7.ヘイルムの町
ヘイルム城を出て、俺はネルに貰った地図を頼りに、宿屋へ向かった。
「それにしても、人通りが多いな……」
地獄にあると言うのに、ヘイルムの街は人で賑わっている。だが、ほとんどの人は表情に影があった。
「いらっしゃい!」
宿屋の中に入ると、ぽっちゃりとしたおばさんが対応してくれた。
「食事付きで泊まりたいんだが……」
「それなら一泊銅貨六枚だよ」
「とりあえず三泊頼む」
銀貨一枚と銅貨八枚を支払うと、枚数を確かめて頷いた。
「部屋は三階の一番奥を使いな。あと、今ちょうど夕食なんだ。先に食べていきな!」
言われるがままにカウンター席に座ると、肉とスープと野菜と麺類が出てきた。
「オーク肉と野菜の盛り合わせと、パスタ、そしてコーンスープだよ」
「驚いた……地獄でも野菜が取れるんですね」
「ああ、緑縛地獄というところがあってね。そこは植物が生い茂っていて、その一部を切り開いて畑を作ったんだよ。んで、そこで育った野菜を定期的に送ってもらってるのさ」
受付のおばさん、もとい宿屋の女将さんの説明を聞きながら、俺は肉を頬張る。
「上手い! これ、人間界のものより美味しいです」
「はっは、そうだろうね。なんたって料理歴三十年のこのワタシが作ってるんだからね──って言いたいけど、地獄では香辛料やら塩やらが取り放題だから、自然と料理が地上より美味しくなるのさ」
あれ? もしかして地獄というのは、イメージするような過酷な場所ではないのでは? むしろ、人間界よりも……
そんなことを考えていると、いきなり酔っ払いが肩を組んできた。
「兄ちゃん新入りかい?」
酒くさっ!
「はい」
鼻を摘みながら返事をすると、背中をバンバン叩かれた。
「兄ちゃんはよぉ……あの神さんたちにどんな理不尽な理由をつけられて地獄に落とされたんだぁあ?」
「何故名も知らない相手にそんなことを話さなくてはならないんだ?」
肩にかかった手を振り解き、酔っ払いを睨むと、彼は両手を上げた。
「おお怖い怖い。いやぁ別にいいんだよ話さなくても。……そういや確かにまだ名乗ってなかったな」
オホンと咳払いをし、背筋を伸ばした酔っ払いは、確かな滑舌で名乗った。
「オレぁハリスだ。普段は依頼を受けて近くの魔獣を狩ったり、素材を集めたり……まあ、冒険者みたいなもんだ」
「それで? 用がないなら部屋に戻りたいんだが……」
器を空にした俺は、ハリスを見やり立ち上がる。そして黙ったままのハリスに背を向け、食堂を出ようとした時、
「なあ兄ちゃん。ここにいるやつぁみんな、少なからず神さんたちに恨みを持ってるわけよ」
ハリスの言葉が俺の足を止めた。
そうか……この人も神どもに……。
「あんただけが特別じゃない。あんたも神さんたちへの鬱憤、ぶち撒けたくなったら言えや。ちゃんと聞いてやるからよぉ」
渋い声で言い切った中年のハリスは、グラスを鳴らして背を向けた。
***
数刻前──ルーカスが去ってすぐの謁見の間にて。
「それにしても意外でしたよ。正直、ネル様なら『人間ごときに協力するものか』とか言って、ルーカスの強さをご説明した上でも追い出すものかと思っていましたから」
「イフリート。其方もしや、ルーカス様の正体を知らぬのか?」
「彼が元勇者だということですか?」
「うむ」
頷くネル。そしてふと、イフリートは今しがたネルが発言した内容に驚く。
(はっ? 今ネル様は、ルーカスのことを『ルーカス様』と呼ばなかっただろうか?)
「まさかネル様。もしやあなた様は……」
「そうだ! 妾は何を隠そうルーカス様の大ファン! ……ああ、本当は先ほどもルーカス様に飛びつきたくて仕方がなかったのだよ」
地獄の王としての威厳なと脱ぎ捨てたネルは、両頬に手を当てルーカスを夢想した。
「あの民を思う優しさ。血の滲むような努力で身につけた至高の剣術。思いと技術で世界を救う様はまさに、勇者と呼ばれるに相応しいものだった……」
「で、では何故、先ほどルーカスにファンだと仰らなかったのですか? 仰っていればおそらく、ルーカスはあなた様……」
動揺を隠せないイフリートの言葉に、ネルは声を裏返らせる。
「イフリート! この愚か者め! そんなことを言ったら、妾のカッコいい印象が薄れてしまうではないか。……ルーカス様にだけは、みっともない姿など見せとうないのだ」
口を窄めるネルは、遠視のスキルでルーカスを見る。そこには、防具屋で軽装備を買うルーカスの姿が映った。
***
「よし、服と防具は揃った。あとは鞘だな」
そう、略奪剣を収める鞘がないのだ。今までは周りに誰もおらず、剥き出しの剣を手に持っていてもなんともなかった。だが、さすがに街なかで抜き身の剣を持つのは憚られる。
チリィィン。
小気味のいい音を立てながら武器屋の扉を開く。
「何をお探しだい?」
俺は人の良さそうな店員に略奪剣を見せた。
「この剣に合う鞘はないか?」
「これは……変わった長さだねぇ。これに合う鞘は置いてないけど、よければ作るよ」
「そうか、なら頼もう。……完成まではどのくらいかかる?」
そう聞いた時だった──俺と店員の間に、突然紫色に輝く鞘が現れたのは。
「ルーカスよ。先ほどは渡しそびれたが、この鞘を使うとよいぞ。……この鞘には、装備者に身体能力向上とスキル威力上昇がかかる効果が付与されておる。必ず神々打倒に役立つはずだ。──ネル──」
これは凄くありがたいな!
鞘に括り付けられた手紙を読み終えると、俺は鞘を手に取った。
***
「追伸──ルーカスよ。極寒地獄の番人からの返事が来たぞ。『明日の朝、闘技場にて待つ』とのことだ。……心して挑めよ」
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




