19.カラクの町にて
「ここは……森か?」
人間界への門を抜けた先には、生前の記憶にある懐かしい木々が生えていた。
本当に人間界に戻ってきたんだな……。
「そうだ。ここはキラードが殺人を繰り返しているカラクの町近辺の森だ」
それから歩くこと三十分。俺たちは防壁に囲まれたカラクの町へと潜入した。
***
カラクの町──かなり大規模で、人口は五十万人を超えるらしい。だが今は、大通りにすら人影が見当たらない。
「人がいないな」
「みんなキラードが怖くって家から出られないのよきっと」
閑散とした街を三人で歩き、マゾエスが前回の潜入で泊まったという宿屋に着く。
「さっ二人とも。キラードが動き始める夜までは部屋で休みましょ」
そう言ってマゾエスは二階の一番奥にある部屋を借りた。
***
「それで、何か作戦はあるのか?」
地獄から持ってきた菓子パンやらを食べながら、俺たちは地図を挟んで丸く座っている。食べていたスティックパンを呑み込むと、マゾエスは地図を指で指し示す。
「大した作戦じゃないけどね、キラードの犯行場所には規則性があるの。次はおそらくこの区画……」
バンッ!
マゾエスの言葉を切るように、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「テメェらいいもん食ってんじゃねえか。死にたくなけりゃ食いもん全部よこしな!」
見るからにゴロツキと言った格好の若い男が、部屋の出入り口の前でナイフをちらつかせる。そして俺たち三人は、ゴロツキに憐れみの目を向けた。
「なっ……なんだオメェら! さっさと食い……」
「岩壁」
マゾエスが指をくいっと持ち上げた途端、ゴロツキの足元から勢いよく岩の壁がせりあがり……、
「ギャウッ……」
ゴロツキの股間に直撃した。その後、マゾエスは徐に立ち上がると、蹲るゴロツキの前に足を置く。
「ねえアナタ、キラードについて何か知っていることはないかしら?」
「はっ、はい知ってます知ってることあります!」
急にペコペコと頭を下げだすゴロツキ。その身代わりの速さに、俺とネルは一緒に苦笑いした。
「キラードが動いたって噂は、最近はあんまり……みんな子供が家に隠れちまってるから動けねぇんじゃねぇんですかねえ」
部屋の隅に正座して話すゴロツキ──どうやら名はレンというらしい。
「そうか……ならば今回の件、長期戦になりそうだな」
「そうね。キラードが動くまでは見つけるのは難しそうよね」
場に気まずい沈黙が流れ出そうとしたその時、唐突にネルが口を開いた。
「それならば、妾が囮になろうではないか」
「「えっ?!」」
「ネルちゃん今なんて?」
焦って聞き返すマゾエスに、平然と言葉を繰り返すネル。
「だから、妾が囮になって夜道を歩けばキラードを吊れるのではないかという話だ」
「いや、確かにありかもしれないな。ネル様は容姿だけ見れば十代前半の子どもだし、実力もこの中では一番高い」
「そうであろう。わかっておるではないかルーカス」
顎に手を当てて考える俺に、ネルは胸を張り、自慢げな表情を向けた。このままネル囮作戦に決定しそうになったその時、慌ててマゾエスが割り込んできた。
「ちょっとちょっと……ダメよネルちゃん! 神呪のせいで人間界じゃほとんどのスキルが使えないでしょう? 危険すぎるわ」
「そうなのか?」
マゾエスの言葉は真実だろう。だとすると、今のネルはただの子供。囮なんて危険すぎる。
「それならばこの話はなしだ。……最初に言った通りキラードの動きを待とう。キラードが動かないのなら、犠牲者が増えることはないだろうしな」
「ええ、アタシもルーカスちゃんに賛成よ」
「いや待て。おまえたち、妾が囮になると言っておろうが」
「いや、だから……」
ネルを嗜めようと目を向けると、ネルはアメジストのような深い紫色の瞳に、固い意思を宿しているのがわかった。
「どうしてそこまで……」
思わず口をついて言葉が漏れる。するとネルは立ち上がり、大きな素ぶりで俺に訴えかけてきた。
「妾だって其方の役に立ちたいんだ。……だが、人間界ではろくに力を使えんからな。せめてキラードを誘き寄せるくらいはしたいのだ!」
俺はちらりとマゾエスを見る。彼は俺の視線に気づくと、
「しょうがないわねぇ……」
と言って立ち上がる。
「ネルちゃんも、ルーカスちゃんの足手まといになるのは嫌なのね? ……だったらネルちゃんは、アタシたちが守ってあげるわ」
優しい表情でネルの頭を撫でるマゾエス。その光景は、母子がじゃれ合う姿に似ていた。
「そうだな。俺も全力でネル様を守って見せます」
「それと……だな。ルーカス、其方には妾のことを『ネル』と呼び捨てにして欲しい……それに、できれば敬語を使うのもやめてくれぬか?」
「はい?」
「あらあらネルちゃん」
口を尖らせるネル。彼女が微笑ましいと言うように笑うマゾエスは、ネルの背をポンポンと軽く叩いて俺と向き合わせた。
「あのなルーカス。妾は其方のファンだと言っただろう。それで、憧れの人に様付けで呼ばれるのはこう……なんというか落ち着かんのだ!」
「そう……か。わかった、そうするよ。ネル」
俺が彼女の名前を呼んだ途端、カアァァという効果音が相応しいほど、ネルの顔は真っ赤に染まった。
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