32.帰還
「よいぞ」
カラクの町近郊にある森の中で、ネルは地獄への門を開いた。そうして俺たちは、地獄にあるヘイルム城に帰還する……はずだった。
「はっ?」
門をくぐるとそこには、地面がなかった。俺たち三人は飛べるので、特に慌てることもなく落下を始める。
「座標が狂ったか? しかしなぜだ……妾が出現させた門は正常……だとしたら、問題が起きておるのは地獄の方か!」
「ネル様! 下を見てください」
イフリートが指差す先には、竜族の亜種──ワイバーンの群れがいた。
「あれがワイバーンか。生きていた頃耳にした噂では、ワイバーンは一つの群れで大国の首都を滅ぼしたと聞いていたんだが……」
「それは人間が弱すぎるからであろう。ワイバーンなど、妾からしたらただの雑魚だ」
そう言うとネルは、赤黒い雷光を纏う。
「人間界では大した働きをしておらんからな。妾にもカッコつけさせてくれ」
ネルは高速で落下する中、赤黒い雷光を収束させ、煌めく星々のような塊を大量に発生させた。
「黒流星」
次の瞬間、ネルの周囲にあった塊は、流れ星のように足跡を残しつつ、音を置き去りにしてワイバーンの群れに降り注いだ。
「ギィ……ギャ……」
ワイバーンたちの血と悲鳴を浴びながら、俺たちはさらに落下していく。そして、
「地上が見えてきたな」
「うむ。どうやらここはヘイルム城の真上だったようだな」
イフリートは竜になり、先にヘイルム城に降りる。俺は『炎翼』で落下速度を抑えつつ、ネルをお姫様抱っこしてテラスに降り立った。
***
「ルーカス! よく生きて戻ってこられたなぁ!」
「まさかルーカス、あんた女神ヘスラを……?」
宿屋の扉を開いた途端、ハリスと女将が迎えてくれる。
「ああ、女神ヘスラは俺が倒した」
「マジかよ兄ちゃん! これは今夜は祝勝会だぁ!」
ハリスは俺の肩に手を回し、半強制的に食堂のカウンター席へと引っ張る。一見いつも通り笑っているように見えるハリスだが、俺は彼の灰色の瞳が潤んでいることを見逃さなかった。
「はいこれ。今日はルーカスの代金、全部ハリスに付けとくから好きなだけ飲んで好きなだけ食いな!」
「おいおいそりゃねぇぜ……まあ奢るけどよぉ!」
酒に酔い、豪快に笑うハリスと、冗談を言って盛大に笑う女将。
帰って、きたな……。まだ半年もここで過ごしていないのに、この宿屋こそが俺の家って感じがする。
ガチャン。
「失礼する」
この声って……。
「いらっしゃい! あんたたちは宿泊? それともメシを食いにきたのかい?」
「いや、妾たちは……ルーカス、会いにきたぞ!」
俺を見て、紫色の髪を揺らしはにかむネルは、外見通りの子供のようで愛らしかった。
「ネル、イフリート。わざわざ会いに来たということは、何かあったのか?」
「いいや。おまえの偉業を祝いたいと、ネル様がおっしゃられてな。前におまえがこの宿屋に泊まっていると聞いた故、尋ねたまでだ」
「そうか……ありがとうネル」
「いや、礼には及ばん……妾が祝いたかっただけだからな」
そう言ってネルとイフリート、それとハリスも引っ張って四人がけのテーブル席に移る。そしてハリスを座らせたと思ったら、すぐにハリスは勢いよく立ち上がった。
「ああっ! あんたもしかしてイフリート様じゃ……」
「うむ。久しいな、ハリスよ」
「そういやルーカスとグリーシス様が闘技場で戦ったときもいたもんなぁ」
「そうだな。あのときは我も血が沸って仕方なかった。ハリス、おまえはどう……」
「オレも当然沸ったぜぇ! なんたって……」
意気投合した二人を眺めていると、女将がネルにステーキ定食を運んでくる。
「はいおまち。ステーキ定食だよ」
「おおっ、美味そうだな」
気品のある手つきでステーキを口に運ぶネル。だが、ステーキを口に入れた途端、その気品は弾け飛んだ。
「美味しいか?」
「うむ。……ルーカスはこんな食事を毎日食べておるのか……ずるいぞ」
ネルは相当このステーキが気に入ったようで、喋りながらもステーキを口に運ぶのをやめない。
「ははっ……口にあったようで良かったよ。ネルって言ったかい? 嬢ちゃんはルーカスの友達?」
「いや、ネルは……」
「そうだ。妾とルーカスはともに死線を潜り抜けた仲だからな」
「そうなのかい? ルーカスの戦いについていくだなんて……ネル、あんたいったい……」
「妾は地獄の王だ。だが今はただのネルとしてここにおる。今更態度は変えんでいいぞ」
一瞬、金縛りにあったかのように固まる女将。だがすぐに情報を飲み込んだようで、俺とネルに女神との戦いについて聞かせてくれと騒ぎ始めた。
***
俺は今、謁見の間にある玉座に座るネルと対面していた。
「昨日は楽しめたぞ。またイフリートとともにあの店に行ってもよいか?」
「ああ、女将さんもネルたちなら大歓迎だと言っていた」
「そうか……」
微笑を浮かべたネルの顔は、すぐに真剣な表情へと移り変わる。
「実は、新たな緑縛地獄の番人──ドライアドから救援依頼が届いておるのだ。突如大量発生した魔獣たちへの対処なのだが、この件其方に頼めるか?」
「もちろんだ」
俺が一切の間を置かずに頷くと、ネルは地獄の王に相応しい笑い声を上げた。
「ふっ……そうか助かる。……だが気をつけてかかるのだぞ。門が遥か上空と繋がったことも、あのような場所にワイバーンがいたことも明らかに異常だ。おそらく今回の件もそれらと関係があるだろうからな」
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