ちゃま、この羽根の回転は安定しています!」
「そうだ、だが列車を動かすにはさらに調整が必要だ」
数時間後、短いレール上で試作列車が初めて走行する。石炭炉の巨大な動力で、列車は滑らかに、そして力強く動いた。蒸気が勢いよく立ち上り、工房の天井に反射して光を放つ。列車の車輪と羽根車が発する振動は床にまで伝わり、工房全体を震わせる。
「よし……成功だ」
俺は胸を張る。これで帝国に新しい輸送手段を導入する第一歩が踏み出せたのだ。
ミハイが静かに近づく。
「坊ちゃま……これで、帝国の産業革命の兆しは見えました」
「うむ……だが、これからが本番だ。資材の供給網、職人の育成、資金の運用……すべてを管理せねばならぬ」
俺は列車の先端に手を置き、羽根車の振動と重厚な金属音を感じる。
「シュタイアーマルクの鉄鉱山、ウィーン近郊の石炭鉱山……そして俺の子爵領。これらを結び、帝国に革新をもたらす……」
初めての実演は小規模ながら、帝国の未来を変える希望の光だった。職人たちの手元には工具が走り、魔法炉の炎は精密加工を支える。列車の走行準備、石炭投入、羽根車の調整……すべてが完璧に噛み合い、帝国に新しい時代をもたらす産業革命の序曲が、ここから始まろうとしていた。