23.女神降臨
「ルーカス、其方には世界の記憶から消し去られた女神と魔王の死闘を語ろう」
そう言うとネルは、遥か昔の景色を思い出すように、遠い目をした。
「ある時、勇者足りえる人物が存在しなかった時代があった。そんな中魔王が誕生した故、女神は自ら魔王を討ち滅ぼさざるを得なかった」
その時、人間の人口は半分以下にまで減り、人間の生活圏はたった二つの主要都市のみとなるまで縮まったという。世界の滅亡を前にして、ようやく女神は降臨したのだ──世界の滅亡という、神としての最大の失態を防ぐという、己の保身だけのために。
「女神は『天雷』により、一瞬にして万を超える魔族を退け、『天翼』を使って瞬きのうちに離れた魔王城に到達。その後『光剣』を使い魔王を圧倒、呆気なく魔王は討たれた」
「つまり女神ヘスラは、遠距離も近距離も強力。その上スピードと広範囲攻撃までできるのか……」
「そうだ。その上、奴の固有スキルすら判明していない。正直に言うとルーカス。其方の勝ち目は薄いぞ」
魔王を圧倒……か。俺は相打ちだったというのに。だが、あの頃よりも、神々の力を借りていた時よりも今の俺の方が強い。
俺は、諫めるように俺を見るネルの頭を撫でて微笑んだ。
「俺は元勇者だ。勇気と無謀の違いくらい、わかっている」
「そうか……ならばよいのだ」
優しい表情をしたネルもまた、俺の腕を抱きしめた。
***
そうして俺たちは祭りの三日目を迎えた。女神が降臨するまではあと二時間。復讐心の昂りと、強者へ挑む緊張感が俺を包み込む。
「この緊張感、懐かしいな。魔王に挑んだ時以来だ」
「ルーカスよ、おまえは強い。相手が誰であろうと勝つ。そうだろう?」
「ああ」
イフリートが背を押してくれる。俺は通りから女神が降臨する噴水を見据えて息を吐く。
「待ち遠し……」
ドンッ……。
「わりぃな兄ちゃん」
不意に、すれ違いざまに若い男と肩がぶつかる。謝罪してそのまま歩き去る男に、俺も謝ろうとしたその時、財布の重みが無くなっていることに気づいた。
「少しいいか?」
男が振り向いた瞬間、彼の手首を捻り上げ投げ飛ばす。地面に強く衝突した男は、
「ぐあっ……」
と悲鳴をあげて、その顔を露わにした。
「ん? おまえ一昨日の……」
「レンではないか! 貴様、また懲りずに妾たちを襲うとは……」
ネルが白い目を向けたすりは、一昨日部屋に侵入してきたゴロツキ──レンだった。
「げっ! またあんたたちかよ……」
どうやらレンは、相手の顔も見ずに財布を盗もうとしたらしい。ため息を吐いて、俺がレンを起こそうと胸ぐらを掴む。その瞬間、俺の両足に何かが絡みついた。
「このっ! 兄ちゃんを離せっ!」
「兄ちゃんは私たちが食べ物を口にできるように頑張ってるだけなの」
俺の両足にぶつかってきたのは、五歳くらいの子供たちだった。
「おいおめぇらなんできたっ!」
俺が手を離すと、レンは起き上がって子供たちに怒鳴りつける。
「だって兄ちゃんが……」
「……ったく。おれなら問題ねぇよ」
二人の子供の頭をワシャワシャと撫でるレンを見て、ネルは真顔で声をかけた。
「其方、そんな顔して兄弟思いなのだな」
「うるせぇ!」
なるほどな。レンは家族を大事にする、根はいいやつなのかもしれないな。そう思って、取り返していた財布をレンに投げ渡す。
「なんのつもりだてめぇ……おれは施しなんて受けねぇぞ」
「レン、君に依頼をしたい。それは依頼の前金だ」
「依頼?」
「ルーカス。まさか此奴に話すのか?」
「ああそうだ。ネル、イフリート、レンにあの話をするのに反対か?」
すると、二人は首を振った。
「いいや、此度のことはルーカスが望むことだろう? なら、妾たちが口をだすことではない」
「ありがとう。……レン、そこで話そう。今回の依頼内容を」
俺は路地裏にレンを招く。そうして、俺が女神と戦おうとしていることと、レンには女神祭に来ている一般市民の避難を頼みたいことを打ち明けた。
「話が壮大すぎねぇか……」
レンは考え込むようにして、通りでネルたちが面倒を見ている二人の子供を見やる。
「……いいぜ。その依頼、このレン様が引き受けた!」
***
女神降臨五分前。皆が噴水の前に跪き祈りを捧げる光景を、俺たちは路地裏から覗いていた。
「ルーカス、覚悟はよいな」
「ああ、仕掛けるのは女神が展開に戻ろうとした瞬間。警戒心が緩まるその一瞬の隙をつく」
鞘を持つ手に自然と力が入る。一分が一時間よりも長く感じる。そして遂に、空気を裂く音とともに、噴水の真上の空間に神々しく輝く白い門が現れた。
ようやくだ……ようやく俺を道具のように使い、そして地獄に捨てたあのクソ女神──ヘスラと会える。俺の復讐が遂げられる。
カツンッ……カツンッ。
門の向こうから、ハイヒールで地面を叩く乾いた音音が聞こえてくる。
カツンッ……カツンッ。
一歩ずつ、ゆっくりと焦らすように近づいてくる足音に、俺は息を呑んで門を凝視する。
カチャッ……。
門が、開いた。そこには、忘れようもない相手が、中身と違って外見だけは女神と呼ばれるに相応しいヘスラが立っていた。
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